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八神SAAAAAAN!-03

「すいません。急にお呼び立てして」
「いえ、別に」
 俺は会社の傍にある喫茶店で、バツが悪そうに身を屈め、二人と対面していた。
 二人共着物姿では無く私服に着替え、初めて見る二人の素顔だが、白粉や花簪
が無くとも一目見て彼女達だと分かった。
 それ程まで二人の印象が俺の中に焼きついている事だろうか。
 八神さんはニコニコと微笑みを絶やす事無く俺を見つめているが、ティアナさんの
方は捨てられた子犬のようにシュンとしたまま項垂れている。
 俺は運ばれて来たアイスコーヒーをかき混ぜながら、一体何の用だろうと内心戦々恐々していた。
(あーやっぱり、ウチの娘を傷物にとかあっちかな)
 殆ど他人事のように考えていた俺だが、事故とは言え確かに無礼を働いたの俺の方で正当性は向こうにある。
 だから何か言われても「ごめんなさい」と謝り倒す覚悟は出来ているが、ビンタの二、三発は覚悟していたんだけど、
ティアナさんの様子を見る限り、どうやらその心配は杞憂に終わりそうだった。

 だが、二人の必要以上に神妙な顔が逆に俺の不安をかき立てる。
 目の前には美人と美少女が二人、いい方向に考えれば見合い、だが、俺と当事者であるティアナさんとの年齢差を考えれば、
良い所高校生に手を出したロリコン野郎に保護者が怒り狂っている図式しか思い浮かばない。
 いや、八神さんも、もしかしたら俺より歳下かも知れないし、考えれば考える程ドツボに入りそうで困ってしまった。
 三人共無言のまま飲み物が運ばれてきたもう三十分も経過してしている。
 周囲の空気が重いのも決して気のせいでは無いだろう。
 さっきから八神さんが、ティアナさんの方を視線で何かを促しているが、ティアナさんは俯いたまま身動き一つしない。
「…昨日は私のとこのティアナが失礼をしまして」
 沈黙も限界とばかりに嘆息した八神さんが口を開いた。
「…いえ、その、俺の方こそ失礼をしまして」
「いいんです。変な言い方ですけど、困ったお客さんは、星の数ほどいますから」
「はぁ…」
「はやてさん…でも、私」
「デモもストライキも無いよ、ティアナ。あれは事故そうやろ。でないと、机に何処かブツけてたのはティアナやったんやよ。
大体この業界は信用第一なのに、口喧嘩ならまだしもお得意様の殴りつける娘が何処におるんよ」
 どうやら、八神さんは随分とご立腹のようで、微笑みの裏に静かを隠して怒り心頭と言った様子だった。

「私は…」
 ティアナさんは、膝の腕手を力一杯握り締め悔しそうに顔を歪める。
 そりゃ胸揉まれて相手に謝らさせられたら悔しいだろう。
 特に自分の正当性を信じている娘なら当然だ。
「ごめ…」
 ティアナさんは観念したのだろうか。キツク結んだ口を解き、擦れた声で絞り出す
ように謝罪の言葉を口にしようとする。
「あの、です…ね!八神さん!」
「はい?」
 何か考えがあったわけでは無い。
 俺は慌てて席を立ち上がり、ティアナさんが謝罪の言葉を話そうとした瞬間、
何か言おうと八神さんを遮り自分でも驚くような提案を打ち出していた。
「ティアナさん少し借りてもいいですか?」
 只俺はこの勝気な少女に俺に謝らせてはいけない。 漠然だがそう思っただけだった。

 八神さんの許可を得てティアナさんを連れ出した俺は、駅へと続く大通りを無言のまま歩き続けていた。
 ティアナさんは俺の後を足音一つ立てず、俺の後を黙々と付いて来る。
時折感じる不機嫌なオーラと背中に突き刺さるような視線が酷く痛い。
 辺りは、大学生や道行くサラリーマンで賑わっていると言うのに、俺とティアナさんの周りだけまるでお通夜のように湿っぽい。
 俺は、率先して何かを話す方では無いけど、流石にこの沈黙に耐え切れる物じゃ無い。
 針のむしろとはこの事を言うんだろう。
 アスファルトを踏みしめる足音が、まるで、断頭台に送られる死刑囚のそれに聞こえそうな雰囲気だ。
「何のつもりよ」
 業を煮やしたのか我慢が効かなくなったのか。
 果たしてそのどちらでも無いのか。沈黙に耐えかねたティアナさんが静かに声を上げた。
「別に…」
「何よそれ!」
 俺の答えが気に食わなかったのだろうか。ティアナさんは、怒りの混じった不機嫌そうな声を出し
剣呑な雰囲気だけが膨れ上がった気がする。

 俺にだって元々考えがあった分けじゃない。
 分けを尋ねられたってどう答えて良いのか分からない。
 俺は勘弁したように、ゆっくりとティアナさんに振り返り、今日初めて彼女の顔を真正面から見る事となった。
 国際化が進んだ日本で今時外人の姿は珍しく無いが、やはり、何度見ても文句無しの美少女だと思う。
 肩口まで伸びた橙色の髪は、初夏の太陽に反射し
 途中金髪碧眼の幼馴染の顔が浮かんだが、あれは例外だとバッサリと切って捨てる。
 記憶の中のレイが怒り出した気がしたが気のせいだと決め付けた。
 ティアナさんの格好は、昨日見た着物姿では無く当然私服だ。
 暑いのだろうか。
 ローファーにジーンズ。黄色のキャミソールと肌の露出が随分と多い。
 温暖化の影響でほぼ亜熱帯化した日本は、まだ五月だと言うのに日中の気温は三十度を超える日も少なく無い。
 その癖梅雨に似た蒸し暑い長雨は残りるのだから始末に終えない。
 因みに俺の背中にかいた汗は、気まずさ半分蒸し暑さ半分といったところだ。
「まぁ立ち話もなんだから…何か飲むか食べる?丁度色々あるし」
 見回すとホットドックからアイスクリームまで色取り取りの屋台が並んでいる。
 考えは無いけど、俺だって無闇やたらに歩いてたわけじゃなく、駅前広場の屋台が
集中する公園を目指して歩いてたんだ。

 まぁ食べ物で釣るつもりじゃ無いけど、会話の糸口位にはと淡い期待を込めての行動だ。
 さっき喫茶店でケーキセットを注文したけど、結局ティアナさんは一口も口を付けなかった。
 時計を見ればもう十一時を超えている。年頃の女の子ならそろそろお腹が空いてくる頃合だ。
 これは妹のマユから学んだ経験則だからそこそこ信用出来るデータだと思う。
 それが証拠に学校をサボった女子高生や自堕落こそが本懐と言い張ってやまない女子大生がクレープやアイスに舌鼓をうっている。
「お金…払わないわよ…」
「いらない…これでも社会人なんだ…俺が奢る。何がいい?」
「アイス。ミントとレモンとチョコチップのトリプル」
 女は基本的に甘い物が好き。
 食べてる間は静かな物。
 どうやら、ティアナさんも例外に漏れる事は無かったらしい。
 本日初めての会話らしい会話に、俺は嬉々として行列の出来たアイス屋に向け大股
で歩き出していた。

「ほら。お望みのペパーミントとレモンとチョコチップのトリプル」
「…ありがと」
 公園のベンチに座ったティアナさんに、やたらとかさ張る三段重ねのアイスを渡す。
 てっきり無言でもぎ取られると思ったが、一応お礼の言葉を言って貰えた。
 ティアナさんが小さな口でアイスを頬張り始めたの見届けると、俺は自販機で買っ
た缶コーヒーの飲み始める。
 砂糖の塊のような缶コーヒーは一日に何本も飲むような代物じゃ無い。 
 そして、その缶コーヒーよりも数段甘いアイスクリームを三段重ねで食べる女の子
に俺はある種尊敬の念を抱かざる得ない。
 甘い物は別腹と言うが、舌が馬鹿にならないのだろうか。
 俺は、まぁ食べてる内は会話出来るだろうとたかを括っていたが、三段重ねの先鋒
チョコチップの山がいつの間にか消えている。
 いつの間にと思うが、このペースで食べられると、アイスはあっという間に無くな
ってしまいそうだった。

「アイス…好きなんだ?」
「友達がね。偶に無性に食べたくなるけど、あんな仕事やってるとそんなに食べられる物でも無いから。
だから今日は特別。人の好意を無駄には出来ないでしょ」
「そりゃどうも」
 やっぱり舞妓何て職に就いてると甘い物も自由に食べられないのだろうか。考えて見れば芸能人のようなものだ。
 体調管理の他にスタイルを維持する為に厳しい食事制限でもあるのかも知れない。
(マユなんか食べまくってるのになぁ)
 俺は、夏が終わる頃に決まって体重計の上で絶叫する妹を思い出し忍び笑いを漏らした。
太るのが嫌なら食べなければ良いのにと思うが、乙女心は色々と複雑らしい。
「何よ…急に笑いだしたりして」
「あぁ…ごめん。妹も甘い物好きでさ。ちょっとそれ思い出してた」
「妹…さんが居るの?」
「あぁ…大体ティアナさんと同い年くらいかな。もう高校生なのにギャアギャア煩いよ」
「そう…」
「な、なんだよ急に」
「帰る…」
 俺は何処でティアナさんの地雷を踏んづけたのだろうか。
 ティアナさんは無言で席を立ち、アイスも途中に元来た道を歩き始める。
 俺はティアナさんの後を慌てて追いかける。

「お、俺、何か気に障るような事したか」
「別にしてないわ。帰りたくなったから帰るだけ」
 取り付くしまも無いとはこの事か。ティアナさんは俺の腕を振りほどき歩みを速めて行く。
俺はその様子に益々混乱し、何とか会話の糸口とでも、普段言いなれていないおべっかを言い始める。
「昨日の踊り…その良かった」
「そっ…ありがとう。でも、無理にご機嫌取らなくていいわよ」
 唐突でご機嫌取りは否定しないけど、踊りの事はお世辞で何でも無いのに。
(こいつ可愛く無いな)
 流石にここまでツッケンドンな態度を取られると、俺だってムッと来る。
 よくよく考えて見れば、俺はなんでこんな子供のご機嫌取りをしなくちゃいけないんだ。

 俺は、段々自分のしている事が良く分からなくなって来る。
 歩道橋を渡る途中で、俺はもう勝手にしろと踵を返しかけたその瞬間、ティアナさんは、
俺の目の前で突然立ち止まりバツが悪そうな表情で俺を見つめて来た。
「ごめん…この不機嫌はアンタの性じゃないの。私の個人的な問題…悪かったわ」
「あっ・・・あぁ」
(なんなんだ一体)
 上機嫌でアイスを食べていたと思ったら突然怒り出したりするし、一体何なんだとばかり、
俺はやや釈然としない気持ちでゆっくりとと歩き出したティアナさんの隣に並んだ。
 暫し無言の時間が俺とティアナさんを包む。
 歩道橋下の道路では、トラックや営業車が渋滞に掴まり、クラクションを忙しなく
鳴らし立てる中で、俺とティアナさんの周りだけが別世界のように静まり返っている。
 都会の喧騒の中で置き去りにされた二人。
 恋人同士ならば、甘いシュチュエーションに酔えるだろうが、生憎俺と彼女は殆ど初対面と言っても問題レベルだ。
 照りつける太陽が陽炎を作り駅前広場が遠く霞ん見え、陰鬱な気分も霞んで消えて
欲しいと俺は密かに神様に祈った。
「私…アンタに謝らないからね」
「ん?…ああ別に良いけど」

 一体どれ程の時間が流れただろうか。正確に言えば五分か十分か。それ程長い時間
では無かったはずだが、俺には二人して丸一日そこに立ち尽くしていたような錯覚を覚えた。
「何よ…随分殊勝な態度じゃ無い」
「俺がティアナさんに失礼を働いたのは事実だろ。だったら俺が謝るのは当然だろ」
「…分かってればいいのよ」
 二人して歩道橋にもたれ掛かり、途中で買った缶コーヒーを飲む。
 精も根も尽き果てたとはまさにこの事だろうか。俺は手摺にもたれ掛かり、グッタリとしながら俺は
静かにティアナさんの横顔を覗き見ていた。
(可愛いよな…確かに)
 ティアナさんは美少女と言ってもお釣りが来る容姿だが、未成年、どう考えても高校生のティアナさんには俺の食指は動かない。
 同僚から童顔童顔ってからかわれるけど、俺だってもう二十四歳なんだ。
 子供に手を出す程、無茶な性格はしていない。
 舞妓の格好してれば別だけどと、妙な考えが頭の中を過ぎる辺り俺も頂けない。
 俺は自分が怒っているのか、戸惑っているのか
 どうにもこの娘と八神さんに出会ってからペースが狂いっぱなしだ。
 黒星スタートで連戦連敗のシーズンをどうにかしないといけないだろう。
「あのさぁ。さっきは確かに悪かったって謝ったけど。俺もう謝らないからな」

 その時のティアナさんの表情は何と言ったら良いのだろうか。
 盆と正月がいっぺんに来た絶妙な表情を見せていた。
「グズグズするのは好きじゃないんだ。俺の過失は一度きだ。その一度きりを俺は誠心誠意謝った。
勿論許してくれるかどうかは、ティアナさん次第だけど、何度も謝るような事…かも知れないけどそうじゃ無い。
何ていうのかな。俺の方がティアナさんより年上だけど、この件に関しては公平でいたいんだ。だから俺が謝るのもこれが最後だ。
ごめんなさい」
 俺は、断じて『故意』では無かった事を改めて強調しながら目一杯頭を下げる。
 胸元程度しか無い小さな少女に謝る俺は周りから一体どう思われているだろう
 これで許して貰えなければ仕方無い。
 後は罵詈雑言でも気の済むようにして貰うだけだ。
 でも、さっきも言った通り俺がこの件で彼女に謝るのもこれが最後だと考えていた。
(俺身勝手だよなあ)
 身勝手だけど、俺が妥協、頭を下げる事の出来る最低ラインだった。
「アンタ…色々最低ね」
「良く言われる…」
「…でしょうね」

 やっぱり駄目かと頭を上げた俺の目に飛び込んできたのは、以外にもティアナさんの笑顔だった。
 ティアナさんは、キツイ口調とは裏腹に上機嫌でクスクスと忍び笑いを漏らし微笑んでいる。
 てっきり般若のような待ち構えているとばかり思っていただけに、俺は拍子抜けする思いで
ティアナさんを見つめていた。
「いいわよ。私もちょっと意地になり過ぎてた。はやてさんに注意されてたから余計にね」
「八神さんに?」
「そう。もっと困ったお客さんを見慣れてるのに、何でアンタにだけあんな失礼な態度をとったのって」
「ちょっと待った。俺はティアナさんの胸を揉んだんだぞ。それより困ったお客様ってどんなだよ。
あそこはキャバクラとかじゃないだろ。何ていうかもこうもっと社会的に地位がある人が社交的に遊ぶ場所って感じの」
 俺は「例えばアスラン見たいな」と言いかけて慌てて口を告ぐんだ。
 今はあの腹が立つ上司は関係無い。
「そう言う人の方が…困った人が多いのよ。お尻触られるとか良くあるし」
「そう…なのか」
「そうよ」
 段々目の前の少女の方が俺より大人なような気がしてきた。
「普通はやんわりとお断りするのだ」とティアナさんは言ったが、じゃあ何で俺はああも軽快に殴られたんだよと思う。
 今更蒸し返すことも無いけど。
 俺は苦笑しながら嘆息し、ティアナさんのアイスに目が行く。

「それもう溶けてるな」
「そうね。結構時間経っちゃったし」
「新しいの奢るよ」
「別にいいわよ…悪いし」
「俺も食べたくなって来たからしついでだよ」
 俺はティアナさん持ったアイスを素早く奪い取り僅かに残ったアイスとスコーンを
口に放り込む。
「ちょっとアンタ!何してるのよ!」
「なんだよ別にいいだろ。少し残ってるんだし、捨てるの勿体無いだろ」
 実際外は今日は茹だるような暑さだ。こんな日でもない限りアイス何かを口にする
事はまず無いだろう。
(偶にはアイスも悪くないな)
 俺の口の中にミントの味とスコーンの香ばしい臭いが広がる中、何故かティアナさんは、
顔を若干赤くし肩をワナワナと震わせている。 
「なんだよ…スコーンも食べたかったのかよ」
「違うわよ!」
「そ、そんなに怒らなくてもいいだろ!」
「はぁ……何か私…段々アンタがどんな奴か分かって気がするわ」

 ティアナさんは深い溜息を付きながら、頭を振るい何かを諦めたようにガックリと
肩を落としてしまう。
 俺は心の中で、そんなにそんなにアイスが好きなのかと
「…ねぇアンタ」
「何だよ」
「…今度お座敷に来たらサービスしたげるわ。アイスのお礼よ」
 アイス一つで大げさなとは思うけど、厚意は貰っておこうと思う。
 もうあそこに行く機会は殆ど無いだろうけど、折角言ってくれているんだし、偶に
は顔を出しても良いだろうと思う。
「分かった。期待しとく」
「オッケイ。なら、待ってるわ」
 彼女の態度は素っ気無かったが、笑った顔はやはり可愛いと素直に思った。





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最終更新:2008年10月13日 23:20
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