「おかわりは?」
「ん…貰う」
ティアナさんは慣れた手付きでお櫃からご飯をすくい茶碗によそって行く。
「はい」
「ん…サンキュ」
「残さないでよ」
「分かってる」
親の躾か俺自身の性格なのか、基本的に俺は食事時あまり喋らない。
肉じゃが、里芋の煮っ転がし、ホウレン草の御浸し、若布の酢の物、京風味噌汁、高そうな梅干。
俺は目の前に出された食事を無言で口に放り込んでいく。
基本的に料理は嫌いじゃないけど、仕事で帰りが遅くなる上に手間を考えると、どうしても外食に頼りがちになる。
家庭料理が恋しくなれば実家に帰って夕食を集ればいいんだけど、運が悪いと妹のマユが作った、
お世辞にも料理とは言えない物体を食わされる事になる羽目になる。
正直言って妹の作る食事は、食べ物、むしろ有機物とすら言い難い物質だ。
食べられる物を使って食べられない物を作るのは、最早一種の才能としか言い様が無い。
最後に残った里芋を口の中に放り込む。
口の中に甘い香りが広がり、味が良く染み込んだ里芋は絶品だった。
暫く外食が続いていたから、こんな昔ながらの和食が胃に染みて食が進む事この上無い。
「はぁ~」
その様子を見ていた八神さんが、呆れとも驚きとも言えない表情で俺を見つめ
てくる。
「八神さん…どうかしました?」
「何て言うん?こんなとこまで来て普通に夕食を食べるアスカさんに素直に呆れてるだけや」
「はぁ…そんな物ですか」
「そんな物やよ」
八神さんが、あかぺらで歌を口ずさむ中、沢庵を口の中に放り込みながら、俺は
「そんな物なのか」とまるで他人事のように今の状況を考えていた。
俺がお座敷に通うようになって二週間余り。
彼女達と出会ってから月日は流れ、季節は梅雨へと移り変わっていた。
「シン…ここに呼ばれた理由が分かっているな」
「いえ…正直に言えばあまり分かっていません」
課長室に呼ばれ出向いた俺を待ち構えていたのは、目を吊上げしかめっ面で息
巻くアスランだった。
只でさえ馬鹿広い課長室が、アスランの怒気で持たされ激しく撓み淀んでいる
ような気分になる。
肌がピリピリと痛み全身の毛が総毛立つ雰囲気さえある。
(不味い…本気で怒っている)
個人的には否定したいが、アスランと俺の付き合いは長い。
長いが故にアスランが本気で怒っているとそうでない区別は容易に付く。
今回は我を忘れる程で無いにしろ、かなり不味い部類に入る程の怒りだ。
それが証拠にアスランの額には怒りの四つ角が二つ、三つ浮かび上がっている。
こうなると、生半可な事では納得しない。こちらも覚悟を決めて相打ちになる
覚悟で望まないといけないだろう。
俺は、何か失敗したのだろうかと記憶を必死に検索するが特に思い当たる事が無い。
難癖を付けられるチョンボもしていないし、新しい案件も無く仕事は落ち着いている。
通常業務をしてれば問題があるとは思わないけど、俺何かしたっけと真剣に考える。
「分からないのかシン」
「えっと…まぁ…はは」
不味い本気で怒ってる。
アスランは、俺個人が気に食わないから等とそんな馬鹿見たいな理由では怒ったりはしない。
そこに何か理由があるからこそ、ここまで怒り心頭と言った様子なのだ。贔屓
目に見なくても俺の上司は仕事に大して公平だった。
「これが…何か分かるか?」
「はい?」
アスランは眼鏡を外し、眉間を押さえながら領収書の束らしき物を投げて寄越す。
一枚、また一枚と領収書の束を捲っていくと、最初は血色の良かった俺の顔が、
頁を捲る度に青白くなっていく。
ちょっと待て。
ああ言うのってこんなにお金がかかるのか。
領収書には、ちょっと八神さんのお座敷の名前と俺の給料的には洒落にならない金額が明記されいる。
これ全部払えって言われたちょっと本気で不味い。
給料日前に加えて、先月大きな買い物をして懐具合が非常に寂しいのだ。
「あのなシン…一つ言っておきたいんだけどな」
「はい」
俺はゴクリと生唾を飲み込む。
アスランの顔は何かを言いたくて
「ああ行った場所は基本的に紹介した人間に"請求書"が回ってくるのが普通だ」
俺だって当然只では無いと思ってたけど、こんなに高い何か思っても見なかった。
メニューだって料金書いて無かったし、こう言うのが食べたいて言えば持って
来てくれたから尚更だ。
てっきり月末払いかと何か思っていたが、そうか、この場合俺が払うんじゃ無くてアスランが払うのが『普通』なのか
「は…はぁ」
「それにお座敷遊びは、頑張った自分へのご褒美で行くもので、二週間も定食屋
感覚で通うものじゃ断じて無いぞ!この馬鹿野郎!」
アスランは目じりに涙を浮かべながら、机の上の領収書を広い俺に投げつけて
くる。
「カガリ、じゃ無くて代表に説明するの大変だったんだぞ。浮気じゃ無いって何度も言ったのに
花瓶とかバールのような物で襲い掛かって来るし」
ああ、そう言えばアスランって代表と婚約してたっけ。
右目の痣は何だと思ったらその時の怪我か。
竹を割ったような正確の代表だけど、あれで結構嫉妬深い一面もあるらしい。
「代金…分割でもいいですか?」
俺は払おうと思ったのだが、アスランは仏頂面のまま、俺の申し出をやんわりと断る。
「別に構わない。俺がお前にちゃんと説明しなかったのが悪いんだ。それに良い
勉強になったから…別にいい。痛てて」
傷に触るのだろうか。
しかめっ面のまま、痣を撫でるアスランは少し気の毒に思えたと言うか、完全に俺の性だった。
あの調子では体中に青痣を拵えているのだろう。
アスランの怪我は俺の責任でもあるわけだし、流石に罪悪感を覚える。
「無事ですか?」
「俺の事は良い。紹介した手前行くなとは言わない。でも、節度ある遊び方をしてくれ。
具体的に言うと月一回程度に抑えてくれれば俺の面子と懐が痛まない。後カガリにボテクリ回されないで済む」
そりゃこの金額を毎日使われたら高給取りのアスランでも泣きが入るだろう。
二人と折角仲良くなったのにと思うが、俺の金ならまだしも上司の金で遊ぶの
は気が引ける。
「すいません課長。俺二人と約束しちゃってて。今日の分は俺が払いますから、行っても良いですか?」
「約束って…お前なぁ」
アスランは諦めとも驚き共言えない、こう何とも言えない表情で俺を見つめ
最後に深い溜息をつく。
「頼むから…今月は今日で最後にしてくれよ」
「あの…流石にすいませんでした」
「…もう行け」
アスランは嘆息しながらボールペンを振りながら俺に退室を促す。革張りの
椅子に深く腰掛けていたアスランが、顔を引き攣らせながらずり落ちたのは見なかった事にした。
「失礼しました」
「待てシン!」
課長室のドアを開け様とした瞬間、俺は今迄聞いた事の無いようなドスの効いた声を聞く。
目の前にアスランが居なければ、何処かに誰かが隠れて居るか、二人羽折でもしてるのかと思った程だ。
「…シン。本当にツマラナイ事を聞くが…お前青少年保護条例は知ってるな?」
「え?ええまぁ。それが何か」
未成年を健全に育てましょうかとか、有害図書の云々とか確かそんな話だ。
最近自分の教え子に手を出す教師や子供相手に如何わしい行為を行い、御用になる割と駄目な人が増えている。
売る方も売る方だが、買う方も買う方だと思う。
「なら…いい。兎に角節度ある付き合いを頼むぞ」
「…?はぁ…では、失礼します」
俺が誰と付き合うと言うんだろうか。
俺は頭のてっぺんに疑問符を撒き散らしながら課長室を静かに後にした。
「さて、どうするか」
自販コーナーでで缶コーヒーを飲みながら、俺は欠伸混じりでそんな事を考えていた。
今月は最後にすると言った手前そうしなければ流石に不味いだろう。
社内に上司の金で遊びまくる馬鹿と妙な噂を流されてくは無い。
(これから、自炊かぁ)
二週間の間お座敷の料理に慣らされた俺に取っては中々厳しい現実が待って
いる。
料理は嫌いじゃ無いけど、毎日作るとなると話は別だ。
一人暮らしをやってみて分かるが、幾ら家事が嫌いでは無いと言っても、一
人の生活に慣れてしまえば段々を手を抜く癖が付いてしまう物なのだ。
(ルナは料理下手だったしなぁ)
同棲して居た頃は、元恋人に腕を振るう機会があったが、見せる相手が居な
くなり、一人になると直ぐに怠け癖が出てしまう。
昔は気になって仕方無かった事が、まぁ良いか思うようになり、物事の阻止
限界点がドンドン後退して行くのだ。
そんな訳で俺の部屋は、現在進行形で荒れ放題だった。
(そんなに酷くないよな)
俺は部屋の様子を思い浮かべて見るが、昔と比べるとあまりに荒れ果てた我
が家の惨状に耐え切れなくなり、頭を大げさに振るい想像をお空へ振り払った。
(考えるのはよそう。心臓に悪い)
キッチンだけは未だに綺麗にしてるのは、料理好きとして最低限のプライドだった。
「えっ…あぁそうなんだ」
「まぁ…流石に通い過ぎかなって」
俺はティアナさん茶碗を受け取ると、鯵の開きを白いご飯の上に乗せる。
ご飯の熱い湯気が鯵の香ばしい臭いと醤油の塩っ気が混ざりあい食欲をそそる。
この瞬間は日本人に生まれて良かったと俺は素直に思う。
「一流企業の課長さんだから、太っ腹って思ってたんだけど」
「…やっぱりキツそうだった。半分泣きながら懇願されたよ」
「…やだ、もう」
ティアナさんは、袖で口元を隠しクスクスと笑う。俺もつられて口元を綻ばした。
「まぁお座敷定食屋代わりに使う何てアンタくらいな物よね」
「流石に…値段に見て血の気が引いたよ。高すぎる定食屋だったよ。サービスは最高だったけど」
「口が巧いのねえ」
「ほんと、お上手やね」
お世辞だと分かっていても満更では無いのだろう。
二人共悪くないとばかり微笑んでいる。
「なら、残念ねんやね。これから暫く会えなくなるんやから」
八神さんが、お茶を湯のみに入れてくれる。今迄考える事は無かったが、お座敷
のお茶は香りも妙に味も良い。
(これってお茶一つとっても高級なのかな)
多分そうなのだろう。きっと、グラム千円オーバーとか目が飛び出る位の値段で
俺は、そりゃ値段も張るよなと一人心の中で呟いた。。
「もうここに舌が慣らされちゃってますからね。これから自炊かと思うと気が重いですよ」
「アンタ、本当にここにご飯食べに来てただけなのね」
「いいやないのティアナ。ここの使い道はお客さん次第なんやし」
俺の答えがツボに入ったのか、八神さんは我慢こそしているが、あれは多分爆笑
しているのだろう。お腹を抱え、小刻み背中が揺れている。
対してティアナさんは、心底呆れた風に俺を見つめ、やがて、いつかの微笑みを
見せてくれた。
「でも以外ね。アンタ料理作れるんだ」
「面倒だけどな。やっぱり作らない結構金はかかるし。栄養偏るし」
「三食作ってるの?」
「晩だけ。本当は朝も作った方が良いと思うけど、時間が中々取れないから。朝は
ギリギリまで寝てたいし」
「それじゃあ、いつも遅刻の危機とか?」
「そ、それは無いですって。ちゃんと時間通りに起きてますし。そのギリギリじゃ
なくて、ギリ程度で済んでますし」
ルナと生活してた時は、そんな事は無かった俺だけど、考えて見れば随分と自堕
落な生活をするようになってしまった。
最近は目覚まし一つじゃ起きなくなってるもんなぁ俺。
仕事で疲れてるからとか言い訳にならないし、そんなつまらない事でレイやアス
ランに小言言われたくないし。
ははと誤魔化すように笑う俺に続いて八神さんも笑う。
だが、その隣でティアナさんだけが、まるで、失ってしまった何かを懐かしむように、悲しむように、一人寂しそうに微笑んでいる。
『ティアナ、もう五分寝かせてよ』
『駄目よ。いい加減もう起きてよ"兄さん"』
俺は不覚にもその悲しい微笑に気が付かない。
いつのも通り、呆れが混じった微笑みと区別が付かない。
この時はまだ、俺は、何も気づかない図体ばかり大きくなった子供だった。
その事に気が付くのは、もっとずっとの後の事だった。
「…さん」
「…ん?」
ふと、ティアナさんに呼ばれたような気がした。小鳥の囀りよりも小さくか細い声
で、一縷の希望に縋る子供のような淡く儚い声にも聞こえる。
名前を呼んだ気がしたが、小さ過ぎて語尾しか聞こえない。
そこ何が秘められ、何が思うのか、俺には分からない。
そんな、悲しい声が、何故かティアナさんから聞こえたような気がした。
「どうかしたのかよ?」
「ううん…何でも無い」
俺の疑問も
只八神さんだけが、辛そうな顔でティアナさんを見つめていた。
「じゃあ、失礼します」
「おおきにアスカさん」
「偶には顔出しなさいよ」
「あんまり出すと上司に怒られるから、その内な」
外はいつの間にか雨が降り出し、シトシトと石田畳みを濡らしている。普段あまり
当てにならない都知事の息子の天気予報が珍しく的中したようだ。
俺は鞄の中から折り畳み傘を取り出し、なるべく雨に濡れないように傘を開いた。
傘越しに聞こえる蛙の声は風情があって良いと思う。
だが、のんびりしてはいられない。都知事の息子の予報が正しいなら、雨は夜半に
かけて本降りになるはずだ。
折角の満腹の良い気分が雨に濡れてしまえば台無しだ。
俺は二人に別れを告げ、雨が強くなる前に自宅への道を急ぐ。
途中一度だけ振り返ると、もう雨脚が強くなって来たと言うのに、二人は玄関前で
立ったまま俺の方を見つめている。
その事に気が付いた俺は、微苦笑しながら手を振ってみる。
もう結構な距離が開いていると言うのに、二人は手を振り返してくれた。
「また、来ます」
聞こえていないだろうが、その時は何故か二人が「はい。お待ちしてます」と返し
てくれたような気がした。
「ねぇ…はやてさん」
「どうしたん?」
「似てるわ…あいつ」
「…そうかぁ」
「私変かな…あんな奴が兄さんに見える何て」
「私はティアナの姐さんやからね。好きにしたら良いと思うけど。ティアナはどうしたいん?」
雨は降り続け、いつの間にか月明かりも消えて、辺りは外灯の明かりしか無くなっていました。
無言のまま座敷に戻る妹分を見つめながら、私は一度深い溜息を付く。
私の吐いた息は、雨音に静かに溶け後には何も残らなかった。
眠い。
凄く眠い。
だって言うのに、誰かが俺を呼ぶ声が引っ切り無しに聞こえてきて、眠りの邪魔をする。
「……!」
誰かが俺の名前を呼んでいるのは分かるけど、今は理性よりも眠気の方が勝っている状態だ。
眠たくて朦朧とした意識の外で、幾らやかましく叫ばれても、暖かい布団の誘惑に勝てるはずも無い。
「……!」
だと言うのに、誰かは相も変わらず俺を呼び続けている。
(うるさいな。もっと寝かせてくれよ)
もうこうなると意地の張り合いだ。
俺はまだ目覚まし時計が鳴っていない事を理由に、意地でも起きるものかと、大きめ
タオルケットの中に潜り込み、耳を塞ぐ体制に入る。
俺の目論見通り、誰かの声は小さくなる。
これで俺の睡眠を妨げる物は何も無い。俺はしめしめとほくそ笑み、再び睡魔に身を任せ、
夢の世界に舞い戻って行こうとする。
「とっとと起きなさい馬鹿!」
「うわっ」
と、行きたかったのが、そうは問屋を卸してはくれなかったようだ。
誰だか知らないが信じられない。声だけじゃ飽き足らず実力行使に出やがった。
今時布団を引っぺがす何て古典的な手段なら尚更だ。
俺が誰か一括され、布団を引っぺがされたのだと感じた時に既に時遅し。
暖かい空気が一瞬の内に消えうせ、変わりに朝の冷たい外気が俺を包み、くしゃみ一つで俺の目は完全に覚めてしまった。
「漸くお目覚めね」
「何…で。君が…」
「何言ってるのよ。私よティアナ・ランスターよ。忘れたの?」
「それは…分かってるけど」
何と言うか面食らったのは俺の方だ。
俺が知りたいのは、何故彼女がここに居るのかと言う事だ。
もう一つ言えば、彼女が制服に着替えているのも驚きの原因の一つだったりする。
確か府内有数の進学校の制服だ。
ティアナさんは、薄手のセーラー服に身を包み、髪型も普段見慣れたロングヘヤーでは無く、
黄色いリボンで髪を結いツインテールに纏め、腰に両手を当て俺を見下ろすように仁王立ちしている。
俺は、ティアナさんの妙な迫力に押され、何故かベットの上で後ずさる。
「だから、な、なんでティアナさんが俺の部屋に」
「…はやてさんから頼まれたのよ」
「頼まれたって…何を」
「アンタ、独り身っぽいから。身の回りの世話で不自由してるでしょうから、暇見つけて手伝ってやれって」
「はい?」
「だから、感謝しなさいよ。今日からアンタの世話したげるから」
「お、おい。そんな勝手に決められてもこっちだって」
「何よ不満なの?」
「ふ、不満は無いけど」
騙されるな俺。
不満じゃ無くて不安だらけだろうが。
明らかに未成年の女の子が常時部屋に出入りして見ろ、ご近所さんは何を感くぐっ
るか分かったもんじゃ無いぞ。
俺の理性の天使が必死に働きかけるが、状況に俺自身が状況に付いていけてない為
に全くの意味が無い。
因みに悪魔の方は、未だ夢の中だ。
両方と共役にたたない事この上無い。
「それに…お、お得意様逃がす訳には行かないでしょう。何ていうの…経営的に?」
「あ、ああ…そうか」
なら疑問符を付けるなと思う。
だけど、ティアナさんがあんまりくそ真面目な顔をして無理難題を言ってのけるも
んだから、間違っているのは俺の方かと考え始めてしまう。
そう言う物かと一人考えるが、パニックになった頭では反論のすら思い浮かべる事
が出来ず、流されるままに推移して行く状況を止められない。
「そ、そう言えば鍵は、ここオートロック」
「空いてたわよ?鍵」
「そんな馬鹿な…」
せめてもう少し考える時間をと、極有り触れた質問で返すも、俺の混乱を余計に煽っただけだった。
(何で空いてるんだよ。二十四時間警備PS装甲完備でミサイルの直撃も二十七発まで耐えれますが、売り文句じゃ無かったのかよ)
悪態を付くが、実際問題入って来てしまった物は仕方無い。
半ば自棄になった俺の思考は、こんがらがり要点をまるで得ない。
多分セキュリティのバグか何かだろう。むしろそう信じさせて欲しい心境だった。
「…まだこんな時間じゃ無いか」
時計はまだ午前六時。
俺が普段起きる時間の一時間半も前だ。
流石に日はもう昇っていたけど、こんな時間に起きる何て何年ぶるだろうか。
「シャワー浴びて朝ごはん作ったら、もう良い時間よ」
ティアナさんは、布団代わりのタオルケットを畳みながら、俺の部屋を見回している。
2DKの小さなマンションだが、府内しかも駅に近い事もありそれなりに値が張ったマンションだ。
ルナと同棲していた時は狭く感じたが、一人になってからはやたらと広く感じる。
俺の寝室として使っている部屋以外は、殆ど誇りを被っている状況だ。
「しかし、アンタの部屋汚いわねぇ。男の人に部屋って大体こんななの?うわぁ…冷蔵庫の中に
ゼリーとヨーグルトしか入って無い。アンタ、これでどうやって生活してるのよ」
「か、カロリーは一日分ちゃんと取ってるさ」
「そう言う問題じゃないわよ、アンタ。もう部屋から材料持ってきて正解ねこれは」
ティアナさんは、トートバックから、野菜やら肉やら食材を取り出し、冷蔵庫の中
に詰めていく。確かに社食とファミレスが無くなると、俺は生きていけないかも知れない。
「ちょっと料理する前に片付けるわよ。掃除機と雑巾どこ?」
「な、納戸の中」
「借りるわよ」
言うな否やティアナさんは、納戸の方へすっ飛んで行き、手早く準備を整え。俺の
部屋に掃除機を掛けていく。
服が床に出しっぱなしだったが、ティアナさんは、慣れた手付きで仕分けていく。
クリーニングが必要なYシャツは俺に投げて寄越し、汚れ物は洗濯籠の中へと放り込んでいる。
「せ、せめて下着は自分でやってよね」
「わ、分かってるよ!」
俺はシャツの隙間から出てきたトランクスを引ったくり洗濯機の中へ放り投げる。
そこで、ふと気が付くと事がある。
「学校行ってたんだ」
偏見かも知れないが、あの手の商売に付く人は学校よりも仕事の方が大事だと思っていたのだ。
「そうよ昼は学生、夜は舞妓の二重生活よ」
ティアナさんは何気無しに言ってのけるが、それは俺が思っている以上に大変な生
活なのでは無いだろうか。
舞妓。
芸によって生計を立てる彼女達は、同然覚える事が山のようにあるはずだ。
化粧、踊り、接客マナー。
勝手な想像でしか無いが、学生生活と両立出来る物なのだろうか。
「ちょっと…アンタ」
「な、なんだよ」
「せ、せめて下は隠してよ」
「わ、分かっているよ」
俺は、リビングへ逃げるように走り出し手早くジャージーに足を通す。
「全く…もうちょっとデリカシーって物を身に着けなさいよね」
「よ、余計なお世話だ!」
勝手に入って来て何言ってやがる。
顔赤くされても、俺の性じゃ無いからな。
「はいはい。朝食作るからキッチン借りるわよ」
「お、おい」
「あら、キッチンは綺麗ななのね」
「一応料理趣味だし」
「冗談じゃ無かったんだ…男の人の癖にって言わないけど、感心感心」
「あ、ああ。ありがとう」
我ながら単純だと思うが、趣味を褒められて悪い顔をする奴は居ない。
俺もご他聞に漏れず、少し得意げに胸を張る。その様子を見たティアナさんは、何故か微苦笑し、
自前のエプロンだろうか。髪の色と同じ黄色と橙色のチェックのエプロンをかけ、ティアナさんは鼻歌交じりで朝食の準備かかった。
「朝ごはん今から作るから、ちょっと待ってなさい」
「あ、ああ」
「和食でいいのよね?」
「う、ああ」
「そっ。なら、ちょっと待っててね」
「あ、ああ」
俺はさっきから「ああ」としか言ってないなとか、何で流されてるんだとか、まるで他人事のように
思いながら、キッチンでご飯を洗い始めたティアナさんを唖然とした表情で見つめていた。
最終更新:2008年10月13日 23:32