前回までのあらすじ:エンジェル隊の皆さんが未来から来たシンの子供達とお茶会をしているそうです。
「死ん、だ……?」
自身の遺伝子を受け継ぐという未来からの来訪者、かつての上官と同じ名を持つ少女、ハイネが告げた己の未来に、シン・アスカは驚愕を
隠せなかった。
自分が死んだ、そのこと自体は別段不思議なものではない。
人の命は有限である、たとえ如何なる偉人でも、どのような極悪人であっても、「死」という絶対的な運命からは逃れられない。
しかも自分は軍人……命を奪う側としても、奪われる側としても、ある意味最も「死」に近い場所にいるのだ。
故に「未来の自分が死んだ」というハイネの情報は理解出来る、納得出来る、許容出来る。
ただその「未来」を「今」の自分と繋げることだけは、何故かどうしてもシンには出来なかった。
理解は出来る、納得も出来る、許容すらも出来る、だが――信じることだけは出来なかった。
その時、ハイネの話を黙って聞いていたミントが、この小さな未来人の「予言」の孕む矛盾に気づいた。
「……ちょっと待って下さい。ハイネさん、貴女の話、少しおかしくありませんか?」
険しい表情で口を挟むミントに、その場の全員が視線を向ける。
自分に集中するシン達の怪訝そうな視線を自覚しながら、ミントはゆっくりと口を開いた。
「これまでのハイネさんの話を整理すれば、わたくし達は三つの事実を推察出来ます。
ハイネさん達が同じ時空を共有し、一つの共通した未来からやって来た血の繋がった姉妹であること。
未来のシンさんは自分の子供達の存在を知らず、ハイネさん達は全員母方の姓を名乗っていること。
未来のシンさんがハイネさん達を認知していないのは、子供達が生まれる前に亡くなっているからだということ」
指折り数えながら説明するミントに、シン達も一つ一つ納得していくように首肯する。
「それで、どこがおかしいんだよ?」
解答を急かすシンにミントは「分かりませんか?」と前置きし、ハイネを指差しながらまるで犯人の正体を暴く名探偵のように高らかにこう口にした。
「ハイネさん達の年齢ですわ」
ミントの指摘に、蘭花達は思わず「あ!」と声を上げた。
自分達の前に並ぶ「子供」達は十代前半のハイネを最年長に、蘭花の子供ルナとミントの娘レイが十歳前後、末っ子のステラは6,7歳程度の
幼女である。
全員の外見年齢はどう見てもバラバラ、発育に個人差のある同じ齢とはとても思えない。
ハイネの話が正しければ、ハイネが未だ母親の胎内にいる時点でシンは死んでいるという。
人間も有性生物である以上「おしべ」と「めしべ」の両方が無ければ子孫は残せない、「おしべ」であるシンの存在が消えた時点でそれ以降の命は未来には繋がらない筈なのである。
――では「おしべ」が消滅した後に母親の胎内に宿ったルナ達は一体何者なのか?
逆に考え、末子のステラが生まれた時点でシンが死んだと仮定しよう。
その場合ならば生物学的矛盾は解消されるが、それでもハイネの話に食い違いが出てくる。
最年長のハイネの誕生から最年少のステラの受胎までには、少なくとも5年以上のブランクが存在する。
幾らシンが鈍感であっても――ましてや自分達の積極的な性格を鑑みれば――それだけの長い間、子供の存在を隠し通すことは難しいだろうし、またその必要性も無い。
瞳の色というこれ以上ない程に明確な血の繋がりの証もあり、優柔不断なシンが子供の認知を断るとも考えられない。
そして何より、仮に自分がシンの子供を宿したとしたら……恐らく真っ先にシンに報告するに違いない、それも極上の笑顔と共に。
そしてシンの方も新たな命の誕生をきっと喜んでくれるに違いない、シン・アスカとはそういう男だ。
過ごした時間こそまだ少ないが、それでもシンがどういう人間であるかはよく知っている、よく解っている。
ハイネの語る未来のシンの姿は、「自分達の知る今のシン」とは余りにもかけ離れている。
そう……目の前の自称・未来人達が嘘を吐いていると考えた方が、より自然に思えてしまう程に。
「納得のいく説明を、頂けますか?」
「それは……」
ミントの追及に、ハイネは痛いところを衝かれたように押し黙る。
その時、返答に窮したハイネを擁護するかのように、パチパチと両手を叩きながら今度はレイが口を開いた。
「流石ですわね、お母様。わたくし達のデリケートな部分を容赦なく抉り込んでくる……」
「貴女方が何も告げてくれないから、手探りで進むのは仕方ないことでしょう。それに最早、貴女方が本当にわたくし達の子供かどうかも
怪しくなってしまいましたしね」
まるで賞賛するような拍手と痛烈な皮肉、矛盾する二つの行為を同時に行い一同の注目を引くレイに、ミントはあくまで冷やかに告げる。
「冷静になって考えてみれば、貴女方にはアスカさんの子供として一番大切な要素が欠けていますわ」
「あら、それは一体何ですか? 是非とも教えて下さいませ」
余裕の笑みを崩さぬレイの科白にミントはゆっくりと右腕を持ち上げ、そしてある一人の人物を指差した。
長い桜色の髪に大きな花飾りのついたカチューシャを着け、周囲の険悪な空気をまるで読んでいないかのようにステラとステージ越しに
和やかに談笑するその少女は――、
「へ? わたしですか?」
ミルフィーユ・桜葉、その人だった。
「貴女方がアスカさんの子供で、しかも腹違いとはいえ全員実の姉妹であると主張するのでならば……ではミルフィーユさんのお子さんは、一体どこにいるのですか?」
「「「「「「……へ?」」」」」」
まるで鬼の首でも獲ったかのような口ぶりで堂々とそうのたまうミントに、「子供」達一同とシン、そして指名されたミルフィーユが、一斉に間の抜けた声を上げた。
「……悪い、ミント。訳が解らない。もっと俺達にも解るように説明してくれ」
代表して尋ねるシンにミントは何故か呆れたように肩を竦め、「やれやれですわ」と呟きながら大きく息を吐き出す。
「説明も何も、少し考えてみればお解りになるでしょうアスカさん? こうしてわたくし達の子供がいるのに、
よりによってミルフィーユさんのお子さんだけが存在しないだなんて、不自然を通り越して異常事態ですわ」
「さっぱり解んねーよ」
まるで「1+1は2である」というような当たり前のことを教えるようなミントの言い草に、シンは半ば苛立ちながら首を振る。
何だその「仲間外れがいたらかわいそう」という風なノリの超理論は、というかこの似非ロリっ娘野郎はどこまで自分をケダモノに
貶めたいんだ。
ジト目でミントを睨みつけるシンが、しかし口を開くその前に――、
「……成程、確かにそれは少し違和感があるねぇ」
「あれだけフラグ立てといて、しかもアタシ達と子供作っておきながらミルフィーユと何も無いなんであり得ないわ」
『シン・アスカの好感度値から推察してもミルフィーユさんと関係を持たないまま終わる確率は限りなく0に近いです。
と言うか現時点で考えても何故にミルフィーユさんと何も無いのかがそもそも不思議です、奥手にも程があるだろこのボウヤが』
「待て待て待て待て!?」
何やら納得したような表情で首肯するフォルテ達に、シンは慌てたように制止の声を上げる……が、
「シン!」
鬼気迫る表情でフォルテがステージの上に乗り上げ、シンの襟首を掴み上げる。
予期せぬ仲間の行動に赤い筈の眼を白黒させるシンの鼻先近くまで顔を近づけ、フォルテは真顔でこう続ける。
「上官命令だ……お前、今すぐミルフィーユと子供作れ!!」
「何でそーなる!?」
エキセントリックな方向で職権を乱用し意味不明な命令を下すフォルテに、シンは反抗よりも先にツッコミを優先させてしまった。
しかしそんなシンの魂の叫びは、次の瞬間正面から叩き潰されることになる。
「そうよシン、アンタこの娘に申し訳ないとか思わない訳!? 誠心誠意を籠めてミルフィーユと愛の結晶育んで、んでもってきっちり
ばっちり責任も取りなさい!!」
「この娘達が本当にアスカさんのお子さんであるという前提で言いますけど、この子達だってきっと「お姉ちゃん」が出来れば嬉しいに
決まっていますわ」
「……どのような形であれ、命は美しいものです」
「お前ら一体、何なんだぁあああああああああああああああああああああああっ!?」
まさに四面楚歌。
最早最初の話題――シンの浮気問題やら「子供」達の虚偽発言疑惑やら――は忘却の彼方に放り捨てられ、何故かミルフィーユとの子作りを迫るエンジェル隊一同に、シンは怒りと哀しみと絶望とちょびっとだけ甘酸っぱい感情と、その他諸々の思いを混ぜ合せたかのような名称し難い感情を胸に渦巻かせながら力の限りに咆哮を上げる。
しかしそんな未成年の主張など、我を忘れた王蟲の如き勢いで暴走する乙女の妄想の前には無力で儚いものだった。
後にシンはこの一件を振り返りながらしみじみとこう語ったという――「力が無いのが悔しかった。だけどあの時はそれ以上にあいつらが
怖かった……」――と。
「あ、あのちょっと、皆さん……!?」
困惑したようにあたふたと忙しなく周囲の同僚達を見回すミルフィーユの肩を、蘭花の両手ががしりと掴んだ。
「ミルフィーユ、アンタも解ってんの? このままじゃアンタ、散々コイツに弄ばれた挙句ボロ雑巾みたいに捨てられちゃうのよ!?」
「ええ!? わたし雑巾になっちゃうんですか!?」
驚愕したようなミルフィーユの声は……何故か蘭花の頭上、二階ギャラリーから聞こえてきた。
「「「「「「「「「…………あれ?」」」」」」」」」
一斉に上を向くシン達の目に飛び込んできたのは、買い物籠片手に自分達を見下ろすミルフィーユの姿。
慌てて視線を戻してみれば、相変わらず蘭花の両手に掴まえられているミルフィーユがもう一人。
ミルフィーユが、二人に増えていた。
「ぶ、ぶぶぶぶぶ分身!? ミルフィーユ、お前いつの間にどこぞの忍者の里の禁断の巻物に目を通した!?」
「いやアスカ、これはどっちかとゆーともう分裂の域よ!? ミルフィーユ、アンタ実は人間じゃなくて宇宙プラナリアの仲間だったの!?」
「違うねお前達、これはきっとドッペルゲンガーって奴だ! 気をつけるんだよミルフィーユ。ドッペルゲンガーに遭っちまったら、どっちかしか生き残れないんだからね!?」
『というか常識的に考えて「どちらかのミルフィーユさんが偽物」がファイナルアンサーに決まってるでしょうが』
二人になったミルフィーユに正体なく狼狽えるシンと蘭花、そしてフォルテに、ノーマッドが呆れたようにツッコミを入れる。
その時、非常事態を告げるアラート音がブリーフィングルームに突如響き渡った。
ステージ奥と二階ギャラリーに設置された二つの自動扉が音も無く開き、戦闘服にマシンガン、更に覆面で完全武装した怪しい男達がブリーフィングルームに雪崩れ込む。
「ちょっと、これってどーゆーことよ!?」
「あなた達一体何なんですか!?」
銃口を向けながら自分達を油断なく取り囲む謎の武装集団に蘭花が怒声を上げながら傍らのミルフィーユ(一人目)を背後に庇い、ミルフィーユの方も瞠目したように声を上げる。
「何なんですかと聞かれたら――じゃなくて、そんなこと言われましてもねぇ……」
蘭花達の非難の言葉に、覆面軍団の奥から佐官服姿の初老の男、エンジェル隊指揮官ウォルコット中佐が歩み出る。
ウォルコットは飄々とした顔で口髭を弄りながら、蘭花の陰に隠れている方のミルフィーユをついと見遣り、口を開いた。
「こう見えてもエンジェル隊は軍隊ですから、素性の知れない者を野放しにしておく訳にはいかないんですよ。という訳で――身柄を拘束させて頂きます」
そう言ってウォルコットが指を鳴らした瞬間、覆面の武装集団が一斉に蘭花達に――というよりも蘭花と共にいるミルフィーユに――襲い掛かる。
しかし直後、蘭花を突き飛ばすような勢いで前に出たミルフィーユが、迫り来る覆面軍団を瞬時に叩き伏せた。
「「「「「な!?」」」」」
喧嘩や乱闘から如何にも縁遠そうなミルフィーユが見るからに屈強そうな――しかも武装した――男達を瞬殺したことに、残りのエンジェル隊員達が瞠目したように声を上げる。
余りにも予想外の光景にその場の誰もが動きを止める中、しかし一人だけ次の行動に移っていた者がいた……シンだ。
関節を外して無駄に強固な鎖の拘束から抜け出し、まるでドミノ倒しのように折り重なって倒れる覆面軍団を踏み越えながら、腰から抜き取った折り畳み式ナイフの刃を起こし、偽物のミルフィーユの首筋を狙って鋭く突き出す。
しかしシンの動きに反応したように偽ミルフィーユもまたナイフを取り出し、洗練された動作で同じようにナイフの切っ先をシンの首元に突きつけていた。
まさに一触即発。
死屍累々とした惨状の中心で互いに殺意の刃を向け合う中、まるで我に返ったように一人目のミルフィーユが小さく「あ」と声を漏らし、
「……マユ?」
目の前で呆けたような表情を浮かべる偽ミルフィーユの顔を見た瞬間、何故か死んだ妹の姿がシンの脳裏に蘇った。
シンの呟きを聞き取ったのか、偽ミルフィーユの瞳が大きく見開かれ――、
「っ……!」
しかし即座に我に返り、ナイフを引きながら身を屈めた偽ミルフィーユが、シンに当て身を喰らわせる。
怯んだように踏鞴を踏むシンの隙を衝き、偽ミルフィーユは包囲網を突破、未だ呆然と固まる蘭花達の傍を駆け抜け自由への逃走を図った。
すれ違う瞬間、偽ミルフィーユは視線だけでシンを一瞥した。
常人離れした反応速度で〝敵〟の動きを追う、烈火を彷彿させるシンの真っ赤な瞳に反射する自分の横顔は、まるで泣き顔のように歪んでいた。
自動扉の向こうへと消える偽ミルフィーユに舌打ちしながら、シンはヴァニラの抱くぬいぐるみに片手を突っ込み、複雑な紋様の描かれた透明なカード、ノーマッドの本体を取り出した。
指の間に挟んだノーマッドのカードを、シンはナイフ投げの要領で鋭く投擲、ブリーフィングルーム奥に設置された端末のスロットへと正確に投げ込む。
「ノーマッド!」
『セキュリティシステムに介入、防犯カメラの映像を追って偽ミルフィーユさんの逃走ルートをトレースですね、分かりました』
何も聞かずに己の仕事を確認するノーマッドに、シンも何も言わずにただ首肯した。
イレギュラーに巻き込まれた時、「人」はその本性を曝け出す。
突然の事態に動揺一つせず、シンの行動から自身の為すべき役目を推察、要請に従い淡々と仕事を始めるノーマッドの姿は、機械はやはり
機械なのだと周囲の者に否応無しに思い知らせる。
同じように、シンもまたどこまでも軍人であろうとした。
たとえ大切な者と同じ顔をしていようと――寧ろ同じ顔だからこそ――敵対者には容赦しない、冷徹な戦闘機械になろうとしていた。
だが網膜の裏に焼きついた偽ミルフィーユの横顔に、もう記憶の中にしかいない妹の幼い泣き顔重なり、シンの心をどうしようもなく掻き乱す。
不安定な感情はシンの〝弱さ〟である……今は亡き親友がかつてそのようなことを口にしていた。
確かにその通りだ、とシンは胸の中で相棒の助言に首肯する。
迷っていては何も守れない、それどころか自分の迷いが大切な人達を殺すのだ。
迷うな、機械は迷わない……そう自分に言い聞かせるシンの双眸から、まるで見えない仮面でも被せたように感情の光が消え去った、その時――、
「おや? そう言えば本物のミルフィーユさんは一体どちらに……?」
いつの間にか二階ギャラリーから忽然と姿を消しているもう一人のミルフィーユに気付き、ウォルコットがふと漏らしたその呟きが、シンの瞳を凍りつかせた。
……To be continued
最終更新:2008年12月07日 10:00