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なきむし狼と羊-02

初めてシン・アスカという少年に出会った時に思ったのは「生意気盛りの少年」というものだった。
勝気そうな顔に、意思の強さを思わせるまるで炎のように燃えているのかとさえ思う真紅の瞳。
自分とは正反対な子だと。

彼の生い立ちを聞いた。戦争で家族を失い、軍隊に入った。一方的なシンパシー。
けれど、共通点はそこまで。
自分の居場所を求めるように、あるいは自分の居場所が無いことに耐え切れずに軍を逃げ場にした自分と、戦争への憎しみを滾らせて軍に入った彼。
片や実験機のテストパイロットとして、ティターンズにおいても厄介者扱いの自分。
片や民間人の少年から、わずか二年でアカデミーを卒業し、エリートの証といわれる赤服と新型機を譲り受けた彼。
類稀なセンスもあるが、きっと、一番異なるのは意思の強さ。怯えている自分と、掴み取ろうとする彼の意思のあり方。

何でこうも違うのだろうか、やり場のない嫉妬にも似た感情を抱いた。


そして、共に戦うようになって思ったのは言いようの無い『悲しさ』だった。
自分のように、奪われ続ける中で必死に戦うのとは全く異なる悲しさ。あれほど見ている方が泣きたくなるような戦いをする人を初めて見た。
血を吐くように、泣き叫ぶように吠え、自分の魂ごと切り裂くように剣を振るう。

『まだ死ねない!!こんなところで死んでたまるか!!』 『もう倒れたい。ここで倒れて楽になってしまいたい…』
『まだやらなければいけないことがあるんだ!!』 『早く終わらせたい、全てを終わらせたい…』

彼の感情がスフィアによって伝わってくるかのようだ。相反する感情がせめぎあって、軋轢が徐々に彼を蝕んでいるのではないかと思える。



トダカというオーブの軍人、シンが沈めた艦隊にいた軍人の一人である彼が、シンの知り合いであったと聞いて以来それは顕著になった。




『シンッ!前に出すぎだぞ!!』

カミーユの焦ったような声と共に、シンのインパルスを見遣ると、敵機にインパルスが囲まれ集中砲火に遭っていた。
突っ込み過ぎて、同じ小隊のレイやルナマリアと離れてしまっていたらしい。

『シン君ッ!!』

セツコは、バルゴラを滑らすと、レイ・ピストルで牽制しつつシンの救出に向かう。
しかし、如何せん余りにも多くの敵機に阻まれ、思うように進むことが出来ない。
ガナリー・カーバーをフルチャージしつつ、射線軸上に味方機がいない事を確認すると眼前に壁のように立ちはだかる敵機に向けて放つ。
3,4機の機体が火花を散らせながら爆散するのを尻目に、インパルスに視線を向けてセツコは凍りついた。


それはMSの戦いかと疑いたくなるような光景があった。

それは青い翼を持つフリーダムのような華麗な戦いという意味とは正反対のモノであった。

十数機の敵機を相手に、強引に叩き付けられたエクスカリバーはひしゃげ、
腰に装着されているライフルのEN残量はとうにゼロなのか、離れたところに投げ捨てられていた。
ビームサーベルとしても使用できる一対のスラッシュエッジは既に片方が大破し、
もう片方のスラッシュエッジは敵機に捻り込んだところでENが切れたのだろう。
セツコが凍りついたのは、その敵機に馬乗りになったインパルスが、切りつけた亀裂にインパルスのマニピュレーターを強引に差込み、
装甲を引き剥がしている場面だった。
返り血のようにオイルに塗れながら敵機のまるで心臓を抉り出そうとするような動きは、生身の人間同士の血みどろの戦いに思えた。
その姿が、そのまま血に染まったシンが人間に馬乗りになって腸を引き裂いているように見え、セツコは強烈な吐き気が込み上げるのを堪えた。


『シン、もう相手は戦意を喪失している!!止めるんだ!!』
彼の上官の声など耳に入らぬかのようにインパルスはケーブルとコードの臓物を引きずり出す。
潰れたトマトのように歪にへこんでいるコックピットを見れば既に敵パイロットがどうなっているのかは想像に難くない。

戦闘はシンを残していつしか終了していた。仲間が、戦場の人間が固唾を飲むというのを確かにセツコは目の当たりにした。



「シン!!」
帰艦したシンを待っていたのは、アスランの拳だった。
避ける気力も無いのか、殴られたシンの瞳にはいつかのような反発心が浮かんではいなかった。
「どういうつもりだ!!あの機体はとっくに戦力をなくしていたんだぞ!?それを、それをお前は……」
命を奪うことを嫌い、出来うる限り不殺を貫く姿勢を持ったアスランには今日のシンの行動は余程腹に据えかねていたのだろう、
シンのパイロットスーツを掴み上げた手が小刻みに震え続けている。

「……スイマセンね。相手を達磨にしてやるなんてお上手な曲芸は自分には無理なんであります」
酷く冷めきった瞳でアスランを見返すシンの表情は、明らかにアスランの尊ぶ不殺を軽蔑したものだった。それに気付いたアスランが眦を更に上げる。
「何だその言い方は!!無理な筈がないだろう!お前程の腕なら戦闘不能にするくらい……」
「手足を捥ぎ取ったくらいじゃ止まらない奴だっています。現に、そうやってカミカゼみたく突っ込んできたオーブのムラサメのせいでミネルバは損害を被ったじゃないですか」
「くッ…」

明らかに痛いところを突かれた為か、アスランの腕の力が目に見えて緩む。
シンが言っているのはクレタ沖海戦のことだろう。
あの戦いでアスランは嘗ての盟友キラ・ヤマトに撃墜され、一機のムラサメの玉砕覚悟の突撃のせいでミネルバは大ダメージを負った。
実質あの戦闘でミネルバを護りきったのはシンであり、それを切欠にアスランの力量への疑問の声が囁かれている。

「手を切っても、足を切っても駄目。だったら、命を潰すしかないじゃないですか?もう絶対に動けないって納得しないと……」


「それが…それがあの戦闘行為の理由だって言うのか?シン」
「カミーユ…」
シンとアスランの間に入ったのはゼータのパイロット、カミーユ・ビダンであった。
心なしか、カミーユはシンを悲しそうに見つめる。交叉した視線から先に目を逸らしたのはシンだった。

「悪い…少し風に当たってくる…」

シンが通るところの人垣が分かれていく。皆、どう扱えば良いのか把握しかねていたのだ。
セツコは、遠ざかっていくシンの背中が甲板の方へ向うのを見つめ続けていることしかできなかった。
「スマナイ…カミーユ」
「いや、イキナリ殴りつけるのはどうかと思うけど、今日のシンの行動はやっぱりおかしい」
力なく項垂れるアスランの肩に手を置くと、カミーユは元気付けるように話しかける。

「アイツ…何かあったのか…?」
ヨウランが呟くのを耳にしながら、セツコは先日のシンの姿を思い浮かべる。

―――― コアスプレンダーの傍らに崩れ落ちたシン ―――――

いてもたってもいられずに、セツコは足早にシンの後を追った。



案の上、シンは甲板に立って、頭上に輝く月に目を向けていた。
風が弄ぶままに髪を揺らせ、その身を任せる姿が、先ほどの凄惨な殺戮を繰り広げた人物とは思えない。
月明かりに赤く発光するように、ボウッと浮かび上がるシンの紅の瞳に暫し見惚れてしまったセツコは、
一瞬何故彼の後を追ってきたのかを忘れてしまう。

「どうかしたんですか?」
月に目を向けたまま、シンの声が甲板に響く。
潮騒に掻き消されてしまうように頼りない声のはずなのに、セツコの耳にはハッキリと聞こえた。
「セツコさんにも…嫌なもの見せちゃいましたね…」
それが、先ほどの戦闘を指しているのは明白であった。

「どうして…?」
この目の前の少年が、根は優しく、不器用だけれども心の底から平和な世界を願って止まないことを知っているつもりだった。
例え、上官へのあてこすりにせよ、あのような振る舞いをするようには見えないのだ。
「この前…クレタの時に…俺が沈めた艦隊にいたんです…オーブで俺を助けてくれた軍人…」
月から目を移し、正面から射抜くように見つめてくる紅に、鼓動が高鳴った気がする。
「恩人だって、そう強く言えるほどの間柄でも何でもないです。名前だってうろ覚えで…」
手すりに背を預けると、一つ、深く呼吸をする。

「でも、覚えてた…あの時、周りからコーディネイターだって、そんな目で見られてた中で、たった一人まともに話してくれたオッサンでした。
勝手に自分の娘と年が近いとかで親切にしてきて…だけど、その時の俺は心が上手く機能してなくて、まともな会話にもならなかった。
プラントに来てからも、精々思い出しても、プラント行きを勧めてくれた軍人…ただその程度だと思ってました」

セツコは、絹糸のような髪を風に乱されるのを抑えながら、シンの言葉、一言一句に耳を傾ける。

「けど、違ったんです…まともに話してくれた事が…それがスッゲェ救いだったんです。
当たり前が無くなってたから、当たり前に接してくれたことが救いになってたんです。でも……でも俺はそれを断ち切った…
以前アイツが…アスランが言ってたんです。『銃で撃った人の命の分だけ銃は重さを増す、それが人を殺す事だ』って…
かなり気に入りませんけど、どっかで俺もそうかもって思ってました」

シンは瞑目する。何かに懺悔しようとするように。

「セツコさん…俺に妹がいたって知ってましたっけ?」
唐突な話題の振りに、セツコは一瞬ドキッとしてしまうが、上手い言葉も見つからず、ただ頷くだけだった。
彼には妹がいて、その妹はオーブの避難の際に無惨に死んでしまったと、その形見の携帯をシンが肌身離さずもっている事を。
やけに不釣合いに可愛らしい趣味の携帯だなと思っていたところに、ミネルバのメイリンがそう言ってきたのだ。
なまじ形として残ってしまうから、余計に縛られている…
自分には形見と呼べるものが無かった、それが寂しいと思える代わりに、セツコは自分の家族というものに深くまで捕らわれていなかった。

「よく前は家族の夢を見てたんです。妹は…マユは甘えん坊で、すぐに引っ付いてくる奴で、イタズラ好きでそれを追いかけてって、
母さんと父さんが笑って見てて……」

大切な家族の思い出に思いを馳せている故だろう、シンの瞳が、滅多に見ない程に柔らかなものになる。

「ピクニックに家族で来てて…母さんの作ったハンバーグをマユと取り合っこしたり。
父さんが作ったおにぎりはでっかくて、マユや母さんには大きすぎて食べきれないって、不評で…
結局俺と父さんが片付けるハメになって…以前はそんな夢をよく見ていました」

「今は…見ないの?」

「途中までは同じです。でも…でも皆で弁当を食べてると、夢の中の俺はビックリするんです。
母さんが朝早くから作ってた筈のハンバーグなのに、硝煙の匂いがして、何だか鉄のような味がするんです…
どのおかずを食べても、みんな一緒。俺は堪えきれなくなってミネラルウォーターを飲むんです。
でも、ドロッてして、喉に絡みつく……それに生臭くて、思わず吐き出すと水なんかじゃない、血なんです。
自分がハンバーグだって思ってたのは誰かの千切れた腕で、おにぎりだって思ってたのは焼け焦げた誰かの顔で…
弁当を食べてたのが公園のはずがいつの間にかMSの残骸ばっかりの中で……そこで目が覚めるんです…」

セツコは目眩がした。味覚を失ってしまった自分と、夢の中とはいえ、どれを食べても血の味しかしないシン。
まるで、見えない誰かがシンの心が、家族を汚さないように、彼に家族の夢を見ることを遮断しているように思えた。

「ああ、こういうことかって…銃が重みを増すとか、アスランの訳のわからない言葉はこういうことかって……奪った命がへばりついてくるんですね、
きっと、のうのうと自分の命を奪ったものが生き永らえて、夢までみようとしているのが許せない」
「それは、シン君が優しいから…だから、奪ってしまった命を背負ってしまうくらい優しいから…だから…ッ」

上手く言葉に出来ないことがもどかしかった。
この今にも崩れ落ちそうな少年に、いつか見た無邪気な笑顔を取り戻させるような、そんな魔法のような言葉があれば縋りたかった。
けれど、口を突いて出るのは、要領を得ない言葉ばかり。あまりの不甲斐無さに涙が込み上げてきそうになる。

「ありがとう、セツコさん…でも…もういいんです…」

何がいいのか、どうしてそんな諦めた顔をするのか、そう聞いてしまいたいのに錆付いたように喉が動かない。

「今日の戦闘で確認しました。納得も……」

確認?
納得?
「何を…」

「俺は人殺しなんです…」



「――――――― ッ!?だけど、だけど、それでもシン君は違うでしょ?平和な世界を作りたいって…」

余りにも胸を締め付けるような言葉に、それを否定したくて、けれどもセツコには必死に言葉を搾り出すことしか出来なかった。
「それは今でも変わってません。けど、俺は人を殺すことでしかそれが出来ない……『作るまで』の人間なのかもしれません…」

『まだ死ねない!!こんなところで死んでたまるか!!』 『もう倒れたい。ここで倒れて楽になってしまいたい…』
戦闘中に流れ込んできたシンの悲しみ。相反する意思と思ったが、違っていたのだ。

まだ死ねないのは、やるべきことがあるから。それが終わったら倒れてしまいたい。楽になりたい。

「シン君は…もし、叶うことなら……また妹さんに会いたいの?」

擦れるように搾り出せた自分の言葉にセツコは絶望してしまう。
よりにもよって、こんな言葉など出てきてしまうのだろうか。こんなにも役に立たない喉ならいっそなくなってしまえばいいのに!!
シンは、その言葉に目を見開く。当然だろう、「死にたいの?」と問うているようなものだ。怒っても無理はない。
しかし、シンは予想外に唇を微かに緩め、泣き顔のような笑みを浮かべる。


「会えませんよ」


断定する言葉だった。諦観、失望、寂寥、虚無、確信を綯い交ぜにした声に、セツコは言葉を失う。


「きっと、俺はね。マユのいるところには絶対行けませんよ。いや、行っちゃいけないんですよ…」
「それって…キャッ」

海から吹きつける風が一段と強くなり、セツコは短いスカートが捲れてしまわないように、思わず可愛らしい悲鳴を上げて抑える。

「風も冷たくなってきましたし…戻りましょうか?」

穏やかに笑みさえ浮かべるシンに、セツコは自分の言葉がシンを傷つけたと、何処か確信めいた思いを抱いていた。
謝る言葉さえ、謝るべきかさえわからぬ自分への嫌悪感と、シンに対して先程から収まることのない動悸に胸の裡が掻き乱されていた。
シンは既に、セツコに背を向け、艦内に戻ろうとしていた。
「そうだ…」
ふと、何かを思い立ったように、シンは足を止める。

「セツコさん…狼と羊が出る絵本って知ってますか?」
「狼と羊の……絵本?七匹の子山羊なら知ってるけれど…」
「あはは、やっぱりマイナーなのかな…俺もタイトルは覚えてないんですけどね…マユが好きだったんです。
読むたびに泣くのがわかってるくせに、いつも読むのをねだられて、案の定泣くのを俺はうんざりして宥めるんです」

懐かしむように、顔を俯かせる。

「どんなお話しなの?」

幼い少女が何度も読むのをねだってしまうようなお話しなら、きっと可愛らしいものだろうと心惹かれる。
しかし、シンはそんなセツコに皮肉気な笑みを微かに浮かべて答える。



「羊に憧れた狼が最後に自殺するお話しですよ」




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最終更新:2008年11月30日 00:06
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