萩原雪歩

ケース1:萩原雪歩の場合


 ――萩原雪歩。
 性格は温厚、しかし臆病な面が強くちょっとしたことでもすぐに塞ぎこんでしまうこともあり会話の際には注意が必要。
 とりわけ男性(と犬)に対してはさらに警戒心を強めるのでその点を忘れないように。

 ……事前に手渡された資料を反芻するように思い出し、閉じていた目を開く。
 目の前には自分と同年代の少女、ただしその距離は約5メートル。会話するような距離じゃない。
 一歩近づけば一歩遠ざかる。三歩近づけば三歩遠ざかる。
 さらに三歩近づけば三歩遠ざか……ろうとしたところで壁に背をぶつけておろおろと辺りを見渡していた。
「あ~……」
 そこから一歩近づこうとして相手が今にも溢れ出そうなほど目に涙を溜めているのが見えた。
 気分は人質取られた警察官。「これ以上こっちに近づいたら、ズドンといくぜ?」みたいな。
「まぁいいか、え~と顔合わせを兼ねたミーティングなんだけど」
「は、はいぃ」
 聞き取りにくいが声はなんとか聞こえる。が、やはりめちゃくちゃやり辛い。
「じゃあ自己紹介から。俺はシン・アスカ。シンでいいから」
「シン、さん?」
「さんはいらない。同い年だし、プロデューサーって言っても実質マネージャーみたいなもんだし」
「え、でも……えぇと」
 あぅあぅと何か言いたげに呟いているようだがその声はこっちまで届かない。正直少しイラついてきた。
「……分かった、萩原。俺はこれから遠慮とかそういうのは無しで行く」
 え? という声をとりあえずは無視して話を進める。
「ハッキリ言うけど俺はこの手の仕事なんてしたことないし、っていうかするはずもなかったんだけ
どいろいろ事情があってやむなくっていうかそれ以外に選択肢なくて選んだとはとても言えないんだけど……」
「は、はぁ」
 ――ヤバイ、自分で言ってて凹んできた。
「と、とにかくそれでも全力は尽くすから。もしどうしても俺じゃ駄目だって言うんならいつでもプ
ロデューサーと代わるし」
 少なくともいきなり出てきた自分よりは、と言ったところで申し訳なさそうな表情が目に入った。
「ぐすっ、駄目ですね私。シンさんは自分で選んだわけじゃない仕事なのにそんなに一生懸命にして
くれてるのに、自分でアイドルになろうって決めたはずなのに私はいつも気を使ってもらってばかり
で……情けなくて埋まってしまいたいです」


 ――埋まる?
「あの……わ、私頑張ります!」
 そう言いながら一歩、近づいてくる。
「まだまだ、その、全然足りないところも多いですけど」
 さらに一歩、そしてもう一歩と距離を詰めてくる。
「その、あの、よ、よろしくお願いします……」
 顔を真っ赤にしながら、それでもシンの目の前に立ってぺこりと頭を下げた。
 ……なんとなく、理解できた。資料の最後の一文。
 ――基本的に頑張り屋だから、優しく見守ってほしい。
「ああ、よろしくな萩原」
「あの、私も雪歩でいいです」
「わかった。え~と、雪歩?」
「う……は、はい」
 さらに赤くなって縮こまってしまった。なんかこっちも気恥ずかしくなってきた。
「そ、それにしてもあれだな。はぎ……雪歩って小動物みたいだよな」
 誉め言葉のつもりだった。しかし雪歩は一瞬大きく目を開けてうろたえ、そして一気に落ち込んだ。
「そ、それは私が頼りないからでしょうか?」
「え? いや違……」
「うぅっ、すいません、気が弱くてすいませんひんそーですいませんこうなったらもう穴掘ります!
その中で埋まってます!」
「いやだから違うって……ってどっから出したんだそのドリル!? 
そして事務所の床を掘るなぁぁぁぁぁ!!」

 ……かくしてシンの初仕事は終わったが、いろんなものにポッカリ穴が空いてしまった。

 シン・アスカの初任給→事務所の修理費にボッシュート
                              ――ノーマルコミニュケーション





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最終更新:2008年07月11日 20:10
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