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真と雪歩-02

 結果だけを言えば、彼らは地獄を見ることはなかった。ほとんどが初撃で意識を彼方まで
吹っ飛ばされたからだ。
 うち何人かはナイフまで持ち出してきたが、使い慣れない得物を持った素人相手に遅れを取
るほど鈍ってはいなかった。
 ……その素人相手に、思いのほか手こずらされはしたが。
「なんていうか、締まらないよなぁ」
 今の心境を例えるならまさに『ついカッとなってやった。今は(ry』である。
 おかげで自分が何のためにここに来たのかもすっかり忘れ……

「ってそうだ! 雪歩、大丈夫か!?」
「は、はいぃ」
 立ち上がらせようと手を伸ばすが、怯えて涙を溜めた瞳と目が逢って慌てて引っ込める。
「怪我は?」
「こ、腰が抜けて立てないですけど……大丈夫、です」
「そっか、よかった」
 1mほど距離を置いてからホッと息を吐く。
「なんで突然いなくなったんだよ。みんな心配して探し回ってるぞ」
 問いかけるが答えは返ってこない。まぁ大体想像はつくのだが、言いたくないことをわざわ
ざ言わせることもないだろう。
「まぁいいか、とりあえずプロデューサーに連絡しないとな」
 ポケットから携帯を取り出そうとして、不意に走った痛みに取り落としてしまった。
「シンさん!? 血が……」

 右手の甲に細く刻まれた赤い筋から血が流れ出していた。決して深い傷ではないが意外に血
の出が激しい。さっきの立ち回りで捌き切れなかったのか、ナイフによってつけられた傷であ
るのは確かだった。
 ――ホント、締まらないな。
 苦々しく傷口を睨みつけ、溜まった感情を溜め息とともに吐き出して済ませることにした。
「大丈夫、けっこう派手に見えるけどそんなに深くないから」
「で、でもそんなに血出てますし! なんか赤いですよ、もの凄く!!」
 ――いや血って元から真っ赤だから。
 あわあわと尻餅をついたまま慌てふためく雪歩のおかげで気分が幾分か和らいだのが救いだった。
 ふと視線をずらすとその背後に駆け寄ってくる少女の姿を見つけて、咄嗟に右手をポケットに突っ込んだ。
「雪歩! シン! 大丈夫!?」
「ま、真ちゃん!」

 ステージ衣装にスーツの上着を羽織った真が息を切らせながら駆け寄ってきた。倒れた男たちを見て
戸惑った様子だったが、すぐに気を取り直して雪歩の傍にしゃがみ込む。
「怪我は? それにその、酷いこととか……」
「だ、大丈夫。助けてもらったから」
 よかった、と呟いて真も地面に尻餅を着いた。どうやら安心して気が抜けたらしい。
「本当に無事でよかった」
 心の底から安堵の表情を浮かべた真を見たせいか、雪歩の目から溜まった涙が流れ出していく。
「ごめんなさい……心配掛けて、本当にごめんなさい」
「大丈夫、ボクは気にしてないから」
 泣きじゃくる雪歩をあやすように真は頭を撫で続けた。
 自分はあんな風に慰めることはできなかった。助けることはできたものの、元の世界にいた頃ならば
無傷で無力化できたはずの相手に手間取ったばかりか傷まで負わされた。
 半端な自分に、軽い嫌悪感を覚えた。

「……プロデューサーに連絡入れてくる」
  何かに耐えられなくなって二人から視線を外し、逃げるように歩きだす。何故か分からないが二人が
とても眩しく見えた。
「あ、待ってくださいシンさん! せめて右手の手当てだけでもしないと!」
 ――逃げられなかった。っていうか少しはカッコつけさせてください雪歩さん。
「傷って、シン!?」
 キツイ視線をこちらに向けながら真が歩み寄ってくる。その有無を言わさぬ迫力に少し気圧された。
「いや大丈夫だって、全然傷は深くないから」
 と言うには言ったのだが、そんなことは耳に入らないようだった。無言でこちらの右手を引きずり出す。
止血もせずにポケットに突っ込んだせいか、右手の甲全体が真っ赤に染まっていた。

「酷い……」
 見てくれだけだ、と言おうとしたがそれよりも早く真はファンシーなキャラクターが描かれたハンカチを
取り出して右手に巻きつけてきた。明るい色調の布地がじわじわと濃い赤に侵食されていく。
「だから平気だって……って痛っ!? キツく締めすぎだ!!」
 こちらの抗議の声を悉く無視して傷口を縛り、ハンカチの両端を固く結んだ。
「よしっ、これで終わり!」
 締めにバシッ、と右手を叩かれて激痛が脳髄まで駆け上がった。
「ッ~~~~! 傷を叩くなよ!?」
「ゴメン、でも怪我したならちゃんと言わないと。意地張って悪化したら大事だし」
 言い返そうとして言葉に詰まった。心配させないためと思って右手を隠したのだが、意地と言われて
否定できない自分がいるのも確かだった。

「……悪い、コレちゃんと洗って返すから」
 すでにほとんど真っ赤に染まってしまったハンカチを掲げながら謝るが、真は頭を振った。
「いいよ、それよりさ」
 ん? と先を促すがそこで黙り込んでしまった。どこか言葉を探すように真の視線が泳ぎ、やがて
真っ直ぐな視線がこちらに向けられる。
「ありがとう、ボクの友達を守ってくれて」
「……あ~」
 視線を外すと雪歩と目が合った。おどおどしながらも頭を下げる少女からも目を背ける。
 嫌なわけではないが、何か気恥ずかしかった。
「と、とにかくプロデューサーに迎えに来てもらわないとな」
 今度こそ携帯でプロデューサーにコールする。
「…………?」
 ふと公園の入り口に目を向けると、少女が息を切らせながら何かを探しているように周囲を見渡していた。

 ――呼び出し音が耳の奥に響き渡る。なにかトラブルでもあったのか、プロデューサーはまだ出ない。
少女の目がこちらに向くと同時に動きを止める。正確に言えば雪歩と真の方を見て、だが。
 ――呼び出し音が鳴り続ける。プロデューサーはまだ出ない。
 おもむろに少女も携帯を取り出し、どこかに連絡を取った。相手がすぐに出たのか、短い会話の後で携帯は
しまわれた。
 ――呼び出し音が中途半端なところで途切れ、聞き覚えのある声が耳に届いた。
『シンか!? 雪歩は見つかったのか!?』
 その声に応える事は出来なかった。夜闇の中で不自然なほどギラつかせる少女と、その背後から
地響きを上げて迫り来る少女の群れに意識を釘付けにされていた。
 ――思い出す、市民ホールを埋め尽くさんばかりの客の数を。
「……プロデューサー、雪歩は見つけました。それと駅前まで車回してください、大至急に」
 後ろを振り向く。真は顔を真っ青にし、雪歩も何かを察してか怯えていた。

『何? 駅前って……』
「いいから早く! このままだと飲み込まれるっ!」
 そこで通話切り、真たちの方に向き直る。
「駅前まで走る! 立てるか雪歩!?」
 問いかけるがどうも状況を把握しきれてないらしい。だが、まだ腰が抜けたままなのは分かった。
「仕方ない、背中に乗れ!」
「え? えぇ!?」
「早く!」
 まだ何が起こっているのか分からない雪歩を真の手を借りて何とか背負うことに成功した。
「しっかり掴まって……」
 と言いかけて、見た。見てしまった。

 公園を埋め尽くさんばかりに侵入してきた、真ファンの少女たちを。
「逃げろーーーーーーっ!!」
「うわうわわわわわっ!」
「え? えぇ!? えええぇっ!?」
 駅を目指して必死に足を動かす。
 真ファンの群れは今日のライブが中途半端に終わったせいか、この前以上の気迫を放っていた。
「アレに気付かなかったのかよ、真!?」
「だって雪歩探すので精一杯だったし!」
「せっかく上着貸したのに!」
「というかこれ着てても結局目立つと思うんだけど!?」
「あ~もうそんなことはもういい! とにかく駅まで走れーーー!!」
 後ろで雪歩が「はらほれひれはれ~」などと言いながら目を回していたが、それを気にする余裕はなかった。
 ――結局この前と同じオチかよ!
 心の中で絶叫しながらシンたちは夜の街を走り続けた。
その後、命からがら駅前まで逃げ切ったシンたちは無事プロデューサーの車に拾われたのだった……


「減給だね、大幅に」
 翌日、社長室に呼び出されたシンは高木社長の冷酷な宣告にカコンッと顎を落下させた。
「え? あれ? 俺そんな大それたことしましたっけ?」
 包帯を巻かれた手でこめかみを押さえながら問いかける。だがそんな苦し紛れの言い逃れはすでに
道を塞がれていたようだった。
「小鳥君」
「はい、まず代理も立てずにライブの会場を離れたのは大きなマイナスですね。そのおかげで真さんも
簡単に抜け出せたわけですし」

 うっ、と呻くがそれに構わず音無小鳥は容赦なく続ける。
「それに雪歩さんが襲われていたから順序としては大丈夫ですけど、有無を言わさず相手を殴り倒して
しまったのもちょっと問題です。まぁその他諸々に加えて真さんのことも責任は自分にあると言ってしま
いましたから、今月の給料はこんな感じですね」
 懐から出てきた小さな封筒がこちらに差し出される。無言で受け取るがそこで固まってしまった。
 ――軽い、紙幣数枚分の重みを思い知った瞬間だった。
 中身を取り出すと、ユキチさんが一人無機質な視線でこちらを見つめていた。
「は、ははははははは……」
 ガックリと膝を落とす。乾いた笑いが壊れた蛇口から出る水のように勝手に漏れ出していた。

「あ、あの……大丈夫ですか? アスカ君」
「大丈夫、大丈夫ですよ。今はソーメンが安いですから。知ってますか? ソーメンは湯がいてツナと
万能ネギ混ぜてごま油で和えると美味いんですよ……」
 やよいから教わったんですけどねぇ、と呟きながらさらに乾いた笑いを重ねる。この事務所に住んでからというも
の、ずいぶんと貧乏人スキルを身につけてしまっていた。
「なにやら放心状態のようだが、話を続けていいかね? 雪歩君や真君の今後についてなのだが」
 夢から覚めるように一気に抜けた魂が戻ってくる。無言で頷いて先を促す。
「まず雪歩君だが、次のオーディションが決まった。すでにそれに向けてのレッスンを開始しているところだ」
「もう、ですか?」

 驚いた。オーディションに落ちた翌日でここまで早く次のオーディションが決まるのはいくらなんでも早すぎる。
「転ばぬ先のなんとやら、とね。まったく、未だにスケジュール管理が出来ていないというのにこういう
ところで気を利かせるとは……」
 後半は小声で何と言っているのか分からなかったが、とにかくこういう展開を見越して先手を打っていたらしい。
「上手く行けば次のステップへと進めるだろう。そして真君だが、次はデュエットで新曲を出そうと思っている」
 そう言いながら社長はカセットレコーダーを差し出してきた。
「もう曲の候補も決まっている。聞いてみるかね?」
 無言で受け取り、イヤホンを耳に挿して再生ボタンを押した。
 ――とてもストレートで純粋な歌だった。未来へと突き進む強い意志を感じさせる曲だった。
 そして何故か、脳裏には真と歌う『もう一人』の姿が鮮明に浮かび上がった。
「まだ仮歌を入れた段階だが、どう感じたかね?」
 どう言葉にしていいか迷ったが、あまりにもありふれて凡庸な言葉以上のものが浮かばなかった。
「歌のことはよく分からないですけど……良い曲ですね」
 その言葉に社長がニヤリと笑った、ように思えた。相変わらず顔見えないけど。

「気に入ってくれて何よりだ。では次も真君たちに付いてくれたまえ」
「……いいんですか?」
「私を誰だと思っているのかね?」
 ――いや、そんな堂々と権力を主張しなくても。
「話は以上だ。さぁ、キリキリ働いてくれたまえ」
 せめてユキチさんをもう二人、いや一人でも! と主張したが却下された。
「男ならけじめをつけるのが筋だろう?」
 という至極正論を言われてすごすご引き下がらざるを得なかった。
 ……やよいに貧乏レシピをまた教えてもらおう。
 そう思いながら、社長室から退室した。

「……行きましたか?」
「あぁ、もう入ってきて構わんよ」
 シンが出て行ったドアとは違うドアが開き、プロデューサーが社長室に入ってきた。
「社長も人が悪いですね、口座にはしっかり残りの分を入れているのに」
 先ほどのやり取りをしっかり聞いていたのか、プロデューサーは呆れた顔を社長に向ける。
「これも勉強だよ、彼はどうも短気で突っ走りやすいからね」
 こうして学ばせるほうが手っ取り早い、と言いながら社長は笑った。
「でもプロデューサーさん大丈夫なんですか? 確か結構いいマンションに住んでいるんでしたよね?」
 小鳥の言葉に苦笑しながらプロデューサーは特に気負った様子もなく答える。
「まぁさすがに今月減給は痛いですけど、多少貯えはありますし。元はといえば俺の責任ですから」
 雪歩の監督不行届、という点ではシンよりも責任は重い。シンの行動にも問題はあったが、それは
プロデューサーが雪歩から目を離さなければ起こり得なかったはずのことなのだから。
「男ならけじめをつけるべき、でしたよね社長?」
 うむ、と返す社長の目には強い信頼が宿っていた。


 社長室を出てすぐに、二人の少女と出くわした。
「真に雪歩? なんでここに?」
 声を掛けると雪歩は慌てて真の背中に隠れてしまった。やはりまだ警戒されてるらしい。
 ――当然か、目の前であれだけのことやっちまったし。
 我を忘れて暴れまわった姿を目の当たりにすれば誰だって近寄らなくなるだろう。
「社長に呼ばれたって聞いたから気になって。何か言われた?」
 ありのままを話すことは躊躇われたので首を横に振った。ただでさえ心配そうな顔をしているのに、
それをさらに曇らせるようなことはしたくなかった。
「ちょっと叱られただけだから。でもなんで雪歩まで? もうレッスン始まってるって聞いたけど」

「それは……」
 と真が言いかけたとき、雪歩がおずおずと姿を現した。
「あの、その、えっと」
 視線が落ち着かず、そわそわと身体を動かしながらも何かを伝えようとしている様子が伝わってきた。
 何も言わずに待つことにする。
「き、昨日は、助けてくれてありがとうございました!」
 気弱な雪歩から放たれたとは思えないほどの声に驚きながら、何とか言葉を返す。
「いいってそんな気にしなくても」
「いいえ! 本当なら昨日しっかりお礼をするはずだったのに……私は、私は!」

 ――ちょっと待った、そのスコップとツルハシで何する気ですか? 今財布の中にはユキチさん一人
しかいないんですが。
「お、落ち着いて雪歩! ちゃんとお礼言えたから!」
「うぅ~……真ちゃぁん」
 涙目で道具をしまう雪歩と、それをなだめる真、
 二人を眺めながら先ほど聞いた曲を思い出す。
 ――この二人が歌えば、もっと良い歌になるだろうな。
 懐は寒風が吹いていたが心は温かくなった、ということにしておこうか。
 ……とりあえずソーメン買いに行こう。

 菊池真・萩原雪歩 『まっすぐ』 Coming soon……





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最終更新:2008年07月11日 20:02
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