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シン・アスカの誕生会-01

765プロの誕生パーティー


 765プロはいつも以上に慌しい朝を迎えていた。
「ふふふ……念に念を入れてさらに入念なチェックを重ねたこの綿密なスケジュールと予算配分!
我ながらパーフェクトな仕事だわ」
「あの、私も手伝いましたよね? 完璧なのは認めますけど」
 眼鏡をキラリと輝かせながら軽く自己陶酔する律子に小鳥は小さく抗議するが、その小さな声は
華麗にスルーされた。
「さぁみんな! プリントは行き渡ったわね? そこにある通りに行動するように。一秒の遅れは一つ
仕事が潰れることと同義と思いなさい。いいわね!?」

 おー! と気楽に掛け声を上げるやよいと双子、春香だったが、他のアイドル達はスケジュールに
目を通しながら軽く困惑していた。
「このスケジュールだと、移動のときくらいにしか休めそうにないですね」
「かなり予定が詰まっちゃってるわねぇ……」
 ラジオと音楽番組の出演で一緒に行動する千早とあずさは仕事と仕事の間に捻じ込まれた予定に
難色を示していた。
「ボクのほうもちょっと辛いかなぁ、移動時間を考えるといつ戻れるか分からないし」
「あ、あの……今日の取材っていつ終わるか分からないんですけど」
 外回り組である真と雪歩も不安を隠せない様子だ。同じく外回りの美希はまだ半分夢の中にいるようで
頭をメトロノームのように揺らしている。
 対して今日の負担が少ないメンバーはプリントを眺めながら各々の与えられた役割にそれぞれ
思いを馳せていた。

「ケーキ作りかぁ。またプロデューサーさんに試食頼んじゃおうかな」
「アイツのために働くのは気が引けるけど、まぁ一年に一度くらいならサービスしてもいいわよね」
 さりげなく意中の相手にアピールを企む春香となんだかんだで既に紅茶に合う菓子をピックアップを
し始めている伊織はケーキと菓子の製作・調達を担当、
「んっふっふ~、おにぎりをた~くさん作って」
「そのうち何個かにわさびをた~っぷり入れるとか!」
「ふ、二人とも普通に作らないと」
 バイキング形式の夕食の品々は亜美・真美とやよい、そして今回の企画全体の指揮を取っている
律子が担当である。その他のアイドル達はミーティングルームの飾り付け等の役割を与えられていた。
 パンパンと手を叩いて律子が全員の視線を集める。
「ハイハイ、言いたいことは多いだろうけどまず聞いて。正直かなりキツいスケジュールなのは認めるわ。
前々から話は出てたけどみんな忙しくて前準備もできなかったしね。この話を提案した当人が後先考えず
仕事を入れすぎたのが原因と言えなくもないけど」

 ジロリと脇に逸れた律子の視線を美希を除く全員が辿る。アイドル達の輪から外れて成り行きを見守っ
ていたプロデューサーが申し訳なさそうに頭を下げていた。
「まぁ、今に始まった話でもないけどね。それはそれとしてもし時間に間に合わないようならプロデューサー
に連絡して。今回の責任を取るってことで空いた穴を塞いでくれるらしいから」
 それならば、と全員から安堵の空気が漏れる。仕事を疎かにすることなく、かつ今回の企画を円滑に進め
られるのならば何も問題はないからだ。
 反面、プロデューサーの負担は増える一方なのだが。
「それでも忙しくなることには変わりはないんだけどね。今ならまだ多少手を抜くってこともできるけど、どうするみんな?」
 そう言って律子は全員の顔を見渡す。寝惚け眼の美希以外の目には真剣な輝きだけがあった。
「改めて聞くまでもなかったわね。よし、じゃあ今日はいつも以上に張り切っていきましょう!」
 おー! と今度は全員が気合の入った声を上げた。
「あふぅ……まだ眠いの~」
 ――約一名を除いて。


「ふむ、どうやら滞りなく進められるようだね」
「社長」
 プロデューサーが背後を振り返ると、いつの間に部屋に入ってきたのか社長が立っていた。
「今週はみんな過密スケジュールだったが、いやはや女性は強いねぇ」
 スケジュールのくだりは原因が自分であるだけにプロデューサーはその言葉に苦笑いを返すことしか
出来なかった。

「それにしても、ここまでみんなが乗り気になってくれるとは思っていませんでしたよ」
 うむ、と頷いた社長と共に春香達の方へ視線を向ける。買出しの相談をしているようだった。
 いつもは意見をぶつけ合う伊織と亜美・真美だったが、今日は見ていて驚くほどに大人しかった。
「それだけ仲間意識を築くことが出来た、ということだろう。彼女たちも、そして彼も」
 仲良きことは美しきことかな、と呟いた後で思い出したかのように社長が疑問を切り出した。
「そういえば彼は今どこに? 事務所の中にはいないようだが」
「臨時休暇を出しました。最近彼も事務と兼業で働き詰めでしたしね。あと事務所は夕方まで改装すると
伝えてるんで帰ってくるのは早くてもそのくらいかと」
 その言葉を聞いて、社長は苦笑を交えて感心した様子だった。
「君も食えない男だな」
 社長ほどじゃないですよ、と返して二人で笑いあう。
「いい日になるといいですね」
「ああ、今日は彼にとって特別な日だ。いい日にしなければ勿体ない」

 ――9月1日、
 今日はシン・アスカの誕生日だった。


 街中の一角、ファーストフード店やレストランが建ち並ぶ通りに設置されたベンチにシンは座っていた。
 傍らにはワンコインのハンバーガーがギュウギュウに詰められた紙袋が置かれ、その内のひとつを不機
嫌な顔でがっついている。
 ――どこからどう見てもヤケ食いだった。
 というのも、一週間ほど前から周りのシンに対する態度が変わったことが原因であるからだった。
 いつものように事務の仕事を手伝おうと律子に声をかければ、
「今はそんなに事務の仕事は溜まってないから。ほらほらあっち行った!」
 と追い払われ、たまたま出くわした春香に挨拶すれば、
「え、え~と……ごめんなさい! 今ちょっと忙しいから!」
 と露骨なまでに逃げられ、いつも以上におどおどしていた雪歩にどうかしたのかと声をかければ、

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 と叫ばれてどこぞの古代怪獣も真っ青なスピードで地面に潜られた。
 余談だが事務所内であったため、また修理費を給料から差っ引かれたのであった。
 他のアイドル達やプロデューサー、社長や小鳥までもほぼ同じ時期からどこかよそよそしくなったよう
に感じていた。
 おまけに今日は改装だかで締め出された。近日中に何があるわけでもないというのに唐突過ぎだ。
「なんだってんだよ、ったく!」
 ガツガツと一気にハンバーガーを食べ終える。包装紙を丸めてゴミ箱に放り投げるが、かすりもせずに
地面に落下した。
「はぁ……」
 溜め息を吐いてシンは空を仰いだ。
――自分に何か落ち度があったのだろうか?


そう考えても思い当たる節がなかった。もちろんそれは自分が思い出せる範囲でのことであって、気付
かないうちに何かしでかしてしまったのかもしれないとも考えていた。
(……勝手が違う、か)
 この世界に来て随分と時間が経った。その間でどうしても出てしまう認識のズレをなんとかなくそうと
努力はしてきたつもりではあった。
 ――それでも、自分が違う世界の人間であることに変わりはない……
 雑踏に紛れて届いたメロディに反応してシンの顔が上がる。近くのCDショップで自分のよく知るアイド
ルたちの新曲PVが流れていた。

(思い出をありがとう、か)
 今回も良い曲だった。レッスンにも立ち会ったがみんな楽しそうに歌い、踊り、笑っていた。その輪を
いつの間にか崩してしまったのではないかと思うと憂鬱だった。
「一度離れてみたほうがいいかもな」
 自嘲の笑みが浮かぶ。765プロ以外に行く当てがあるはずもない身で何を言っているのか。
 再び紙袋に手を突っ込んで新たなハンバーガーを取り出す。
「あの……」
 そんなか細い声が聞こえた。人通りの多いこの場所ということもあって自分以外の誰かに当てられた
ものではないだろうと判断して構わずハンバーガーにかぶりつく。
「あの、えっと、そこのカッコいいお兄さん?」
 疑問形かよ、とハンバーガーを頬張りながら心の中だけで突っ込む。まぁ自分には関係ないことだろう
から知ったことではないのだが。
「え~とえ~っと……そ、そこの死んだ魚のような目で黙々とハンバーガーを食べているお兄さん!」

 ――グシャリ。
 気付けば包装紙ごとハンバーガーを握り潰していた。指の間からはみ出たケチャップが血のようにべったりと右手に纏わりついた。
 ぐるりと周囲を見渡す。さっきの呼びかけで誰のことか察したのか、大半の人間はこちらを見て見ぬ
振りをしているようだった。
 そんな中、ただ一人こちらを注視している少女がいた。
 ――暦の上ではもう秋とはいえ未だ残暑が厳しいというのに驚くほどに白い肌、透き通るようなロング
の金髪に吸い込まれそうな深い翠の瞳、どこか幼さを残した顔立ちから自分と同じくらいの年齢であるこ
とが窺える。小柄な身体を抱くようにして立っていたが、よく見てみると両手に小さな紙袋を抱えていた。
 第一印象としては可愛い娘だなと感じた。自分の知るアイドルたちと比べてもさほど見劣りするように
は思えなかった。
 まぁ、それ以外に問題があるのだが。
 営業で覚えた形だけのスマイルを浮かべて手招きする。どこか怯えたような表情だった少女は一転して
親を見つけた子犬のように安堵の笑みを湛えながら駆け寄ってきたので、
 直後に頭を全力で叩いた。

「いたっ!? いきなり何するんですかぁ!?」
「うるさい! それは俺のセリフだっ! どこの誰かも分からない奴に死んだ魚の目とか言われる筋合い
なんてない!!」
 涙目を浮かべる少女に指を突きつけながら叫ぶ。周りの視線が一斉に非難の色に染まったがあえて無視する。
「だいたい何だアンタは? いきなり呼びつけて、どっかのキャッチセールスか?」
 疑惑たっぷりのまなざしを向けると、少女の顔が今にも泣き出しそうな顔に変わった。
 ――理由は分からないが、唐突に罪悪感が押し寄せていた。
「……とにかく、何の用もないならこれっきりだ。じゃあな」
 ハンバーガーの詰まった紙袋を抱えて立ち上がり、背を向けて歩き出す。
「あっ、待ってください!」


 呼び止める声を聞かなかったことにして歩き続ける。関わるべきではないと分かっていながらもどこか
後ろ髪を引かれる思いを押し止めながら。
「ま、待ってください~」
ガシッ、と服の裾を掴まれる。それでも無視して歩き続ける。
「頼みますから話だけでも聞いていってください~」
ズルズルと引きずられながらも少女は抗議を続けていた。
 ――何なんだよ一体。
 そろそろ周囲の目が洒落にならないくらい刺々しいものへと変わっていったが、無心の境地で無視を決め込む。
「お願いです~捨てないで~……」
 遂には涙声でトンデモないことを言い始めた。
「あのなぁ、いい加減に」
 しろよ、と言いかけて気付いた。
 警官が二人、こちらを見ながら何かを話し合っている。

 ――マズイ。
 直感する、このままではほぼ確実に状況は悪化の一途を辿ってしまう。
「あぁもう! なんだってこんなことに巻き込まれなきゃなんないんだよ」
 今日は厄日だ、と内心で愚痴りながら少女の手を引っ張り上げる。
「……分かった、話だけは聞いてやる。だけど条件がある」
「はい?」
「とりあえず、場所を急いで移すぞ」
 まずは人ごみに紛れて警官を撒かなきゃな、と傍から聞けば完全に犯罪者な呟きを残して少女の手を
引きながら人波の中に身を投じていった。





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最終更新:2008年07月11日 20:04
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