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シン・アスカの誕生会-02

「で、結局何なんだよアンタ?」
「ふぁい?」
 海浜公園設置された丸太を模した椅子に腰を掛け、心底疲れきった表情でテーブルを隔てて同じく椅子
に座っている少女を睨みながら尋問する。だが当の本人はハンバーガーをパクつきながら何を言われてい
るのか分からないとでも言いたそうなふざけた顔をしていた。
「……まぁ、もう何でもいいや」
 何もかもを諦めきった心境で少女から視線を外す。警官たちをやり過ごしたのはよかったものの、直後
に少女が「お腹減った足が痛いもうダメ」なんてのたまりやがったので渋々ながら近場の公園で休むこと
にした。少女は現金を持っておらず、片やこちらは財布の中身はそこいらの子供のほうが充実しいてるん
じゃないのかというくらい――というか銅とアルミでできた小銭しかない――だったので仕方なく手持ち
のハンバーガーを分け与えることになった。

 ――もの凄い勢いで減ってるな。
 改めて視線を少女に向けるとクシャクシャになった包装紙が二枚増えていた。この小さな身体のどこにそんな容量があるのかという疑問が浮かんだが、そんなことはどうでもいい。
「とりあえず、話ってのがあるんだろ? 早いところそれ聞かせてくれ」
 正直なところ、話を聞いてさっさと終わらせたかった。だというのに目の前の少女は「あの、えっと、
むぐむぐ」と話を切り出す様子がまったく見られない。
「食うのか喋るのかどっちかにしろよ……っていうか全部食うなっ!」
 慌てて紙袋を覗くが時既に遅し、ノグチさん一人と等価交換したワンコインのハンバーガーはその姿を
消していた。
 一個半はシンの――半分は握り潰してしまったので――、残りの八個は少女の腹の中に。
「んぐ、ごちそうさま」
「ごちそうしたつもりは欠片もない!」
 はぁ、と重苦しい溜め息を吐く。いつになったらこの訳の分からない奴から解放されるのだろうか?
 携帯を取り出すが改装が終わったという連絡はまだ来ない。夕方まで、という話ではあったが出来るな
ら今すぐにでも終わらせて欲しいところだ。

「その携帯電話は……?」
「ん? ああ、今の仕事で借りてるやつだよ。古臭い型だけどまだまだ使える」
 二つ折り式の携帯電話を掲げる。実際はこれよりも多機能で新しい型もあったのだが、元の世界に置い
てきてしまった妹の形見と近い形であったから、というのが選んだ理由だったりする。
 おずおずと少女の口が開かれる。
「あの……今日一日、何も言わずに私と付き合って欲しいんです」
 何を言っているのか分からなかった。というよりも、
「……すでに付き合うどころか散々振り回されてる気がするんだけどな」
「そ、そういう意味じゃなくて! 今からってこと、なんですけど」
 ハンバーガーを食べている間も片手で守るように抱えていた紙袋に新しい皺が出来るほどきつく抱きし
めている。

 いったい、何がこの少女をここまで突き動かしているのかは分からない。
 ……分からないが、
「夕方までなら、時間はある」
 断るという選択肢は何故か浮かばなかった。パッと少女の表情が明るくなる。
 その顔を直視できず、顔を背けながら付け足す。
「……言っておくが、金はないぞ」
「はぅっ!?」
 ――自分で言って虚しくなったのは秘密だ。



 765プロ事務所では着々とパーティの準備が進んでいた。
「プロデューサーさん、ケーキが出来ました!」
「お、美味そうじゃないか春香。伊織、そっちはどうだ?」
 プロデューサーが呼びかけるが、伊織は紅茶の箱を両手に持ちながらうんうん唸っていた。
「あいつのためにこっちの葉を使うのはもったいないわね。でも結構気合入れてお茶菓子選んじゃったし
……あ~もう! どうすればいいのよ!?」
「な、悩むのもほどほどにな」
 そう言いながらプロデューサーは夕食班のほうへと移動する。
「律子、そっちはどうだ?」
「こっちはもうすぐ終わります。まぁパーティー用のオードブルにサイドメニューをいくつか作っただけ
ですけどね」
「うっう~! い~っぱい作りましたぁ~!」
「ハズレもあるけどね、真美」
「シン兄ちゃん悶絶まちがいなしだよ!」
 ハハハ、とどこか引きつった笑いを浮かべながら会場である会議室に向かう。
「こっちのほうは……って、何してるんですかあずささん?」
「あら、プロデューサーさん。飾りつけをしているんですけど、どうでしょうか?」
「……凄いですよ、あの予算でこれだけの装飾できたのなら驚きです。ドアだけですけど」
「あら~?」

 飾り立てられたドアは文字通り輝くほどの美しさを誇るほどだったが、他の場所がごくごく一般レベル
な装飾であったため明らかにそこだけが異様に浮いていた。
「む~、上手くできない。千早、ここどうするの?」
「ここ? ここはこうして……って美希! 私に全部押し付けてどこかに行こうとしないで!」
「だって~」
 あいかわらず妙に要領よく手を抜こうとしている美希に振り回されている千早の珍しい姿に苦笑を浮か
べながら、プロデューサーは助け舟を出すことにした。
「ほらほら美希、頑張らないとやよいたちが作ったおにぎりは全部俺が食べることになるぞ?」
「やる」
 怠惰な瞳に炎が灯った。先ほどまでのゆったりした動きからは比べ物にならないほどのスピードで
飾り付けを始める。

(おにぎり好きとはいえここまでとは。やれば出きる娘なんだけどなぁ)
 と美希の才能――主に怠け方面での――に感心していると、会議室のドアが勢いよく開かれた。
「すいません! 遅れました!」
「うわぁ……凄いです」
 真と雪歩が一緒に飛び込んできた。どうやら仕事が終わった帰りで合流したらしい。
「いや、良いタイミングだぞ二人とも。そろそろラストスパートだしな」
 会議室を見渡す。ドアを除いては無難に飾りを付けられてはいるものの、まだまだ足りないところも多い。
「プロデューサー、こっちの準備はもう終わりました」
 振り返ると律子たちも部屋に入ってきた。残るはこの部屋のみのようだ。
「よし、じゃあこっちを手伝ってくれ。今日は無礼講だ! みんな、思い切ってやろう!」
 おー! と全員の掛け声が会議室に響き渡る。
 ――パーティーの時は近かった。



「――疲れた……」
 公園のベンチでぐったりとうなだれながら、自分でも分かるほどに生気が感じられない声が漏れた。
 あの後例の少女と再び街へ繰り出したのだが、いかんせん軍資金もなしでは出きる事は限られる。結局
主導権を少女に渡して好きなところに行かせることにしたのだが、これが失敗だった。
 ……まるで何もかも初めて見るかのようなみなぎる好奇心を瞳に宿して、小柄な少女は自分を引っ張り
まわした。あれやこれやと興味を持ったものに突撃しては説明を求めてくるのだからこちらが心休まる
時間などありはしなかった。
 その度に喜色満面の笑みを浮かべる少女の姿を見ると、文句のひとつも言う気が失せてしまうのがさら
に困ったところなのだが。
「とっても楽しかったです!」
 ――そう、ちょうどこんな感じで。
 まぁ時間潰しだと思えばそこまで損した気分には……いやここまで疲れさせられたのを考えるとイーブ
ンどころかむしろマイナスか?
「海、綺麗ですね」
 少女の呟きに促されるように視線を海へ向ける。黄昏色の太陽が海面に反射して輝きを放っている。宵
闇が空を覆い始め、うっすらと星や月が見えるようになっていた。
「――最後に、最後にいくつか聞いてもいいですか?」
「……なんだよ?」

 自分の座るベンチから少女はゆっくりと離れていく。徐々に海の方へと向かっていくその背中を目でぼんやりと追いかける。落下防止のために設置された柵の傍まで歩いたところで、少女はこちらを振り返った。
「あなたは今、幸せですか?」
 ……随分と抽象的な質問だった。
「さぁな、幸せっていうのが何に対してなのかにもよるだろ」
「じゃあ言い方を変えます。この世界にはあなたが今までに失ったもの以上に大切なものがありますか?」
 瞬間、自分でも分かるほどに表情が驚愕のまま凍りついた。
「お前……?」
 無機質な翠の目がこちらを射抜く。先ほどまでとはまるで別人のようだ。
「それとも、あの世界での敗北を忘れたいがためにこの世界に縋っているのですか? 答えてください」
 それきり少女は黙り込む。秋風にさらわれた長髪以外の動きを止めたその姿はまるで精巧に造られた
人形だった。
「……俺は」
 考える。この状況を受け入れていたのは何故か? 今まで元の世界のことについて深く思い出すことが
なかったのは何故か? 元の世界に戻る術を考えなかったのは何故か?

「――あの時の負けを忘れたいってわけじゃないさ」
 月面での最後の戦い。かつての上官に完膚なきまでに敗北を喫したあの戦い。
 あの戦いで気を失った後、どういう経緯か分からないがこの世界へとやって来た。
 そこで小鳥さんに拾われ、高木社長に今の仕事と雨風を凌ぐ場所を与えられ、プロデューサーに仕事の
イロハを教えられ……
 そして、彼女たちに出会った。
「ただ、今はまだ戻れない。今すぐに元の世界に戻れる方法が見つかったとしてもだ」
「何故ですか?」
 それは、と一旦言葉を切る。
 恩返しにはまだまだ足りていない、まだまだ目を離すと危なっかしい奴らがいる、そんな理由も浮かん
だがそのどれよりも明確な理由があった。
「……俺は、彼女たちがどんな未来を掴むのかをこの目で見たいんだ」
――議長が提示した未来、それが奪ってしまうかもしれなかった可能性の行方を。



 これは自分の我侭なのだということは理解している。だがそれでも彼女たちと共に歩み、学んでいきた
いという気持ちがあった。
そのことは自分にとって大きな意味になるという確信もあった。
「さっきの質問に答えるよ。あぁ幸せだよ、たまに飢え死にしそうになるけどな。今まで失ったもの以上
に大切なものなんて今はまだない。だけどきっとそれに負けないくらい大切なものが作れる、そしてそれ
を今度こそ守ってみせる。元の世界のことだって忘れやしない、絶対に忘れない! 必ず戻ってみせるさ!」
 一気にまくし立てて言葉を止める。息継ぎもせずに喋りすぎたおかげで呼吸が少し荒くなっていた。
「それが、あなたの答えですか」
「ああ」
 力強く頷く。虚勢も虚構もない、シン・アスカの本心だった。
「そうですか……」
 少女の瞳が閉じられる。やや間をおいて、ゆっくりと開かれた。
「――なら、私からはもう何も言いたいことはありません」
 少女は微笑んだ。だがその笑顔は、今にも消えてしまいそうなほどに儚かった。
「なぁ、お前は一体……」
「気にすることはないですよ。私はただ届けたいものがあっただけですから」
 ふわりと少女の髪が舞う。少し風が出てきたらしい。

「そろそろ時間ですね。今日は本当に楽しかったですよ。それと、最後は問い詰めちゃってごめんなさい」
「待て、待ってくれ」
 ベンチから立ち上がる。こちらから聞きたいことは山ほどあった。
 ――名前は? どこから来た? どうして俺の名前を知っている?
「だから気にしないでくださいよ、これは今日限りの夢みたいなものなんですから」
 苦笑しながら少女は告げる。
「あ、もうタイムアップですね。それじゃあ……」

 ――ありがとう。そして……誕生日おめでとうございます、マスター。

 呼び止めようとして、突如吹き荒れた風に反射的に目を覆ってしまった。
 風が収まったのを確認して目を開けると、少女の姿は消えていた。
「っ!?」
 赤い光の欠片がゆっくりと視界に入ってきた。その軌道を辿るように顔を上へと傾ける。
「これは……」
 いくつもの赤い光が、月から降ってきているようだった。
 ――いや、違うな。まるで羽根が舞ってるみたいだ。
 そんなことが頭に浮かんだ。ふと自分が座っていたベンチに目を向けると、少女が持っていた小さな
紙袋があった。
手に取ると硬い何かが入っているのが分かった。少し迷ったが、中身を取り出すことにする。
「…………」
 紙袋の中に入っていたのは携帯電話だった。
 ただの携帯電話ではない。パステルピンクに彩られ、細かな傷が全体に付いていて、少し汚れが目立つ
黄色いストラップが付けられた……
「マユの、ケータイ……」
 天を仰ぐ。赤い光は途絶え、不完全な円形を描く月は何も語らなかった。

 ――トゥルルルルルル、トゥルルルルルル……
 事務所支給の携帯電話が鳴り響く。上の空でそれを取り出し、通話ボタンを押す。
『――シン君かい? 改装は終わったよ。すぐ帰ってきてくれ、みんなで待ってるからさ』





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最終更新:2008年07月11日 20:04
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