鬱蒼と生い茂る木々、流れる小川。
自らを影と名乗った男はそこにいた。
肩膝を立て、未だ完治していない右腕を退屈そうにプラプラと揺らしながら目の前の焚き火をマスク越しに
見つめていた。
炎の回りには木の串を突き刺した川魚が数匹。火に炙られ香ばしい匂いを漂わせるそれのひとつを手に取り、
ガブリと噛みつく。数度の咀嚼の後に嚥下し、シャドウは皮肉げに口の端を歪ませながら背後に声を投げかける。
「……今度はジャスティスか、忙しいこった」
「セイバーも確認したそうだ。どうやらどちらも自警団に所属しているらしい。少し厄介だな」
「敵の敵は味方、ってワケにはいかねェわなァ」
ケラケラと笑いながらさらに魚を貪る。その様子を見た黒いデスティニーの眉が寄せられる。
「あまり関心がないようだな」
「そらァな、心配したとこでヤルことは変わんねェってのに焦ることもないだろうよ。潰し合ってくれるなら
ソイツはソイツで結構なことだしな。それともなんだ? お前はアイツらのことが気になるのか?」
アイツら、と聞いた瞬間黒いデスティニーは組んだ腕に指を食いこませた。
「……奴らに落とされる程度なら、それまでだったということだ」
「ハ、俺ァジャスティスとセイバーのことを言ったつもりだったんだけどな」
鼻で笑うシャドウをキッと睨み付け、黒い翼が広がった。
「なんだ? あの赤羽でも助けに行くつもりか?」
「そんなつもりは欠片もない。気分が優れないだけだ。どうやら私とお前はパートナーとしては不適合らしい」
「そいつァ悪かったな……お前も食うか?」
振り返りもせずに差し出された魚の丸焼きを無視し、翼から粒子を放ちながら黒いデスティニーは何処へと
飛び去って行った。
「……フン、気が気じゃねェって感じだな。自分で始末着けたいって気持ちは分かるが」
苦笑混じりにシャドウはあらかた食いつくした方の串を脇に投げ放つ。
――スカンッ!
大木に突き刺さり微震する串を一瞥し、右手をコキコキと鳴らす。
「もう少し、か。思いのほかじれったいもんだ」
嘆息しつつ左手に持った川魚に食らいつく。直後にわずかに覗く眉間に皺を寄せると、噛み切らずにそのまま
火の傍に突き刺した。
「……あの野郎、まさか生焼けだって気付いてたのか?」
恨みがましく黒いデスティニーが去った方を睨みつつ、シャドウは舌打ちを漏らした。
(なるほどな、パートナーとして不適合か。まぁ直しようもないだろうが)
互いに協調性がないという致命的な点を実感しながら、しかしどうでもよさそうに鼻を鳴らしてシャドウは
その場に寝転がった。
――ビームが直撃した瞬間、∞ジャスティスのいた空間が爆発した。
もうもうと上がる煙を睨みつけ、デスティニーは大きく肩で呼吸する。真下ではさすがに叫び声が聞こえてく
るほどの騒ぎになっていたが、そんなことを気にすることができる余裕もなかった。
……今まで黒いデスティニーやフリーダムと戦ってきたが、それらとは全く異なる相手だった。ある意味で
自身と最も近い突撃型の戦闘スタイルということもあるのだが、それに剣捌きと体捌きの技巧が加わり手も足も
出なかった。連撃に耐えかねて引き下がるか、一か八かで反撃を試みようとしたならば今頃はバラバラにされて
いただろう。
ともあれ、危機は脱した。問題は止むを得ない状況だったとはいえ相手を破壊してしまったことだが……
――バシュッ!
息を整えながらそう考えていた刹那、煙幕の中から何かが飛び出した。完全に不意を突かれたデスティニーは
まともに反応することもできずに、左腕に食らいつかれた。
「なっ……!?」
激痛に顔をしかめながら噛みついたそれに目を向ける。
大型のハサミ状の物体。視線でワイヤーを追うと、煙の中から突き出された左腕にマウントした盾に繋がって
いた。
「そんなっ!?」
「――ふ、ふふふ、ふはははははははは! さすがに死ぬかと思ったぞ? ビームシールドの展開が間に合わな
かったらどうなっていたことやら!」
風が煙を散らしていく。その中から、凶暴な笑みを浮かべたジャスティスが現れた。
……油断。デスティニーは己が見たことのない武器が出てくるという可能性を完全に失念していた。
「その腕は認めよう、正直これほどとは思わなかった……だがそれもここまでだ!」
「っ!?」
グン! と身体が引っ張られる。シザーアンカーに繋がれたデスティニーの意思に反して∞ジャスティスとの
距離は凄まじい速さで縮んでいく。
苦痛で歪む視界の中で、デスティニーはジャスティスの脚にビームの刃が宿るのを見た。
「必殺のッ! ジャスティスキィィィィィィィィィィィィィィィィィィック!!」
――弧を描く光の軌跡。それはいつか見た、敗北の煌めき。
それを思い出したからか、デスティニーは無意識の内に自身に食い込んだアンカーのワイヤーを手に巻き付け、
ありったけの力を込めて引っ張り返した。
「なっ――――!?」
すでに蹴りの動作に入っていたジャスティスがその急激にかかった力に抗えるはずもなかった。体勢は大きく
崩れ、ビームブレイドはデスティニーの肩をわずかに削るのみに止まった。
デスティニーは用済みになったワイヤーを右手のフラッシュエッジで切断し、返す刃でジャスティスを斬りつける。
しかし流石と言うべきか、ジャスティスは崩れた姿勢でありながらも左脚のビームブレイドでその斬撃を防ぎ、
それどころか右脚でデスティニーの頭上から再度蹴りを叩き込んだ。それを察したデスティニーもビームシール
ドを発生させてなんとか防いだのだが、同時に双方ともにこれ以上の攻撃は無理だと判断して再び大きく距離を
開けることとなった。
「はぁっ、はぁっ……!」
左腕に食い込んだままのハサミを光の血が溢れ出るのも構わず剥ぎ取り、放り捨てる。
わずか数秒程度の攻防、しかし刹那の隙で落とされかねなかった状況にデスティニーの呼吸は大きく乱れていた。
だが疲弊しているのはジャスティスも同じらしく、息を切らしながら睨みを利かせていた。
「――はっ、ハハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
だが突然、ジャスティスは声を上げて笑い始める。その瞳に爛々とした輝きを宿しながら、異様な笑みを顔に
貼り付けていた。
「……何が、そんなにおかしいんですか」
「おかしい? 違うな、嬉しくてたまらんのだ! 貴様も似たようなものだろう!?」
何をバカな。そう言いかけて、デスティニーはゾッとした。
……確かに、ある。
刃と刃がぶつかり合う刹那の煌めき。相手に照準を合わせ引き金を引く瞬間の手応え。相手の攻撃を避け、
あるいは防いだ直後の安堵。
――それらすべてに、言い表わすことのできない悦びを感じている自分がいたことに気付いた。
いつからだった? そう考えても答えは出ない。
だがしかし、黒いデスティニーと戦ったときは一時とはいえシンのことを忘れて戦いに没頭したことはあった。
――私は、戦いを愉しんでる……?
頭の芯に鈍い痛みが生まれる。視界が揺れ始め、思考が絡まった糸のようにまとまらなくなる。
もしそれが本当なら、
自分は、
平穏を願う彼の傍にいる資格があるのか――?
「……だが、どうも水を差しているヤツがいるようだ」
そう呟くとジャスティスは眉を不快そうに歪めながら視線を下に向け、地上に向かって急降下を始める。
我に返ったデスティニーは慌ててジャスティスが向かう先に目を向ける。
そこには、
「――マスターっ!?」
――突然、ジャスティスがこちらに向かってきた。
激しい攻防の末に反応が鈍っていたのか、デスティニーはわずかに遅れてその後を追い始める。
何故そんなことを? そう考えている内にその小さな少女の姿がはっきりと見えるようになる。
その表情は怒りに染まっており、突き刺さりそうな視線がまっすぐにシンのいるところへと伸びていた。
――まさか、狙いは俺か!?
周囲の人々が逃げ始める中、シンはその場に止まりナイフを引き抜く。どうせ人の足でMSの追撃から逃れら
れるはずもない。下手に逃げれば被害も拡大しかねない。
しかし、とシンはナイフを握る手に嫌な汗が浮かぶのを感じた。
先ほど目の当たりにしたジャスティスの戦い、対魔法の処理が施されているとはいえあの剣捌きをこの小さな
刃だけで防ぎきる自信は毛先ほども沸いてこない。
だが、それ以外に取れる手段もまた一向に浮かんでこないのだ。
「くっ……!」
だがやるしかない。デスティニーも被害を広げないために空で戦ったのだ。それを自分が台無しにしてしまう
ことなど絶対にしてはならない。
迫り来る影に対してシンはナイフを構える。すでに10mもない距離でジャスティスは身体を捻った。
蹴りが来る。そう判断してシンは身を固くする。
間合いに入り、シンはナイフを振り上げた。
そして、
「――いつまでそこで震えてるつもりだ部下1号ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「きゃあああああああああああああああ!!」
足元でうずくまっていたセイバーに、ジャスティスは突っ込んできた勢いをそのまま乗せた実に重そうで痛そ
うな蹴りを放っていた。
「…………」
空に掲げた腕をそのままに、シンは視線を下げる。蹴っ飛ばされたセイバーはさらにジャスティスからストン
ピングを食らっていた。まだ蹴り足りないらしい。
「貴様はッ! 私が全力を尽くして戦っているというのにッ! そこのシ、シ……そこの男を野放しにしたままうずくまっているのだッ!?」
「だ、だって……」
「だっても取っ手もあるかッ! 震えてるだけなら子犬にだってできるわこの犬以下めッ!」
罵倒と蹴りを続ける∞ジャスティスと、それを一身受けて泣きながら何かを言おうとするセイバー。
いつの間にか蚊帳の外に追い出されたような複雑な気分に――ついでに未だ名前を覚えられていないという
ことに――、シンはげっそりと戦意を削がれていた。
「……あの~、マスター? 何がどうなってるですか?」
「俺に聞くな……」
全身を脱力させた状態で飛んできたデスティニーに頭を抱えながら返事を返す。先ほどまでの緊張感がまるで
気のせいでしたとでも言わんばかりに霧散していた。
「大体貴様は何をそんなに怯えているというのだ!? そんなにあの男が怖いか!?」
すっかり忘れられていたと思っていたところで急に指を突き付けられた。頭を抱えていたセイバーはおそるお
そる顔を上げるが、シンと目が合った瞬間息を呑んでまた顔を伏せてしまう。
「だって……あんなに鋭い目でこっちを見てくるし、近寄るなって言ってるみたいなオーラが出てるし、さっき
話しかけられたときもなんか威圧するみたいな口調だったし」
シンは無言でデスティニーの方を見る。視線に気付いたデスティニーはそれを避けるように顔を背けた。
「その程度のことで何故そこまで恐れる必要がある! 確かにあの目は並の犯罪者ですらかくやというレベル
で全身から滲み出る雰囲気は眠っている小動物すら跳ね上がって逃げ出してしまいかねないものがある!
だが我々は自警団だろう!? そんな相手に臆するようでは話にもならん!」
シンはもう一度無言でデスティニーを見る。すでに顔はこちらに向いていなかった。
「あうう~、でも……」
「デモもストライキもない! 怖いと思うのならばそもそもその発想を真逆にすればいいだろう!」
「どうやって?」という問いかけに、再び∞ジャスティスはシンに指を突き付ける。
「あの紅い目! 生っ白い肌! 妙に大げさなリアクションから感じ取れる気の弱さ!」
おい待てコラ、とシンが突っ込むよりも速く、ジャスティスは目をカっと見開いて叫んだ。
「――あれはウサギだッ!!」
……一陣の、風が吹いた。
「ウサ、ギ……?」
「そうだ! ウサギだ!」
「ウサギ……」と呟きながら、セイバーの顔がゆっくりとシンへと向けられる。怯えの抜け落ちた無垢な瞳に
シンが戸惑っていると、セイバーの頬にほんのりと朱が差した。
「そう言われてみると……かわいいかも」
「そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
今の今まで散々言われてきたことも含めてありったけの怒気を込めてシンは叫ぶ。その声に飛び上がるように
震え上がったセイバーはまた頭を抱えうずくまった。
「や、やっぱり無理ですぅ~~~!」
「えぇい、ようやく立ち直れたと思ったらこれか! もういい! 部下1号、戦わないというのなら仕方あるま
い! その代わり貴様を『ジャスティスキック27号~舞え! あの星空の彼方へ~』の実験台にする!」
「えぇ!? そんなぁ!」
「それが嫌なら戦えぃ! 貴様の心の弱さを克服してみせろ!」
あうあうと呻きながらセイバーはジャスティスとシンの顔を交互に見やって俯く。しばらく身体を震わせてい
たが、やがてゆっくりとではあるが立ち上がった。そして、
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
泣き叫びながら、セイバーは背中の羽を広げてシンに向かって突っ込んでいった。
最終更新:2009年03月02日 11:42