アットウィキロゴ

シン・アスカの誕生会-03

――パンッ! パン、パンッ!
ドアを開けた直後にクラッカーの合唱を受け、そのままの姿勢で固まってしまった。
「は? え?」
 様々な装飾を施された会議室――何故か門松やクリスマスツリー、鏡餅や花輪まで置かれていた――を
見渡し、春香たちに目を向ける。
「あの、何ですかこれ?」
「おいおい何だとはあんまりだなぁ。誕生パーティーだよ」
 誰の? と聞き返したが、言葉よりも明白な答えのこもった視線を受けて戸惑ってしまう。
「か、改装って話は?」
「だから改装してるだろ? 今日限りだけどね」

 悪巧みが成功した子供のような表情を浮かべるプロデューサーに対して言葉を返すことが出来ず、ポカ
ンと口を開けたまま立ち尽くすことしか出来なかった。
 そうして戸惑っているうちに、マイクを持った春香が近付いてきていた。
「はいはい~、では本日誕生日を迎えた心境をどうぞ!」
「え? いやその、えぇ?」
「はいありがとうございました! 今の心境は『え? いやその、えぇ?』だそうです!」

 ――いや待てよオイ。
 と突っ込もうとしたのだが、言葉が口から飛び出す前に「はい、これどーぞ」と目の前にグラス――中
身はジュースのようだ――を突き出されて反射的に受け取ってしまった。
「というわけで! みなさんグラスは持ちましたか~? 持ってますね~?」
 春香が部屋の中にいる全員の手にグラスが行き渡っているかを確認している。一方こちらはまだ軽く混
乱していて今がどんな状況なのかということも把握しきれていなかった。
「それでは! 私たちのプロデューサー見習い兼マネージャー、シン・アスカ君の誕生日を祝して!」
「む~、はるるん堅苦しいよそんなの~。シン兄ちゃんも固まってるよ」
「そうそう、兄ちゃんも今日はブレーコーって言ってたし、もっとバビューンと行くべきだよ!」
 気合を入れて熱弁を振るう春香に亜美と真美が口を挟む。出鼻を挫かれた春香はグラスを掲げたまま
どうすればいいのか分からない様子で動きを止めていた。

「え、え~っと……」
 気まずい沈黙が続く。事前に挨拶の準備をしていたようだが、まさか抗議されるとは思っていなかったらしい。
 ――っていうか、バビューンってなんだよバビューンって。
 単に騒ぎたいだけなんだろうなぁ、とどこか他人事のような感想を持った。
「ふふふ……そんなに焦らなくてもいいのよ、春香ちゃん」
「言うべき言葉は決まってるでしょう?」
 あずさと千早の助言を受けて春香の表情が笑顔に変わった。
「そうですね。でわでわ改めて! シン・アスカ君!」

 ――誕生日おめでとう!
 全員から一斉に祝福の言葉を受けたのだが、
「えっと、あの、どうも」
 オーバーフロー状態の頭では、曖昧な返事しか返すことが出来なかった。

 ……かくして、主賓を置いてけぼりにして誕生パーティーの幕が開かれた。


「おおお! これめっちゃおいしいよ、やよいっち!」
「味付けとかいつも通りだったんだけど……大丈夫だった?」
「大丈夫大丈夫!」
「私も一緒に作ったんだけど、高槻さんは手際も良いしきっと良いお嫁さんになれるわよ」
「そ、そんな……律子さんの料理だってとってもおいしいですよ~」
 亜美と真美、そしてやよいと律子が舌鼓を打ちながら料理を堪能している。
 パーティー用のオードブルが大半だったとはいえ、これだけの人数分の料理をこのレベルで作ったのだ
からどちらも大したものだと思う。

「これがシャケ、こっちがおかか、そっちは梅だね」
「どれどれ……うわ、ホントだ!」
「美希ちゃん凄いです。見た目はみんなおんなじに見えるのに」
 驚嘆する真と雪歩に対して美希はふふん、と得意気に胸を張っていた。
 ――おにぎり好きだとは聞いていたがここまでとは。というかどうやって判別してるんだ?
「プロデューサー、どうですこのケーキ? 結構自信作かな~なんて思ってるんですけど」
「うん、おいしいよ。ひょっとして春香ってこういうの得意なのか?」
「はい! 暇があればいつも作ってますよ」
 しきりに頷きながらケーキを口に運ぶプロデューサーに春香はアピールし続けていた。
 ここで見ていても露骨なほどくっついていたが、どうもプロデューサーは気にもしていないようである。

 ――不憫だなぁ……
 人のことをどうこう言えるほどの経験がない自分が言えた義理ではないことは分かっているのだが、そ
う思わずにはいられなかった。
「……あら、この紅茶とってもいい香りがするわね~」
「私はどちらかといえばコーヒーの方が好きだけど、この紅茶はおいしいわ」
「当然じゃない、この私が選んだんだから。紙コップじゃあまり気分は出ないのが残念だけど……」
 千早とあずさは紅茶の香りと味に感心した様子だったが、伊織は恨めしそうに紙コップを睨みつけていた。
 聞けばお茶菓子に合った茶葉まで選んでいたらしいのだが、長きに渡る貧乏生活で完全に庶民派になっ
てしまった自分の舌には合わなかった。コーヒーならまだ分かるのだが。

「あら、シン君。パーティーの主賓がこんなところで何をやってるんですか?」
「窓辺の花は女性の特権だよ。男の君がやっても絵にはならないな」
 声に振り返ると、小鳥と高木が揃って窓辺に立つ自分のほうへ近付いてきていた。
「少し休んでただけですよ。さっきまでお祝いとか言われて散々振り回されたんで」
 双子からはおにぎりとは名ばかりのケミカルウェポンを食わされて悶絶し、伊織からお茶を勧められて
味の感想を聞かれたので「よく分からない」と答えると何故か罵倒され、プロデューサーに声をかけよう
とすれば先に談笑していた春香に凄い顔で睨まれたりした。
「誕生日とはいえ、君は相変わらずだな」
 と高木は苦笑したが、すぐに真面目な顔に変わった。
「皆から距離を置いてるのは、まだ自分が余所者だということを気にしているからかね?」

――この人も相変わらず、直球だな。
 手の中のグラスに視線を落とす。心の機微を察したように氷がカランと音を立てて崩れた。
「……それがまったくないって言ったら嘘になります。他にも理由はありますけど」
 再度部屋の中を見渡す。活き活きとした彼女たちの姿を見ていると、どうしても自分が救えなかった少
女たちのことを思い出してしまう。
 彼女たちは死に、自分はこの温かい世界に浸っている。
どうしようもないこととはいえ、そんな自分が無性に苛立たしいと思ったこともある。
 だが、それを語ることなど出来るはずもなかった。


「そうか、だいぶ打ち解けていると思ったのだが」
「そうですよ。みんなシン君のために今日のパーティーの準備も張り切っていたんですから」
 それはよく分かる。この部屋の過剰なまでに取り付けられた飾りだけを見ても明らかだ。
 仕事をしている時にはそれほど気にはならない。だが仕事を終え、眠りにつくときにいつも思い出して
しまうのだ。

 ――ステラとマユ、傍にいながら助けることが出来なかった彼女たちのことを。
「ふむ、君が何を抱えているのか。それを我々が聞くことは許されないのだろうな」
 とても話せるような話題ではない。話したところでこの後悔が消えることはなく、聞かされた人間に
とっても迷惑な話にしかならないだろう。
「すいません、社長……」
「いや、いいさ。無理をさせて聞こうとするほど野暮ではないつもりだ。ただ……」
 そう言って高木は目線を外した。何かあるのか、とこちらも同じ方向へと目を向ける。
「――――あ」
 マイクを持ったアイドルたちの姿があった。
「え~それでは! ここで今回のメインイベントを!」
 高らかに春香が宣言すると、いつの間に部屋を出ていたのかプロデューサーがローソクの立ったケーキ
を持ってきていた。すでにローソクには火が着けられており、テーブルにケーキが置かれると同時に部屋
の電気が一斉に消された。

「誕生日といえばケーキ! そして誕生日といえばバースデイソング! というわけで、ミュージックス
タート!」
 どこからか曲が流れ出し、その曲調に合わせて彼女たちは歌い始める。
 誰でも知っているような、ありきたりなバースデイソング。
 だがその姿は、その歌声は、その輝きは、とても尊いものだと感じた。
「今日くらいは抱え込んだものも置いておくべきだと私は思う。君のためだけではなく、彼女たちのためにも」
 答えを返すことは出来なかった。ただただその歌に心が奪われたように立ち尽くす。
 ……やがて歌が終わり、ひとときの静寂が流れる。
「さぁ、シン君。ローソクの火を消しに行かないと」
 え? と我に返って声のした方を向く。薄暗い闇の中で小鳥が悪戯っぽくウインクを送ってきた。
「――みんな、待ってますよ?」
 その言葉に背中を押されて、いくつもの小さな光が集う方へと歩き出した。

「……まったく、世話が焼けるな」
 無事にローソクの火を吹き消し、アイドル達の輪の中に加わったシンを見ながら高木は呟く。
「シン君の抱えているものは、きっと私達には理解できないものなんでしょうね」
 その傍らに立ち、同じくシンに目を向けながら小鳥も呟くように高木に語りかけた。
「誰だってそうだろうさ。この世界で暮らしている我々にとってはね」
 切り分けたケーキの大きさに文句をつけた伊織といがみ合い、その横から亜美と真美に一番大きなケー
キをかっさらわれ、気の毒に思ったのか自分の分を分け与えようとするやよいに肩を落としながらも大丈
夫だからと断るシンの姿は年相応の少年に見える。
 ――そんな当たり前のような光景がない世界に彼はいた。このことを知っているのはこの世界では高木
と小鳥、そしてシン自身しか知らない。

「だがね、それを理解できないとしても我々が出来ることはあるはずだ」
「今日みたいな思い出を作ったり、ですか?」
「そういうことだ」
 行儀が悪いと律子と千早から怒られ、真や雪歩と談笑し、居眠りしながらケーキを食べる美希に突っ込
みを入れ、春香にケーキのおかわりを頼む。


 ――知ってか知らずか、シンは屈託のない笑顔を見せていた。
「さて、明日からまた通常業務だ」
「がんばって貰わないといけませんね。プロデューサーもみんなも、もちろんシン君にも」
「我々も、だね。小鳥君」
 二人はただ、穏やかにシンを見守っていた。


 ……騒ぎに騒いだ誕生日が過ぎ、また忙しい日々が始まった。
 一つ年を重ねたとしても生活が劇的に変わるわけでもない。誕生日なんてそんなものだろう。
 守りたかった人たちを守ることが出来なかった痛みもきっとまだ抱えていくのだろう。

 ――ただ、今回の誕生日を境に確かに変わったことが二つあった。

 一つは765プロの仕事仲間たちとの不自然に距離を置こうとすることがなくなったこと。
 まぁこれはプロデューサーに指摘されて初めて気付いたので正確にいつ頃からなのかは分からない。
 そしてもう一つは、今夜のような雲一つない夜に月を眺めるようになったこと。
 届けられた妹の形見を持ち、星屑の散る天を仰ぎながら共に戦った戦友に告げる。
「――ありがとうな」
 もちろん答えが返ってくる事はなく、
 月はただ、弱々しくも確かな光を放つだけだった。

        アイマスオールスター with D 『思い出をありがとう』……





タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年07月11日 20:05
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。