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如月千早-01

写真撮影


 ――空気が痛い。
 ロケバスに揺られながらかつてないほどの居心地の悪さに何度もシートに座りなおす。
 狭苦しい車内の中、ずっとこの緊張感が続くというのは中々にキツイ。
 ちらり、と反対側に座った今回担当するアイドルの様子を窺う。
「……何ですか?」
「いや、別に」
 目を逸らす。が、窓の外を流れる風景もすぐに飽きてしまい、結局また視線を戻す。

 ――如月千早。
 765プロ所属のアイドルの中でもトップクラスの歌唱力を誇る15歳の少女である。クールな性格でどこか人を寄
せつけない印象なのだが、その歌声から早くも固定ファンを増やしつつある期待のアイドルである。
 まぁ、それも世間の評価という現実ではあるのだが自分にリアルタイムで突きつけられているこの状態もまた現
実である。
「……ひょっとして怒ってるか?」
「見て分かりませんか?」
 そうですね、と心の中で呟く。正直なところ帰ったらプロデューサーに文句の一つや二つは聞いてほしいところ
である。本来なら今日は事務仕事だけであったはずなのに。
 ……事の発端はプロデューサーからの電話だった。例の悪癖が発動したようで今日の午後からとある雑誌に
載せる写真の撮影のスケジュールを勘違いしていたらしい。気づいたときにはすでに予定の二時間前、あわて
て事務所で伝票の整理をしていた自分に電話がかかってきて、たまたま事務所に来ていた千早を巻き込んで現
在に至る、というわけである。

「悪かったな、今日はオフだったろ?」
「別にいいです。どうせやることもなかったんですから」
 ――駄目だ、会話が続かない。 
 そういえば何でオフなのに事務所にいたんだろう? という疑問が浮かんだがこの状態では聞けそうになかっ
た。千早のテンションは最悪のようだがこちらまで気が滅入ってくる。
 以前から話には聞いていたが、ここまで歌と関係ない仕事で機嫌を損ねるとは思わなかった。最初にこのヘル
プを頼んだときに「歌の仕事ですか?」という質問に答えてからずっとこれだ。
 ――こんな調子でちゃんと仕事こなせるのか?


 不安ではあるが自分にはどうすることもできない。ただでさえ唐突に組み込んだ仕事なのだ、これからどうやっ
て本人をやる気にさせられるのか。
「あ……」
 漏れるような呟きに反応して振り向く。千早が窓に張り付くようにして外を眺めていた。
「どうした?」
 身を乗り出して覗き込む。ロケバスは赤信号に足を止められているので外の風景も動いてはいない。
「公園……?」
 何の変哲もない、探せばどこにでもありそうな小さな公園だった。人気がなく、子供が遊びまわることができる最
低限のスペースと申し訳程度に設置された遊具しか見当たらない。
「あそこがどうかしたのか?」
「っ、いえ! なんでもないです」
 それっきり千早は固く目をつぶって黙り込む。先程以上に話しかけづらい雰囲気にこっちも黙るほかない。
 結局、撮影の行われるスタジオに着くまで会話はなかった。
 だが時折、千早の口から誰かの名前が聞こえたような気がした。


「……なかなか良いのが撮れないねぇ」
「はぁ」
 スタジオに着いて早一時間、撮影の様子を雑誌の編集長と共に眺めながら雑談していた。この編集長、かなり
気さくな人物で初対面にも関わらず会話をスムーズに続けることが出来て暇にならなかった。
「ビジュアル面では文句なしなんだが、スタイルの面がどうにも厳しいんだよね。こっちとしては三浦あずさ
星井美希、女性読者受けを考えれば菊池真が来てくれるとよかったんだけど……ま、今さら言っても仕方がない
んだが」
 あはは、と笑いながら千早にこの会話が聞こえていないかと心配をしてしまう。
 素人目で見れば千早はスレンダーな方だと思うのだが、プロの視点からの評価は低いようだ。千早自身もその
面では思うところがあるらしく、この手の話題――特に胸――はあまり好ましく思ってはいないようだ。
 ――確か、亜美と真美にも負けてるんだよなぁ。
 いやそんな話をたまたま聞いてしまっただけだが。
「ま、スタイルなんてこっちの撮り方次第でどうにでもなるんだが……それ以外のことが問題かな」
「それ以外?」


 他に何かあっただろうか、と考えるうちに向こうから切り出された。
「笑顔がないんだよ。少しも笑わないアイドルに人気が出ると思うかい?」
 そう言われて改めて千早に視線を向ける。カメラマンの指示に従ってポーズを取る彼女の顔は多少不機嫌な
様子ではあったが、概ねいつもと変わりはないようだった。
「まぁ、あまりこの仕事に乗り気じゃなかったみたいですから」
「そうじゃなくて、何ていうかな……彼女っていつもあんな感じじゃないかい?」
「それは……」
 言われて否定することが出来なかった。確かに今日は特に不機嫌ではあるが、思い返せば千早が笑っている
ところを見たことがない。もっとも千早のマネージャーとして活動したのは数えるほどしかないのだが。

「これは私見だがね、765プロはまだまだ伸びるよ。だからこそ気になる芽は早く何とかしたほうがいい」
 ――そう言われてもなぁ。
 単なるマネージャーでしかない自分に何が出来るのだろうか。そもそも千早との仲は――自分で言うのもなん
だが――決して良いとは言えない。
「ま、結局のところ彼女の問題なんだがね」
 再び二人で撮影の様子を見る。カメラマンは今まで撮った写真を見直してしばし考え込むと、再び千早にポー
ズの指示をした。
「くっ……」
 そんな千早の声が聞こえた気がした。


「少し寄りたいところがありますから、先に帰っててください」
 撮影が終わってすぐにそう言い放った千早は、一人で勝手にスタジオから出て行った。止めるべきだったのだ
が、編集長との話し合いや事務所への報告で足止めを食ってしまい止めることが出来なかった。
 もちろん社長からの指示は「一緒に帰ってこい」だった。
「……どうしてこう仕事以外のとこで苦労しなきゃならないんだ」
 ――亜美と真美は言うに及ばず、伊織は何故かその日初めて会うときは必ずと言っていいほど着替え中で変
態三連発を食らうわ、あずささんは行きと帰りで付き添わないとまともな場所に着かないわ、真に付いたら高確率
で女性ファンの群れが襲い掛かってくるわ、雪歩は事あるごとに埋まるわ……
 うん、思い出すだけで憂鬱になってきた。
「つかどこに行くかくらい言ってくれって……電話にも出ないし」


 もう何度目かのコール音にうんざりしながら携帯電話を切る。ロケバスも待たせてあるし早く見つけなければな
らない。だがどこに行ったか分からなければ探しようが……
「あ、公園!」
 ここにくる途中のことを思い出す。確かスタジオからそんなに離れていないはずだ。
 ――他に心当たりもないし、行ってみるか。
 うろ覚えで来た道を辿って行く。日が傾き、辺りがオレンジに染まりかけた頃だった。

 千早を見つけた。やはり来た途中で眺めていた公園に佇んでいた。
 だが、声をかけるのを躊躇してしまう。あまりの光景に動きが止まってしまう。
 ……彼女は歌っていた。黄昏に染まった公園の中心で静かに、だが力強く歌っていた。
「――この歌」
 聞き覚えがある。『蒼い鳥』――千早のデビュー曲だ。
 悲しみをこらえ、脇目も振らずひたすらに未来へと飛び続ける歌だ。
 目を閉じて歌う千早は何かを懐かしむように薄く微笑んでいた。
 その歌声はCDで聴いたものよりも遥かに美しく、心に響くものであり、
 そして、とても儚いものだった。


                                                  ~つづく~




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最終更新:2008年07月11日 20:05
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