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First stage-04

 ――なんでこんなことになったんだろう?
 公園のベンチにぐったりと背を預け空を見上げながらシンはそんなことを考える。
 その隣には同じくぐったりとした雪歩、二人の間は人ひとり分以上の距離が開いていた。

「雪歩、もう腕は大丈夫か?」
「あ……は、はい」

 そこで会話が止まる。さっきからこれの繰り返しである。

(……真、早く帰ってこないかな)

 どうしようもできなくなった状況にクレープを買いに行ったまま一向に戻ってくる気配のない真を頼りたく
なったが、すぐに頭を振って思い直す。
 自分がそんなことでどうする。今日は雪歩を励ますためにここにいるのではないのか、と。
 雪歩には聞こえないようにシンは小さくため息をつく。そして、ここに至るまでの過程をもう一度振り返る
ことにした……
「これなんかどうかな?」
「あ……これドラマになったのは見たことあるかも」
「それじゃこれもいっとく? 漫画も面白いよ」
「う、うん。読んでみようかな」

 よし、と真は頷いて雪歩に単行本を手渡す。
 すでに雪歩の腕の中では大きさも様々な漫画本が塔のように積み重なっていた。普段の彼女からはおよそ
想像できないほどの豪快さだったが、これも普段いろいろと抑圧されていることの反動なのかもしれない。 
 かく言うシンの手の中にも真から勧められた漫画が数冊ほどあったりするわけだが。

(まぁ、たまにはパーっと使うのもいいか)

 そんなことを考えながら二人の後を追おうとして、ふと目に入ってきた一冊の本に足を止める。

 ――1から始めるおいしいコーヒー。

 ……しばらくの間表紙と見つめ合い、恐る恐る手に取る。
 題名の通り、様々なコーヒーの淹れ方がずらりと並んでいた。

「あ、これも雪歩にオススメかな。とにかく展開がハラハラドキドキで先が気になって気になって」
「それじゃあ、それも……」
「はじめて読むなら6巻くらいまで一気に買った方がいいね」

 ドリップやサイフォンなら知っていたが、布のこしを使ったネルドリップやポットのような形の直火式の
エスプレッソメーカーなど、初めて知ったものも数多くあった。
 その他にも簡単なものからかなり手の込んだアレンジコーヒーのレシピなど、シンの中の何かが多分に刺激
される内容が一冊に凝縮されたものだった。

「そうそう! これも面白いよ! 懐かしいなぁ、まだ続いてたんだ」
「じゃ、じゃあそれも……読んで、みようかな」
「ちょっと分厚いけど、これもまとめて読んだ方が楽しめるよ」

 むう、とシンは考え込む。
 中々にそそられる内容だが、これを活かせる機会があるのだろうか。
 しかし自分だけでなく千早も使えれば、いや千早こそそんな暇がどれほどあるのか……

「うわっ!? これもうこんなに出てたんだ……ゴメン雪歩! これも一緒に持ってて!」
「あ、うぅ……」

 ――よし、買おう。
 使う機会があれば恩の字、というくらいの気持ちならば仮に使わなくともそこまで損な気にはならないだろう。
 そう考えてA4サイズの本を手に取り、二人の方へと目を向けたところで、
 雪歩の遥か頭上までそびえ立つ歪な巨塔を目にして思わず吹き出した。

「なっ、ちょっ、おい真!」
「え? 何……」

 振り向いた瞬間、真もギョッとした顔で雪歩の抱えるバベルタワーを見た。どうやら何かに夢中でまったく
気がつかなかったらしい。

「も……もう、ダメ」

 そしてか細いギブアップの声の直後、塔はあっけなく崩壊した。

(……まさか、ちょっと目を離した隙にあんなことになってるなんてなぁ)

 その後、本の山に埋もれた雪歩をなんとか引っ張り出したはいいが、結局ゲームセンターの騒動が再び勃発し、
なんとかこの公園まで逃げてきたという次第である。
 そして真は自分の責任だからと雪歩に平謝りし、お詫びとしてここいらではかなり名の知れているらしい
クレープを買いに何処へと走り去っていったのである。

「……あの」

 小さな声にシンは回想から現実へと引き戻される。
 スカートの端をぎゅっと握りしめ、うつむき加減で目を合わせないまま雪歩は途切れ途切れに言葉を紡ぎ始める。

「あ、その……し、シンさんは、えっと」

 ――本当に、初めて会った頃のようだった。
 実際の距離以上に遠くにいるようにすら感じられる、よそよそしい態度。
 明確なものではない、それ故にどう近づいていいのか分からない感覚。

(……怖がられているのか)

 理由など、考えるまでもないとシンは自嘲気味に声には出さず笑う。
 先日の雪歩の収録以降、何のフォローもできていないのだ。
 それどころかこの頃はろくに会話すらできていない。また怖がられてしまっても仕方のない状況だった。

「シンさんは、あの、真ちゃんのことが……」
「真?」

 突然出てきた真の名前に反射的に声を上げるが、直後にしまったと後悔する。
 悪い予感は的中し、雪歩はビクッと身体を震わせて視線を不安げに彷徨わせる。
 そして、

「や、やっぱりなんでもないです」

 再び、見えない壁ができてしまった。

(――クソッ、何やってんだよ俺は……!)

 いい加減自分に腹が立ってきたが、怒ったところでどうすることもできない。
 こんな時にどう接すればいいのか、シンには分からなかった。

「……くしゅっ!」

 雪歩のくしゃみが聞こえてきた。そういえば少し風が出て寒くなってきている。

「なんか、温かい飲み物でも買ってくる」
「あ……」

 辺りに自販機は見当たらないが、そう遠くないところくらいにはあるだろうと踏んでシンは一人で歩き出す。
 その背中に救いを求めるように伸ばされた手には、気付くことはなかった。

「はあ……」

 財布を取り出しながら重い息を吐く。
 正直に言えば完全にお手上げだった。真の手を借りても雪歩のことをどうしていいのか分からない。所々で
持ち直しかけることはあるのだが、トラブルなどですぐにまた落ち込んでしまう。
 仮にこのまま雪歩のテンションを上げたとしても、その後の仕事が上手くいくとは思えなかった。雪歩自身の
問題を解決しなければいつまでもこのままだろう。

(それをどうしていいのかって話なんだよな……)

 再びため息をつきながら500円玉を取り出す。そんな浮ついた状態が災いした。

 ――チャリーン!

「うわっ、しまった!?」

 落してしまった硬貨は転がっていき、自販機の下に潜り込んでしまった。

「何やってんだよ、まったく……」

仕方なく、自販機と地面のわずかなスペースに腕を突っ込む。100円程度ならともかく500円である。昼食
一食分に相当する費用を諦めるには、シンの懐は暖かくはなかった。

「――なにやってるの?」
「金を落としてさ……」
「ふぅん、そうなんだ。100円くらいなら貸してあげるよ?」
「落としたのは500円だ」
「それは大変なの。おにぎり5個は買えるお金を落とすなんてありえないってカンジだよね」
「いや、なんでもおにぎりに換算するのは……って美希!?」

 顔を上げると、そこには私服姿の美希が立っていた。

「おはよーマネージャーさん、こんなトコで会うなんて奇遇だね」
「あぁ、美希も今日はオフだったっけ……何してるんだ?」
「デートだよ」
「で!?」

 思いもしなかった言葉に絶句していると、美希の頭にポンッと丸められたパンフレットが叩きつけられた。

「こらこら、何言ってるんだよ美希」
「む~、ウソじゃないもん」
「プロデューサー? 今日は会場の下見に行ってたんじゃ……」

 最近は特に一緒にいることが多いプロデューサーと美希だが、今日はかたや休日、かたや仕事のはずである。
 その二人がこうして揃っていることを不思議に思っていると、プロデューサーが期せずしてその疑問に答え始めた。

「その会場の近くで会ったんだよ。美希もどんなステージなのか気になってたみたいだからね」
「あぁ、そういうことですか」

 事情に納得すると同時に、シンは周囲に視線を巡らした。
 ――ライトクリア(右よし)、レフトクリア(左よし)、周囲に『リボンつき』の姿なし。

「……よかった」
「? そういえばシン君はこんなところで何をしてるんだい?」

 その質問にシンはどう答えるべきか一瞬悩んだが、観念してすべてを話すことにした。
 雪歩の失敗をフォローできなかったこと、そのフォローをするために真と一緒にここまで来たこと、そして
そのことごとくが失敗し、余計に落ち込ませてしまったこと……
 そのすべて聞き終え、美希が呆れたように声を発した。

「マネージャーさん、がんばりすぎなの」
「え?」
「それじゃ雪歩はずっとそのままなんじゃないかって思うな」
「そうだな、気持ちは分かるけどちょっと力の入れどころが違うかもね」

 言葉の意味が分からず困惑していると、苦笑しながらプロデューサーは「ひとつ確認したいんだけど」と
前置きして質問を切り出した。

「その問題は、『誰の』問題なんだい?」
「誰のって、それは……」

 答えようとして、シンはようやく気付かされた。
 これは、あくまで雪歩の問題だ。自分や周りがこうして解決を試みようとしたところで、雪歩自身がどうにか
しなければならないことは変わらない。
 自分がなんとかしなければ、という考えでは駄目なのだ。そんなことで雪歩のことを助けたいと望むことが
できるはずもない。

「あはっ! マネージャーさんさっきより元気になったみたいなの」
「もう大丈夫みたいだね」

 頷くシンの目には、先ほどまであった絶望感が消え去っていた。
 ――もう一度、雪歩と話をしよう。
 その上で自分が力になれることを考えればいい。

「……ありがとうございましたプロデューサー。それと、美希も」
「全然気にすることないの。お礼はおにぎり10個くらいでいいの」
「って地味に高くないかそれは!?」

 いつもの調子でツッコミを入れるシンを見てプロデューサーは満足そうに頷く。

「それじゃ、そっちのことは任せたよ」
「また会おうね、マネージャーさん」
「はい、お疲れ様です」

 労いの言葉に手を振って応え、プロデューサーは美希を連れて去っていった。

 「――よし」

 今何をするべきか、それを理解してシンは頬を叩いて気合いを入れ、雪歩のところに戻ろうと振り返った。

「……………………え?」

 目の前に、ドラム缶があった。
 何の変哲もないように見えるドラム缶だ。道のド真ん中に、それも間違いなく先ほどまで存在していなかった
という点を除けば、であるが。
 ……おそるおそる近づいていく。よく見れば全体に錆が広がっており、細かい穴だらけになっている。傾けて
みると重さはさほど感じられず、中身が空であることがわかった。

(…………)

 やめたほうがいい。本能はそう告げていたが、シンはその警告を振り切って底に手をかけると勢いに任せて
一気にドラム缶を持ち上げた。
 その中には、

 のヮの

 ――ガランッ!

「あ、シン。こんなとこで何してるの?」
「真! 遅かったじゃないかさぁ行こう!」
「え? でも何か飲み物買おうとしてたんじゃ……」
「そんなことはいいから! 雪歩も待ってるし急ぐぞ、秒速5kmくらいで!」

 わけもわからず両手にクレープを持ったまま引きずられる真と、自販機の下の500円のことも忘れて必死の
形相を浮かべ凄まじい早さで歩いていくシンが角を曲がって姿を消す。
 ――誰もいなくなった道中で、ドラム缶はわずかに浮き上がり、プロデューサーと美希が去って行った方へ
ガランガランと音を立てながら歩いていった……



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最終更新:2009年06月02日 16:27
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