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Galaxy Destiny-04b

「アスカー、生きてる?」

 気安い調子で掛けられた挨拶の声で、シンは病人の部屋に無遠慮に踏み込む侵入者の正体を特定した。

「らん、ふぁ……?」
「やっほー、お見舞いに来てあげたわよ」

 鉛のように重い身体を無理矢理動かし、ベッドの上に上体を起こして突然の客人を迎えるシンに、蘭花・フランボワーズが片手を挙げて愛想良く笑いかけた。

「宇宙インフルエンザで寝込んでるって中佐に聞いて来たんだけど……ホントに具合悪そうね。アンタでも風邪ひくんだぁ、ちょっと意外」
「……コーディネイターの癖に、って言いたいのかよ?」

 蘭花の物言いに、シンは怒気を孕んだ声で問い返す。

 遺伝子調整されて生まれるコーディネイターは、確かに普通の人間に比べれば病気に罹る確率は低い……が、完全なゼロという訳でもない。
 体調管理を怠れば風邪もひくし、その時の苦しさは他の人間と何一つ変わらない。
 コーディネイターも人間なのだ、たとえ遺伝子を人為的に操作されていようとも人間であることに変わりはないのだ――そんな風に、シンは信じていたかった。
 故にシン・アスカは蘭花の言葉を許容することが出来なかった。

 赤い顔を険しく歪めて睨むシンに、蘭花は「違う違う」と掌を振って否定する。

「よく『馬鹿は風邪をひかない』って言うじゃない、あれって迷信だったんだなーって感心してただけよ。良かったわね、どうやらアンタは馬鹿じゃないっぽいわ」
「……前半と後半の言葉が繋がっていないのは気のせいか?」
「気のせいよ。熱のせいで頭が回ってないんじゃないの?」

 蘭花にそう諭され、シンも「そうかもしれない」と納得した。
 頭を冷やして考えてみれば、確かに今の自分は正常な思考ではないかもしれない、やはり一刻も早く風邪を治さなければならない。
 視界の隅で蘭花が「やっぱり馬鹿かも」と呟いていたが、幸いにも――或いは不幸なのか――シンが気付くことは無かった。

「それで……何しに来たんだよ、絶対安静の病人に追い討ち掛けに来る程お前らは暇なのかよ?」
「勿論、暇なのよ!」
「…………」

 どうしよう、嫌味のつもりが普通に肯定されてしまった。
 豊かな胸をこれでもかと反らしながら即答した蘭花に、シンは思わず額を押さえる。
 風邪の症状が悪化したのだろうか、頭痛が痛い、寧ろイタい。
 銀河の平和と安全のために働くギャラクシーエンジェル、これで良いのかギャラクシーエンジェル。

「ちょっと、何ますます不健康な顔になってんのよ。これは重症ね……そんなシンのために蘭花お姉さんが良いモノを持ってきてあげたんだから、感謝しなさいよね?」

 文字通り頭を抱えるシンの胸の内に一切頓着することなく、蘭花が喜々とした表情で取り出したものは――、

「じゃんじゃじゃーん! 宇宙イモリと宇宙ガマの黒焼き~っ!」

 黒こげになった爬虫類と両生類の干物だった。

「これはねー、アタシんちに代々伝わる秘伝の――」

 絶句するシンに構わず、蘭花はどこからか取り出したすり鉢の中に爬虫類と両生類を放り込み、ゴリゴリとすりこぎで擂り潰しながら得意そうな調子で解説を始める。

「――漫画本に書かれてた秘伝の風邪薬でね~、これを煎じて飲めば風邪なんて一発で吹き飛んじゃうわよ! 多分」

 漫画かよ。しかも多分って何だ、多分って。
 シンの心の叫びは、炎症を起こした喉に阻まれ残念ながら声になることはなかった。

「できたーっ! これで風邪っぴきなアンタも元気ハツラツよっ!」

 喜々とした歓声を上げながら、蘭花はすり鉢をひっくり返し、広げた薬包紙の上に中身を移した。
 黒い粉末が山盛りで載った薬包紙を中尉深く持ち上げ、蘭花は満面の笑顔でシンに差し出す。

「飲め」
「全力でお断りだ!」

 光の速度で拒絶したシンに、蘭花は不機嫌そうに口を尖らせる。

「何よぉ、アタシの薬が飲めないの?」
「そんな得体の知れないミイラの粉末なんて飲めるか――っ、がほっ、げほ!」

 力んだ拍子に思い切り咽せ返るシンに、蘭花はどうしたものかと頭を掻く。
 折角作った秘薬をこのまま棄てるのはもったいない、しかし嫌がるシンに無理矢理飲ませるというのも骨が折れそうだ。
 こめかみを指先で軽く叩きながら思案する蘭花は、その時ふと妙案を思いついた。
 持参したペットボトル入りの飲料水の蓋を開け、手元の粉末をボトルの中に注ぎ込む。
 蓋を閉めたペットボトルを素早く振って中身を掻き混ぜ、蘭花はにやりと邪悪な笑みを浮かべた。

「シン」
「何だよ? その怪しい粉末なら飲まな――」

 名前を呼ばれ、億劫そうに顔を上げたシンの科白は、しかし途中で物理的に塞がれた。
 柔らかく温かな感触が広がる、香水の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
 視界を占領する蘭花の顔は、肌が触れ合いそうな程近くに――否、この瞬間、シンは確かに蘭花と唇で繋がっていた。
 キスされた……と、五感から伝達される情報の奔流から風邪で処理効率の落ちたシンの脳が正しく理解した時には、蘭花は既に次の行動に移っていた。
 舌を使い無理矢理こじ開けたシンの口の中に、あらかじめ自分の口の中に含んでおいた例の蛙と蜥蜴の水溶液を問答無用で流し込む。

「げほ、ごほ……な、何しやがる蘭花!?」
「何って、口移し?」

 苦しそうに咳き込みながら赤い顔で睨みつけるシンに、蘭花は平然とした表情で首を傾げる。
 とぼけるようなその仕草はどことなく挑発しているようにも見え、風邪のため普段以上に情緒不安定なシンの癇に障った。

「この野郎……後で覚えてろ?」
「いつでも掛かってきて良いわよ? ダイエットのついでに返り討ちにしてあげるから」

 シンの呪詛の呟きを鼻で笑い飛ばし、蘭花はベッドの上に腰掛ける。

「それで……どう? 何か――

 ――変わった?」という蘭花の問いは、唇を再び塞いだ温かな感触によって言葉になる前に封じられた。
 二度目のキスはシンの方から――と悠長に考える余裕は無かった。

 ノースリーブから剥き出しの肩をシンの両手が挟み込むように左右から掴み、全体重を乗せて蘭花を押し倒す。
 突然のシンの行動に蘭花は対処出来ず、為す術も無くベッドに仰向けに組み伏せられた。
 布団の上に投げ出された蘭花の手首を両手で乱暴に押さえ込み、シンは離した唇から唾液の糸を引きながら顔を上げた。
 暗がりの中で真紅の双眸がまるで炎のように爛々と輝き、蘭花を見下ろす。その瞳は、餓えた野獣のようにも、手負いの獣のようにも見えた。

 どちらにしても、ケダモノの眼であることに変わりはないのだが。

「ちょっと、アスカ! 悪ふざけはやめ――っ!?」

 狼狽したように制止の声を上げる蘭花を三度目のキスで黙らせ、シンは妖艶に微笑する。
 イモリとガマの黒焼き。これらの効能は風邪薬などではなく「媚薬」と「性力剤」であることを、蘭花は知らなかった。

「いつでも掛かって行って良いんだろう? 存分にやらせて貰おうじゃないか」

 まるで別人のように凄絶な笑みを浮かべ、シンは蘭花に覆い被さる。
 夜はまだ始まったばかりだった。

 教訓:口は災いの元

 その後、閉ざされた密室の中で何があったかは、誰も――当人達を除いて――知らない。



 そして――、



「三ヶ月だって」

 軍の医療施設から戻り、まるで照れたようにはにかんだ笑顔で報告した蘭花に、シンを含めたその場の全員が一瞬言葉を失った。
 次の瞬間、まるでビッグバンのように爆発した怒号と絶叫の嵐がブリーフィングルームを揺るがした。

「――って、えぇえええええええええっ!? 蘭花さん、お母さんになったんですか!?」
「あ、あんた達いつの間にそんな関係になってたんだい!?」
「信じられませんわ……まさかアスカさんが、あの蘭花さんとだなんて! こんなの夢に決まってますわ!!」
「嗚呼、神よ……!」

 阿鼻叫喚の巷と化した周囲を無視して、当事者達、シンと蘭花は無言で正面から向かい合う。
 完全に二人だけの世界に入っていた。

「アタシ、この子を産むから。アンタが何言ったって、絶対に堕ろしたりなんかするもんですか!」
「当たり前だ。そんなの俺だって許さない」

 毅然とした表情で口火を切った蘭花に、シンも真剣な表情で首肯する。
 どんな命でも生きられるのならば生きたいに決まっている、その意志を摘み取る権利など誰にもある筈が無い。

 責任ならば取る、などと薄っぺらいことを言うつもりは無い。
 己の命に代えてでも子供は守り抜く、そんなことはわざわざ口に出すまでもない。
 この新しい命が安心して生まれ、笑って生きていけるような“優しく暖かい世界”を創る。この子に幸せな未来を見せてやる。
 それこそが自分達“大人”の果たすべき義務であり、そして今の自分が生きる理由であると、シンは不意に自覚した。

 自覚した瞬間、これまで感じたことの無いような重圧がシンの心に襲い掛かる。
 重い、途轍もなく重く苦しい。これが人一人の命を背負う重さだというのか。
 だがその重さは、同時にどうしようもなく心地良くも感じる。
 家族を目の前で喪って以来、決して閉じることのなかった心の空洞が、ぴったりと埋まったような気がした。

「名前、ちゃんと考えてよね」

 そっぽを向きながらそう口にする蘭花にシンは「ああ」と頷く。
 幸せの重みを、心の中心に感じながら。



――HAPPY END:アタラシイイノチ







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最終更新:2009年07月28日 16:48
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