メリー

メリー


「それでは! クリスマスイブと、ついでに雪歩の誕生日を祝して!」
『かんぱ~い!!』
「う~……春香ちゃん、ついでには酷いよ~」
「あああゴメン雪歩、つい……」
 グラスの音が鳴り響く。今日は12月24日、聖夜の前夜祭である。
 事務所の中は隅から隅まで飾り立てられ、どこから調達してどうやって部屋に入れたのか分からないが、クリス
マスツリーまで用意されていた。

「みんな、イブだからってあまり羽目を外さないようにね。年末年始の仕事に……」
「律子さん、今日は固いことは言いっこなしなの」
「そうね~。今夜はいっぱい楽しまなきゃ損だものね~」
 美希とあずさの言葉を受けて困った顔になった律子だったが、続く言葉は苦笑の中に消した。
「それにしても飾りが地味ね。ウチのパーティーの方がよっぽど豪華だったわ」
「なんだよ伊織、だったら無理して来なくてもよかっただろ」
「う、うるさいわね! 暇で暇で退屈だったから……し、仕方なくよ仕方なく!」
「はいはい、シン君も伊織ちゃんも仲が良いのは分かったから」
 小鳥の一言で激昂しかけた二人だったが、またも言葉が重なってしまったのでいつものようにうやむやで終わった。

 いつも以上の賑わいを見せる事務所、しかし本当なら今夜はここまで人数が集まらないはずだった。
「それにしても不思議ですね、みんな急に用事がなくなって事務所に戻ってくるなんて」
「そうだなぁ。俺も機材トラブルでしばらく帰れないかと思ったら、思ったよりもずっと早く終わったし」
 シンとプロデューサーの会話に、本来事務所に来る予定のなかったメンバーが頷く。
 今日は特別な日、家族と聖夜を過ごす者もいれば、今夜こそ稼ぎ時だと奔走する者もいた。だというのに全員
が示し合わせたように一斉に事務所に集まったのである。

「ふふ、それはですね~」
「靴下の魔法ですっ!」
「靴下?」
 春香とやよいの笑顔の意味を図りかねていると、千早が小さく笑いながら説明し始めた。
「私たち、クリスマスツリーに願い事したんです。みんなと一緒にクリスマスを過ごしたいって」
「ここにいたみんなが同じこと紙に書いてツリーの靴下の中に入れててさ、しかもそれが叶うなんて。もうホントに
驚いたよ」
 真の補足に美希もおにぎりを頬張りながら頷いていた。

「イブの奇跡、ということかしらね~」
「案外、本当にサンタクロースが願いを叶えてくれたのかもしれないんじゃないかしら」
 あずさと小鳥の会話にまさか、と考えたシンだったが、当事者である春香たちは意味深に笑っていたことに少し
気に掛かっていた。
「そういえば亜美たちが来たときにはるるんたち歌ってたよね?」
「そうそう! 真美たちも歌いたい歌いたい!」
 騒ぎ出す双子に苦笑を浮かべつつプロデューサーは社長に目を向けた。
「うむ、今夜は無礼講だ。どんどんやってくれたまえ」
 許可が出たことで部屋の中が一段と騒がしくなった。
 あれを歌おう、これを歌おう、一緒に歌おう、そんな会話に耳を傾けながらシンは思う。
 ――これが平和、か。
「それでは! 天海春香、いっきまーす!」
 久しい安らぎを感じながら、笑顔が溢れる光景を見守った。


 事務所のベランダに立ち、シンは夜空を見上げていた。
 あれから歌合戦はアイドルたちのみに留まらず、シンやプロデューサー、小鳥や社長までも巻き込んだものま
で発展した。いくら体力自慢のシンでも双子の驚異的な子ども電池の持続力やお嬢様のいつもより三割増しな
ワガママを相手していては身体が持たないというものだ。
「……少し晴れたか」
 クリスマスということで天の気分も良かったのか、今日は夕方あたりから雪が降っていた。積もるほどでもない粉
雪だったのだが、今ではすっかり止んで雲の隙間から満月が顔を覗かせている。
「まったく、あっちの世界に戻ったら笑われそうな体たらくだなホントに」
 月に苦い笑みを向ける。もっとも、笑ってくれる人間が今どうしてるのかも分からないのだが。

「シンさん?」
 声に振り向くと、雪歩がベランダに出てきていた。寒さのせいかわずかに頬が赤い。
「主役の一人がこんなところにいていいのか?」
「す、少し疲れたんで外の空気を吸いにきたんです」
 まぁ雪歩だしそれも無理ないか、と納得してシンは視線を月に戻した。

「うわぁ……綺麗です」
 隣に並んだ雪歩から感嘆の声が上がった。意識して見てみればいつもは何気なく視界に入ってくる光景でも
感じ入ってしまうこともある。シンもまた同じ感情を抱いていた。
「そうだ、これ誕生日プレゼント
 ポケットの中からプレゼント用に包装された小さな袋を取り出す。雪歩は驚いた顔でシンを見つめていたが、
やがてさらに顔を赤く染めつつ視線を外して袋を受け取った。
「あ、ありがとうございます……開けてもいいですか?」
 もちろん、と聞くとおずおずとした手つきで袋を開け始める。
「ストラップ……? わぁ、このウサちゃん可愛いです」
「そ、そうか。よかった」

 嬉しそうな雪歩の様子を見て、プレゼントを吟味してレジへ持っていくまでに何故か奇異の視線を向けられた
甲斐もあったかと救われた気分になったシンであった。
「ありがとうございます。大事に使いますね」
「あ、あぁ……少し冷えてきたな、中に戻るか」

 少し気恥ずかしくなって踵を返すシンだったが、突然雪歩が肩に抱きついてきた。
「ゆ、雪歩?」
「す、すいません。足が滑って……」
 確かに溶けた雪のせいでベランダは滑りやすくなっていたのだが、抱きつき方がシンにとっては悪かった。自
称貧相とはいえしっかり起伏を持った身体を密着させられていては柔らかさを意識してしまって身動きが取れな
くなってしまうからだ。
「そ、そろそろ離れてほしいんだけど」
 と小さな声で言ったのだが、何故かさらに強く左腕を抱きしめられた。
「あったかいです……」
 なんてセリフまで聞こえてきて身体を強張らせてしまう。さらに潤んだ瞳まで向けられては眼球すらも言うことを
聞かなくなる。

「シンさん……」
 ゆっくりと顔が近づいてくる。上気した頬が色気をかもし出させ、わずかなアルコールの臭いがシンの理性を
薄れさせ……
「って、ちょっと待った」
 金縛りを振り切ってシンは雪歩の肩を掴む。いつもなら悲鳴の一つでも上げかねないのだが、ぽへーっとした
表情のまま何のリアクションもなかった。


「……雪歩、ひょっとして酒飲んだのか?」
「ふえ? 何の話ですか? あ~、なんかシンさんがいっぱいです~」
 100%酔っ払っていた。雪歩の手を掴んで早足で部屋の中に戻る。
 ――そこには、ちょっとした地獄絵図が広がっていた。
「くっ……どうせ私はスタイルが良くないです。前と後ろを間違えられてもしょうがないです。貧相です。千早です
……くっ」
「あらあら、まぁまぁ。あらあら、まぁまぁ」
 壊れたレコードのように同じセリフを繰り返しているあずさに自虐街道まっしぐらに呟き続ける千早、
「だいたいね~、わたしは本当はマネージャー志望だったんですよぉ~? なんで人数あわせでアイドルになら
なくちゃいけなかったんですか社長ぉ~?」
「い、いやそれはだね……」
 溜りに溜まった不満が噴出したかのように社長に絡みまくる律子、

「ぐすっ、なんでアイツはいつもいつも私の言うことを聞かないのよぉ……ナマイキだって思わない!?」
「う~……頭が痛いです~」
 泣いたり怒ったりとコロコロ表情を変えつつ頭を抱えるやよいに叫びまくってる伊織、
「プロデューサーさぁん、私が作ったケーキどんどん食べてくださいね~」
「ダメなの。ハニーはミキおすすめのおにぎりをもっと食べるの」
「ちょ、ちょっと待ってくれ二人とも……ってケーキの甘さと梅干のすっぱさが口の中いっぱいにぃぃぃぃぃぃ!?」

 春香と美希に両サイドを固められて次々にケーキとおにぎりを口に詰められるプロデューサー、
「あぁっ!? 発動してはういけないっぽい大宇宙的な何かの影響で銀河が大変なことにっ!?」
 そして危ないクスリでも使っているんじゃないかというくらいにヤバげな妄想に身悶えしている小鳥、
 ……どこをどう取っても異常でしかなかった。
「なんだこりゃあ……?」
「あ、シン兄ちゃんとゆきぴょんだ。ベランダに出てたんだ。」
「ひょっとして二人っきりでムフフなことしてた? んっふっふ~」
 頭を抱えるシンの前に亜美と真美が現れた。パッと見ではあるが、いつもと変わった様子はない。

「亜美! 真美! いったい何があったんだ!?」
「ん? なんかみんな亜美たちがも持ってきた飲み物飲んだらいつの間にかこうなってたけど?」
 そう言って掲げられたボトルはどう見てもお酒です本当に(ry
「どうするんだよ、これ……」
 あまりの状況に絶句していると、突然ドアが開いた。
「おかしいなぁ、なんでボク部屋から出て……あれ?」
 他の面子と同じく頬を赤く染めてフラフラと歩いてくる真とシンの目が逢った。
「ま、真? お前は大丈夫……だよな?」
 希望をこめて問いかけるが、真は据わった目でシンを見つめ、ようやく口を開いた。

「シン……雪歩と何してるんだ?」
 へ? と雪歩の方を見ると、また左手に抱き付かれていた。シンは己の血の気が引く音を耳にした。
「いや待ってくれ真! これは雪歩が酔っ払っただけで……」
 全力で説明するシンだったが、真はまるで聞いてない様子で肩を震わせていた。
「ボクだって……ボクだってやってやるぅぅぅぅぅぅ!!」
「なんでそうなるーーー!?」
 左手を雪歩に抑えられたまま、全員が疲れ果てて眠ってしまうまで逃げ回ったシンであった。





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最終更新:2008年07月11日 20:13
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