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悠久幻想曲ネタ-29


なんという状況だろうか。
 インパルスを人質に取られ、シンとデスティニーは下手に動くことが出来ずにいた。
 強がりながらもいつ撃たれるかという恐怖に涙を浮かべ身を震わせる少女に、絶世の美少女は妖艶な笑みを
浮かべながらその乳房にそっと指を這わせ……

「続く!」
「続けんなこのバカ! そのライフルどけやがれ!」
「イヤーンコワーイ」
「こンの……!」
「はいはーい動かないでねー」

 振り返ろうとするソードの動きを銃口を押しつけて制し、ストライクフリーダムはナイフを構えるシンに目を
向ける。

「ま、奇妙な形にはなったけど気を悪くしないで……ってのも無理な話か。一応は抵抗されない限り乳揉むくら
いしかしないから安心してくれい」
「ふざけんな! っていうか何サラッと気色悪いこと言ってんだてめえは!?」
「ウッス! 自分不器用ッスから! でも微エロパート任されたからには性イッパイ頑張るッス! ウッス!」
「何でそんな気合い入ってんだよ!? なんか誤字なのか本気なのかわかんねぇし!」
「……ソード」

 際限なくヒートアップし続けるかと思われたソードだったが、一切の感情が抜け落ちたかのようなブラストの
声に冷水をかけられたようにクールダウンした。

「な、なんだよブラスト……?」
「……はぁ」
「だからなんだよ!?」
「正直、これはない」
「言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
「このかませ犬」
「誰がかませだコラァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「嗚呼、文字通り身も心も一緒な姉妹の絆が取り返しのつかないことに……酷い、いったい誰がこんなことを」
「何から何までお前のせいだろうがッ!」
「――いい加減にしなさい!」

 怒声一発。今まさに始まろうとしていた不毛な争いをすんでのところで防いだのは、実に意外な人物だった。

「む……?」
「ふぉ、フォース?」
「二人ともこんなことやってる場合じゃないでしょ!? 喧嘩なら後でやりなさい!」
「わ、悪い……」
「……すまなかった」

 いつものフォースからは想像できないほどの気迫に圧され、二人は素直に謝った。それを聞いて満足したよう
に頷き、フォースは振り返らずに後ろの人物へと呼びかける。

「えっと、S・Fさん!」
「ん?」
「続けちゃってください!」
「あ、これはどうもご親切に」
「ってそりゃなんか違うだろフォースぅ!?」
「え?」
「いや『え?』じゃないだろ『え?』じゃ!」

 人質という立場でありながらまったくもって緊張感に欠けるコントを続けるインパルスらに少しだけ安心し
たが、シンは全身から嫌な汗が浮かぶのを感じて気を引き締める。

 ――誘っている。

 時折向けられるストライクフリーダムの視線。楽しげに歪むその瞳の奥に得体の知れない何かを垣間見て、
明らかな隙があってもシンは手を出すことが出来なかった。

「ふぅん、思ってたよりも我慢強いんだ。こりゃちょっと認識を改めなきゃだなぁ」

 本音はこちらだったらしい。試されていたことを不快に思わないでもなかったが、それ以上に目の前の少女が
とことん食えない相手だということを実感し、シンは唇を噛み締めた。

「ま、その分デス子っちはストレートすぎるからバランス取れていいかな。いやいや、ホントみんな可愛いわ。
マイシスタと一緒に飼ってあげたいくらいだよ」

 飼う、という言葉に不穏なものを感じて、シンは思わず口を開いた。

「お前……フリーダムに何をした?」
「ん~? おやおや、自分の命を狙った相手の心配とはお優しいねぇシンさんや」
「うるさい! こっちの質問に答えろ!」
「やれやれ、なんでそこまでマイシスタを気にしてるのかはわからないけど、まぁいいさ。教えとこうか」

 肩をすくめながらそう言って、ストライクフリーダムはどこからともなくぐい飲みを取り出し――どうやら
先ほどテーブルをひっくり返した時に回収したらしい――、一気に煽った。
 背後から漂うアルコールの臭いに眉間に皺を寄せながら、ソードインパルスは怪訝な顔でシンを見つめる。
 ソードだけではない、フォースも、ブラストも、そして隣でライフルを構えるデスティニーもシンが何故
フリーダムのことを気にかけているのか理解できずにいた。

「――マイススタはな……」

 その瞬間、シンはストライクフリーダムの瞳にドス黒い輝きを見た。反射的にナイフを抜きそうになるのを
抑え込み、しかし必要ならすぐにでも抜刀できる位置を保つ。
 時間にして数秒ほどの、永劫のような静寂。そして、ストライクフリーダムはカッと目を見開いた。

「私のお手製メイド服を着せて毎日のようにごほーし♡させておるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ってなんだそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 予想の遥か斜め上をブッ飛んでいった答えにのけぞりながらシンは叫び、直後に捻りを利かせたスナップで
ビシィッ!とツッコミを入れていた。

「かっはぁ!?」
「吐血!?」
「た、単なるオーバーリアクションかと思えば、その動きすら次のツッコミのための布石……しかも絶叫のダブ
ルというノリツッコミ。鬼や、ツッコミの鬼がここにおるでぇ」

 何やら口からボタボタと血を流しながら、しかしライフルはしっかりとインパルスに突き付けて口元を拭う
ストライクフリーダムを見てシンはもう何もかもがどうでもよくなってきた。

「……マスター、『海苔つっこみ』って新しい料理か何かですか?」
「とりあえずお前は黙ってろ。あと何を想像してるか知らないけどそのよだれ拭け」

 さっさと本題に入らないともう二、三度は話がおかしな方向に転がりかねないのでシンは話を戻すことにした。

「ひとつだけ聞かせろ。今日初めて会ったお前のことを全部理解できるわけない、でもそんな短い時間でもお前
がデス子たちに悪意がないってことは――今のでかなり揺さぶられたけどまぁ分かる。そんなお前が、なんで他
の連中を殺したりするんだよ?」
「『殺す』ね……ま、それはいいか。いーじゃん別に。私が何しようが私の自由っしょ?」
「「「…………」」」
「おーっとっと、三人分の殺気はさすがにツライねぇ」

 怯えるような素振りを欠片も見せずにのたまうストライクフリーダムにいい加減怒りが抑えきれなくなりそ
うな三人だったが、直後に全員が息を呑んだ。

「――それにだ、こっちは先に襲われたんだ。それなら正当防衛ってやつだろ?」

 酔いとは明らかに雰囲気の異なる冷やかな瞳と声音。先ほどまで見せていた態度が一瞬にして塗り替えられた
その様を見せつけられて、シンもデスティニーも言葉を失っていた。

「……今、「先に襲われた」と言ったな」

 そんな中で、ただ一人その言葉を冷静に受け止めたブラストが沈黙を破った。

「そうだけど、それが?」
「襲われる理由は?」
「知らねー」
「恨みを買いすぎてるからか?」
「そゆこと」

 ……ケラケラと響く笑い声にわずかだが緊張が解けた。隣でデスティニーがかすかに息をついたのを感じなが
ら、何か考えがあるらしいブラストに任せることにした。

「だがそれも奇妙な話だ。恨みならばそれこそ我々からも買っているだろう? それもけして安くはないものを
だ。何故わざわざここに来た?」
「話の通じない連中よっかマシだと思ったもんでね。ジョートショップにさくら亭の噂は街外れだろうと聞こえ
てくるしな」
「軽く見られたものだ」
「だが上手い料理と酒は出てきた。何より上モノのおっπを揉めたのは僥倖僥倖」

 視線を向けられたデスティニーがぞわりと身体を震わせていたが、それをとりあえず無視してシンも質問を
投げかけることにした。

「でも、だからってみんな殺したのかよ? 俺が知ってる、元の世界のお前とはなんかイメージが違うぞ?」
「まーた『殺す』か……やっぱこれは言っといた方がいいのかね」

 そう言って嘆息すると、インパルス、そしてデスティニーのそれぞれ視線を向け、静かにストライクフリーダ
ムは切り出した。

「時にお二人さん、自分らが『生きてる』って思ってるかい?」
「……? 何を言って……」

 質問の意味が分からないシンだったが、その時気付いた。
 ライフルを突き付けられたブラストの表情がわずかに沈み、隣に立つデスティニーの顔が青ざめていることに。
 シンと同じく、その様子を見たストライクフリーダムがつまらなそうに口を開く。

「ま、そりゃそうだわな。食うだの寝るだの人間っぽいことしたところで自分を誤魔化すことなんてできやしな
い。そういう意味じゃ、私を襲ってきた奴らの方が賢い選択かもな」
「お前……どういう意味だよそれは!?」
「そのままの意味さ。私らはそもそも真っ当な生き物ですらないんだよ」

 ……レジェンドの言葉を思い出す。
 虚ろで、どうしようもなく儚い存在。それが自分たちであると。

「元々がMSって兵器なんだ、当たり前の話さ。だから私も躊躇なく消せる。中に誰もいませんよなら人命を
気にする必要はないしね。むしろこっちの戦う欲求を満たしてくれて助かってるとこもある」
「だからって……おかしいだろそんなのは」
「おかしい? 何がおかしいのさ?」
「それは……っ」

 否定しなければならない。そうしなくては、いつも自分と過ごしてきた彼女たちがなんだったのか?
 共に笑い、時に悩み、苦しい時も乗り越えられたあの時間はいったいなんだったというのだろうか?
 しかし、今のシンにはストライクフリーダムに返せる言葉は見つからなかった。
 自分は人間で、彼女たちはそうではなくて、
 そんな自分が彼女たちの何を理解しているのだろうか?

「……優しい言葉をかけるのだって人によっちゃ難しい。そして、その上で誰かを救うのはそれよりも遥かに
難しい」

 ストライクフリーダムの言葉が鉛のように頭の中に重くのしかかる。
 多くの守りたいものを守れなかったシンにとって、その言葉は呪詛にも等しいものだった。

「それとも、これから私らを救ってみるかい? 四六時中平気な顔してても心の底じゃ暴れたくてウズウズして
るような化物をさ。その覚悟があるのかい?」
「く……!」

 歯を食いしばり、硬く拳を握る。
 少しはあの世界にいた頃よりも強くなれたと思った。
 だが、何一つ言い返すことができないのだ。何一つ救えないのだ。

「……悪い、言い過ぎた。今の話は忘れてくれ」
「…………」
「こんな話をするつもりじゃなかったんだがなぁ……あんな形でこっちに来たあんたに何言ってるんだろうね私は」
「……? あんな形?」

 そう聞き返すシンに眉根を寄せるストライクフリーダムだったが、そのすぐ隣で無言のまま睨みつけてくる
デスティニーを見て、悲しげに唇を歪ませた。

「そういうことか……ホント、何やってんだ私は」
「何か知らないがとりあえず後悔してるんだったらこの銃どけろよおい」
「悲しくなったから乳揉ませてほしい」
「なんだよその意味不明な流れは!?」
「乳思う、故に我あり……あ、なんか名文句」
「露骨なパクリだろ!? っておい! 脇から手を突っ込むのはやめ……ひぁっ!?」

 めそめそと口で言いながら、デスティニーの時と同じように装甲の隙間から手を滑り込ませる。
 最短ルートで対象への接触を果たし、同時にソードの身体が跳ね上がる。

「ってまてまてまて! なんでこの雰囲気であっさりそっちにシフトするんだよ!?」

 先ほどまでの後悔も彼方に吹っ飛んでいくような展開に思わずいつも通りツッコミを入れるシン。
 だが、直後にストライクフリーダムの取った行動に次いで出るはずの言葉は出てこなかった。

「――――ッ!?」

 顔を強張らせた瞬間、胸から手を離してストライクフリーダムはソードを突き飛ばす。

「お姉ちゃん!?」
「っ、何すんだテメエ!? って、解放した!?」

 突然の出来事に逆に混乱するソードとデスティニー。対するストライクフリーダムは、己が右手を眺めながら
わなわなと震えていた。
 まったく理解ができない状況に沈黙が続く。そして、

「――つまらない」
「え?」
「なんという……なんというつまらないおっπかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 泣いていた。血の涙だった。

「え? え?」
「ひんぬーならひんぬーの、きょぬーならきょぬーの良さがある! それぞれ違う良さだ! 例えそれがもはや
面でしかないとしても! 奇形すぎてもう魔乳と呼ばれるような代物でも私は断固としてイエスと答える!
だが! このあまりにも中途半端なサイズはどういうことだ!?」
「ど、どうって……」
「いや! サイズだけならまだいい! 揉んでいてつまらんのが一番の問題だ! 人によってはギリ美乳と
言うかもしれんが私は紳士だ! おっπ紳士だ! 紳士であるが故に明確に区別しノゥと言わせてもらう!」
「さっきから何を……」
「黙れ! 何故だ!? 何故私はこんな乳を揉んでしまった!? 外からでは分かりにくいとはいえ判断要素
は十二分にあったはず! だというのに、だというのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 頭を掻き毟りながらストライクフリーダムは後悔と怨嗟の言葉を垂れ流し続ける。一方的にまくし立てられる
ソードは目を白黒させ、もはやただの外野でしかなくなったシンとデスティニーはポカーンとその様子を眺めるし
かなかった。
 やがて動きを止めたストライクフリーダムはソードを睨み据え、「犯人はお前だ!」とでも言うように指を
突き付けて叫んだ。

「この駄乳!」
「だにゅ……!?」

 ……そして再び沈黙の帳が下りる。
 時間にしてわずか数秒程度の罵詈雑言、しかしそれを一身に浴びたソードは一つの反論もできずただ口をパク
パクと開閉させていた。
 そして、ガクッと膝を着いた時にはソードは引っ込み、顔中に汗を浮かべたブラストがいた。

「……まさか、あのソードが何も言い返せないまま逃げ出すとは」

 荒い呼吸。いつもは冷静なブラストがこの有様なのだからこの出来事の異常さが窺えるというものだ。

「貴様……貴様はっ!」

 立ち上がると同時にストライクフリーダムの襟首を掴む。顔を数センチ手前まで近づけ、ブラストは叫んだ。

「――面白い!」
「グラッツェだぜご同類」

 何やら固く握手なんかしていた。ドS同士何か通じるものがあったのかもしれない。

「む? よく見てみればチミら乳のサイズが違うのかい?」
「あぁ、私はソードより大きく、フォースはソードよりも小さいな」
「ぶ、ブラストちゃん!」
「マーベラスだ、一粒で二度美味しいとはまさにこのこと。余計なのがくっついてはいるが。というわけで、」
「言っておくが私は揉ませないぞ」
「しょんぼりですね……」

 ニッコリと微笑んだブラストの言葉にくすんと目尻を拭い、今度はシンへと顔を向ける。

「今日は悪かったね。いろいろややこしくして」
「いや……もうどれのこと言ってるんだか分かんなくなったし」
「大体のことは思いきって水に流してほしい、水洗トイレのように」
「変に例えとか入れなくていい」
「はっはっはっ……それと、デス子っち」

 無駄に朗らかに笑いながらストライクフリーダムはデスティニーに近づいて肩を叩き、耳元に口を寄せる。

「――黙ってればいつか必ずツケを払う日が来る。それで一番悲しむのは誰かってのをよく考えた方がいい」
「……やっぱり、私はあなたが大キライです」

 はは、と笑いながらストライクフリーダムは出口へと歩いていきながら手を振った。

「それじゃ、とりあえず仲良くしていこうってことでヨロシク。今度会う時は物騒なことにならないことを願うよ」

 気付いた時にはすでに店を出ていた。風に吹かれたように弱々しく開閉する扉を眺めながら、フォースが「あ」
と声を上げた。

「どうしたんだフォース?」
「……お代、貰ってないです」

 「あ」と全員の声が重なった。
 ……その後、戻ってきたパティが滅茶苦茶になった店内を見てシンたちに営業スマイルを向けて

「とっとと片付けるか、ムーンリバーにみんな一緒に沈みたいか選びなさい」

 と告げ、さらに無償で一週間ほどシンとデスティニーを働かせたのだが、それはまた別の話である。





<エピローグ:酔いの醒めた後に>

「――元マスターがこっちに来る直前の記憶がない?」
「はい……」

夜間の営業に備えて準備を進めるさくら亭、その一番奥のテーブルでデスティニーとインパルスが向かい合っ
ていた。
 一週間ほど前のストライクフリーダムの襲撃、その時のデスティニーの様子を不審に思ったブラストから問い
詰められた結果、黙っていたすべてを吐き出されることになったのだった。

「おいおいおい、なんでそれをさっさとアタシらに言わなかったんだ?」
「それは……その」
「けっ、だんまりかよ」
「ソード、言い過ぎだ」

 チッ、と舌打ちをしてソードは開店前の一服として淹れた紅茶を一口啜って乱暴にテーブルの上に置く。
 「やれやれ」と呟きを漏らして今度はブラストが表に出てきた。

「黙っていた理由については一応の理解はしているつもりだ。仮に我々がそのことを知ったとしても、結局は
同じ結論に辿り着いただろう」
「…………」
「だが、それは私たちだけが元マスターの傍にいた時に限る話だ。今は他にも同類がそこかしこにいる。それも
元マスターに対して好意的ではない連中がな。そういった奴らがその記憶を呼び起こしかねない状況で黙ってい
たことについては思うところがないわけではない」
「……ごめんなさい」

 視線を自らの膝に落とすデスティニーを見て小さく溜息を洩らし、ブラストは一度紅茶を飲んで改めて口を開く。

「ともかく、この件のことは一切他に漏れないようにするぞ。極力外からの介入であの記憶を取り戻してしまわ
ないようにな」
「それで、いいのかな?」
「少なくとも、元マスターはこの世界を気に入っているようだ。あれを思い出すのは……もう少し後でもいい」

 その答えを聞いて、フォースは黙ったまま紅茶に砂糖を入れてゆっくりとかき混ぜる。
 何が正しいのか、どれがベストの選択肢なのか彼女らには分からない。
 あの記憶が戻ってしまえば、シンがどうなってしまうかのど誰にも分からないからだ。
 だからこそ、結局はデスティニーと同じように口を紡ぐしかない。予測不能の事態を彼女たちが恐れるが故に。
 しかし、

「本当にそれが……マスターのためになるですか?」
「あん?」
「デス子ちゃん?」
「本当に、それが……」

 ――黙ってればいつか必ずツケを払う日が来る。それで一番悲しむのは誰かってのをよく考えた方がいい。

 ストライクフリーダムに告げられた言葉が頭の中で渦巻く。
 ……あの言葉を聞いた時、デスティニーはある記憶を呼び覚ましていた。
 自分たちがまだ物言わぬ鉄の塊だった頃、レクイエムから火柱が上がり、宇宙にはまるで花火にように打ち
上げられる信号弾の数々、
 そして、涙を流しながらこちらを見上げるシンの姿。
 一番悲しむのは誰なのか、そして本当に傷付きたくないのは誰なのか。

「……そう信じるしかない。今はな」
「そう、ですか」
「あ、それじゃあレジェンドちゃんにも伝えた方がいいかな?」
「いや……」

 そこでブラストの言葉が途切れる。不審に思ったデスティニーが顔を上げると、いつになく険しい顔をした
姉の姿があった。

「とりあえずは、我々だけの話に留めておくべきだろう」
「まぁ、その方がいいかもな。あいつだっていたずらにそこんとこを突っついたりはしないだろうし」
「……心配事がそれだけならいいがな」
「あ? そりゃどういう……」

 ブラストの含みのある物言いにソードが紅茶を啜りながら問いかける。
 が、次の瞬間ソードの目が見開かれた。

「――ぶっふぉっ!?」
「なっ……ソード!?」
「ソードちゃん!?」
「お姉ちゃん!?」

 紅茶を吹き出しながら白目を剥いて倒れこんだソードと入れ替わりブラストが現れ、ソードが手をつけたカッ
プを覗きこむ。

「……フォース、またやってくれたな」
「え? ああああっ!? ご、ごめんねソードちゃん。いつもの癖でつい……」

 琥珀色の液体をスプーンですくうと、大量に投入された砂糖によって不可思議なまでのとろみがつけられていた。

「お姉ちゃん、それもう液体じゃないですよね……?」
「う、うん。でもおいしいのになぁ」

 そう言いながらカップを両手で持ち、フォースはコクコクとカップを傾ける。
 唖然とするデスティニーの目の前でそれを一気に飲み干して、フォースは顔を上げた。

「――ふにゃ、おいし」

 何やら幸せそうに顔をとろけさせるフォースを見て、二人分の溜息と一人の呻き声が漏れていた。



 ――夕暮れの空を眺めていると、不思議な気分になるな。

 ジョートショップの二階から黄昏時の街を眺めながら、シンはそんなことを考えていた。
 橙と黒のグラデーション、まるで空に境界が引かれたようにまったく別の色の世界が広がっている。
 このわずかな時間のみに見ることができる幻想的な世界、その狭間に自分がいるような気がして、シンはふと
ストライクフリーダムに言われた言葉を思い出していた。

「あいつらを救う、か」

 忘れろと言われて忘れられるわけがない。
 甘えていたのかもしれないと今さら思う。あのときストライクフリーダムに言われるまで考えはしても答えを
出すことはしなかった。
 それは、デスティニーやインパルスらがすでにこの街の住人のように過ごしていたこともあるだろう。それは
自分自身にも当てはまることだから、無意識の内に同じように考えてしまっていた。

 ――あの、マスター? 私は、ここにいても……いいですか?

 なんという間の抜けた話だろう。
 不安を漏らしてしまうことだってあったのだ。彼女たちが抱える不安は決して小さくなどないはずなのだ。
 自分の確かな居場所がないということ、それはシンにとっても同じ話だが、戦う本能が根本的に存在するデス
ティニーたちを同列にはできない。
 だからこそ、もっと早くこのことを考えなければならなかったはずなのだ。

「……でも、どうやってあいつらを救えばいいんだ?」

 単純な問題ではない。デスティニーたちがあの世界での戦いを忘れることなどできるはずもない。
 仮に今のように優しい人らに身を寄せたところで、その記憶はいつまでも引きずることになる。
 ストライクフリーダムに切って捨てられた以上、こういう表現が正しいのか分からないが……これは心の問題
なのだ。シンがどう足掻いたところでどうにかできるような問題ではない。
 そのはずなのだが……シンはあの日以来ずっと自分にできることを考え続けていた。

 ――π、それは愛 π、それは希望~♪

「っ!?」

 空気を読めと言いたくなるような歌が唐突に耳に飛び込んできた。慌てて眼下の通りを隅々まで見渡すが、
どこにもあの蒼い翼は見当たらない。

「ヘイ、ボーイ。空を見ろ。俯かないでさ」

 俯いてるわけじゃなくて見下ろしてるだけなんだが、と口には出さずツッコミながら視線を水平に上げる。
 宙には誰もいない。声の主も見当たらな……

「ぶ~らぶら~!」
「いっ!?」

 突然逆さまになた少女――おそらくはどうにかして窓の真上から逆さにぶら下がってるのだろうが――が
凄まじい勢いで飛び込んできた。
 そして、
 ――ガツンッ!

 ぶつかり合う額、ガン○ラ。
 ではなく互いに位置を把握していなかったせいでド派手に頭突きを食らってしまった。
 不意の一撃で尻もちをつき、シンは目尻に涙を溜めて額をさする。
 そしてその背後では、

「ぐおおおおおおおおおおおおお!? 頭が割れるよーに痛いいいいいいいいいいい!!」

 勢い余って部屋に飛び込んだストライクフリーダムが頭を押さえながらゴロゴロとのた打ち回っていた。
 ……しばらくはお互いに痛みから動けずにいたが、突然ストライクフリーダムが立ち上がるとシンに指を突き
付けた。

「久しぶりだな少年!」
「……さっきのことなかったことにしたいのか?」
「久しぶりだなと言っている!」

 なかったことにしたいらしい。
 まぁあまり長く引っ張られても困るのでさっさと用件を済ませてもらうことにした。

「で、いったい何のつもりでここに来たんだよ?」
「乳に餓えたおっπ紳士が山を離れて人里に下る、何も不思議なことはないと思うけど」
「…………」
「ちょちょちょ!? いたいけな美少女にナイフ突き付けるとかあんたどこの殺人貴ですか!?」

 ギバップギバップと両手を上げるストライクフリーダムの姿にわずかに沸いた殺意も萎え、シンはナイフを
腰に収めて舌打ちする。

「……そこまで怖がってもない癖に妙な演技なんかするなよ」
「ありゃ、バレてましたか」
「この間のときからな」
「こりゃ失礼を。んで本題だけども、ほいこれ」

 いったいどこに持っていたのか、何やら一抱えほどもある大きさの包みを差し出されてシンは眉間に皺を寄せる。

「なんだよそれ」
「この間の詫びってことで」
「……中身は?」
「それは開けてからのお楽しみ」

 クックックッ、と黒い笑みを浮かべるのを見てすぐに捨てようかとも考えたが、とりあえずはベッドの上に
放置することにした。何やら軽く柔らかいものなのでそう危険なものではないはずである。

「で、もう用はないんだな?」
「あ~っと、あとついでにこの間話し損ねたのがあと一つだけ」
「……いっぺんに済ませとけよ」
「あのときはちょっと言えそうにない雰囲気だったもんで。最近レジェンドと会ったかい?」

 まるで明日の天気でも訪ねてくるような軽い口調。
 だが、そこにほんのわずかに棘が覗いたような感覚を覚えてシンは奇妙な違和感を覚えた。

「いや、ここしばらくは会ってないけど……どうしたんだ?」
「ん~、ちょいとアイツもこっちに出てきたみたいな話を聞いたから気になってさ」
「嘘だろ?」

 反射的に言葉が漏れた。
 何の証拠もない、ただ何となくそう思っただけの印象。それだけで決めつけてしまうのはいくらなんでも失礼
だったかと反省し、謝ろうと少女の方へ顔を向け、

「――――!?」

 鋭い視線に射竦められた。
 研ぎ澄まされた刃のような輝きを放つ双眸に瞬きも忘れて固まってしまう。

「……さ~て、どうだろうね。ま、そっちの迷惑にはならないからいいじゃないか」

 ストライクフリーダムが目を伏せると同時にシンは自身の呼吸が止まっていたことに気付かされた。

「いいわけないだろ。俺はあいつと……」
「仲間? それとも友人? そう呼び合えるような仲なのかい?」

 ……言葉に詰まらされた。
 実際のところ、レジェンドとは片手で数える程度しか会ったことはない。それでも最初に会ったときから敵意
や害意がないことは分かっていて……

「一応言っておくけど、レジェンドには気をつけた方がいい」
「っ、お前の言うことを俺が信じると思ってるのかよ」
「別に。そっちがどう受け止めるかまでは知らないさ」

 さくら亭のときと似たような受け答え、それだけにこの言葉に対する疑うべきところがなくなってしまう。
 正直に言えば、シンは判断に迷っていた。
 目の前の少女は肝心なことは何一つ話していない。その点ではとてもではないが信じられるものではない。
 だが、ここ一週間余りで起こったことでストライクフリーダムに対して分かったことは良しにせよ悪しきに
せよ明け透けで遠慮がないことだ。
 そんな相手が、こんな回りくどいやり方で分断を図ろうとしているとは考えられなかった。
 ならば、本当にレジェンドは何か隠しているのか?
 今この場ですべての判断を下すことはできない問題だった。

「さて、それじゃ私はそろそろ帰ろうかね」
「……今の話、あれが本当の本題だったんじゃないのか?」
「おいおい、私がそんな奴に見えるのかい?」
「いや全然」
「酷っ!? シンキングタイムゼロ!!?」
「なんとなくそう思っただけだ。それと……大丈夫なのか?」

 シンがもうひとつ気になっていたことは、ストライクフリーダムが何者かに狙われているということだった。
 それもザクやダガーを使うということはそれなりに数を揃えているような相手らしい。
 それを聞いたときから、シンの脳裏には黒衣の男と黒い翼のデスティニーの姿が浮かんでいた。

「心配してくれんの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「気持ちはうれしいけど問題ないよ。私には必殺のハイマット・ヘッドバットとハイマット・目潰し、ハイマッ
ト・バールのようなものがあるからな」
「頭になんでもハイマットって付ければいいとか思ってないか?」
「最近じゃ頭にGNって付ければなんでもパゥワーうpするのがトレンドらしいから対抗してみた。ビバ流行」

 少なくともついさっき喰らったハイマット・ヘッドバットとやらは痛いことは痛いが必殺とは程遠いものだっ
たが、と一応突っ込んでおいた。

「まぁ要するにそっちに心配されることはないってことよ。それよりもむしろ今まで放置されてるそっちの方が
私は心配だけどね」

 確かに、それは気になるところだ。
 インパルスたちからもそういった話を聞いていない以上、街の中では現れていないという可能性も考えられる。
 だが時折依頼された仕事で街の外へ魔物討伐に出ることもあるのに全く見たこともないとはどういうことなのか……

「ま、なんでもいいさ。とりあえずは今後とも……」

 とストライクフリーダムが言いかけたところで、シンの部屋の扉が開いた。

「ただいまですマスター……おなか減ったんで何か食べるもの、を」

 はた、と動きを止めるデスティニー。「おや」とその姿を見やるストライクフリーダム。嫌な予感に顔を青くするシン……

「やぁやぁおひさ~。元気してた?」

 時間の止まった室内の雰囲気を、なんとも気軽な声でストライクフリーダムが破った。もちろん悪い意味で。

「ッ!!」

 両肩からフラッシュエッジを抜き、サーベルにしてデスティニーは突進する。
 ニヤリと笑いながら逃げるでもなくストライクフリーダムは手を伸ばし、
 シンの肩を掴んだ。

「へ?」
「はいドーン!」

 有無を言わさずデスティニーの前に突き飛ばされるシン。それを見て慌ててデスティニーは刃を消したが、
そのスピードを殺し切ることも避けることもできず……

 ――ちゅっ。

「「…………!!?」」

 唇と唇が触れ合った。
 まるで計算されたかのように寸分違わず、歯と歯がぶつかり合うこともないような力加減で。

「おおう……パルマ1、FOX3。ナイスキル」
「おっ、おまっ……!?」
「はっはっはぁー! これからもよろしく頼むよお二人さん! アッディーオ~!」

 高笑いしながら、無意味にバッサバッサと翼をはためかせてストライクフリーダムは夜空に消えていく。
 後に残されたのはシンと、なにやら顔を赤くしてそっと唇を撫でているデスティニーだけだった。

 ――……想像以上にとんでもない奴に目を付けられたな。

 何かいろいろ気がかりなこともあった気がするのだが、そんなものを遥か彼方に置き去りにされてしまった
ような気がして目眩を覚える。
 ……安穏という酔いから醒めた後、後に残ったのは嵐が過ぎ去ったような心の惨状だけのシンだった。

 ちなみに、詫びの品というのは巫女服だった。
 「ちゃんとデス子っちのサイズに合わせたからどんなプレイも思うがままだぜ兄弟」という手紙付きで。
 ……とりあえず、物置に放り込んでおいた。

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最終更新:2009年08月02日 14:16
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