――たとえば、の話である。
あいつらが明日にでも消えてしまうことになったらどうなるだろうか?
そう考えたことがある。
デスティニーはきっと泣くだろう。縋りついて離れないかもしれない。
インパルスたちは意外と覚悟を決めて落ち着き払っているかもしれない。
フリーダムは最後まで俺の命を狙ってくるかもしれない。
∞ジャスティスは最後まで暑苦しいだろう、一緒にいるセイバーを巻き込んで。
なら、『あいつ』はどうだろう?
なんとなく、なんとなくではあるが、
「あぁ、楽しかった」と。
そう言いながら最期まで笑っているような気がした。
「前回の続きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「何を言ってる貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ストライクフリーダムがビームと共に放った言葉にツッコミを入れつつ、∞ジャスティスはサーベルで斬りか
かった。
後ろに飛び、紙一重でその斬撃を避けながら青い翼が広がる。
「ハッハー! いけよファ○グゥ!」
翼から羽根が射出される。青い閃光を尾のように引きながら八基のドラグーンが統率された動きでジャスティ
スへと襲いかかる。
「それが、どうしたぁ!」
右手のサーベルを左腰に収められたものと連結させ、さらにシールドのフラッシュエッジと両足の刃も伸ばす。
ドラグーンが素早い動きで周囲に展開しビームを網目のように連射するが、ジャスティスは四肢のサーベルで
ビームを斬り払いながらストライクフリーダムへと突っ込んでいく。
その姿にニヤリと笑みを向け、その無謀とも言える突撃を避けようともせず両手のライフルを放り投げ二刀の
サーベルが抜かれた。
交差する刃。光と光が互いに干渉し、弾け合う。
サーベル越しに対峙しながら、∞ジャスティスは張り裂けそうな声で問う。
「何故だ!? 何故こんなことをする!?」
「愚問だなぁ、私の勝手だろそんなのはさぁ!」
「この街の有様を見て、それでも貴様は自由とほざくか!?」
「応ともよ!」
「ふ、ざ、けるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「大真面目だよこっちは!」
腹を蹴り飛ばしてはストライクフリーダムは距離を取る。計ったかのように落下してきたビームライフルを
受け止め、同時にドラグーンが翼に収まった。
「我らは他所者だ。この世界に居るはずのない存在だ! そんな我々を受け入れてくれたこの街を、人々を!
貴様は弄び、苦しめた! その罪は重い!」
サーベルを突き付けながら∞ジャスティスは糾弾する。それに受けてストライクフリーダムは一瞬顔を伏せ、
しかしすぐに不敵な笑みを宿して挑発するように告げる。
「それじゃあ、私を討つかい?」
「必要ならばこの場で!」
「オーケイオーケイ、なかなかノってきたね」
口元をさらに歪ませながら、翼をスライドさせて金色のフレームが露出する。
「なら遠慮はいらないな。最初から最後までクライマックスってヤツだ。お前も全力で来なよ? でないと、
すぐにこの私にヤられちまうぞ」
「望むところだ……!」
大気の壁を叩きつける音が響くと同時に∞ジャスティスは一気に間合いを詰める。
最高速度こそデスティニーやストライクフリーダムに劣るものの、ジャスティスのリフターが生み出す爆発的
な瞬発力はその二機に匹敵する。突進力を活かしインファイトへと持ち込むことができたのなら、あるいはどん
な相手ですら容易く圧倒することができるかもしれない。
「ハッ! さっすが! さすがだなぁ突撃番長!」
無論、ストライクフリーダムもそのことは熟知している。空中を転がるように横へ避けて突撃をやりすごすと、
無防備な背中に向けて連結させたライフルを放った。
∞ジャスティスは低空を飛行しながらローリングを繰り返し、ギリギリのところでビームを避けていく。
「おまけに持ってけぇ! ゲッ○ァァァァァァビィィィィィィィィィム!」
赤い光を溜めたストライクフリーダムの腹部から光の束が吐き出される。直撃こそ免れたものの、至近への
着弾により∞ジャスティスの姿は爆煙の中に消えた。
「ふふん、他愛のない。鎧袖一触とは……!?」
勝ち誇るストライクフリーダムの顔が瞬時に強張る。
煙の中から二条の光が飛び出す。あわやというところで回避したところに、今度はリフターが吶喊してきた。
「のわっ、スゴイあぶなっ!?」
巨大な光の刃を伸ばす機械の怪鳥を蹴り飛ばすが、直後に煙の中から∞ジャスティスが跳躍する。
「連撃の! ジャスティスライジングキィィィィィィィィィック!!」
大地から飛び上がり、天を斬り裂こうとするかのように右脚が弧を描く。
ストライクフリーダムは左逆手で引き抜いたサーベルで受け流したが、続いて放たれた左脚の追い打ちで受け
に回したサーベルごと弾き飛ばされた。
「っ、やるじゃん!」
「まだまだぁ!」
旋回してきたリフターに乗り、さらに追い込みをかけようとする∞ジャスティス。
その姿を見て、自身でも意識しない程度に小さく微笑み、ストライクフリーダムはライフルを構えた。
「――いやいやいや! なんか勝手に盛り上がってるけどホンットいい加減にしろよお前ら!?」
激突する二人の直下、シンはその余波に巻き込まれそうになりながら必死に呼びかけていた。
あれだけ派手に繰り広げられた逃走劇はいつの間にやら終わっていたが、今度は殺意バリバリの一騎打ちが
勃発した。宙を飛び交う二人の放ったビームの流れ弾やら高機動戦闘に巻き込まれて惨たらしい爪痕を刻まれた
家屋やら局所的に被害が集中していく様を目の当たりにし、とにかくこの戦いを止めなければならないと声を張
り上げたが、それが二人に届くことはなかった。
「おっπのぺラぺラソースッ!!」
「怒涛のジャスティスキック×44ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
……声だけを聞いていると何が起こってるかサッパリだが、とにかく戦いは熾烈を極めていた。
傍から見ているだけでも分かる。お互いの実力は拮抗しており、相手の手を知り尽くしているということもあ
るためかどちらも全力でありながら決定打に欠ける戦いを続けていた。
それ故にまったく決着に予想が出来ない。どちらも手加減している様子はなく、本気でやっているとしか思え
ない。
つまりは、どちらか――あるいは両方が死んでしまうかもしれないということ。
それもこんな訳の分からないことから始まった戦いで。
「そんなの……いいわけないだろ!?」
本心からの言葉だった。
かつては敵だった。しかしこの世界で短い間ではあるが言葉を交わした二人だ。こんなことなど望んでいない。
彼女たちは、自分と同じはずなのだから。
「――見つけたぞクソガキッ!」
「げっ!?」
そんなことを考えている間に自警団の本隊に追いつかれてしまった。
数こそ少ないが、アルベルトがいることに加えてデスティニーを背負ったこの状態である。まともに抵抗でき
るはずもない。
つまり……逃走再開。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「待てコラァァァァァァァァァァァァァ!!」
さすがに振り切ることもできず、あっさりと距離を詰められたシンに鋭利な槍が突き出された。
「あぶっ!? 何で問答無用で殺る気マンマンなんだよ!?」
「やかましい! 今度という今度はお前を檻の中に叩き込んでやる!」
「檻に入れる気ないだろお前!」
「黙れ! なんでお前なんかがアリサさんと……アリサさんとぉぉぉぉぉぉ!!」
「私怨!?」
矢継ぎ早に飛んでくる矛先をなんとか避けながらシンは逃げ惑う。
視界の端で再びストライクフリーダムと∞ジャスティスが刃を交えたのを見て、しかしどうすることもできな
い自分に苛立ちだけが募っていく。
――クソッ! せめてこいつだけでも引き離せれば……!
油断すればすぐにでも風穴が空けられかねない刺突をかわしながら歯噛みする。自警団の中でもトップクラス
の槍使いというだけのことはあり、たとえ万全の状態であったとしても容易に勝てる相手ではないことは分かっ
ていたのだが……それをこんな時に実感したくはなかった。
「こンのっ、いい加減離れろこの化粧男!」
「くっ、何度も何度もこのガキは……のわっ!?」
一瞬の動揺が生み出した隙を突いて腹を蹴り飛ばし、再び全力で走りだす。
「チィッ……! おい小さいの、お前は先に行って回り込め! 挟み撃ちにするぞ!」
「は、はいぃ!」
そんな声が聞こえてきて冷や汗が出てきた。このままでは追い詰められるのは時間の問題、だが打つ手は全く
と言っていいほどに思い浮かばない。
そんなシンの耳に、かすかだが声が聞こえた。
「う、ん……」
「デス子!?」
声だけではない。かすかではあるが背中で身じろぎするのを感じた。
一筋の希望が沸いてきた。デスティニーが自力で飛べるならよし、囮程度でも動けるようなら尚よしだ。最低
でもこのハンデを下ろすことができるのだから。
「おい! 目を覚めせデス子!」
「ん――」
のそりと動く気配の後に、小さな顔が右肩に乗る。再度呼びかけようと振り向いた瞬間、シンの頭の中は真っ
白になった。
「――はむ」
耳を、噛まれた。
しかも甘噛み。
「うおおおおおおおおおおお!?」
ぞわりと背筋に走った感覚に思わず叫びにも似た声が上がる。危うく転びそうになったのをなんとか堪えた。
「でででデス子!? 何やってんだよお前!」
「ふぁ……? んにゅ」
寝ぼけているのか、言葉にもならない言葉だけが返ってくる。いっそ揺り起こしてやろうかと思い立ったが、
またデスティニーが動く気配があった。
――例えようもない嫌な予感が脳裏をよぎる。
その予感は、しかしシンに覚悟する余裕を与えず的中した。
「がぶっ!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
豪快に頭を齧られ自分の頭から噴き出す血に顔を濡らしながら、それでもシンは走り続けた。
「……うぅ、先回りしろって言われたけど大丈夫かなぁ」
MA形態に変形し、路地を低空で飛行しながらセイバーをか細いの声を漏らした。
今回はライフルやサーベルこそ身に付けてはいる――それに至るまでの過程は思い出したくないのだが――
のだが、やはり使う気にはなれなかった。
あくまで捕縛が目的なので武器を使用する必要があるわけではないのだが、使うこともやむなしという場合が
ないわけではない。彼女にとって一番の不安はそこだった。
「止まってくれる……よね?」
自身に問いかけるように呟く。シンに対しては最初に抱いていたほど悪い感情があるわけではない。近寄りが
たい印象があるのは変わらないが、少なくとも悪人ではないことは分かっているからだ。
おそらくは何らかの事件に巻き込まれたのだろうと、彼女も無意識のうちにそう考えていた。
「――がんばる!」
小さく気合いを入れて元の大通りへ戻るために旋回する。
だがそこで予想外の事態が起きた。
途中で何かあったのか、セイバーが大通りに出る前にシンたちが姿を表してしまったのだ。
先回りをして挟み撃ちにするという目的なのだからすぐに方向転換をしなければならないのだが、セイバーは
それができなかった。
「ひぃっ!?」
彼女は見た。見てしまった。
顔を血の赤に染め上半身だけのたうつ様に揺らしながら、それでもなお逃げ続けるために走り続けるシンの姿を。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ショッキングなシーンに混乱したセイバーはそのままの勢いで突っ込んでいく。
それは偶然か、はたまたシンの姿から目が離せなかったためか、吸い込まれるようにセイバーはシンへと向かっていく。
そして、
――ドゴォッ!!
「ごっはぁ!?」
予期せぬ方向からの衝撃にシンはきりもみ回転をしながらかっ飛んでいき、セイバーも勢い余って家屋の壁に
激突した。
「か、確保だ! 急いであのガキ捕まえろ!」
あまりの状況にしばし呆然としていた自警団の一行だったが、アルベルトの声に我に返ると落下して動かなく
なったシンへと駆け寄っていく。
「い――いたひよぅこわかったよぅもういやぁぁぁ……」
そして事件を解決に導いた最大の功労者は、新たに刻まれたプチトラウマに額を押さえながら震えていた。
「ぬああああああああああっ!」
盾から飛び出したブーメランを掴み∞ジャスティスはストライクフリーダムに投げつける。余裕のある動きで
それを回避されるが、それを見越したように次いで盾のクローを射出した。
「ハッハァ! 甘い甘ぁい!」
急制動、そし急転換。並のMSではありえない挙動でクローもやりすごしたストライクフリーダムは腰から
サーベルを抜いて一気に肉迫する。
自らにサーベルを振り上げるその姿を凝視しながら、しかし∞ジャスティスはニヤリと笑った。
その笑みに何かを察知したのか、ストライクフリーダムはすぐさま上昇する。その真下を、クローに掴まれた
シャイニングエッジが通り過ぎていった。
「っと! なんつー強引な手を使いやがるのかねこの娘は」
「お互い様だ。生半可では仕留められんのは分かりきっていたことだ」
クローから解放されたブーメランを左手にキャッチしながら、チッと舌打ちを漏らす。本来なら緩やかなカー
ブを描いて戻ってくるはずのシャイニングエッジを避けたと思わせたグラップルスティンガーで掴み、軌道を
無理矢理変えて背後から襲わせるつもりだったのだが、それすらも悟られた。改めて相手の手強さを認識する
∞ジャスティスだったが、それはストライクフリーダムも同じだった。
「そろそろ、宴もたけなわかね。お互い今のままじゃ手詰まりだ」
「貴様、いったい何が目的だ?」
「さぁてね、何のことかな」
不敵な笑みをそのままに、ストライクフリーダムは8基のドラグーンをすべて射出して周囲に展開させる。
同時に展開した翼から蒼光の翼が広がった。
――ハイマットモード。その姿を見て∞ジャスティスも覚悟を決めたように両刃のサーベルを構える。
「……とぼけるつもりならそれも構わん。捕縛した後で話を聞かせてもらう」
「消す気はないってか。お優しいねまったく」
「勘違いするな……! 貴様の手足を切り裂いてでもこの凶行を止めるということだ!」
盾、両脚、そして翼までもが光の刃を伸ばす。サーベルと併せて計七本の剣、それが∞ジャスティスの真の
全力で挑むという意志の表れであった。
「なるほど、それはそれで上等だ。なら今度こそ……ん?」
凶暴な笑顔を浮かべたストライクフリーダムだったが、何かに気付いたように眼下を見下ろす。不審に思った
ジャスティスも下を見ると、気を失っているのかシン・アスカが自警団の団員に両脇から抱えあげられて運ばれ
ていた。デスティニーも一緒だ。
「――あーあ、せめてもう少し持てばよかったけどここまでか」
その諦めの声に∞ジャスティスが視線を戻すと、まるで力尽きたかのようにドラグーンが落下し、両手のビー
ムライフルまで放り捨てたストライクフリーダムが両手を上げていた。
「降参だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれい」
あまりにも唐突な決着に、∞ジャスティスの手からサーベルが滑り落ちた。
――檻の中へと差し込む日差しは、いつもよりも眩しかった。
「朝、か」
自分の口から漏れた言葉だというのに欠片ほどの実感はなかった。太陽の位置すら確認できない牢屋の中では
無理もないことだが、昨日の騒ぎを引きずっていることも少なからず関わっているのだろうとシンは他人事のよ
うに考えていた。
牢屋……
「まさか、本当に叩きこまれる羽目になるなんてな」
向かいで同じように格子で仕切られた部屋に転がっているデスティニーに気付く。こんな状況だというのに
シンの耳には規則正しい寝息が格子越しに聞こえてきた。
――これからどうなるんだろうな俺たち……それにあいつは?
覗きこめる範囲では、他の牢屋には誰も入っていないようだった。気配すらも感じない。
逃げ切ったのか、あるいは自分たちが気絶している間にあることないこと自警団に吹きこんで一人だけ解放
されたのか、そんな想像がシンの頭を浮かんだ。
ギリ、と歯を噛み締める。今となっては何故ストライクフリーダムを助けようとしたのか、と自らの正気を
疑いたくなるほど後悔していた。無理をしてでも離れるべきだったのだ。いっそ早いうちに投降すれば事態が
悪化することもなかっただろう。
――でも……
あの夜、初めて会ったストライクフリーダムの顔をシンは思い出す。
泥酔し、まるで狂ったように笑い転げていたあの姿。しかしその表情は……
「……?」
足音が近付いてくるのを感じてシンの思考は現実に引き戻される。同じくそれを感じ取ったデスティニーもよ
うやく目を覚ました様子でのっそりと上半身を起こしていた。
「っ!? こ、ここどこですか!? マスターのお部屋がより殺風景にビフォアーアフター!?」
――放っておこう。説明するのも面倒だ。
何やら慌てながら狭い牢屋の中を飛び回って壁に激突し、石造りの床をゴロゴロと頭を押さえながら転がって
いる相棒から目を逸らし、シンは足音の主の方へと視線向ける。
「フン、もう起き上がれるのか。頑丈な奴だ」
「アルベルト……?」
格子越しに対面した男に、シンはかすかに困惑を含んだ声を上げた。
意外な相手、という訳ではない。その苦虫を噛み潰したような様子に違和感があったからだ。
「なら、クラウド医院に連れて行く必要はないな」
溜息と共に投げやりな声音でそう告げて、アルベルトは牢屋の鍵を開けた。
「お、おい。どういうことだよ?」
「あ? 見て分かるだろうが、釈放だ。そっちのチビと一緒にとっとと出やがれ」
忌々しげに吐き捨てながらアルベルトはデスティニーの牢も開け放つ。
おかしい。確かに自警団は公安と違い必ずしも公的な組織であるとは言い難い。マリアの魔法の暴走やたまに
シン自身も巻き込まれるような事件に関わったときなども有耶無耶で済まされたことからもそれはよく分かる。
だが、今回はいつものときとは場合が違う。こうして牢屋に叩き込まれた以上、本来なら追及を受けて当然な
立場のはずなのだ。
だというのに、ろくに取り調べも受けることなく釈放。素直に喜べるようなことではない。
「釈放ってなんでだよ?」
「あ? 文句でもあるのか?」
「理由くらい教えてくれたっていいだろ」
「チッ……あの蒼羽根が自供したんだよ。自分が酔って暴れたのが発端だからお前らは関係ないってな」
言葉の意味を理解するのに時間がかかった。いや、シンの頭の中でそれが納得できなかったという方が正確だった。
「蒼羽根って……S・Fのことか!?」
「名前までは知らん。自分のことを紳士だなんだとか言ってたが」
間違いなかった。しかしまだ腑に落ちない点は多い。デスティニーもようやく事情を把握したのか眉間に皺を
寄せていた。
あれほどの強さならば、一人で逃げることだってできただろう。仮に∞ジャスティスに拘束されたとしても
自ら罪を認めるような性格だとは思えない。
「あいつは、なんて言ったんだ?」
「俺が知るかよ。尋問したのは隊長だ。ウチの連中に頭下げに来てお前らを釈放するように上から言われただけ
だ。詳しいことが知りたきゃ隊長に直接聞け」
それ以上は説明する気はないとでも言うようにアルベルトは立ち去った。後に残されたのは、立ち尽くすシン
とその傍らに漂うデスティニーだけだった。
「……マスター、いったい何がどうなってるですか?」
「俺も分からない。とにかく一度リカルドのおっさんに話を聞こう」
先ほどまで抱いていたものとは違う憤りを抱えて、シンはデスティニーを連れて留置所を後にした。
「いやぁ、冷酒もいいね。適度に安く適度に高ければ尚よし、だ」
「フン、昨日の今日で私を呼び付けるとはいい度胸をしているな」
「堅いこと言うなよ、出所祝いってことでいーじゃんか」
「確か無償で破壊した街の復興を手伝う無期限のボランティアが条件だったか?」
「おたくらの監視付きでね。初犯だから今回はその程度ってことなんだと。ばんじゃーい」
おどけたように両手を上げるストライクフリーダムの姿に嘆息しつつ、∞ジャスティスはうんざりしたように
手を振った。
「……いい加減本題に入れ。わざわざこんな時を選んだのは訳があるんだろう?」
「何の話?」
「惚けるな。インパルスがいないさくら亭など滅多にあるものではあるまい」
何の事情かは分からないが、いつもならば店の中を駆け回ってるはずのインパルスの姿が見えない。それほど
客も多くないので休んでいるのかもしれないが、偶然にしては出来過ぎだった。席も所々空いているというのに
奥隅に陣取ったことも怪しかった。
「そりゃまぁほら、相棒をく……口説くのはこういう時でしかできないだろ?」
「自分で言って自分で恥ずかしがるな。そして何度も言うが私を相棒と呼ぶな」
「わかったわかった。三つ話がある。大事な話がひとつ、すごく大事な話がひとつ、とっても真剣な話がひとつだ」
「……それで?」
「じゃあまずとっても真剣な話からだ。お前のおっπを揉ませてくれ」
「…………」
「すんませんっした! ちょっと自分調子乗ってました! 今は反省してます!」
「……で?」
「あなた様のおっπを揉ませてください! お願いします!」
――めりっ!
「ぎゃああああああああああああ踵が鼻にいいいいいいいいいいいいい!?」
「潰れたか?」
「ねーよ! でもあやうく顔が2Dになるとこだったよ! こんな美少女の顔に何してんの!?」
「そうか、わかった。次は削ぎ落とす」
「怖っ! 目だ耳だ鼻っとか言いそうな顔になってる!?」
どこから取り出したのか降参の白旗を両手でパタパタ振るストライクフリーダムの姿を見てどっと疲れた息
を吐き、∞ジャスティスは席を立つ。
「帰るぞ」
「待て待て。そうだな……そろそろいいか」
鼻を押さえながらストライクフリーダムはチラリと食堂の方へと視線を向けた。その様子を見て∞ジャスティ
スも振り返る。先ほどから騒ぎ続けているせいか、誰も関わろうとしないかのように不自然なくらいに顔を背け、
近くにいた客もいつのまにか離れていた。
つまり、今現在二人の座るテーブルに誰も興味を示していないのだ。
「ま、とりあえずお前の乳のサイズを改めるのは次の機会にするとしてだ。大事な話をしたい」
「……今度こそ真面目な話なんだろうな?」
「もちろん。ささ、飲め飲め」
「酒は飲まん」
ピシャリと言い放ち水を飲む∞ジャスティスに「ホントお堅いねぇ」と笑いかけながら、ストライクフリーダ
ムは杯を口に運びつつようやく本題に入った。
「最近、魔物が公道に出てきてるみたいだな」
「? あぁ、最近になってやけに数が多くなっている。極所ではなくほぼ周囲全域で起こっているせいで街の
行き来にとって深刻な問題になっているようだが……それがどうした?」
「どーも私らの同族のせいっぽい」
何の気もなしに漏らした言葉に、∞ジャスティスは眉をひそめた。
「何故そう言い切れる?」
「街の近くに出てきたオーガーをボコッ……もとい紳士的に会話を試みたらそんなことを言ってた」
エンフィールド近辺の魔物の中には人語を理解するものも少なくない。オーガーなどはその代表的な種族で
あり、独特のなまりはあるのだが会話が可能なレベルのものならば意外なほど多いのだ。
もっとも人間には人間の、魔物には魔物の領分があるという暗黙の了解があるのでよほど特殊な状況でもない
限り普通の人間と魔物が会話する機会など数える程度なのだが。
「本当か?」
「ウソついてどうするよ」
「だがそんな話は聞いたこともない。毎日街の外を巡回しているが、我々以外の連中など目撃情報すらないのだぞ?」
「話の肝はそれだ」
ピッと人指し指を立ててストライクフリーダムは目を細める。
「どうも魔物の住処を奪っている奴らがいるらしい。だがそんな奴らは被害者の魔物以外見たこともない。
さてこれはどういうことでしょーか?」
「謎解きをしたいわけではない」
「つれないな。でも残念、正解は私も知らない。こっから先は憶測な部分もある。それでもいいか?」
一も二もなく頷いた∞ジャスティスに軽く笑いかけ、もう一度酒を煽って話を続ける。
「オーガーの言ってたことは真実さ。そしてそいつらを統率してるのがいる。何が目的なのかはさっぱりだがね」
「憶測と言った割にやけに断定的な言い方だな?」
「まぁな、私襲われたし実際」
反射的に椅子から立ち上がった∞ジャスティスをどうどうと片手で制しつつ座らせる。
「……聞いてないぞ」
「言ってないからな。あ、心配してくれた?」
「茶化すな。相手は?」
「ザクだのダガーだのだよ。どの勢力ってわけじゃないな、節操無のない編成だった」
ただし、と一拍置いてストライクフリーダムは補足する。
「どいつもこいつも人形みたいだったよ。ま、それのが本来の姿なんだろうけどさ……そう怒んなよ、事実だろ?」
不快そうな顔をしていた∞ジャスティスだったが、指摘を受け一つ呼吸を置いていつもの顔に戻ると先を
促した。
「それで、その連中を統率している奴に心当たりはあるのか?」
「そこんとこが多分に憶測を含むわけなんだが……ま、話半分で聞いてくれ」
そうしてストライクフリーダムは語り出す。
時折笑顔を見せながら、端から見れば世間話をしているようにしか見えない様子で。
だが、話をすべて聞き終えた∞ジャスティスの顔は険しく歪んでいた。
「――馬鹿な、ありえない」
「その『ありえない』ってのはこうして元MSの私が酒を愉しんでるのとどっちがありえないのさ?」
「それは、だがしかし……」
「んで、困ったことに私が目を付けられてるのも確かだ。昨日もそうだった」
「昨日? いたのか、奴が!?」
「ちゃんと確認したわけじゃない。遠くから見てる気配はあったけどな……もうちょい隙を見せたら向こうから
近付いてきたかもしんないけど」
「……貴様、まさかそのためにあんな大暴れをしたのか?」
「さーてね、酔っ払ってたのは事実さ」
へらへらと笑うストライクフリーダムを見て∞ジャスティスは頭を抱え始めた。無理もない話だ、今日この
時間だけでどれだけの情報が出てきたのか。それも自警団に所属しているというのにこの異様な事態に気付かず
にいた後悔も少なくなかった。
「大事な話ってのはこんなとこだな。一晩檻ん中にブチ込まれてタダ働きさせられる代わりに得たもんとしては
……まぁ妥当ってとこじゃないかね」
「それを私に話したということは、協力を仰いでいるということか?」
「お好きなようにどーぞ。必要かなと思ったから伝えただけだよ、私ゃいつもどおり過ごすさ」
呆気に取られたように∞ジャスティスはストライクフリーダムを見た。
そして……そのまま力なく笑った。
「お前は、そういう奴だったか」
「おーよ、これが私さ」
「まったく……仕方のない奴だ」
「ひでぇ言い草だ。昨日はお前だって楽しんでただろうが」
そして二人は笑いだす。愉快そうに、そしてどこか懐かしそうに。
「だが、街の復興にはちゃんと協力するんだな。どんな理由があったにせよお前のやったことは罪だ」
「わぁってるよ、せいぜい睨まれながらコキ使われるさ」
「ついでにシ、シ……デス子の主にも謝っておいたほうがいい」
「あ? まぁそりゃいつかはスク水メイド持って詫びに行くつもりだったけど……」
「スク……? まぁともかく、すぐに会えるぞ。明日お前がボランティアに行った時にな」
は? と呆気に取られるストライクフリーダムに、笑みをそのままにして∞ジャスティスは告げる。
「釈放されてすぐにリカルド隊長に直訴したらしい。どんな形であれ共犯になった身、共に罪を償いたいとな」
「はぁ? 何だよそりゃ?」
「そして、私は貴様への言伝を預かっている」
面白いように困惑するかつてのパートナーの姿を楽しげに眺めながら、なぞるように言葉を紡いだ。
「『――巻き込むなら最後まで巻き込め。お前がどんな無理しようと知ったことじゃないが、勝手に一人で満足
して全部背負いこもうとするな。こっちの寝覚めが悪くなる』、だそうだ」
「……ハ、参ったねどーも」
顔を背けて杯を煽る。その顔が赤いのは果たして酔いのせいだけなのだろうかと、そんなことを∞ジャスティ
スは考えていた。
「それで、もうひとつの話はなんだ?」
「え?」
「三つ話があると言っただろう? 最初のくだらない話と、今ので二つだ」
「くだらないとかお前……世のおっπ紳士の7割5分を敵に回したぞお前」
「何故そんな中途半端な」
「残りは『おっπは触るものじゃない、眺め拝むものだ!』という連中だ。私にとっては外道だがそれもまた
紳士の道だろうと三日くらい前に苦渋の末にその意義を認めた」
「……なんでもいいからすごく大事な話とやらをさっさと話せ」
そう言い放った∞ジャスティスだったが、突然真剣な面持ちになったストライクフリーダムを見て目を見張った。
先ほどまでとは全身から発する気配まで違う。頬を伝う汗がさらに緊張を高めていた。
「実は……」
絞るように漏れた声に知らず∞ジャスティスには唾を飲み込む。
そして、
「わたしお金ぜんぜん持ってないから代わりにここの勘定払ってちょーだい☆」
「…………」
「……お願い、します?」
「……………………ふ」
その夜、さくら亭の上空で激しい戦闘が行われたという報せを受け自警団が向かったのだが、現場に着いた
頃にはただ星空だけが広がっていた。
「――っかー、遠慮なく斬りつけやがってまあ。さすが我が相棒、痺れも憧れもしないがいつか必ずあの胸を
タッチしてみせる。生搾りで」
街の明かりを背にしてストライクフリーダムは高らかに宣言する。もっとも聞いている相手などどこにもいな
いわけだが。こういうことを声に出して言うことに意味があるのだと彼女なりのどーでもいいポリシーがあった。
「しっかし、まさか気付かれてるとはねー。朴念仁と侮ってたか」
もっとも、すべてを気付かれたわけではない。
……昨晩の件、シンに付いていく形で逃げていたことには理由があった。
∞ジャスティスに告げた他のMSを統率している者だが、彼女自身疑わしいというレベルを脱していないのが
正直なところであった。それを見極めるためにシン・アスカを……利用した。
当初の目的では頃合いを見計らって二手に分かれて逃げ、『奴』の動きを探るつもりだった。
もし彼女が考えている通りのMSなら、まずシンと接触するだろうと踏んでいた。あるいは孤立したストライ
クフリーダムに先に近づくか……どちらにせよ、何らかの行動を起こすはずだというのが彼女の考えだった。
だが∞ジャスティスの介入という不測の事態によってその計画はあっけなく崩れ去った。元々いきあたりばっ
たりに近い思いつきなのだ、今回の失敗も当たり前と言える。
そんなことは分かっていたのに、こうして行動を起こしたのは……
「……ハッ、アホらし」
空を仰げば満天の星。その雄大な存在を眺めていると、自身の存在がどれだけちっぽけなのかと抱え込んでい
た悩みや不安などはいつの間にか消えてなくなってしまう。彼女とてそれは例外ではなかった。
――否、それは違う。
ほんの少しでもこの身が軽く感じるのは、ほんの少しでも気が楽になったのは、
「『勝手に一人で満足して全部背負いこもうとするな』、ね。骨身に染みる言葉だ」
だがその言葉は彼自身にも突き刺さる言葉でもある。それを理解しているのかいないのか、今の彼女には
分からなかった。
それでも、その言葉は彼女の胸に響いた。
まず声に出して言うことはないが――デスティニーやインパルスを少しだけ羨ましいと思ってしまうほどに。
「あ~……でも明日からどんな顔して会えばいいんだっての、ったく」
恥ずかしげに頬を掻きながら大袈裟に溜息をつき、そして彼女は腰からビームライフルを抜いた。
「――なんかモヤモヤしてっからさ、今日は八つ当たり気味にやらせてもらおうか」
星ではない、明らかに不規則な動きをしている輝きが複数。
確認できる数は5、機体は不明。だがそれだけで終わることはないと今までの経験が告げていた。
「牢屋の方が静かでよかったかもなぁ。いやいや、それは私の自由じゃないな」
射程内。まずは先頭の3機を落とすために、腰のレールガンと両手のライフルを構えた。
「楽な道ってのは、ないもんだ」
少し疲れたようにそう言って、彼女は引き金を引く。
彼女の日常が、今日もまた始まった。
――たとえば、の話である。
あいつらが明日にでも消えてしまうことになったらどうなるだろうか?
そう考えたことがある。
デスティニーはきっと泣くだろう。縋りついて離れないかもしれない。
インパルスたちは意外と覚悟を決めて落ち着き払っているかもしれない。
フリーダムは最後まで俺の命を狙ってくるかもしれない。
∞ジャスティスは最後まで暑苦しいだろう、一緒にいるセイバーを巻き込んで。
なら、『あいつ』はどうだろう?
なんとなく、なんとなくではあるが、
「あぁ、楽しかった」と。
そう言いながら最期まで笑っているような気がした。
――苦しそうに笑いながら、それでもそう言って消えてしまいそうだと、そう思った。
最終更新:2009年08月02日 14:24