「会員紹介/2007年度入会/うのはな透/眼鏡/研究」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

会員紹介/2007年度入会/うのはな透/眼鏡/研究 - (2010/06/23 (水) 23:05:04) の編集履歴(バックアップ)


眼鏡っ娘概論

このページはWikipediaとは違い、基本的に独自研究です。

定義

  • 眼鏡っ娘は、「眼鏡」をかけている「少女」である。
  • 眼鏡は、視力矯正のために“顔”に装着する器具、ないしそれを模した装身具である。
  • 少女は、若い女性を指す。少女の詳細な定義は個人の主観による。

基本

  • 眼鏡っ娘はその歴史から、ある程度のパターンが形成されている。
  • これを以下の3点に大別するとする。(仮に、『眼鏡っ娘の3法則』とする)
    1. 眼鏡っ娘は知的である。
    2. 眼鏡っ娘は静的である。
    3. 眼鏡っ娘は内向的である。
  • これらは基本的に眼鏡という存在から演繹的に導きだしたものである。ただし、過去の事象からの帰結も含む。
    • 「眼鏡っ娘」から演繹的にキャラクタ性を得ようとすると、基本的に眼鏡っ娘の3法則に帰結する。
    • そのようにして得たキャラクタ性は、えてして他の概念と有機的に絡みあう。
  • これらの全てには対となる概念が存在する(無知である、動的である、外交的である)。
    • このうち、「無知である」という概念は、「体力バカである」という概念に昇華する。

応用

  1. 眼鏡っ娘は知的である。
    • 眼鏡とは視力を矯正する道具であり、知的好奇心(知への欲求)として捉えられることがある。
    • 眼鏡を掛けると言う行為に対して、これを男性原理と捉えられることがある。
    • 「知的である」という点から派生した属性として、以下のようなものが挙げられる。
      1. 優等生
      2. 委員長
      3. 教師
      4. 研究者
      5. 助言者
  2. 眼鏡っ娘は静的である。
    • 眼鏡とは視力を矯正する道具であり、あらかじめ身体能力の不足を指摘するものである。
    • 基本的に「動的であるキャラ」の対となるための法則である。多くの事象は「動的と反対になる」ことから導かれる。
      • つまり、活発なキャラと反対であるから、大人しい。
  3. 眼鏡っ娘は大人である。
    • 「知的である」「静的である」概念から、精神年齢の高さを導きだすことが可能である。
    • 「大人である」ことは、つまり他を導く立場になりうる、ということとも捉えられる。
    • ただし、「大人である」ことは「少女」の定義から外れる場合もある。
      • これに適応するための手段としては、「少女の定義を緩くする」か「大人という概念を否定する」というものが挙げられる。
  4. 眼鏡っ娘は内向的である。
    • 眼鏡っ娘は歴史的に冷遇されていた。内向的なのはその名残と捉えることができる。
    • 「内向的である」という面は、自己の存在に執着する概念を持つ。興味が自己の知るところに集中する、すなわちオタクである。
    • また、他者との交流を否定する、躊躇する、交流が下手である、といった側面も導きだせる。
    • 「内向的である」という点から派生した属性として、以下のようなものが挙げられる。
      1. オタク/腐女子

セットになる属性

正直わからないことだらけである。

外見

三つ編み(おさげ)
昔から「眼鏡っ娘と言えば三つ編み」と言われてきたわけだが、出典はよくわからないのが現状である。少なくともToHeartの保科智子までは遡及可能であり、おさげ自体はときメモの如月未緒まで遡及可能である。これ以前についてはおいおい追っていく。
おでこ
おでこが広い眼鏡っ娘というのもこれまたよく見かける。眼鏡を掛けると眼が強調されるわけだから、これにより眼=眼鏡のすぐ上にある前髪を排除する美学が発生したと考えると納得がいく。しかし個人的にはおでこが広い子が特別好きというわけではないので、料理の仕方が要求される要素である。前髪全体を上げオールバックにするとたいていは失敗するので(成功例としては田井中律など)、ピンポイントでおでこをさらすようにするのが賢いやり方と思える。眼鏡っ娘ではないが、桜咲刹那とか御坂美琴とか。おでこの部位が広いにしても、髪をかきあげている田井中律タイプやデフォルトで前髪が短い綾瀬夕映タイプなど千差万別である。注意点は「やりすぎてハゲにするな」「髪全体のボリュームは落とすな」といったところか。
ヘアクリップ(ヘアピン)
ペアピンの中でもピン上の細いボビーピンではなく、クリップのような仕組みで髪を留めるものが眼鏡との親和性が高い。これをボビーピンと区別するため便宜上ヘアクリップという呼称で呼んでいる。ヘアクリップはボビーピンとは違いファッション性が高く、かといって主張し過ぎることはない。これを使うことで眼鏡っ娘をおしゃれに彩ることが可能になる。また、おでことの親和性も非常に高く、このヘアクリップがやばすぎる眼鏡っ娘のおでこを程よく包んでくれると言っても過言ではない。

外見以外

野暮
「流行を追いかけるよりも、流行に疎いままでいてください」という私たちのスイーツ(笑)への決別の表れと、女性への理想の投射ではないだろうか。
――というのはあながち冗談ではない。眼鏡っ娘のキャラクタメイキングとして昔からあった「地味」「暗い」「ダサイ」などのマイナス要素を逆手にとって、「地味だから好きなんだ」「暗いダサイからってなんだ」という気持ちが眼鏡っ娘好きに芽生え始めた。これを今までのマイナス要素からプラス要素への転換として名付けられたのが、「野暮ったい」である。オタクの大部分は現実に蔓延るスイーツ(笑)に辟易し、理想の女性を二次元へと投射する傾向にある。このスイーツ(笑)嫌いが投射されたゆえ洒脱でない需要が生まれ得、それが旧来からある眼鏡っ娘という洒脱でない概念と結びついた。こう考えると、眼鏡っ娘とオタクの親和性の高さが伺えるというものである。「野暮」は「静的」「内向的」な要素を帯びる。
「地味」とか「野暮ったい」といった要素は、緩慢で洗練されていないものを連想させる。一方で後述の委員長や教師というものは、これらの要素とは正反対のものとして捉えられる。この矛盾に対して眼鏡はどのような意味を帯びるのか。これは、洗練されているかいないかは眼鏡の本質ではないということである。では眼鏡っ娘の本質はなんなのだろうか。断言するのは難しいが、一般化を逃れ世俗から一歩離れたところに身を置く特殊性にあるのかもしれない。
委員長
小中高の学級委員長、ないし小中高の専門委員会委員長を指す。この場合生徒会役員ないし生徒会長は含まないが、属性としてはほぼ等価と認識できる。理性の象徴としてよく用いられる眼鏡であるからして、理性の権化としてよく用いられる委員長との親和性が高いのは非常に納得がいく。
一般的に委員長は後述の教師同様、教え導く立場にあると考えるのが一般的である。しかし教え導くという啓蒙的な立場より強調されるのが、自クラスの生徒をまとめあげるリーダーシップである。これは眼鏡っ娘の内向的な面とはしばし矛盾する要素であり、内向的な面を尊重し「リーダーシップのない委員長」という存在もあるが、これはどちらかというとただの優等生キャラに近く、委員長の本質ではない。リーダーシップとはいうが、これを支える社交性、世話の良さを主眼に置くキャラクタメイキングも多くなされる。幼なじみであればより近く、そうでなくてもそれなりのカバーを範囲する、これが委員長の強みである。ただし、この場合の眼鏡の親和性はさほど高くない。
眼鏡委員長の強みは規律と風紀を慮る方面に働く。これは「甲斐甲斐しい委員長」という概念を他キャラに委譲することでさらに強みを増す。つまり「柔和な委員長」「強硬な副委員長」といったキャラ分担がなされたとき、これは委員長の性質を大きく損ねることなく、互いに補強された委員長が完成する。もちろん、この場合は一個人として不完全になるという欠点も存在し、これを補完しようとすると両頭体制がくずれるという二律背反構造となる。また、一部のストーリーでは強硬な眼鏡委員長は主人公と相反する(敵対する)存在として描かれ、それを改善するため主人公に対し丸くなるというパターンも見られる(同様にこれは教師にも見られる)。ストーリーのパターンとしては王道に属するものではあるが、一番最初に設定した「規則にうるさい」という印象をうまく扱うことができないと魅力を減少させかねない。これに対して「規則にうるさい」面が行きすぎるなど、否定的に描かれることも多い。しかしその場合第一印象が悪くなる危険性もはらんでいる。結局変化前と変化後の単純な刷り合わせでキャラクタメイキングができると考えること自体が甘えなのであり、よりよいキャラをつくるためにはそれ以上の要素やストーリーが必要となるわけである。
教師
教師の場合は委員長のように理性の表れであるとも捉えられるが、それに加え(もしくはそれ以上に)「オトナの女性」を表現するために都合がいいという面がある。かってに改蔵的にいえば「オ・ト・ナ」である。
教師というキャラクタ性は、生徒と対で用いられる。教師は生徒を教え導く存在であり、精神的な優位性を必然的に持っている。教師は生徒がいてこそのキャラクタ性であり、生徒とは不可分のものとなる。生徒がいなけりゃただの人。逆に生徒がいる――しかも主人公など物語の主眼となる――時に、教師は強力無比な存在感を発揮する。この場合の精神的な優位性を保証するものとして、眼鏡が有効にマッチするということだ。
図書委員
図書委員は委員長とは違い、他をまとめる職ではなく事務的な職となる。故に図書委員長でもない限りは委員長とは別の性質を帯びる。図書委員の本質は図書である。これによりほぼ例外なく「図書委員は読書好き」であるというキャラ付けがなされる。読書は知識を生むゆえ、知的キャラとしての素質を持つ。また、読む図書の性質によっては、オタクとしての偏向性も指摘される。
図書委員の眼鏡は、他の属性よりも強固に用いられる。一般に図書委員の眼鏡は「読書のしすぎ」で説明されるからである。これについては確かに暗所などの悪環境での読書は視力低下を促すものであり、読書というワードが眼鏡と強固にマッチする要因となっている。図書委員の性格については、基本的に「人見知りで内向的である」というものが多い。読書という趣味が外交的とは捉えられないというのが大きな理由と考えられる。また、偏向性が見られる図書委員の場合は、その偏向具合により他を拒絶する要素となりうるので、これまた内向的との結論が得られる。人見知りであるが故に対人コミュニケーション能力が低い、故にドモる、これがまた魅力になりうる。
図書委員とは異なるが、読書という要素とかつて最も強く結びついたキャラクターがR.O.Dの読子・リードマンであると言える。R.O.Dは読書の中からその主体である“本”、さらにその材質である“紙”にまで深く切り込んだストーリー構成をしている。それを強固に支えるのが読子の読書狂であり、図書に関する性質を余すことなく用いている。また、眼鏡そのものにもストーリーを擁することで、これらの要素と読子という存在と眼鏡というピースに関連性を持たせることに成功していると言えるだろう。
腐女子
ずばりオタクの派生形である。
記事メニュー
目安箱バナー