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名前 |
性別 |
陣営 |
役職 |
備考 |
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アンリ・ラ・ヴァンテュリエ |
男 |
王党派 |
暫定政府首相 |
内戦勃発前はヴィエナ県議会議員。物静かで地味な貴族出身の民主主義者であり、長年議員としてヴィエナの汚職や不正撲滅に携わってきた。その成果は有力な議員や県知事に横取りされてきたが、クローヴィス王は戦前から彼を非常に高く評価しており、兄王からその評判を聞かされていたクラーラ王女に請われる形で、重大な汚職を働いていた前暫定政府首相ジョルジュ・シャポーに代わる暫定政府首相として抜擢された。国民福祉党政権下では政府に対する賄賂を拒否してきたヴィエナ県は政治的に不利益を被ったため反国民福祉党感情が根強く、内戦勃発後は王党派の統治下にはいる。内政面で王党派占領地域の安定と文民統制の強化を進め、王党派を支え続ける。内戦終結後は内戦後初代の首相も務めた。 |
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ウィルヘルミナ・アッキピテル |
女 |
アキピテリア共和国 |
有翼兵 |
ソフィア王国軍近衛師団の有翼騎兵連隊所属の女兵士。 |
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エマニュエル・ラザー・モンブラン・ル・フランシェ |
男 |
王党派 |
将軍 |
クラーラ王女を支える王党派の実質的な指揮官。 |
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エミーリア・ディ・サファイア |
女 |
王党派 |
ソフィア王国王太后/レオネッサ王国王女 |
クラーラ王女の義姉。クローヴィス王との夫婦関係は極めて良好だった。また民主主義を支持し、ファシズムに不信を抱いていたが、ソフィア王国の腐敗した政治状況には強い不信と不安を抱いていた。内戦勃発直前にジルベール2世・サファイア・デ・ルーン・レ・ディ・ソフィア国王を出産し、内戦勃発後は政治面でクラーラ王女を支え続け、レオネッサ王室との橋渡し役を担い、王党派の勝利に貢献した。 |
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カミッロ・エウジーニオ・ディ・サファイア |
男 |
レオネッサ王国 |
王子/ファシスト義勇軍司令官 |
レオネッサ王国第2王子。エミーリア・サファイアの弟。クラーラ王女より1歳年下。ジルベール1世王の治世でクラーラ王女との縁談が進められていたが、ジルベール1世が山岳遭難事故で逝去すると縁談の話も進まず立ち消えになっていた。クラーラ王女と同格で、もともとクラーラ王女との縁談が進められていた事、かつ彼はレオネッサ・ファシズムに共感しており統領との関係も近かったのでファシスト義勇軍団司令官に任じられた。緒戦ではペトロセッリーニ参謀長が実質的な指揮を執ったが、カミッロ王子は経験不足と見做されていただけで実際には極めて有能な指揮官であり、まもなくペトロセッリーニ参謀長の強力な推薦を受けて名実ともにファシスト義勇軍団の指揮を執った。内戦介入後の壮絶な戦いに大いにショックを受け、内戦の進行と共にファシズム体制に疑問を抱くようになっていく。自動車や自動二輪車、航空機を趣味としたが、ヴァイオリン演奏なども得意とした。 |
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クラーラ・デ・ルーナ・ラ・プリンチペサ・ソフィア・クラリッサ |
女 |
王党派 |
王女/王党派総司令官 |
上級大将。王党派総司令官。内戦勃発時20歳。感情的で単純、短絡的だが素直で人の言うことを良く聴く性格。父親の影響で軍隊を愛し、幼年士官学校に入学。幼年学校時代は『戦車に注目せよ』の影響で陸軍の機械化を志向するようになる。成績については尊宅のない評価を望み、指導教官は「軍事的才能自体は平凡だが、王族たるに相応しい不断の努力家で非常に勉強熱心」と評価した。兄クローヴィスを敬愛し、兄と王族が次々暗殺される中危機を逃れ、ピエール・デュカス打倒を目指し蜂起する。王党派の指揮はエマニュエル・ラザー・モンブラン・ル・フランシェ将軍を筆頭とする将軍たちが担ったが、象徴としての軍司令官としてはその役目を十分に認識し、前線に視察に出て将兵を鼓舞するなど役割を果たした。リコーダーの演奏と馬場馬術と障害馬術が趣味。結核に罹患し、内戦後に病没。享年26歳。 |
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クローヴィス・デ・ルーン・レ・ディ・ソフィア |
男 |
故人 |
前国王 |
クラーラ王女の兄。物静かで天体観測を趣味とした。海外留学の経験から理想的君主は「君臨せずとも統治せず。」であると考えており、民主主義の可能性を信じ、極力政治に関わらぬように努めてきた。この姿勢は民主主義的な人々には評価されたが、伝統的に国王が政治に関与してきたことを支持する保守的な層からは消極的であると映った。一方で彼は慈善事業に取り組み、貧困問題の解決に非政治的な形で努めてきた。ピエール・デュカス首相との関係も良好だっかが、王室を不要と見做されたピエール・デュカスの陰謀により暗殺される。享年29歳。 |
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ピエール・デュカス |
男 |
議会派 |
共和国首相 |
ソフィア共和国初代首相。国民福祉党党首。貧民出身ながら一代で身を起こし、首相にまで上り詰めた男。彼の志向は資産の最大化にあり、政治権力の獲得も資産の最大化という目標達成のための手段に過ぎない。彼は徹底した自責思考に基づいている一方で、貧困大衆の多くが自らの貧困の原因を他責していると見抜いた。こうした考えは資産階級の多くが共有していたが、上流階級内でも激しい競争にさらされている多くの上流階級は貧困階級を見下すばかりで、彼らを政治利用しようとしなかった。 |
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フィリップ・デ・ルーン・デュカ・ダ・ビアンコ |
男 |
故人 |
大公 |
ジルベール1世の弟、クラーラ王女の叔父。フィリップ大公、ビアンカ公と呼ばれる。凡庸で臆病な所がある一方で自己顕示欲が強く、ソフィア王位に執着していた。ジルベール1世がエーデルワイス山での遭難事故で逝去すると王位を強く望んでいたが、特に政治工作をするわけでももなく、法令に則り王位はクローヴィスに渡った。この時からクローヴィス王を強く嫉むようになる。王室を排除したいピエール・デュカスに唆されて王位継承を狙い、ピエール・デュカスに完全にコントロールされた状態でクローヴィス王暗殺を計画、実行し、その後ピエール・デュカスに用済みとして暗殺される。彼はクラーラ王女と仲が良く、政治的にも積極的に政治に関わりたい願望を持っていた大公の姿勢を王女が支持していた為、暗殺の重要標的であったクラーラ王女を標的のリストから独断で除外し、ピエール・デュカスの陰謀を破綻させる一つの要因を作っていた。尚、彼の死後、長男アルベルト、次男ルドヴィーコそれぞれが家族諸共不審な死を遂げ、ビアンコ家は断絶した。 |
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ローラン・ド・ヴィルヌーブ・エスクラポン |
男 |
議会派 |
議会派参謀総長 |
内戦勃発以前から王国陸軍参謀総長を務めていた。ピエール・デュカス首相の就任後間もなく王国陸軍参謀総長に就任しており、以前からピエール・デュカスとは蜜月関係にあったとされる。軍事的に有能とは言えないうえ、主導権を握りたがる性格で、参謀総長の任にありながら北部補面軍司令官を兼任し、戦果を焦って何度も王党派に攻撃を仕掛けるも失敗。北部方面軍の立て直しのためにメイユボアの戦力を引き抜いたため議会派の戦力を弱め続け、王党派の攻勢に粉砕され捕虜となり、反逆の罪で処刑された。 |
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ロレンツォ・ファン・メイユボア |
男 |
議会派 |
将軍 |
名将。内戦勃発時は第6師団長。後に南部方面軍司令官。怜悧で将来を嘱望された若手の将軍で、王室よりも国家と国民に対する忠誠心と責任感を抱いていた。内戦では直ちに政府に帰順を決意し、部隊を掌握して逡巡する第5師団をも掌握した。レオネッサの軍事介入に悪戦苦闘を続けながらも激しく抵抗し、クラリッサの騎士という渾名で呼ばれた。しかし、勇戦むなしく北部方面軍の攻勢に戦力を引き抜かれ続け敗北した。 |