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&sizex(3){[[Top>トップページ]] > [[【シェア】みんなで世界を創るスレ【クロス】]] > [[異形世界・「白狐と青年」>白狐と青年]] > 第39話} *「研究区の主」             ●  平賀は一人、研究所前にずらりと構えて待機している武装隊に数歩の距離まで近づいて行った。一団を見回し、ついでに視線を滑らせて野次馬になっている人々にも目を向ける。  何事かとこちらを注意深く窺って来ている人々の内訳は、元より研究区に住んでいる者から研究区の保護を求めてきた異形まで多種多様だ。ここでの話は口伝いに研究区内の全ての者達に伝わることになるだろう。  それらを確認してふむと頷くと、平賀は武装隊に問いを投げた。 「さて皆の衆、これは一体何事かのう?」  平賀の言葉に対して一団のリーダーらしき、士官服を着た男が一歩前に出た。 「何事とはまた異な事を。理由は分かっておられるだろうと思いますが?」  平賀は首を傾げた。 「はて、何じゃろうな?」 「……クズハの事です、平賀博士」  男の言葉に野次馬の一部がざわめいた。  クズハの事を知っている、おそらくは元より研究区に住んでいる者達の反応だろう。そう思いながら平賀は男の話に耳を傾ける。 「留置施設が破壊され、そこに捕らえられていたはずの彼女の姿が消えている……。今朝の新聞の記事が示す事に気付いていないとは言わせませんよ」  男の発言で野次馬にも、ついでに小型マイクを通して研究所内の皆にも何についての話なのかは伝わっただろう。そう考えながら平賀は煙管から煙を吸い込んだ。 「ふうむ、それで……あー、名前は何と言うのかの?」 「失礼。私は渡辺翔(わたなべかける)、今日付けで研究区に派遣されてきた増援部隊、そして現在研究区に居る武装隊全体の指揮権を与えられることになった者です」  渡辺は一息を入れ、 「クズハの姿は行政区内を捜索しましたが見つかりませんでした。行政区からはどうやら逃げおおせたらしい。そしてクズハが逃げ込んでくる可能性が一番高いのはここです。もし彼女を匿っているのならば差し出してもらいたい」 「そう言われてもなあ渡辺君、クズハ君はここにはおらんしなぁ」 「隠しだては得策ではありませんが?」 「君等こそ、一体何のつもりでこんなに大勢で押し掛けて来とるのかな? ほれ見てみい、皆の衆が怖がっておるじゃないか。それに最近この地区もお客さんが多くてなぁ、そろそろ打ち止めにしてもらいたいんじゃがのう」 「クズハは留置施設から脱走する際に二人殺していると我々は捉えています。彼女が大阪圏内で逃げ込むであろう可能性が高い場所は和泉、信太の森、そしてここ――平賀博士の研究区です。それぞれに部隊を派遣していますが、特にこの研究区は以前の異形保護の声明、それに現在クズハの保護者がこちらに居る事から考えても扱いは別格です。我々としても万が一の事を考えて大部隊で行くようにと、そう上が決めました」 「万が一……ふむ、確かにそれは恐ろしいのう」  そう言って、平賀は意地悪気に笑った。 「何せここには突然今まで住んでいた所から一時的とはいえ排斥されて、不満の溜まっている者も多いでな」 「……その通りです」  僅かに目を逸らした渡辺に内心で好印象を得ながら平賀は問う。 「それで、君等はこんなにも大人数の武装集団で現れて、徒に皆を刺激しに来たのかな?」 「そんなわけはありません。我々は人に害を為さない限り異形も攻撃しない。用が済んだら今回の追加部隊はすぐに退きます」 「用件とな? クズハ君ならおらんわけじゃが?」 「その言葉だけで信じられるわけがないでしょう。調べさせてもらいます。特に、研究所の内部を念入りに」 「む、所内を……かの?」 「クズハが居ないのなら別に見られても問題ないでしょう?」  渡辺の言葉に平賀は渋るそぶりを見せた。 「うーん、見せたいのは山々なんじゃがのう」 「どうしたのですか平賀博士、何か見られたらまずいものでもあるのですか?」 「おお、あるんじゃなぁ、これが……」  渡辺やその後ろの武装隊達が緊張を帯びてそれぞれの武装を持ち直す。それらの動きを前に、平賀はのんびりと煙管をくゆらせ、 「何せここはわしの研究区、結構な数の秘密事項や危険な機材・実験もあってなぁ、君等に自由に見せても大丈夫なように研究所内を整理するのにも何日か時間をかけなくてはならんのだな、これが」 「時間稼ぎをするおつもりで?」 「下手に危険物に手を出して怪我したくはないじゃろう?」  平賀の言葉とほぼ同時、彼の後方から派手な爆発音が上がった。 「――!?」  突然の大音響に、武装隊たちが武器を反射的に取ろうとする。 「あーこらこら」  それらの動きに対して、平賀は煙を吐きつけた。  煙は異様な勢いで広がって武装隊たちに纏わりつく。そして、 「――っ!?」 「あんまりカッカッしなさんな、ただのうちの研究所の実験過程じゃよ。ここに留まるならいちいちこんなもの、気にしてはおれんぞい?」  武装隊は誰一人として武器を抜く事ができないまま、平賀の吐き出した煙に縛りあげられ、動きを止められていた。  他の隊員達と共に動きを止められた渡辺が低く問いを寄越す。 「我々と争う気ですか……?」 「じゃったら君らには煙でなく、破魔矢を射掛けとるのう。これはうちの実験過程に過敏に反応をしそうになった君等への、ただの注意じゃよ」  渡辺は無言で頷き、次いで訊ねる。 「……この煙は?」 「煙々羅、3サイズの測定から覗きまでこなす便利な魔法じゃな」  平賀が言う間にも、背後からは爆発音が聞こえてきている。  心なしかいつもより爆発の派手さが増している。研究員の誰かが空気を読んで爆発させてくれているのだろう。平賀は続けて起こった複数の爆発音に苦笑を浮かべ、 「わしらの案内で所内の安全な場所を見せる事はできるが、それではどうせ君等は満足しないじゃろ? ならば数日留まってもらわなければならんわけじゃが、これだけの人数を新たに数日間受け容れるとなるとそれなりに準備を急がなければなるまい。手配のために一度戻らせてもらうぞい?」 「……分かった」  不承不承といった体で言い、渡辺は語調を戻した。 「宿の手配をお願いします。それと、この魔法を収めてもらいたい」 「うむうむ分かっておるよ」  平賀は手の一振りで煙々羅を霧散させると、思い出したようにおお、と手を打った。 「そうじゃそうじゃ、外で研究区を包囲してる連中な、まだ外から研究区を頼って来る者もおるかもしれんから、あまり物々しい態度で居ないように指導しといてくれるとありがたいぞい?」 「……分かりました。しかし検問は用意させてもらいます」 「了解じゃよ~」  煙を吸い込んで、何か言いたげな渡辺をその場に残した平賀は研究所内へと戻って行った。             ●  武装隊を遣りこめた平賀は明日名の部屋に戻ってくると、笑顔でブイサインを示してきた。 「どうじゃった? わしの話術」 「天狗小僧め、まだまだ現役だの」  機嫌良さげに応じるキッコを横目に見ながら匠は訊ねる。 「武装隊達の宿の手配をするんだろ? ここで油売ってていいのか?」 「問題無しじゃよ。もう手配は他の者に任せておるからの」  その任された人は今頃てんやわんやだろう。同情する匠の肩をキッコが叩いてくる。 「まったく見事なものだの、あの小僧どもの驚いた顔よ!」  そう言うキッコは喜色満面だ。武装隊達を黙らせた事が面白くてしょうがないらしい。  ……検問で足止めくらったのを根に持ってるんだろうな。  狐の恨みは恐ろしい。そう思いながら匠は口を開く。 「これで武装隊と行政区側の動きが見えてきましたね。行政区、その裏に居る者たちは、研究区ごと異形を大阪圏から完全排斥するつもりでしょうか?」 「そうだろうね」  明日名が頷く。 「渡辺は上からの命令で派遣されて来たと言っていた。多少なりとも朝川達の思惑がこの動きを決めているのは確かだろう。もしかしたら、彼等はこのどさくさにまぎれて実験の材料を集めているかもしれない。……排斥された異形が彼等の実験の材料として捕らえられないとも限らないだろうからね」 「くそっ」  彰彦が悔しげに拳を掌に叩きつける音が響く。 「力尽くで奴らをブッ潰しに行きてえとこだが、相手が行政区のお偉いさんとなるとそうもいかねえ……どうする?」 「そうじゃのう……」  平賀は顎を撫でながら思案し、 「明日名君の言う通り、武装隊は行政区の指示によって研究区に派遣されて来ておるという事じゃったし、武装隊側への説得はクズハ君が怪しいという状況証拠がある限り通じないじゃろう。ここはひとつ行政区の方の悪事を暴いて武装隊の衆に自分たちの行動は間違っていたと気付いてもらうのが一番じゃろうな。わしとしても、流石に武装隊との全面対決はしたくないでのう」 「それは構わんが、行政区は全てが敵なのかの? それとも朝川という者の一派だけが敵なのかの?」 「……どこまでが敵なのかを見極めなければならないね」  キッコや明日名の言う通りだ。行政区の悪事を突きとめるとは言っても、行政区の全てを潰すわけにはいかない。相手を見極め、敵のみを見出さなければならない。  ……それに、行政区に異形化した人を招き入れた方法も知りたい。  あの時点で既に厳重な警備体制を施いていた行政区内にあの数の異形化した人間を侵入させたのだ。それなりの裏があるはずだ。  ……それこそ、じいさんの秘密通路みたいな大がかりな何かが……。  匠が考える間にも話は続く。 「現状、行政区内で怪しいと思われるのは朝川、それにその上司である登藤通光だ。朝川の方は機械化人で、以前俺やキッコを傷つけた者。こちらは明らかに俺たちの敵だろう。一方で通光の方だけど――」  言って、明日名は首を横に振った。 「彼については証拠が無い。行政区、異形排斥派の長として武装隊の意思決定に口を出せるという立場を勘案すれば、この一連の事件で彼は限りなく黒に近い位置に居るんだけど……」  明日名の言葉を平賀が引き継ぐ。 「通光君は怪しまれないためにか、ほとんど表には出て来ておらんからのう。匠君やクズハ君が引き出された一回目の審問の時、君らの解放を認める許可をわしと共に出したのも彼じゃった……手堅いのう」  状況は通光が敵だと告げているが、現状、誰一人として通光が一連の事件の関係者だと言い切る事は出来ない。早々に通光の正体さえ掴む事ができれば彼が黒であろうと白であろうと核心へと迫る事ができるであろうが、 「うーん、彼の正体を掴むためには調査が必要になるかのう」  平賀の発言を聞いて、彰彦が手を挙げた。 「じゃあさ、俺が行政区に行って向こうの様子を少し探ってみるってのはどうだ?」 「情報は欲しいが……彰彦君が探るのかな?」 「おう、俺なら匠よりも長く武装隊にいた分、武装隊の知り合いも多い。行政区にもいくらか知り合いがいるはずだし、表向き俺を捕まえる理由はないしな。かるーく調査してきてやるよ」 「そんなもの、お前、危険だぞ?」  確かに表向き彰彦を捕らえる理由は行政区にも武装隊にも存在していないが、それでも彰彦はクズハと同じように異形の肉体を取り付けられている。裏で手を回してこないとも限らなかった。 「分かってるけどよ、相手は異形排斥派の長、社会的地位ってやつがあるからな。普通にやっても俺たちが悪として排除されるに決まってるし、それをどうにかするためには奴らの地位をぶっ壊す事が出来るようなスキャンダラスな情報か、せめてそのヒントくらい、必要だろ?」  なあ? と平賀へと顔を向ける彰彦。平賀は数瞬悩み、 「……確かにそうじゃがの」 「大丈夫だって、ちょっと武装隊の知り合いと話してくるってだけだ。数日で戻って来る」  平賀は眉間に皺を寄せて、 「……確かに、彰彦君なら匠君や明日名君、キッコ君ほど警戒されてはおらんじゃろうし、下手に他の誰かを行かせるよりも腕も立つ分安心じゃが……」 「彰彦……」 「匠もあんまり心配すんなよ。無茶はしねえしよ」  彰彦が笑いかける。不承不承といった風情で了解した匠に苦笑しつつ、彰彦は頷き返した。 「よっし、明日から平賀のじいさんの隠し通路で外に出させてもらうぜ」 「研究区の外に武装隊が検問を張っているという話だから、見咎められぬよう気を付けよ」 「あいよ、キッコさん」 「わしの方でも行政区相手に話し合いの席をもうけさせるよう交渉したり、異形排斥派相手に時間稼ぎの手を打つとしよう。仮に彰彦君に向こうさんが気付いたとしても手を出す余裕を与えないくらいの気概で行こうかのう」  その言葉をもって次の行動は定まった。だから、と言うように平賀が改めて言葉を生む。 「さて、武装隊の衆に対してこの我等が研究区が時間を稼ぐことができるよう、いろいろと手を打たねばなるまいのう」 ---- #center{[[前ページ>白狐と青年 第38話「対立の構図」]]   /   [[表紙へ戻る>白狐と青年]]   /   [[次ページ>]]} ---- &link_up(ページ最上部へ)      

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