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*無限彼方大人編~ウロボロス~【薙辻村・】 投稿日時:2010/12/02(木) 09:39:58 ---- 「巫女さんの具合は?」  誰かが言った。明るい部屋だった。簡素だったが、広く、無地の真っ白な襖に覆われた部屋だった。  畳はざっと二十枚程度敷かれ、襖で区切られた隣の部屋と、さらに区切られた滅多に使用しないスペースと合わせると四十畳もの大広間になる。  最初に出された質問に、何者かが答える。 「かなり良くなってる。頭の傷も目立たん程度だ」 「それでも痛かったでしょうに。辛かっただろう」 「件の術者も見つけたとおっしゃってた。今夜にももう一度会いに行くとおっしゃってたが……」 「それは危険なのでは? またあの汚らわしい鬼と出くわしたら……」 「仕方あるまい。たとえ襲われても少々ケガをするだけだ。あのお方には苦痛を強いる事になってしまうが……」 「完全に同位したわけで無くとも、知覚は向こうへと移られる。もしまた鬼に殺されたら、その苦痛は想像もつかぬ」 「それでも行かれるだろうな。まだその術者がどのような人物か、よく解って居ないのだし」 「……恐るべき術よ。呪術が意思を持ち、独自に行動するとは。魔と化した天神の力。文献でほんの僅かに記されていた程度だが……。しかし何故、かような者を呼ぶ必要が……」 「解らん。ナギ様がその術者にどんな用があるかなど……。それに、例の鬼の正体も探らねば」 「うむ。本来ならば妖などナギ様に恐れをなして近付かぬ。しかしあの鬼は……」 「辺りをそこかしことうろついておるわ。人間には興味も無いらしい。平気で無視しよる。こそこそと目立たんようにもしている」 「ふむ。そう言えば、禁足地に居たよそ者は? 捕まえたとは聞いて居るが……」 「……。ダメだったらしい。恐らく守護と戦い敗れたのだろう。傷が深く、数日前に死んだと……」 「そうか……。何者かは知らないが、気の毒な事に……」 「禁足地で見つかった以上はおおっぴらに出来ぬ。そこで件の術者の呪力を捕獲したのも偶然ではあるまい。恐らくそれに関係した者だろう。譫言で『キセイ』と繰り返していたとか」 「祭が終わるまでは秘密にしよう。あの祭は村人にとっては親睦会のような物だ。死人には申し訳無いが、よそ者が死んだなどという事で水を差したくはない」 「その内、猪にでも襲われて死んだと発表しよう。山中で見つかった事にすれば不自然な所は無いはずだ」  会話の最中、すーっと、襖が小さく開いた。  襖で仕切られた奥の空間は暗かった。誰かがそこで、布団に入り横になっていた。  小さく開けられた襖から、小さな影がのそのそとはい出て来る。ずっと暗闇に居た為だろうか、瞳孔はぱっちり開き、普段と異なる愛嬌のある表情になっていた。 「金太郎、いつの間に巫女さんのお部屋に」 「まぁまぁ。いつも一緒にお休みになられているから。こいつにしたら普段と変わらない事だし、巫女さんも金太郎が大好きだから」 「しかし、本当に生意気な奴だ。巫女さんに抱かれている時はあんなに愛らしい仕種をするクセに」  金太郎と呼ばれた猫は、「にゃー」と低い声で鳴き、そのままとことこ歩いて餌の皿の前へと移動した。  ほんの数時間前、この金太郎は畑で蛇を補食したばかりである。しかし猫にも別腹はあるのだろう。餌の皿の前に座り、何かを訴えるようにちらちらと話し込んでいた二人に視線を送った。 「どうした物か」 「ダメだ。餌をやり過ぎると巫女さんに叱られる。コイツにも我慢を覚えさせないといけないし」  二人の言葉の意味を理解したかは知らないが、金太郎は「フン」と鼻息一つ漏らし、そのまま自分用に解放されている小さな出入口から外へと飛び出して行った。 ※ ※ ※  夜になっていた。  辰也が民宿に戻って少し経った後、清志も宿へと舞い戻り、資料を覗いた事を彼方へと報告。少しは新たな情報が得られるかと期待していた彼方ではあったが、結局何も解らなかったらしい。  公民館に保管されている資料の内、いくつかは清志にとって興味のある内容だったものの、単に民俗を学ぶ者として面白いというだけであり、例の正体不明の神、恐らくはナギ様に通じる手掛かりは無かったそうだ。 「だから言ったじゃん。何にも無いってさ」  愚痴っぽく言ってみた。清志はちょっとだけ苦笑いをした。清志にとっても期待外れだったのだから。  その日の夕食、清志は辰也と顔を合わせるのに少々バツが悪いと思っていたが、辰也はあまり気にしては居ない様子だった。これには清志もほっとしたらしい。  食事しながらの話題は、辰也が先程畑で見たという猫の話。 「えーホントですか?」 「本当だよ。参ったねアイツは」 「まぁ、あのふてぶてしさならなんか納得」 「いつもの事だしねぇ。カラスまで捕まえちゃうんだから、蛇くらい屁でもないのかな金太郎は」 「……」  金太郎と一度絡んでいる彼方には面白い話ではある。毎日のようにそれを見る辰也にはなんて事ない日常の出来事なのだが、清志にはそうでは無かった。 「あの……。よく食事しながら蛇を食べただの何だの言えますね……」 「何よそんくらい。男でしょ」 「慣れる物だよ。それにこっちだって猪とか鉄砲で撃って捕まえちゃうんだから」 「そう言う事じゃなくてですね。普通、食事時にそんなグロい話は避ける物で……」 「だらし無いわね。たいした事ないわよこんな程度。魚捌けばもっとグロいわよ」 「それに蛇って実は食べると美味しいんだよ。沖縄じゃ海蛇食べるし、マムシ酒とかあるし」 「やっぱり。絶対蒲焼きにすればウナギみたいで美味しそうとは思ってた」 「そうそう。意外と食べられる部分多いしね。自衛隊でも演習中に蛇焼いて食べたりする訓練がある。美味しいって聞くよ」 「……あぁ。ダメだこの人達……」  元がちょっとアレな彼方と現役の猟師である辰也と違い、清志は普通の人だった。当然、箸はあまり進まず。  口の周りを真っ赤に染めて蛇を食する猫の姿がありありと目に浮かんだし、実際そうだったと辰也は言った。極力聞かないよう努めた。  夕食をさっさと平らげると、清志はさっさと外へと出て行った。喫煙者だったので一服しようとしたが、彼方も辰也煙草は吸わないので、外で一人煙草を蒸そうとしていた。  辰也は皿を片付け始めた。少し笑みがこぼれていた。  彼方と清志に出された夕食は綺麗に平らげられている。おまけに二人とも意外な程によく食べる。  嬉しいのだ。自分が丹精込めて作った料理に対する返答としては、どんな言葉よりも解りやすい。綺麗に平らげられた皿は、何よりの褒め言葉である。  辰也が台所へ後片付けに向かい、一人残された彼方は清志を追って外に出た。  辰也には聞かれたくない話があるからだ。辰也は台所へしばらく篭るだろうから、今の内に清志と明日の事で詰めの話し合いをしておきたかった。  幸運にも清志は外で一服している。万に一つも、辰也に聞かれる事は無いはずだ。  外へ飛び出すと、しゃがんで電信柱に寄り掛かり、携帯灰皿片手にオレンジの火種を光らせる清志が居た。 「明日は四時半くらいには行く?」 「そうだね。暗い内に出て、明るくなった頃にちょうど山に入れるくらいがいい」 「見られたく無いしね」 「ああ。まぁ……正直、辰也さんにはバレるとは思うけどね。朝起きたら二人とも居ない訳だし」 「そっか。まぁ仕方ないか。後で泣いて謝れば許してくれると思うし」 「どうかな。目一杯怒られるとは思うけど」 「大丈夫よ。私、三秒で泣けるから怒る暇も与えない」 「三秒!? 嘘にも程がある」 「本当なんだなコレが。みんな騙されるよ。今泣こうか?」 「実際にやった事あるの?」 「うん。使える武器は何でも使うほうだから」 「ますますタチ悪いな」 「実際は一途で素直だけどね」 「うん。今更取り繕っても手遅れだ」 「自覚してるし」 ※ ※ ※  明日は明るくなる前に宿を出る。そう約束した。相当な早起きになる。なら今日は早めに布団に入り、明日に備えねばならない。  目覚ましは四時にセットした。寝る準備はほぼ調っている。  今日の最後にやる事として、彼方は風呂に入る。辰也の宿の風呂は民宿故に狭い。普通の家と変わりが無いのだ。  なので、彼方は少し歩いた場所にある公衆浴場を利用していた。意外と広く、夕方以降は殆ど人が居ない。そこを薦めたのは宿の主である辰也その人。狭い風呂よりはいいだろうと教えてくれたのだ。  しかも温泉だという。  中に入ると、狭い脱衣所がある。  棚にある篭に着ていた物をぶち込み、裸になる。トラベル用の小さなシャンプーとボディソープが一つのケースに納まった物を持ち、湯気で曇ったガラス戸を開ける。 「……無駄に贅沢なんだよなぁ。フフ」  彼方のその発言の理由は、ずばりその浴場の作りにある。  ガラス戸を開けて最初に目に飛び込むのは、細い竹で作られた簡素な壁。その上には屋根があるが、隙間が空いて空が覗ける。  その下には一般的な銭湯のような湯舟がある。が、お湯は塩化ビニールのパイプからどばどな垂れ流し状態である。いわゆるかけ流しだ。白い結晶がたっぷりこびりついたパイプが、そこが温泉だと言っている。  足元はタイル地で、ガラス戸の手前側の左右の壁にはそれぞれ数人用の鏡面台とシャワー。隅には重なったプラスチックの腰掛けと桶。  ぱっと見は完全に銭湯だった。しかし、半露天の源泉かけ流し温泉。 「しかも独り占めだし。贅沢だ。いいこれ」  桶を手に取り、腰掛けを一つインサイドキックで鏡面台の前まで移動させ、それに陣取る。  シャワーで鏡の曇りを取り、自身の姿を確認した。 「身長伸びたなぁ。見た目も結構変わったかも」  自身のに対しての感想だった。  彼方は女性としては背が高い。十六歳頃には百六十六センチだった。その時はまだ少し背が高め程度だったが、今はそれを越して百七十まで伸びた。  顔をさする。昔との違いを見比べ、自身の変化を認識する作業に没頭する。  彼方の容姿をやっかみ以外で悪く言う者はまず居ない。おまけに彼方自身もたっぷり自信がある程なのだ。  割と鋭いタイプの顔立ちだったが、最近は柔らかい印象すら受けるようになったと言われる。  昔からずっと長いままの彼方の特徴の一つである藍色がかった髪はそのままだったが、昔着けていたリボンは二十歳を前に着けなくなった。前髪も昔と違い、さらりと別けただけにしている。  ほんの些細な変化だが、それだけでだいぶ印象は変わる。  大人っぽく見える。  それとも、大人になったのだろうか?  ある人物を意識してポニーテールにした事もあったが、すぐに辞めた。  似合わなかったからだ。それに、辛かったから。 「姉さんならまだそのままかな?」  ボディソープをタオルに垂らし、泡立てる。それで身体を洗いだす。  細身だったが、貧相なイメージは無い体つきだった。  すらっと伸びた手足は決して貧弱ではない。それどころかしなやかで、強靭なのだ。その上、女性らしい美しいラインを描いた。 「む……。効果はいつでるやら……」  身体を洗う際に習慣となっているバストアップマッサージを入念に行う。残念ながら効果の程はその微動だにせぬサイズから推して知るべし。しかし、習慣とは抜けない物で、今日も無意味なマッサージをしっかり行った。  シャワーで泡を流し、もう一度鏡で自分の姿を見た。  私は変わった。  私は、大人になったのだ。 「姉さん、今の私見たら何て言うだろ?」  彼女の姉、無限桃花。彼女が死んでからの歳月は七年になる。  その時間は、多くの変化をもたらした。変わらないのは、記憶の中の桃花の姿のみだった。  でも桃花はその変化には驚かないはずだ。  彼女は彼方の魂の奥底で、静かに眠っているのだから。感じてるはずである。自分が命を懸けて救った者の変化を。そして今、どんな事をしているかも。 「……結局、まだ刀振り回して化け物退治してます。ごめんなさい姉さん。やっぱり普通には生きられませんでした。  なんて言われるだろ? 怒られるかな? 父さんはどう思うだろ。  それとも、もし生きてたら、一緒に戦ってくれるかな……?」  ぽちゃーん……。  水面に雫が垂れた。大きな音だったが、彼方にはどうでもいい音だった。 「……。ごめんなさい姉さん。解ってる。ホントは、私が死ぬべきだった。  たまにね、どうしようも無くなるの。辛くて。潰れそうになっちゃう。たまにだけどね。でも、もし姉さんが生きてたらって一度考え始めちゃうと、堪えられない」  ぱしゃーん。  湯舟に何かが落ちた。比較的大きな物体だったが、今の彼方には気付かない。それは、彼方に用があってここへ来たのにだ。 「……寂しい。ほんとは寂しい。ここに居るはずなのに、私の中に居るはずなのに。何にも答えてくれないんだもん。  そうなると思うの。ああ、姉さんはやっぱり死んだんだ、って。  寂しいよ。ホントは、もっとお話したかった。普通に遊んで、喧嘩して、父さんに怒られて。そんな事よく考える。普通に仲良くしたかった。  でもダメだった。もう戻って来ない。解ってるけど。それでも……」  僅かにずりずりと音がする。何かがタイルを擦る音。目の粗いヤスリでなぞるような音だった。 「寂しい。もっとお話したかった。もっともっと。姉さんは私の事何も知らないのに。私も姉さんの事、あんまり知らない。  ごめんなさい姉さん。泣きたくないのに我慢出来ない……。考えただけで、泣いちゃう」  するり、とそれは彼方の足元まで来ていた。腰掛けに座り顔を両手で押さえていた彼方をしばらく観察した。  それには彼方が泣いているように見えたらしい。それも、清い涙だ。罪悪感と後悔が入り混じってはいるが、他人の為に泣いているとそれは直感で感じ取った。  安心だった。  少なくとも、懸念していたような人物では無いと解ったから。  そして、静かに観察するのを止めた。 「……天神」  ぼそりとそれは呟いた。  彼方は顔を起こし、即座にそれの方を見る。驚きは並では無い。知らぬ間に背後を取られるなどまず無いのだ。  それに、彼方に向かってこう言ったのだ。 「天神……だって?」  それは青白い、そして一メートル程の長さ。少し前、夜道でグロテスクな鬼に襲撃されていた、あの蛇の妖。 「いつの間に……」 「……待っていた」 「え?」 「いずれまた会うと思う。その時まで、今しばらく……」 「どういう事?」 「いずれ解る。禁足地へ行かれるのなら、注意を。あそこの守護は私とは少々異なる。手心を加える必要はない」 「なんでそこへ行くと?」 「やはり行かれるか。止めはしない。注意を……」 「カマかけたわね。あなたは……ナギ様?」 「違う。自らの目で確かめよ。いずれお見えになるだろう」 「どういう事?」 「ナギ様はあなたを呼んだからだ。禁足地へ赴くのもお許しになるだろう。村人も気にはしないはずだ」 「じゃあ、あなたは……誰?」 「いずれまた会う。その時まで、今しばらく……」  次の瞬間、青白い蛇は発光と共に霧散して行った。  身体のすべてが光の粒のように弾け、飛び散り、湯気の中へと混じっていった。  残ったのは湯が流れる音と、涙目になっていた彼方だけである。 「やっぱり面倒事になるわね。姉さんどうしよう?」 【第一話、終了】 ---- #left(){[[~ウロボロス~【薙辻村・6】]]}#right(){[[~ウロボロス~【薙辻村・8】]]} ---- [[無限彼方大人編TOPに戻る>無限彼方大人編まとめ]]

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