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無限桃花の愉快な冒険17 - (2010/04/20 (火) 02:14:13) の編集履歴(バックアップ)


引き続きここは海沿いの創発の館(仮)。
サムライポニーテール少女、無限桃花は謎の防寒具不審人物に抱かれたまま廊下を疾走、否、運搬されていた。
厚ぼったい防寒具を来ているにも関わらず、止まることも転ぶこともなく走っている。
話しかけようと思ったが答えるのは難しいだろうと思い、やめておくことにした。
どのくらいは知っただろうか。長い回廊を抜けた先には玄関のサロンがあった。
サロンと洒落た名前が付いているが専ら『玄関広間』だとか『玄関』だとか言われることが多い。
ソファーにテーブルと少し洋風な造りにはなっているがやっていることと言えば将棋を打ったりトランプをしたり
テレビ争奪戦を繰り広げていたりするのでどちらかと言うと一般家庭の『居間』にあたるのではなかろうか。
普段から人がそこそこいるがソファーは必ず座れる程度の混みようでしかない。
だが今日は違った。桃花のいる二階部分から見下ろすサロンにはその辺中人人人、というよりも桃花だらけである。
桃花は思わず目眩を感じる。これだけの桃花がここにいたのかと痛感した。
防寒具の動きが止まり、開放される。桃花はちょっとだけ躊躇った後、離れてお辞儀をした。
「助けてくださってありがとうございます。この恩はきっとお返しします」
「律儀な奴だな」
防寒具が帽子とゴーグル、マスク等を取り、顔を露わにする。その顔を見て、桃花はなんとなく気持ちが落ち込んだ。
そこにいたのは屋上で会ったことのある大人桃花だった。
「気にすることはない」
大人桃花はそう言うと階段を降り始めた。慌てて桃花が着いていき、横に並ぶ。
ちょっと俯き、もじもじしながら言う。
「その、感じが男っぽかったから……。まさかあなただったとは……」
「この格好だ。仕方あるまい」
「それ、暑くないんですか」
「暑い。が、君を救出するには必要だった」
大人桃花がちらりとこちらを見る。心なしか頬が赤い。それでも言うほど暑くは見えない。
しかしこの細身の体からあれだけの力が出るなんてどうなっているのだろうか。
この館は常識というものを知らない人間も多いし大人桃花もそうなのかもしれない。
大人桃花が机を囲む集団に向かう。その周りにはいくつかの防寒具が転がっていた。
「戻ったぞ」
大人桃花が声をかけながら防寒具を放り出していく。机を注視していた集団が全員こちらを見る。
その中に一人だけ見知った顔があった。
「おー。大丈夫だったか。結構危なかったな!」
おしゃべり桃花は立ち上がると桃花が被っていた毛布を取った。
「怪我はないみたいだね。うんうん。よかったよかった」
「……一体何があったのか教えてもらえないか?」
「そうだな。実は……」
おしゃべり桃花はその名(あだ名ではあるが)に恥じないおしゃべりなので割愛させてもらうが
簡単に説明すると冬の妖精がここから北へ向かう途中、『寄生』されてしまったそうだ。
『寄生』された妖精は桃花に対して恐ろしいほどの敵意を持っているらしく、館内で暴れまわっている。
決して弱いわけではないのでこうして一箇所に集まることにより、個別撃破を防いでいる。
「しかし寄生はこの世界にいなかったんじゃないのか?」
「いなかった、はずなんだけどね。どうやら発生したらしい。もしかしたら他世界で何かがあったのかもね。
 どちらにしろ推論の域は出ないわけだしとりあえずは目の前の問題を対処しないとね」
おしゃべりが机のほうを見る。先ほどまでの集団に大人桃花も加わって、机の上の何枚かの紙を見ている。
どの真新しい紙にも細いがはっきりした線といくつかの動く点が書かれていた。
「これは……地図か」
「その通り。動く点は実際の生物だね。この能力は本当にいいよね。便利そうだよ」
どうやら誰かの能力ではあるらしい。しかし集団の中の誰かまではわからなかった。
先ほど大人桃花がいいタイミングで駆けつけてきたのもこれがあったからなのだろう。
しかし相手の動きを把握しているということは、つまり迎え撃てるのではないだろうか。
桃花がそう言うとおしゃべりはにやりと笑い、ゆっくりと青い点に近づくねずみ色の点を指した。
「餅は餅屋ってやつだよ。妖精なんて魔法の塊みたいな生物にはこちらも魔法の塊で対抗するのさ」
そう言っているうちに二つの点は一つの廊下で向かい合っていた。


そこに漂う冷気は今までの比でないくらい強い。その桃花は眼鏡を上げる。
しかしその強力な冷気も眼鏡桃花までには届かない。なぜなら図書館でついでに得た防寒の術を知っていたからだ。
「ふふふふふ」
冷気のそれは笑っている。片手にはまるで桃花たちのように黒い刀らしきものが握られていた。
威圧しているのかもしれない。だが眼の前の眼鏡桃花は懐から小さな図鑑を取り出すと、中の挿絵と妖精を見比べていた。
「冬の妖精……ではあるみたいね。なんだか黒い羽が余計に生えてるけど寄生のせいかしら」
霜を踏むような音を立てて、妖精が一歩ずつ間合いを詰めていく。眼鏡桃花はそれを気にすることなく図鑑に没頭している。
「捕獲、してみたいけど出来るかしら。あと新しい魔法も試してみたいのよね……」
あと一歩で刀の間合い。と言ったところで眼鏡桃花が図鑑を閉じる。それを合図に妖精が刀を振りかぶって遅いかかって来た。
眼鏡桃花はそれを見ることなく、後ろに跳んで避ける。風で浮力を得た体はより遠くまで運ばれ、再び間合いが開く。
妖精が刀を上げると、黒い電気が走り始めた。眼鏡桃花は図鑑を懐に戻し、一枚の紙を取り出す。
電気がはじける音。振り落とされた刀から黒いそれが一直線に眼鏡桃花に向かう。眼鏡桃花は手に持っていた紙を投げる。
紙は一瞬だけ勢いよく飛び、雷に当たって消えた。
妖精の羽が震えると空中にに氷柱が出来始めた。眼鏡桃花はそれを見て、右手を少し前に出す。
「炎よ。壁を作れ」
氷柱が先ほどと同じように飛んでいく。だがそれも炎の壁に阻まれ、眼鏡桃花には届かない。
「氷よ。足を掴め」
妖精の周りに漂っていた冷気が急速に妖精の足に集まると一瞬で凝結した。
刀を振り上げて、氷を破壊しようとする。しかし氷は硬く表面が削れるだけ。
ゆっくりと眼鏡桃花が近づいていく。懐から何枚かの紙を取り出し投げると彼女の周りを包むように周り始めた。
妖精が再び雷を飛ばす。周っていた紙が雷にあたり、消える。
この時、初めて妖精の顔に恐怖の表情が浮かんだ。いや、それは妖精自身ではなく、中にいる寄生の感情なのかもしれない。
妖精が次の攻撃をやるよりも早く、眼鏡桃花の刀が抜かれた。あまりにもあっけなく妖精の刀を握っていた手が地面を転がる。
悲鳴を上げる妖精を横目に眼鏡桃花は刀身を持ちながら、握り手を上げた。刀は音もなく折れ、塵となって消えた。
「期待はしてなかったけど偽物ね。さてと……」
周っていた紙が一枚。空を切る音と立て、残っていた手が床に落ちた。再び悲鳴が上がる。
眼鏡桃花はそれを気にすることもなく、床に水を撒き始めた。片手には先ほどとは違う図鑑。
記憶はしているつもりだが儀式というのは手順を間違うととんでもないことになりかねない。だから彼女は確認しながら作業する。
「無限……桃花」
妖精が絶え絶えに言う。眼鏡桃花はちらりと妖精を見て、作業を続ける。
「必ず……地獄に落としてやる」
「そう」
最後の作業が終わり、図鑑を閉じる。眼鏡桃花の後には一つの魔方陣が出来上がっていた。
「それじゃあ先に言ってもらおうわ。最も私は行く気ないけど」
彼女が鞘に収めていた刀を再び取り出し、切っ先を魔方陣の端に合わせる。
「冥界に住まうモノよ。この門を通りて、来たれ」
魔方陣が紫色の炎に包まれた。妖精はその炎の先に悪魔の姿を見た。

突然現れた黒い点は青い点にぶつかり消した後、これまた当然消えた。
そこにはねずみ色の点しか残っていない。つまり終ったということなのだろう。
その報を聞いて、サロンに歓声が響き渡る。ガラス窓の外はいつの間にか青空が広がっていた。
その空は冬の終わりと春の始まりの青だった。
どっとはらい。



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