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*第一回創発大会-「カッコいいダンディなおじ様選手権」参加作品
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**&anchor(「お題」 ◆Toc0Hb3aUA){「お題」 ◆Toc0Hb3aUA}
ひそかにROMりつつ、待ちに待った創作大会。
その驚愕のお題を目にした俺は、思わず頭を抱えた。
”カッコいいダンディなおじさま選手権”
無理だ。こんなお題で文章が書けるわけがない。
そもそもカッコよさもダンディさも俺は持ち合わせていないし、理解していない。
これでは書きようがないではないか。
沈痛な面持ちの俺に、喫茶店のマスターはささやいた。
「そうでもないだろ?カッコよさもダンディさもないからこそ、
お前さんはそういったものに憧れる気持ちは人一倍強い。
頭のなかにある願望を形にすればいいんじゃないのか?」
余計なお世話だ。だが、それも一理あるな。 よし…やってみるか。
どのような話を書いたらいいだろうか…
「おいおい、せっかく書いたそれ、投下しないのか?」
マスターの言葉に俺は面食らった。
それって…今書いてる、これ?
だってこれは、文章と呼べるシロモノじゃない。
「下手な鉄砲もなんとやらって言うだろ?失敗を恐れるな。結果なんか問題じゃない。」
マスターの言葉には、妙な説得力がある。
それもそうか。まずはこれを投下してみよう。
そのあとは成り行きにまかせる。なに、時間ならあるさ。
END
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**&anchor(「文章部門応募作品」 ◆sfjAAvy1mEyU){「文章部門応募作品」 ◆sfjAAvy1mEyU}
当たり前の話だが、初めて入る他人の家というのは緊張する。
「お邪魔しまーす……」
傘を畳みながら、四カ月近く付き合っている彼女がこちらを振り向く。
「何怖がってんですか先輩。誰もいないんだから、萎縮しないで下さい」
乱雑に靴を脱ぎながらフローリングの薄暗い廊下を奥に進んでいくあの彼女、かなり口が悪い。一学年下だから一応敬語を使ってくれてはいるが、敬意は欠片も感じられない。
濡れた傘を傘立てに入れ、学校指定の革靴を脱いだ後に揃えてから彼女に続く。萎縮するなと言う方が無理だろう。こんな場所に連れて来られるとは思ってなかった。
最近出来たばかりの、駅から徒歩4分の場所に建つ高層マンション。庶民に縁のない住居だというのは容易に想像がつく。お嬢様だなんて聞いてない。
きょろきょろしていたら、突然温かみのあるオレンジ色の照明が灯る。ぎょっとして前方を見ると、雨で濡れそぼった彼女が冷ややかな目でこちらを見ていた。
「玄関脇のそれで、電気点くのに」
彼女の視線は、玄関のすぐ横にあるスイッチに投げかけられていた。
「そっちで点けて欲しかったよ……」
「別に私は真っ暗でも平気だし」
こういう自己中心的なところがあるのは、バイトをしているコンビニで彼女と同じシフトになってからすぐに気づいた。
左手の扉を指して彼女は言った。
「そこ、私の部屋です」
「はあ」
「ちょっと洗面所使うんで、勝手にリビング上がってて下さい」
文句なしに整った容姿をしているのに彼氏がいなかったのは、性格的な問題に起因しているのだろう。右手のドアの向こうへ姿を消す彼女を見送ってから、廊下を直進する。
突き当たりのドアの前で足を止める。恐らくこの中がリビングだろう。扉に耳を当ててみようかと一瞬思ったが、すぐに却下した。それはさすがに神経質だ。肩の力を抜こう。
深みのある色をした木製のドアを開ける。
そして神経質にならなかったことを後悔した。リビングには明かりが点いており、室内には人がいた。奥のベランダに通じている硝子戸の向こうには、雨に煙る街がある。
「……どちら様かな?」
明かりの点いた、広々としたリビング。硝子テーブルに沿ってL字型に置かれた、黒革張りのソファに腰掛けていた男性と、正面から視線がぶつかった。かなりの男前だった。
若くはない。が、中年と呼ぶのも微妙な気がする。あまり目立たないが顔には皺があるし、髪にも白い物が混じっているのだが、高く見積もってもせいぜい三十代半ばだろう。
切れ長の目には、理知的でありながらもどこか冷たい輝きが宿っていた。引き結ばれた薄い唇には、品の良さと意思の強さを感じる。暗に人を非難するような表情だ。
「――あ」
思考していた停止が活動を再開するまで、たっぷり数秒要した。黒いスラックスに、同じく黒いセーター。部屋着だろうか。にしてはひどく様になっている。
「ええと、お邪魔してます。俺、いや僕は――」
どうでもいいことを考えながら自己紹介と、彼女との関係、またそれに至るまでの経緯について語った。
突然雨が降って来なければ、あるいは彼女が傘を持っていれば、ここに来ることもなかった。見知らぬ男に高校生のありふれた恋愛をかいつまんで説明するようなことも。
「学校帰りにデートですか。どちらの高校に?」
「僕が通っているのは――」
近隣でも指折りの進学校なので、こういう時胸を張って名前を出せる。受験勉強に励んで良かったと思う、数少ない場面だ。
「なるほど。秀才ですね。それにイケメンだ。――じゃなきゃあいつも付き合わないか」
「恐れ入ります。ところで……あなたは?」
この人物が居直り強盗だったりしたら、笑い話にもならない。思えば彼の黒づくめの服装、いかにも盗人っぽく見える。マンションの十二階までどうやって登ってきたのかは謎だが。
「ああ失礼。私は……そうだな。君の彼女の父親、ということになりますね」
「やっぱり……」
小さく声に出してしまった。全体の雰囲気が彼女と似ている。それを聞いた彼女パパは、唇の端を小さく持ち上げた。
「苦労してるようですね。どうもあの娘は、私の悪い部分ばかりを受け継いでしまったようで、妻にはいつも詰られています」
「い、いえ。のびのびした、いいお嬢さんだと思います」
「お気遣いどうも」
またも男は苦笑する。と、後ろのドアが突然開いて、背中に重いきりぶつかった。
「痛いって……」
「邪魔ですよ。何で出入り口の前でぼけっと突っ立ってるんですか――って」
制服から私服に着替えた彼女は、父親の姿を認めて言葉を一度切った。
「なんで親父がいんのよ」
親父。彼女を良く知らない人間がその単語を聞いたら、耳を疑うだろう。何と見た目にそぐわない言葉使いだろう。
「仕事は? 放棄?」
「有給を使った。ほら」
と言った彼女パパが、顎で薄暗い寝室へ繋がっている扉を示した。
「ああ、母さん風邪なんだっけ。しかし親父にまともな看病ができるとも思えないわねー。っていうかそこの戸閉めてあげなさいよ。気が利かないわね」
「お前は自分の父親を何だと思ってるんだ」
などと言いながらも、彼女パパは腰を上げて夫人が寝ていると思われる部屋へのドアを閉めた。意外と上背がある。
「陰険な若づくりのおっさんだと思ってる」
「若づくりしなくても若々しいんだよ、俺は。――そうだ、せっかくお客様がいらしたんだから、お茶くらい出さないとな。ゆっくりしていって下さい」
こちらを見つめた彼は、微笑を浮かべながら奥のキッチンに向かってしまった。鞄をソファのそばに置き、浅く掛ける。
さっさとこの家を出たいが、断れそうな雰囲気でもない。一種の嫌がらせだろうか。だとしたらやはり陰険だ。隣に座ってきた彼女に小さく言った。
「とりあえず俺、この場を退散したいんだけど」
「私はお茶飲みたい。雨の中歩いたせいで、身体冷えてるの」
こんな時でも彼女は他人の気持ちを斟酌しない。どこまでもマイペースだ。
目の前のガラステーブルに視線を落とす。ビジネス文書と思しき書類の束が、無造作に置かれていた。少し興味が湧いたが、勝手に閲覧してはまずいだろう。
「お父さん、どんな仕事をしてるの」
「どっかの会社の工学部門って言ってたけど」
アバウトな回答だ。とりあえず書類の雰囲気からして、研究職だろうか。食器の場所を把握していないらしく、父親は病人のいる寝室まで見に行ってしまった。
「緑茶でいいかな?」
キッチンのすぐそばの食器棚に気づき、ぱっと表情の晴れた父親が、明るい声で言った。きっと彼女の母親は、今日も自分で昼食を作ったのだろう。あの父親に家事は無理だ。
「っていうか私それしか飲まないし」
急須と湯呑みを出しながら彼女の父は返す。
「お前に訊いてない。彼氏さんに尋ねたんだ」
俺か。
「何でも構いませんよ」
まず頼んだ物が出てくるのかどうかも定かではないが。
「助かった。これしか淹れられないんですよ、私」
あまりじろじろ見るのも失礼なので、彼女と会話をすることにした。
「こんなにいい家に住んでるんだから、お小遣いとかもらえるんじゃないの?」
彼女は顔をしかめる。
「それが全然。自分で稼がないと金銭感覚が養えないからって。まあそう言ったのはあの親父じゃなくて母さんの方だけど」
その教育方針がなければ、彼女と会うこともなかっただろう。
「そういえば、あのお父さんって何歳なの。かなり若く見えるけど……」
「もう四十一ですよ、あれ」
「十歳サバを読んでもいけそうだけど」
二十代後半と言っても通用しそうだ。
「精神年齢が低いから、見た目も成長しないんですよ、きっと。この前だって、会社の受付嬢にデート誘われたって自慢するような男だから」
「女にまるで相手にされないような冴えない父親よりはいいだろう」
盆の上に湯呑みと煎餅の入っている皿を乗せた父親が戻ってきた。書類の束を肘でテーブルから落としながら、彼は続ける。
「そこの彼氏だって、相当女子に人気ありそうだけどな」
こちらを見た彼女の視線が、すっと絞られる。こういう時は危ない。下手なことを言うと、しばらく口を聞いてもらえなくなるのだ。
「そんなことはありませんよ」
「どうだか。この前ゲーセンで声掛けてきた女と、ずいぶん楽しそうに喋ってましたけど」
「何回も言ってるけど、あの人はただの同級生だって」
何も今蒸し返すこともないだろうに。親父殿の不用意な発言で、彼女は一気に不機嫌になってしまった。余計なことをしてくれる。
「粗茶ですが」
こちらの苛立ちなどどこ吹く風といった表情で、彼は湯呑みを並べていく。
「あんまおいしくないわね」
「単なる先入観だ。誰が淹れたって茶の味なんて大して変わらないはずだ」
申し訳程度に緑茶に口をつける。熱すぎるので猫舌にはきつい。それにかなり薄い。急須に淹れて即座に湯呑みに注いだのかもしれない。
「ところで親父、何で当然のような顔してソファに座ってんの?」
「いや、初めて娘が連れてきた彼氏がどういう人物なのか、少し興味があってね」
「母さんのそばにいてあげなさいよ」
「うつるからあまり入ってこないでって言うんだ。隣室で待機するしかないだろう」
彼女は茶を呷り、ぐったりと上体をソファの背もたれに預けた。
「じゃあ二人で喋ってなさいよ」
「言われなくてもそのつもりだ」
そう言った父親と、とりとめもない会話が始まった。中学時代のこと、現在の学校生活のこと、来年受検する予定の大学についてのこと、などなど。
「結構遠いね。その大学に受かったら、家を出るのかい?」
「いえ。自宅から通学するつもりです」
「往復で結構かかるでしょう。遊ぶ時間が減るから、あまりお勧めしない」
「遊びに大学に行くつもりではないので」
「真面目だね。娘にも見習ってもらいたい」
二十分近くそんな話を続けて、ふと思う。何でこんなことになってるんだ、俺?
無言のままの彼女に助け船を求めようとした。
が、彼女は規則的にトレーナーの胸を上下させて、既に安らかな寝息を立てていた。長い睫毛に縁取られた瞼は、ぴたりと閉じている。
疲れてたのか。そういえば今日は、いつも以上に声に張りがなかった気がする。
「可愛いでしょう」
父親に言われ、彼女の寝顔から視線を引き剥がす。
「昔は私によく懐いてたんですけどね。中学に上がる前後には、もうこんな感じになってしまいました」
「はあ」
「ところで今日は、どうしてこの家に?」
まだ話していなかったか。
「授業が終わって彼女と落ち合ったんですけど、突然雨が降ってきてしまって。彼女、早くどこか屋根のあるところに行きたいと言い出し始めて。僕の傘に入りたがらないし」
ゲームセンターもレストランも気分ではない、というのが彼女の主張だった。まさか家に来いと言われるとは思わなかったが。
「せっかくの機会だ。相合傘でもすればいいのに」
「そういうべたべたした感じの付き合いが嫌いみたいなんですよ、この人」
「へえ」
興味深そうに話を聞いている。娘の恋愛事情など聞くのは初めてなのかもしれない。
「その割に家に招待するあたり、こいつらしい気もするな」
そこまで言った父親は、娘からこちらに視線を移し、目を細めた。
「で、下心を胸に秘めながら、無人と信じていた我が家の敷居を跨いだわけだ」
それを聞いて思う。本当に良く似た親子だ。不機嫌な時、彼女は良くあんな表情になる。
「そんな短絡的じゃないですよ」
それこそこちらの気分ではない。
「気分じゃない、か。中々大人びてるね。いや、若さがないというより、単に遊び慣れしてる印象を受ける」
口調はこれまでと同じなのに、明らかに不快そうにしている雰囲気が伝わってくる。湯呑みを空にすると、溜息を吐いて父親は言った。
「全く、カルチャーショックもいいところだ。一気に三、四歳老けた気がする。こんな状況に直面するのは、もう少し先だと思ってた」
「後半に関しては同感です。立場は違いますけど」
窓の外を一瞬、稲光が塗りつぶした。十秒近く経ってから、小さな落雷の音。落ちたのはかなり遠くだろう。
「率直に言うと、君が憎たらしい」
父親は低い声を発した。
「これでも父親だ。一人娘のことは目に入れても痛くないと思ってる。ここが法治国家じゃなかったら、君をたこ殴りにして、そこのベランダから放り捨てている」
冗談に聞こえない。
「君から交際を申し込んだそうだね」
彼は、こちらがさっき言ったことを憶えていた。
「ええ」
「娘のどこが気に入ったんだ」
「難しい質問ですね」
「答えてもらうよ。君には説明する義務がある。『何となく』で娘にちょっかいを出されているのだとしたら、親としては辛抱ならない」
リビングに沈黙が訪れる。ワイドテレビやDVDデッキ、硝子テーブル、続き部屋のキッチン、冷蔵庫、食事用テーブル、そこに収まった四脚の椅子。あちこち視線が彷徨う。
ただ一人、父親だけを避けて。
この感情を言葉に変換しようと思ったことがない。そもそも変換できる気がしない。仮に向こうが納得しても、それは誤解だと、俺自身が訂正しそうな気がする。
「……すいません。どれだけ考えても、他人にこの気持ちは伝達できそうにありません」
呟きが消えると、また無言の時間がやってきた。父親はこちらから一瞬たりとも目を逸らさない。まだ俺が何か言うのを待っているのか。
突如、部屋に白光が差し込んだ。さっきと比較にならない光量。一秒と経たずに、轟音が耳に到達した。
「……ん?」
隣で眠っていた彼女が目を覚ます。こちらと父親を見比べた彼女は、どちらともなく尋ねた。
「喧嘩してんの?」
お前を巡ってな、という言葉はどうにか飲み込む。
「まさか」
腹立たしいまでにおどけた調子で、父親が否定した。
「男同士、色々と語り合ってたところだ。ね」
「ええ、まあ……」
「すごい雨だけど、先輩、帰りはどうします。うちの車で送ってあげてもいいけど」
どうせ運転手はこの親父さんだろう。車中で何を言われるか判ったものではない。
「歩いて帰るよ。傘ならあるし、ここからなら駅も近いし。じゃあ、そういうことで」
足元の鞄を持って腰を上げると、彼女は意外そうな顔をした。
「もう帰るんですか?」
「うん。そっちもなんか疲れてるみたいだし」
「なら私が送ろう」
父親が言った。慌てて辞退を申し入れる。
「いえ、お気遣いなく」
「遠慮するな。君が風邪でも引いたら、俺が娘に嫌味を言われちまうんだ」
無言で寝室に入って行った父親は、車のキーを片手にすぐ戻ってきた。
「なんかすいません、先輩。今度埋め合わせしますから」
珍しく頭を下げている彼女に言う。
「いや、いい勉強になったよ。お父さんが話相手になってくれたおかげで、興味深い話が聞けた」
「嬉しいこと言ってくれるね。娘の彼氏と話すのなんて初めてだから、少し不安だったよ」
鍵を掌で弄びながら、父親が言った。
「それじゃあ行こうか。未来の息子よ」
彼は玄関のドアを開けて、こちらを待っている。傘を片手に外へ出ると、父親は囁いた。
「あんなんじゃ納得できないな」
廊下のエレベーターに向かって歩を進めながら返す。
「はい?」
「娘に惹かれた理由だ。当人同士でだけ満足してもらっても困る。あくまで親としての意見だが」
「なら爽やかな弁舌で彼女への愛を語りつくせば、納得しましたか」
「そんな安っぽく自分たちの恋愛を語るような奴は無言で張り倒す」
「それじゃあどうしようもありませんね」
「そう――どうしようもないんだ」
上がってきたケージに一緒に乗り込む。地下駐車場のあるB1ボタンを押した父親は、短く独白した。
「結局のところ、誰が来たって俺は認めないんだろうな」
自分の倍以上の人生を送っている、その一児の父親に掛けるべき言葉を何も思いつけないまま、エレベーターの扉が開いた。
「……とまあ、人間幾つになっても悩みは尽きないわけだ」
薄暗い地下駐車場に、二人分の靴音が響く。
「大いに悩んでくれ。何の因果か今日はこんなことになったが、できれば君とは二度と会いたくないもんだ」
「こっちはまた会うつもりですよ」
前方を歩いていた男の足がぴたりと止まったが、気にせず続ける。
「喧嘩腰の父親なんて気にならないくらいには、彼女のこと好きですから。俺」
「……なるほど」
左ハンドルの赤い車に乗り込んだ男が、窓から顔を出す。
「そのふてぶてしさは嫌いじゃない。次に君が家に来るまでに、ムエタイでも習っておこう」
「楽しみです」
助手席に座り込みドアを閉めた途端、一児の父が運転する車は急発進した。
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**&anchor(「ある秋の夜に」 ◆LV2BMtMVK6){「ある秋の夜に」 ◆LV2BMtMVK6}
彼と出会ったのはもう一年以上は前になるだろう。
それは雨の降りしきる寒い秋の日のことで、私は通りに面した本屋に佇んでいた。
たまたま外出せざるを得なかったのだが、用を済ませてみれば特に目的もなく、
買う当てもなく本屋の軒先をくぐったのである。
季節はいかにも侘しく、畳んだ傘の先からは水滴が、いかにも所在なさげな風情で落ちていく。
青白い蛍光灯の明るさがなんだか暖かく感じられたのは、外の重く垂れ込めた寒々しい空気のせいに相違なかった。
私は窓際へ寄って立ち読みをするような素振りでいたが、開かれたページには大して注意を払っていなかった。
その本は現代科学では考えられないような――つまり怪奇的な――趣向が随所に見られるような本で、
確かに幾分の好奇心をくすぐるべくして書かれていたようだったが、特に興味を惹かれたというのでもない。
偶然開いているスペースに陳列されていたに過ぎず、言葉は悪いが期待して手に取ったわけでもなかった。
折りしも店へ客が入ってきて、顔を上げる。
本屋の中には雨宿りの客がちらほら見えたが、活気はなかった。
それはひとえに気候のせいであったかもしれない。
帰れば暗く寒い部屋が待っている。
そしてこの雨――!
ともかく私は本へ目を戻そうとした。
錬金術を扱ったページを繰る手が、ふと止まった。
もちろん、本の内容に目を留めた、というのではない。
私の視線は、店先に滴り落ちる雨だれの先、一つのシルエットに注がれていた。
その男の姿に、私は確かに見覚えがあった。
しかし、どこで会ったのだったか。
仕事で?違う。
生活に関わる人々を思いうかべるが、答えは見つからなかった。
しかし、私の内奥の何かが反応していたのだ。
あるいは親戚か何かであろう、行く先を見れば思い出すに違いない。
その思いつきは、こんな本を眺めているよりずっと強く心を揺さぶった。
早々にオカルト本を戻し、店を出る。
「ありがとうございました――」
追いかけてきた声は空しく響くと雨だれに絡んで落ち、側溝へと流れていった。
十数分の後、私は悄然として帰途についた。
見失ったのだ。
人ごみにまぎれたわけでもなく、路地が入り組んでいたのでもない。
既に街灯には灯りが点り、靴の下では水分を十分に含んだ芝がぴちゃりぴちゃりと音を立てた。
釈然としなかったが、これ以上好き好んで戸外にいる必要はなかった。
しかし、あれは誰であろう。
外出の疲れもあり、そろそろ空腹を覚え始めていた。
つい先ほど閉じたページに同じ人物の肖像があったことなど、思い出す由もなかった…………。
「こんばんは」
声に思わずびくりとする。
私は背後へ振り返った。
それが彼――名は無数にあるのだが――錬金術師との出会いだった。
私は混乱していた。
彼を前にして、なおその名を思い出せなかったからである。
彼が口を開いた。
「失礼だが、何か御用がおありかな?」
答える術はなかった。
声は続けた。
「失礼、我輩は身辺と幼女には気を使っているのでね。先ほどから尾行しておられたように思ったが」
シンペン、ビコウ、ヨウジョと聞きなれない言葉の意味を考える間はなかった。
「よろしければ、お力をお借りできないだろうか」
その言葉に我に返る。
簡単に説明できることだ。
私たちは近くにあるファミリーレストランへ入った。
暖かい明かりの中に見る彼の服装は、少し古風な、しかしセンスはよいものだった。
私は説明に移った。
「……というわけなのです。どこかでお会いしたことがあるのかな、と」
「我輩にはついぞ見えた記憶などないが……しかし、代は移り代は変わる」
片めがねの縁がじわりと反射する。
意味深長な笑みの意味は測りかねた。
そんなことよりハンバーグセットのほうが先だ。和食セット大盛りだ。
「ところで、力を貸してくれ、と申した件だが」
彼の丁寧な言葉遣いによれば、この国を訪れたばかりらしい。
旧来の因縁の宿敵のあとを追っている、という出来の悪いファンタジーのような説明を聞いて反応に困る。
今は21世紀なのだ。
なんでも敵は少女の姿をしていて、非常な長寿を誇るらしい。
空樹スカイツリーが建つ時代にそんなことがあってたまるものだろうか。
おまけに彼は錬金術師なのだという。
それを聞いて私は先刻の見覚えが腑に落ちたが、このご時勢に、錬金術師。
妄想に駆られてどこかの病院から逃げてきたのではないだろうか。
しかし、彼の服装がその考えを押しとどめた。
19世紀の洒落人と言われても通るようなその姿には、幾分の説得力が確かにあった。
「……滞在先に難儀している」
しまった、話を聞いていなかった。滞在先に……つまり無宿人なのか。
「ついてはご厚情にすがりたく」
要するに泊めてくれ、ということか。
狭い部屋に、二人の男の姿がある。
「貴殿を認めた我輩の目に狂いはなかった」
彼は向こうを向いて何か言っている。
手元には私の本棚から引き出した雑誌と思しきものが何冊かあって、
「える、おー、とな……」
どういう内容のものかは想像がついた。
錬金術師、という職業(それが21世紀の職業であるのならば、だが……)に携わっている人間とも見えないが、
彼の目的は賢者の石を持て幼女を不老不死化、及びその美の固定化を図ることにあり、
既に二百年以上遡った過去、それに成功しているのだ。
真偽のほどはともかく。
最初の被験者が彼の言うところの「宿敵」らしい。
狭いとはいえ人を泊められないこともないし、つまらない日々、
ちょっと変わったことがあっても良かろう。
こうして奇妙な合宿は始まったのだった。
しかし、しばらくして私は後悔することになる。
彼が「索敵」に出て戻らなかったある日の朝のこと、地方新聞の面に目をやった私は文字通り仰天した。
そこには見覚えのあるあの姿があった。
見出しが躍っている。
「最近増加の声かけ事案解決へ!」
「女子児童に不審者の手、通報は主婦」
詳しく記事を読む気には……ならなかった。
確かに彼は紳士だったのだ。
#aa(){
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三 | ... ............. ........... . .....
∪ ∪ ............. ............. .. ........ ...
三三
三三
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**&anchor(「電車」 ◆TC02kfS2Q2){「電車」 ◆TC02kfS2Q2}
「父は、いません」
幼さの残る来訪者に雪子は困惑していた。
制服を着ているというより、着させられている印象が強い来訪者。カーディガンの袖から指先だけが見える。
細い脚でここまでやって来た。彼女は訪問先で雪子から同じ言葉を繰り返し聞くことには、既に慣れっこになっている。
「梢さんの心遣いは有り難いのですが」
「きょうで最後にしますから。それから、穂坂さんって呼んで下さい。苗字で」
深くお辞儀をする姿を見た雪子は梢に我が家の敷居を跨ぐことを許し得るしかなかった。
年の離れた妹のように使うことのない気を使いながら、雪子は梢を応接間へと案内する。
ぎしぎしと廊下が軋み、まるで梢の訪問を拒むかのよう。しかし、梢はそれを受け止める気配がまったくない。
「どうぞ」と慣れた口調で梢を応接間に案内すると、梢はメガネのつるを摘んでかけ直す。
水屋にはグラスが並び、本棚には昭和をにおわせる蔵書が幅を利かせる。数々のトロフィは光沢を失わず、部屋の壁紙の趣味も品が良い。
「何度目でしたっけ」と、雪子の声を聞きながら梢は既に見慣れた応接間を見渡していた。
「失礼します」
深々と慇懃にお辞儀する梢の姿が雪子の淡い瞳に焼きつく。梢につられて雪子も腰を掛けた。
やや遠慮がちに梢はチェックのスカートを押さえてソファーに座り、ガラスのテーブル越しに梢の揃った白い脚が雪子の目に飛び込む。
膝小僧がまだ、初々しい。
「この部屋のものは、お父さまのものですか」
「はい」
沈黙が合間を挟んだ。
「梢さん、お茶でも入れましょうか」
「はい」
その場から立ち去る言い訳のように、雪子は応接間の戸を開ける。梢は雪子を目線で追いかけていた。
一人、梢だけが応接間に取り残される。応接間にひしめく数々のものと共に。
本棚を見れば人となりが見えるという。この言葉を裏切ることない部屋を梢はゆっくりと見渡した。
自分の思い描いていた通り。言葉は梢を裏切ることはなかった。そのうち、雪子がお盆に湯飲みを乗せて
梢が一人で待つ応接間へと戻ってきた。癖なのか、梢は再びメガネのつるを掴んでいた。
そして、雪子に敬意を払うと同時に部屋の持ち主の印象を述べはじめる。あくまでも、梢目線なのだが。素直で率直で捻くれも無く。
「雪子さんのお父さまは立派な方です」
「父も喜ぶでしょうね。こんなお嬢さんに立派だなんて声をかけられたら」
「わたしは度々、雪子さんのお父さまにお会いしていたのです。ええ、もちろん不健全な出会いではなく」
自信に満ちた梢の瞳に吸い込まれるのではないかと、雪子は背筋を凍らす。
雪子と梢の間には、凍てつく川のように流れがなかった。固まって、そして冷たくて。
氷を削るように話し出す、梢が湯飲みを両手に納めながら。
「通学途中の電車の中でよくお目にかかっていたのです」
「父と、ですか」
「ええ」
見えない鎖で体が締め付けられている。雪子はこの場から逃げ去りたいと思っていたが、そんなことは許されない。
縛られた雪子が纏う衣の袖を弓矢で射抜くが如く、梢の言葉が彼女の動きを封じ込めた。無理に逃げると、今度は矢で傷つけられるかも。
「一瞬の出来事でした、あれは。でも、雪子さんはご存知ですよね」
緑茶を口に付けると、梢の二の句が続く。
「恐ろしい出来事は、どんなに短くても長く感じることを」
梢に習って、雪子も緑茶に口を付ける。こうして、自分の心情をごまかせばよい。
だが、梢の言葉は誰よりも冷徹で慈悲がなかった。再び二つ目の矢が雪子の袖を狙って飛んでくる。
「わたしは雪子さんほど長く生きていませんが、あのときは雪子さんが感じた恐ろしい出来事よりもはるかに恐ろしいと感じた自信があります」
あの日以来、梢と雪子の父・宗太郎との関係が、ただの乗客から違う意味の関係になってしまった。
いつもの朝の、いつもの車両。梢は車内扉のそばの握り棒により掛かり、宗太郎は遠くのつり革に掴まっていた。
ローカル私鉄だからか、そんなに乗客は多くない。余裕で新聞を読む広さもあるが、誰もそれをしなかった。
宗太郎の頭は他の客より一つ抜き出て、つり革を持つ手もやや困っている様子でもある。
梢は梢で毎日見るこの紳士の声を想像する。思い描いていた声ならば、それとも違ったものか。確かめる術はないが、梢の密かな楽しみだった。
電車はホームにゆっくりと滑り込み、扉を一斉に開ける。ぱらぱらと電車に乗る客、そそくさと降りる客。
その風景を梢はメガネのつるをつかみながら眺める日々を送っていた。ハトがホームから電線へと飛び移る。
「駆け込み乗車はお止めください」
事務的なアナウンスが響く中、ホームから駆け込んでくる青年の影。
電車が走りだす素振りを見せないのに、青年の顔は鬼のようだった。
袈裟懸けにしたバッグを揺らしながら、梢のいる入り口目掛けて走りだす。
バッグから青白く光るもの。鈍く、妖しく、美しく。梢は反射的にそれを見てしゃがみこんだ。
傷付けるためだけの研がれたナイフ。青年に握られて、梢の喉元を目掛けて風を切る。
「あぶないっ」
梢の目の前を遮る。その姿、梢に見覚えあり。青年は顔を曇らせる。
何故なら青年が強く握り締めていたナイフが、梢の前に飛び出した者の胸を深く傷つけていたからだ。
ワイシャツにバラの花を差している訳ではないのに紅くぽつんと。じわじわと白い生地に広がる血痕。
そして宗太郎の口からどす黒い血が。肺が痛む。思ったよりも傷が深い。青年の顔が更に曇る。
車内にしゃがみ込んだままの梢のスカートが捲れても気にはしない。それどころではないから。
何も出来ないホームの青年の方へと宗太郎は降りる予定ではなかった駅で、崩れるように降りて倒れた。
青白い刃物は赤く染まり、紳士を嘲笑うかのように血を滴らせる。つんと血腥い匂いが人の群れを退ける。
ざわつく駅構内。
逃げるハト。
目を伏せる少女。
携帯電話を操る少年。
乱れる人を仕切りだす中年男性。
跪く若い女性。
誰もがそれぞれの行為で、その事件の反応を示す事実。
決してそれは、不自然ではなく、当たり前で。
「きゃああああ!」
梢の乾いた叫び声もまたしかり。
初めて梢が宗太郎の声を耳にした日でもあり、宗太郎の姿を見るのが最後の日でもあった。
青年は死神に魂を奪われたように、その場に固まり生きる証拠を見せようとはしなかった。
「ですよね。だって、目の前で人が死んじゃうんだから」
「梢さん」
「穂坂さんって呼んでください。苗字で」
忘れたくない出来事ほど、梢の脳裏に刻み込まれ、嫌というほど傷に塩を塗られる。
これで、終わりにするんだ。終わりなんだ。と、梢は反芻していた。
実行犯の青年の供述では「とにかく、いちばん狙い易そうなヤツにしようと思った。真っ先に目に入ったのが女の子だった」と語る。
この国は法治国家。法律の裁きが全て。とやかく人から言われる筋合いはないと、六法全書が知ったかな口を利く。
裁判長は神。判例は神話。人が神になることを国が認めるなんて、おかしい話ではないのだろうか。梢は悩む。
「いまごろ、犯人は天から、人からの裁きを受けてしかるべき償いをしているんでしょうね。この国が確かなら」
「ええ」
「ただ、それではあまりにもわたしたちが報われないんじゃないでしょうか」
湯のみの音が応接間に響く。梢が湯のみをテーブルに置いたのだ。
今だに収まらぬ梢の湯のみの緑茶の波は、雪子の鼓動と共鳴していた。
「あんな立派な人が刺されてしまうなんて、わたしには理解が出来ないんですよ」
「そう申されても、困ります」
「ですよねえ。でも、わたしはあなたにわたしの話を聞いていただけるだけで救われるのです。
だから、わたしがここに来るのをきょうでおしまいにしたいのです。ねえ、お分かりですか」
梢はメガネのつるをつまんで、声のトーンを落としていた。
雪子は雪子で、自宅で無い居心地に心もとない不安を感じずにいられなかった。
あの日以来、梢と雪子の父・宗太郎との関係が、ただの乗客から違う意味の関係になってしまった。
誰のせい。
誰のせい。
誰かのせいにしなければ、梢は気持ちを整理できない。
わたし。紳士。青年。それとも。
一番簡単なのは、自分のせいにすることだ。
「わたしが刺されればよかったのです」
これ以上にない感情を忘れた声で梢は続けた。
「あなたの弟さんに」
おしまい。
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*第一回創発大会-「カッコいいダンディなおじ様選手権」参加作品
''文章部門''/&link_anchor(「お題」 ◆Toc0Hb3aUA,page=かっこいいダンディなおじさま選手権-参加作品){「お題」 ◆Toc0Hb3aUA}/&link_anchor(「文章部門応募作品」 ◆sfjAAvy1mEyU,page=かっこいいダンディなおじさま選手権-参加作品){「文章部門応募作品」 ◆sfjAAvy1mEyU}/&link_anchor(「ある秋の夜に」 ◆LV2BMtMVK6,page=かっこいいダンディなおじさま選手権-参加作品){「ある秋の夜に」 ◆LV2BMtMVK6}/&link_anchor(「電車」 ◆TC02kfS2Q2,page=かっこいいダンディなおじさま選手権-参加作品){「電車」 ◆TC02kfS2Q2}/&link_anchor(「開催!KDO選手権」 ◆91wbDksrrE,page=かっこいいダンディなおじさま選手権-参加作品2){「開催!KDO選手権」 ◆91wbDksrrE}/&link_anchor(「ニュー・ライフ」 三橋にくまん◆TJ9qoWuqvA,page=かっこいいダンディなおじさま選手権-参加作品2){「ニュー・ライフ」 三橋にくまん◆TJ9qoWuqvA}/
''その他部門''/&link_anchor(「AA部門」 ◆5EO17Ipqog,page=かっこいいダンディなおじさま選手権-参加作品2){「AA部門」 ◆5EO17Ipqog}/
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**&anchor(「お題」 ◆Toc0Hb3aUA){「お題」 ◆Toc0Hb3aUA}
ひそかにROMりつつ、待ちに待った創作大会。
その驚愕のお題を目にした俺は、思わず頭を抱えた。
”カッコいいダンディなおじさま選手権”
無理だ。こんなお題で文章が書けるわけがない。
そもそもカッコよさもダンディさも俺は持ち合わせていないし、理解していない。
これでは書きようがないではないか。
沈痛な面持ちの俺に、喫茶店のマスターはささやいた。
「そうでもないだろ?カッコよさもダンディさもないからこそ、
お前さんはそういったものに憧れる気持ちは人一倍強い。
頭のなかにある願望を形にすればいいんじゃないのか?」
余計なお世話だ。だが、それも一理あるな。 よし…やってみるか。
どのような話を書いたらいいだろうか…
「おいおい、せっかく書いたそれ、投下しないのか?」
マスターの言葉に俺は面食らった。
それって…今書いてる、これ?
だってこれは、文章と呼べるシロモノじゃない。
「下手な鉄砲もなんとやらって言うだろ?失敗を恐れるな。結果なんか問題じゃない。」
マスターの言葉には、妙な説得力がある。
それもそうか。まずはこれを投下してみよう。
そのあとは成り行きにまかせる。なに、時間ならあるさ。
END
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**&anchor(「文章部門応募作品」 ◆sfjAAvy1mEyU){「文章部門応募作品」 ◆sfjAAvy1mEyU}
当たり前の話だが、初めて入る他人の家というのは緊張する。
「お邪魔しまーす……」
傘を畳みながら、四カ月近く付き合っている彼女がこちらを振り向く。
「何怖がってんですか先輩。誰もいないんだから、萎縮しないで下さい」
乱雑に靴を脱ぎながらフローリングの薄暗い廊下を奥に進んでいくあの彼女、かなり口が悪い。一学年下だから一応敬語を使ってくれてはいるが、敬意は欠片も感じられない。
濡れた傘を傘立てに入れ、学校指定の革靴を脱いだ後に揃えてから彼女に続く。萎縮するなと言う方が無理だろう。こんな場所に連れて来られるとは思ってなかった。
最近出来たばかりの、駅から徒歩4分の場所に建つ高層マンション。庶民に縁のない住居だというのは容易に想像がつく。お嬢様だなんて聞いてない。
きょろきょろしていたら、突然温かみのあるオレンジ色の照明が灯る。ぎょっとして前方を見ると、雨で濡れそぼった彼女が冷ややかな目でこちらを見ていた。
「玄関脇のそれで、電気点くのに」
彼女の視線は、玄関のすぐ横にあるスイッチに投げかけられていた。
「そっちで点けて欲しかったよ……」
「別に私は真っ暗でも平気だし」
こういう自己中心的なところがあるのは、バイトをしているコンビニで彼女と同じシフトになってからすぐに気づいた。
左手の扉を指して彼女は言った。
「そこ、私の部屋です」
「はあ」
「ちょっと洗面所使うんで、勝手にリビング上がってて下さい」
文句なしに整った容姿をしているのに彼氏がいなかったのは、性格的な問題に起因しているのだろう。右手のドアの向こうへ姿を消す彼女を見送ってから、廊下を直進する。
突き当たりのドアの前で足を止める。恐らくこの中がリビングだろう。扉に耳を当ててみようかと一瞬思ったが、すぐに却下した。それはさすがに神経質だ。肩の力を抜こう。
深みのある色をした木製のドアを開ける。
そして神経質にならなかったことを後悔した。リビングには明かりが点いており、室内には人がいた。奥のベランダに通じている硝子戸の向こうには、雨に煙る街がある。
「……どちら様かな?」
明かりの点いた、広々としたリビング。硝子テーブルに沿ってL字型に置かれた、黒革張りのソファに腰掛けていた男性と、正面から視線がぶつかった。かなりの男前だった。
若くはない。が、中年と呼ぶのも微妙な気がする。あまり目立たないが顔には皺があるし、髪にも白い物が混じっているのだが、高く見積もってもせいぜい三十代半ばだろう。
切れ長の目には、理知的でありながらもどこか冷たい輝きが宿っていた。引き結ばれた薄い唇には、品の良さと意思の強さを感じる。暗に人を非難するような表情だ。
「――あ」
思考していた停止が活動を再開するまで、たっぷり数秒要した。黒いスラックスに、同じく黒いセーター。部屋着だろうか。にしてはひどく様になっている。
「ええと、お邪魔してます。俺、いや僕は――」
どうでもいいことを考えながら自己紹介と、彼女との関係、またそれに至るまでの経緯について語った。
突然雨が降って来なければ、あるいは彼女が傘を持っていれば、ここに来ることもなかった。見知らぬ男に高校生のありふれた恋愛をかいつまんで説明するようなことも。
「学校帰りにデートですか。どちらの高校に?」
「僕が通っているのは――」
近隣でも指折りの進学校なので、こういう時胸を張って名前を出せる。受験勉強に励んで良かったと思う、数少ない場面だ。
「なるほど。秀才ですね。それにイケメンだ。――じゃなきゃあいつも付き合わないか」
「恐れ入ります。ところで……あなたは?」
この人物が居直り強盗だったりしたら、笑い話にもならない。思えば彼の黒づくめの服装、いかにも盗人っぽく見える。マンションの十二階までどうやって登ってきたのかは謎だが。
「ああ失礼。私は……そうだな。君の彼女の父親、ということになりますね」
「やっぱり……」
小さく声に出してしまった。全体の雰囲気が彼女と似ている。それを聞いた彼女パパは、唇の端を小さく持ち上げた。
「苦労してるようですね。どうもあの娘は、私の悪い部分ばかりを受け継いでしまったようで、妻にはいつも詰られています」
「い、いえ。のびのびした、いいお嬢さんだと思います」
「お気遣いどうも」
またも男は苦笑する。と、後ろのドアが突然開いて、背中に重いきりぶつかった。
「痛いって……」
「邪魔ですよ。何で出入り口の前でぼけっと突っ立ってるんですか――って」
制服から私服に着替えた彼女は、父親の姿を認めて言葉を一度切った。
「なんで親父がいんのよ」
親父。彼女を良く知らない人間がその単語を聞いたら、耳を疑うだろう。何と見た目にそぐわない言葉使いだろう。
「仕事は? 放棄?」
「有給を使った。ほら」
と言った彼女パパが、顎で薄暗い寝室へ繋がっている扉を示した。
「ああ、母さん風邪なんだっけ。しかし親父にまともな看病ができるとも思えないわねー。っていうかそこの戸閉めてあげなさいよ。気が利かないわね」
「お前は自分の父親を何だと思ってるんだ」
などと言いながらも、彼女パパは腰を上げて夫人が寝ていると思われる部屋へのドアを閉めた。意外と上背がある。
「陰険な若づくりのおっさんだと思ってる」
「若づくりしなくても若々しいんだよ、俺は。――そうだ、せっかくお客様がいらしたんだから、お茶くらい出さないとな。ゆっくりしていって下さい」
こちらを見つめた彼は、微笑を浮かべながら奥のキッチンに向かってしまった。鞄をソファのそばに置き、浅く掛ける。
さっさとこの家を出たいが、断れそうな雰囲気でもない。一種の嫌がらせだろうか。だとしたらやはり陰険だ。隣に座ってきた彼女に小さく言った。
「とりあえず俺、この場を退散したいんだけど」
「私はお茶飲みたい。雨の中歩いたせいで、身体冷えてるの」
こんな時でも彼女は他人の気持ちを斟酌しない。どこまでもマイペースだ。
目の前のガラステーブルに視線を落とす。ビジネス文書と思しき書類の束が、無造作に置かれていた。少し興味が湧いたが、勝手に閲覧してはまずいだろう。
「お父さん、どんな仕事をしてるの」
「どっかの会社の工学部門って言ってたけど」
アバウトな回答だ。とりあえず書類の雰囲気からして、研究職だろうか。食器の場所を把握していないらしく、父親は病人のいる寝室まで見に行ってしまった。
「緑茶でいいかな?」
キッチンのすぐそばの食器棚に気づき、ぱっと表情の晴れた父親が、明るい声で言った。きっと彼女の母親は、今日も自分で昼食を作ったのだろう。あの父親に家事は無理だ。
「っていうか私それしか飲まないし」
急須と湯呑みを出しながら彼女の父は返す。
「お前に訊いてない。彼氏さんに尋ねたんだ」
俺か。
「何でも構いませんよ」
まず頼んだ物が出てくるのかどうかも定かではないが。
「助かった。これしか淹れられないんですよ、私」
あまりじろじろ見るのも失礼なので、彼女と会話をすることにした。
「こんなにいい家に住んでるんだから、お小遣いとかもらえるんじゃないの?」
彼女は顔をしかめる。
「それが全然。自分で稼がないと金銭感覚が養えないからって。まあそう言ったのはあの親父じゃなくて母さんの方だけど」
その教育方針がなければ、彼女と会うこともなかっただろう。
「そういえば、あのお父さんって何歳なの。かなり若く見えるけど……」
「もう四十一ですよ、あれ」
「十歳サバを読んでもいけそうだけど」
二十代後半と言っても通用しそうだ。
「精神年齢が低いから、見た目も成長しないんですよ、きっと。この前だって、会社の受付嬢にデート誘われたって自慢するような男だから」
「女にまるで相手にされないような冴えない父親よりはいいだろう」
盆の上に湯呑みと煎餅の入っている皿を乗せた父親が戻ってきた。書類の束を肘でテーブルから落としながら、彼は続ける。
「そこの彼氏だって、相当女子に人気ありそうだけどな」
こちらを見た彼女の視線が、すっと絞られる。こういう時は危ない。下手なことを言うと、しばらく口を聞いてもらえなくなるのだ。
「そんなことはありませんよ」
「どうだか。この前ゲーセンで声掛けてきた女と、ずいぶん楽しそうに喋ってましたけど」
「何回も言ってるけど、あの人はただの同級生だって」
何も今蒸し返すこともないだろうに。親父殿の不用意な発言で、彼女は一気に不機嫌になってしまった。余計なことをしてくれる。
「粗茶ですが」
こちらの苛立ちなどどこ吹く風といった表情で、彼は湯呑みを並べていく。
「あんまおいしくないわね」
「単なる先入観だ。誰が淹れたって茶の味なんて大して変わらないはずだ」
申し訳程度に緑茶に口をつける。熱すぎるので猫舌にはきつい。それにかなり薄い。急須に淹れて即座に湯呑みに注いだのかもしれない。
「ところで親父、何で当然のような顔してソファに座ってんの?」
「いや、初めて娘が連れてきた彼氏がどういう人物なのか、少し興味があってね」
「母さんのそばにいてあげなさいよ」
「うつるからあまり入ってこないでって言うんだ。隣室で待機するしかないだろう」
彼女は茶を呷り、ぐったりと上体をソファの背もたれに預けた。
「じゃあ二人で喋ってなさいよ」
「言われなくてもそのつもりだ」
そう言った父親と、とりとめもない会話が始まった。中学時代のこと、現在の学校生活のこと、来年受検する予定の大学についてのこと、などなど。
「結構遠いね。その大学に受かったら、家を出るのかい?」
「いえ。自宅から通学するつもりです」
「往復で結構かかるでしょう。遊ぶ時間が減るから、あまりお勧めしない」
「遊びに大学に行くつもりではないので」
「真面目だね。娘にも見習ってもらいたい」
二十分近くそんな話を続けて、ふと思う。何でこんなことになってるんだ、俺?
無言のままの彼女に助け船を求めようとした。
が、彼女は規則的にトレーナーの胸を上下させて、既に安らかな寝息を立てていた。長い睫毛に縁取られた瞼は、ぴたりと閉じている。
疲れてたのか。そういえば今日は、いつも以上に声に張りがなかった気がする。
「可愛いでしょう」
父親に言われ、彼女の寝顔から視線を引き剥がす。
「昔は私によく懐いてたんですけどね。中学に上がる前後には、もうこんな感じになってしまいました」
「はあ」
「ところで今日は、どうしてこの家に?」
まだ話していなかったか。
「授業が終わって彼女と落ち合ったんですけど、突然雨が降ってきてしまって。彼女、早くどこか屋根のあるところに行きたいと言い出し始めて。僕の傘に入りたがらないし」
ゲームセンターもレストランも気分ではない、というのが彼女の主張だった。まさか家に来いと言われるとは思わなかったが。
「せっかくの機会だ。相合傘でもすればいいのに」
「そういうべたべたした感じの付き合いが嫌いみたいなんですよ、この人」
「へえ」
興味深そうに話を聞いている。娘の恋愛事情など聞くのは初めてなのかもしれない。
「その割に家に招待するあたり、こいつらしい気もするな」
そこまで言った父親は、娘からこちらに視線を移し、目を細めた。
「で、下心を胸に秘めながら、無人と信じていた我が家の敷居を跨いだわけだ」
それを聞いて思う。本当に良く似た親子だ。不機嫌な時、彼女は良くあんな表情になる。
「そんな短絡的じゃないですよ」
それこそこちらの気分ではない。
「気分じゃない、か。中々大人びてるね。いや、若さがないというより、単に遊び慣れしてる印象を受ける」
口調はこれまでと同じなのに、明らかに不快そうにしている雰囲気が伝わってくる。湯呑みを空にすると、溜息を吐いて父親は言った。
「全く、カルチャーショックもいいところだ。一気に三、四歳老けた気がする。こんな状況に直面するのは、もう少し先だと思ってた」
「後半に関しては同感です。立場は違いますけど」
窓の外を一瞬、稲光が塗りつぶした。十秒近く経ってから、小さな落雷の音。落ちたのはかなり遠くだろう。
「率直に言うと、君が憎たらしい」
父親は低い声を発した。
「これでも父親だ。一人娘のことは目に入れても痛くないと思ってる。ここが法治国家じゃなかったら、君をたこ殴りにして、そこのベランダから放り捨てている」
冗談に聞こえない。
「君から交際を申し込んだそうだね」
彼は、こちらがさっき言ったことを憶えていた。
「ええ」
「娘のどこが気に入ったんだ」
「難しい質問ですね」
「答えてもらうよ。君には説明する義務がある。『何となく』で娘にちょっかいを出されているのだとしたら、親としては辛抱ならない」
リビングに沈黙が訪れる。ワイドテレビやDVDデッキ、硝子テーブル、続き部屋のキッチン、冷蔵庫、食事用テーブル、そこに収まった四脚の椅子。あちこち視線が彷徨う。
ただ一人、父親だけを避けて。
この感情を言葉に変換しようと思ったことがない。そもそも変換できる気がしない。仮に向こうが納得しても、それは誤解だと、俺自身が訂正しそうな気がする。
「……すいません。どれだけ考えても、他人にこの気持ちは伝達できそうにありません」
呟きが消えると、また無言の時間がやってきた。父親はこちらから一瞬たりとも目を逸らさない。まだ俺が何か言うのを待っているのか。
突如、部屋に白光が差し込んだ。さっきと比較にならない光量。一秒と経たずに、轟音が耳に到達した。
「……ん?」
隣で眠っていた彼女が目を覚ます。こちらと父親を見比べた彼女は、どちらともなく尋ねた。
「喧嘩してんの?」
お前を巡ってな、という言葉はどうにか飲み込む。
「まさか」
腹立たしいまでにおどけた調子で、父親が否定した。
「男同士、色々と語り合ってたところだ。ね」
「ええ、まあ……」
「すごい雨だけど、先輩、帰りはどうします。うちの車で送ってあげてもいいけど」
どうせ運転手はこの親父さんだろう。車中で何を言われるか判ったものではない。
「歩いて帰るよ。傘ならあるし、ここからなら駅も近いし。じゃあ、そういうことで」
足元の鞄を持って腰を上げると、彼女は意外そうな顔をした。
「もう帰るんですか?」
「うん。そっちもなんか疲れてるみたいだし」
「なら私が送ろう」
父親が言った。慌てて辞退を申し入れる。
「いえ、お気遣いなく」
「遠慮するな。君が風邪でも引いたら、俺が娘に嫌味を言われちまうんだ」
無言で寝室に入って行った父親は、車のキーを片手にすぐ戻ってきた。
「なんかすいません、先輩。今度埋め合わせしますから」
珍しく頭を下げている彼女に言う。
「いや、いい勉強になったよ。お父さんが話相手になってくれたおかげで、興味深い話が聞けた」
「嬉しいこと言ってくれるね。娘の彼氏と話すのなんて初めてだから、少し不安だったよ」
鍵を掌で弄びながら、父親が言った。
「それじゃあ行こうか。未来の息子よ」
彼は玄関のドアを開けて、こちらを待っている。傘を片手に外へ出ると、父親は囁いた。
「あんなんじゃ納得できないな」
廊下のエレベーターに向かって歩を進めながら返す。
「はい?」
「娘に惹かれた理由だ。当人同士でだけ満足してもらっても困る。あくまで親としての意見だが」
「なら爽やかな弁舌で彼女への愛を語りつくせば、納得しましたか」
「そんな安っぽく自分たちの恋愛を語るような奴は無言で張り倒す」
「それじゃあどうしようもありませんね」
「そう――どうしようもないんだ」
上がってきたケージに一緒に乗り込む。地下駐車場のあるB1ボタンを押した父親は、短く独白した。
「結局のところ、誰が来たって俺は認めないんだろうな」
自分の倍以上の人生を送っている、その一児の父親に掛けるべき言葉を何も思いつけないまま、エレベーターの扉が開いた。
「……とまあ、人間幾つになっても悩みは尽きないわけだ」
薄暗い地下駐車場に、二人分の靴音が響く。
「大いに悩んでくれ。何の因果か今日はこんなことになったが、できれば君とは二度と会いたくないもんだ」
「こっちはまた会うつもりですよ」
前方を歩いていた男の足がぴたりと止まったが、気にせず続ける。
「喧嘩腰の父親なんて気にならないくらいには、彼女のこと好きですから。俺」
「……なるほど」
左ハンドルの赤い車に乗り込んだ男が、窓から顔を出す。
「そのふてぶてしさは嫌いじゃない。次に君が家に来るまでに、ムエタイでも習っておこう」
「楽しみです」
助手席に座り込みドアを閉めた途端、一児の父が運転する車は急発進した。
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**&anchor(「ある秋の夜に」 ◆LV2BMtMVK6){「ある秋の夜に」 ◆LV2BMtMVK6}
彼と出会ったのはもう一年以上は前になるだろう。
それは雨の降りしきる寒い秋の日のことで、私は通りに面した本屋に佇んでいた。
たまたま外出せざるを得なかったのだが、用を済ませてみれば特に目的もなく、
買う当てもなく本屋の軒先をくぐったのである。
季節はいかにも侘しく、畳んだ傘の先からは水滴が、いかにも所在なさげな風情で落ちていく。
青白い蛍光灯の明るさがなんだか暖かく感じられたのは、外の重く垂れ込めた寒々しい空気のせいに相違なかった。
私は窓際へ寄って立ち読みをするような素振りでいたが、開かれたページには大して注意を払っていなかった。
その本は現代科学では考えられないような――つまり怪奇的な――趣向が随所に見られるような本で、
確かに幾分の好奇心をくすぐるべくして書かれていたようだったが、特に興味を惹かれたというのでもない。
偶然開いているスペースに陳列されていたに過ぎず、言葉は悪いが期待して手に取ったわけでもなかった。
折りしも店へ客が入ってきて、顔を上げる。
本屋の中には雨宿りの客がちらほら見えたが、活気はなかった。
それはひとえに気候のせいであったかもしれない。
帰れば暗く寒い部屋が待っている。
そしてこの雨――!
ともかく私は本へ目を戻そうとした。
錬金術を扱ったページを繰る手が、ふと止まった。
もちろん、本の内容に目を留めた、というのではない。
私の視線は、店先に滴り落ちる雨だれの先、一つのシルエットに注がれていた。
その男の姿に、私は確かに見覚えがあった。
しかし、どこで会ったのだったか。
仕事で?違う。
生活に関わる人々を思いうかべるが、答えは見つからなかった。
しかし、私の内奥の何かが反応していたのだ。
あるいは親戚か何かであろう、行く先を見れば思い出すに違いない。
その思いつきは、こんな本を眺めているよりずっと強く心を揺さぶった。
早々にオカルト本を戻し、店を出る。
「ありがとうございました――」
追いかけてきた声は空しく響くと雨だれに絡んで落ち、側溝へと流れていった。
十数分の後、私は悄然として帰途についた。
見失ったのだ。
人ごみにまぎれたわけでもなく、路地が入り組んでいたのでもない。
既に街灯には灯りが点り、靴の下では水分を十分に含んだ芝がぴちゃりぴちゃりと音を立てた。
釈然としなかったが、これ以上好き好んで戸外にいる必要はなかった。
しかし、あれは誰であろう。
外出の疲れもあり、そろそろ空腹を覚え始めていた。
つい先ほど閉じたページに同じ人物の肖像があったことなど、思い出す由もなかった…………。
「こんばんは」
声に思わずびくりとする。
私は背後へ振り返った。
それが彼――名は無数にあるのだが――錬金術師との出会いだった。
私は混乱していた。
彼を前にして、なおその名を思い出せなかったからである。
彼が口を開いた。
「失礼だが、何か御用がおありかな?」
答える術はなかった。
声は続けた。
「失礼、我輩は身辺と幼女には気を使っているのでね。先ほどから尾行しておられたように思ったが」
シンペン、ビコウ、ヨウジョと聞きなれない言葉の意味を考える間はなかった。
「よろしければ、お力をお借りできないだろうか」
その言葉に我に返る。
簡単に説明できることだ。
私たちは近くにあるファミリーレストランへ入った。
暖かい明かりの中に見る彼の服装は、少し古風な、しかしセンスはよいものだった。
私は説明に移った。
「……というわけなのです。どこかでお会いしたことがあるのかな、と」
「我輩にはついぞ見えた記憶などないが……しかし、代は移り代は変わる」
片めがねの縁がじわりと反射する。
意味深長な笑みの意味は測りかねた。
そんなことよりハンバーグセットのほうが先だ。和食セット大盛りだ。
「ところで、力を貸してくれ、と申した件だが」
彼の丁寧な言葉遣いによれば、この国を訪れたばかりらしい。
旧来の因縁の宿敵のあとを追っている、という出来の悪いファンタジーのような説明を聞いて反応に困る。
今は21世紀なのだ。
なんでも敵は少女の姿をしていて、非常な長寿を誇るらしい。
空樹スカイツリーが建つ時代にそんなことがあってたまるものだろうか。
おまけに彼は錬金術師なのだという。
それを聞いて私は先刻の見覚えが腑に落ちたが、このご時勢に、錬金術師。
妄想に駆られてどこかの病院から逃げてきたのではないだろうか。
しかし、彼の服装がその考えを押しとどめた。
19世紀の洒落人と言われても通るようなその姿には、幾分の説得力が確かにあった。
「……滞在先に難儀している」
しまった、話を聞いていなかった。滞在先に……つまり無宿人なのか。
「ついてはご厚情にすがりたく」
要するに泊めてくれ、ということか。
狭い部屋に、二人の男の姿がある。
「貴殿を認めた我輩の目に狂いはなかった」
彼は向こうを向いて何か言っている。
手元には私の本棚から引き出した雑誌と思しきものが何冊かあって、
「える、おー、とな……」
どういう内容のものかは想像がついた。
錬金術師、という職業(それが21世紀の職業であるのならば、だが……)に携わっている人間とも見えないが、
彼の目的は賢者の石を持て幼女を不老不死化、及びその美の固定化を図ることにあり、
既に二百年以上遡った過去、それに成功しているのだ。
真偽のほどはともかく。
最初の被験者が彼の言うところの「宿敵」らしい。
狭いとはいえ人を泊められないこともないし、つまらない日々、
ちょっと変わったことがあっても良かろう。
こうして奇妙な合宿は始まったのだった。
しかし、しばらくして私は後悔することになる。
彼が「索敵」に出て戻らなかったある日の朝のこと、地方新聞の面に目をやった私は文字通り仰天した。
そこには見覚えのあるあの姿があった。
見出しが躍っている。
「最近増加の声かけ事案解決へ!」
「女子児童に不審者の手、通報は主婦」
詳しく記事を読む気には……ならなかった。
確かに彼は紳士だったのだ。
#aa(){
:. .:::::。:::........ . .:::::::
:::: :::::::::.....:☆彡::::
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::::::...゜ . .:::::::::::::
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. ∧∧ .... .... .. .:.... ........ .... .. .
( )ゝ無茶しやがって… ..........
i⌒ / .. ..... ................... .. . ...
三 | ... ............. ........... . .....
∪ ∪ ............. ............. .. ........ ...
三三
三三
}
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**&anchor(「電車」 ◆TC02kfS2Q2){「電車」 ◆TC02kfS2Q2}
「父は、いません」
幼さの残る来訪者に雪子は困惑していた。
制服を着ているというより、着させられている印象が強い来訪者。カーディガンの袖から指先だけが見える。
細い脚でここまでやって来た。彼女は訪問先で雪子から同じ言葉を繰り返し聞くことには、既に慣れっこになっている。
「梢さんの心遣いは有り難いのですが」
「きょうで最後にしますから。それから、穂坂さんって呼んで下さい。苗字で」
深くお辞儀をする姿を見た雪子は梢に我が家の敷居を跨ぐことを許し得るしかなかった。
年の離れた妹のように使うことのない気を使いながら、雪子は梢を応接間へと案内する。
ぎしぎしと廊下が軋み、まるで梢の訪問を拒むかのよう。しかし、梢はそれを受け止める気配がまったくない。
「どうぞ」と慣れた口調で梢を応接間に案内すると、梢はメガネのつるを摘んでかけ直す。
水屋にはグラスが並び、本棚には昭和をにおわせる蔵書が幅を利かせる。数々のトロフィは光沢を失わず、部屋の壁紙の趣味も品が良い。
「何度目でしたっけ」と、雪子の声を聞きながら梢は既に見慣れた応接間を見渡していた。
「失礼します」
深々と慇懃にお辞儀する梢の姿が雪子の淡い瞳に焼きつく。梢につられて雪子も腰を掛けた。
やや遠慮がちに梢はチェックのスカートを押さえてソファーに座り、ガラスのテーブル越しに梢の揃った白い脚が雪子の目に飛び込む。
膝小僧がまだ、初々しい。
「この部屋のものは、お父さまのものですか」
「はい」
沈黙が合間を挟んだ。
「梢さん、お茶でも入れましょうか」
「はい」
その場から立ち去る言い訳のように、雪子は応接間の戸を開ける。梢は雪子を目線で追いかけていた。
一人、梢だけが応接間に取り残される。応接間にひしめく数々のものと共に。
本棚を見れば人となりが見えるという。この言葉を裏切ることない部屋を梢はゆっくりと見渡した。
自分の思い描いていた通り。言葉は梢を裏切ることはなかった。そのうち、雪子がお盆に湯飲みを乗せて
梢が一人で待つ応接間へと戻ってきた。癖なのか、梢は再びメガネのつるを掴んでいた。
そして、雪子に敬意を払うと同時に部屋の持ち主の印象を述べはじめる。あくまでも、梢目線なのだが。素直で率直で捻くれも無く。
「雪子さんのお父さまは立派な方です」
「父も喜ぶでしょうね。こんなお嬢さんに立派だなんて声をかけられたら」
「わたしは度々、雪子さんのお父さまにお会いしていたのです。ええ、もちろん不健全な出会いではなく」
自信に満ちた梢の瞳に吸い込まれるのではないかと、雪子は背筋を凍らす。
雪子と梢の間には、凍てつく川のように流れがなかった。固まって、そして冷たくて。
氷を削るように話し出す、梢が湯飲みを両手に納めながら。
「通学途中の電車の中でよくお目にかかっていたのです」
「父と、ですか」
「ええ」
見えない鎖で体が締め付けられている。雪子はこの場から逃げ去りたいと思っていたが、そんなことは許されない。
縛られた雪子が纏う衣の袖を弓矢で射抜くが如く、梢の言葉が彼女の動きを封じ込めた。無理に逃げると、今度は矢で傷つけられるかも。
「一瞬の出来事でした、あれは。でも、雪子さんはご存知ですよね」
緑茶を口に付けると、梢の二の句が続く。
「恐ろしい出来事は、どんなに短くても長く感じることを」
梢に習って、雪子も緑茶に口を付ける。こうして、自分の心情をごまかせばよい。
だが、梢の言葉は誰よりも冷徹で慈悲がなかった。再び二つ目の矢が雪子の袖を狙って飛んでくる。
「わたしは雪子さんほど長く生きていませんが、あのときは雪子さんが感じた恐ろしい出来事よりもはるかに恐ろしいと感じた自信があります」
あの日以来、梢と雪子の父・宗太郎との関係が、ただの乗客から違う意味の関係になってしまった。
いつもの朝の、いつもの車両。梢は車内扉のそばの握り棒により掛かり、宗太郎は遠くのつり革に掴まっていた。
ローカル私鉄だからか、そんなに乗客は多くない。余裕で新聞を読む広さもあるが、誰もそれをしなかった。
宗太郎の頭は他の客より一つ抜き出て、つり革を持つ手もやや困っている様子でもある。
梢は梢で毎日見るこの紳士の声を想像する。思い描いていた声ならば、それとも違ったものか。確かめる術はないが、梢の密かな楽しみだった。
電車はホームにゆっくりと滑り込み、扉を一斉に開ける。ぱらぱらと電車に乗る客、そそくさと降りる客。
その風景を梢はメガネのつるをつかみながら眺める日々を送っていた。ハトがホームから電線へと飛び移る。
「駆け込み乗車はお止めください」
事務的なアナウンスが響く中、ホームから駆け込んでくる青年の影。
電車が走りだす素振りを見せないのに、青年の顔は鬼のようだった。
袈裟懸けにしたバッグを揺らしながら、梢のいる入り口目掛けて走りだす。
バッグから青白く光るもの。鈍く、妖しく、美しく。梢は反射的にそれを見てしゃがみこんだ。
傷付けるためだけの研がれたナイフ。青年に握られて、梢の喉元を目掛けて風を切る。
「あぶないっ」
梢の目の前を遮る。その姿、梢に見覚えあり。青年は顔を曇らせる。
何故なら青年が強く握り締めていたナイフが、梢の前に飛び出した者の胸を深く傷つけていたからだ。
ワイシャツにバラの花を差している訳ではないのに紅くぽつんと。じわじわと白い生地に広がる血痕。
そして宗太郎の口からどす黒い血が。肺が痛む。思ったよりも傷が深い。青年の顔が更に曇る。
車内にしゃがみ込んだままの梢のスカートが捲れても気にはしない。それどころではないから。
何も出来ないホームの青年の方へと宗太郎は降りる予定ではなかった駅で、崩れるように降りて倒れた。
青白い刃物は赤く染まり、紳士を嘲笑うかのように血を滴らせる。つんと血腥い匂いが人の群れを退ける。
ざわつく駅構内。
逃げるハト。
目を伏せる少女。
携帯電話を操る少年。
乱れる人を仕切りだす中年男性。
跪く若い女性。
誰もがそれぞれの行為で、その事件の反応を示す事実。
決してそれは、不自然ではなく、当たり前で。
「きゃああああ!」
梢の乾いた叫び声もまたしかり。
初めて梢が宗太郎の声を耳にした日でもあり、宗太郎の姿を見るのが最後の日でもあった。
青年は死神に魂を奪われたように、その場に固まり生きる証拠を見せようとはしなかった。
「ですよね。だって、目の前で人が死んじゃうんだから」
「梢さん」
「穂坂さんって呼んでください。苗字で」
忘れたくない出来事ほど、梢の脳裏に刻み込まれ、嫌というほど傷に塩を塗られる。
これで、終わりにするんだ。終わりなんだ。と、梢は反芻していた。
実行犯の青年の供述では「とにかく、いちばん狙い易そうなヤツにしようと思った。真っ先に目に入ったのが女の子だった」と語る。
この国は法治国家。法律の裁きが全て。とやかく人から言われる筋合いはないと、六法全書が知ったかな口を利く。
裁判長は神。判例は神話。人が神になることを国が認めるなんて、おかしい話ではないのだろうか。梢は悩む。
「いまごろ、犯人は天から、人からの裁きを受けてしかるべき償いをしているんでしょうね。この国が確かなら」
「ええ」
「ただ、それではあまりにもわたしたちが報われないんじゃないでしょうか」
湯のみの音が応接間に響く。梢が湯のみをテーブルに置いたのだ。
今だに収まらぬ梢の湯のみの緑茶の波は、雪子の鼓動と共鳴していた。
「あんな立派な人が刺されてしまうなんて、わたしには理解が出来ないんですよ」
「そう申されても、困ります」
「ですよねえ。でも、わたしはあなたにわたしの話を聞いていただけるだけで救われるのです。
だから、わたしがここに来るのをきょうでおしまいにしたいのです。ねえ、お分かりですか」
梢はメガネのつるをつまんで、声のトーンを落としていた。
雪子は雪子で、自宅で無い居心地に心もとない不安を感じずにいられなかった。
あの日以来、梢と雪子の父・宗太郎との関係が、ただの乗客から違う意味の関係になってしまった。
誰のせい。
誰のせい。
誰かのせいにしなければ、梢は気持ちを整理できない。
わたし。紳士。青年。それとも。
一番簡単なのは、自分のせいにすることだ。
「わたしが刺されればよかったのです」
これ以上にない感情を忘れた声で梢は続けた。
「あなたの弟さんに」
おしまい。
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