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キャラ設定氷魔その二

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24 無題


 "ホープ"を一本咥えた男は、空箱を握りつぶしながらライターを取り出すこともなく
先端に火をともした。

「表社会用の"速水"でも"水野"でもなく、すでに滅びた"氷魔"を名乗って生活するとはねえ。
自信があるのか、それとも忌み名の意義すらわからない未熟者なのかな……?」
「――学校は禁煙です」
 零は一睨みで炎を凍らせる。
 男がくゆらせていた紫煙は見る間に空へ溶け、男との間に緊迫した空気だけが残った。

「自己紹介は――必要ないみたいだねえ。ならば本題と行こうか。
君の力を必要としているところがあるだけれど――」
「僕にはないです。失礼します」
 名残惜しく煙草を手にしたままの男に、零は背を向ける。

「――というのもだねえ、我々五行の民がかつて封じた、ああ……なんだって?」
「これから勉強があるのです。来週が期末試験なので」
 慌てて男が肩にかけた手を無造作に振り払う。「痛ぅっ!」右手を抑えて男が退いた。
「煙草を持った手で、人に触らないで下さい」
 冷たく言い放つ零。男の右手は其処だけ氷に付け込んだかのようで、表面に霜すら浮いている。
「我々全員の未来にかかわることなんだけど、ねえ?」
「僕はあなたたちではありませんから」
「話ぐらいは――」
「――聞く耳ありません」
 零はにべもなく背を向ける。後を追おうとした男の足元が、音を立てて凍りつく。

「それじゃあ、私についてくるつもりは無いかあ? ……そうかあ」
 男は諦め顔で右腕をつまんだ"ホープ"ごと振ると、瞬きほどの間だけ炎に包まれた
右手には痣一つなく、煙草は残骸すらも残らなかった。
「だったら……頼むよ?」
 と、全身の雰囲気が一変した。
「"焔群"(ほむら)」
 六歩の距離を置いてなお、男を中心にして噴き出す凝縮した火気を零は感じる。

「これが私の"領地"だ。たとえ術戦は初めてでも、氷魔を名乗る君ならば
込められた感情が分かるはずだろう」
「つまり――手加減させるな、という事ですか?」
 零は確かに、"焔群"にたゆとう侮りに満ちた愉悦を読み取ったのだ。
 男から徐々に広がる"焔群"の余波に、零の体はじっとりと汗に濡れる。



「仕方無いです――"霜織"(しもおり)」
 呟きを洩らして宙を撫でると、掌から立ち上る冷気が八月の空に雪を降らせた。
「君の"領地"か……抵抗してもいいのかい?」
「抵抗しなければ足を焼いてでも連れ去る癖に――生かして連れてこい、
としか言われていないんでしょう?」
「さあ、それはどうだろう?」
 水気と金気のミックスされた領地――"霜織"は油断なくその範囲を広げて"焔群"に触れ、
その境でせめぎ合うこともなく、あっさりとその領地を奪われた。

「一応は使えるようだが、術者としてはまだ未熟だねえ――」
 零のこめかみを冷たい汗が流れる。細いあごから落ちた水滴が"霜織"の冷気に凍てつき、
学生服の襟もとで砕けた。
「我々術者にとっては力の行使など末節の出来事に過ぎず――」
 男の語る間も零の"霜織"は"焔群"に囲まれてゆく。
「術を発現しうる"領地"の奪い合いこそが本質だ。一応先に言うけれど降参しないかい?」
 そしてついに"霜織"を覆い尽くした"焔群"の余波――輻射熱に、肌が焼かれ始めた。

「言ったでしょう、僕はあなたたちじゃないです」
 体内に満ちた冷気により体を焦がされる事はないが、それでも長期戦は出来ない。
なにより術の技量力量は、明らかに男が上回っていた。

「そして僕は――」
「――っ!?」
 断言する零。眼前に水気が結晶し、視界が純白に包まれる――"霧雲"。
「目くらましかい――"焔群"!」
 男が叫び、力の行使される気配が生ずる。
 業ッ!
 背の皮が削がれる意識的なイメージとともに、零の背後を火柱が焼き尽くした。

「僕は術者じゃない!」
 "霧雲"を逃げるための布石と判断して力を振るった男に対し、零は前進する事で
炎を掻い潜ったのだ。"霧雲"を割いて現れた零の姿に、男の顔が驚愕に歪む。

 驚きは男だけのものでも無い。
 "霧雲"を抜けた零が見たのは、宙に浮く無数の『槍』であったのだ。
 一本一本が身長を超える程の凝縮した火気を掌握し投射する、本物の術者による
力の行使――まさに"焔群"。



 ――恐れるな、僕の方が速い!
 己が速力を信じて駆ける零が、強くイメージするのは身を流れる血潮だ。
 拍動する心臓から疾駆する全身へ向け、脈動する血管を抜けて。
 拳の中で凍てつき形成す――己の片名(カタナ)を求めて叫ぶ。
「"絶零"(アブソリュート)!」
 左手から掴みだした魔剣を、下がりつつある男の心臓めがけて突き出した。
「ぬ――!」
 疾勢を乗せた突きは、"焔群"の第二波に入りつつあった集中を少なからず
乱したのだろう、剣指で繰られる炎槍は方向を千々に散らして、その殆どが
零から外れる。

 "霜織"で近づく炎槍をあるいは逸らし、あるいは凍結させ、
零自身は渾身の斬撃を袈裟がけに放った。
「"牢炎"――!」
 男の周囲に乱舞していた火気が号令一下、零との間に集い、魔剣の一撃を妨げる。
 ――仔細、問題ない!
 圧縮した水気による魔剣"アブソリュート"は零の信頼通り、
火気の檻を飴細工よろしく切り裂き男に迫り、そして――

「貰った!」
 きんっ
 と、甲高い金属音を立てて宙空で静止した。

「貰われないよお?」
「え……?」
「確かに――術者じゃあなくて剣士として考えるならその速さ、十分に中堅以上かなあ。
少なくとも、僕より速いねえ」
 全力を挙げた氷刃を事もなげに受け太刀した、それが男の声だった。

「でも残念――術者としてはあまりに未熟、以前に世間知らずだねえ」
 呆れたような男の声を、零は聞く。
 それは零にとって、余りに異質な光景だった。
 なぜなら、内から出づる零自身の金気によって補強した氷刃"アブソリュート"が、
『金属をも溶かす火気の中』で『金属の短剣』によって止められていたからだ。

「なんてったって、"焔群"を知らない。だから私がコレを持っている事も知らない」
 それはしかし、異常な光景という訳では無かった。
「術師の"領地"の名前は一つだけ、"焔群"を使うのは私しかいない」
 術者の火気に当てられて形を無くさない金属、正確には短刀。
「だから"焔群"を知っていれば、それはつまり私を知っている事になる」
 そんなものを零は一つだけ知っている――否、一つしか知らない。



「あ……それ、は」
「思い出してもちょっと遅いねえ。初撃で私を倒せなかった、それがミスだよ」
 男が零の周りから"焔群"を引く。より近く、より狭く、より強く、より密に。
 溶鉱炉の中を思わせた"焔群"は既に、太陽を眼前に据えられたような熱量を
零に感じさせていた。
 その、炎熱よりも閃光というのが相応しい眩しさの中で必死に目をあける零は、
白光に包まれる短刀を見る――今や脇差程の長さにまで再生した、その一刀を見る。

 男の手元で、"焔群"の光がはじけた。
 手に残ったのは鍔の無い、優美で攻撃的な曲線を描く鋼の塊。
 氷魔のような傍流にも属さない術者でさえ、それは寝物語に聞くものだ。

 火中にありて形を無くさず、剛炎の力を借りては幾度でも再生する一刀。
「"鳳"(おおとり)――」
 零が名を呼び、男が首肯した。それによって零は男の正体を悟る。
 宝刀"鳳"、術師の手による極大の火炎によってのみ全盛の姿を取り戻すその刀は、
五行の民にありて火行を統べ、受け継ぐ一族の宗主にのみ渡されるものだったからだ。

「ちょっと今から本気を出す気にもなれないけど、それでも氷魔君……死ぬなよお?」
 変わらず掴みどころのなく茫洋としたままで、男は告げる。
 白刃が太陽の煌めきを反射し、零の顔に輝線を刻んだ。


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