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黄金のシルバーグレー - (2012/05/21 (月) 07:54:35) の編集履歴(バックアップ)
敬老の日――――それは読んで字の如く“老人を敬愛し、長寿を祝う”日である。
若者達はプレゼントを渡したり、孝行をしたり、様々な形で老人へ感謝を示す。
そしてここ、やおよろず荘にも、見目麗しい老人がひとり――――
若者達はプレゼントを渡したり、孝行をしたり、様々な形で老人へ感謝を示す。
そしてここ、やおよろず荘にも、見目麗しい老人がひとり――――
ロボスレ学園:黄金のシルバーグレー
玉藻・ヴァルパインは老人である。
外見は冷たい雰囲気を纏った金髪の美女(狐耳と尻尾付き)であるが、年齢は優に1000歳を越えている。
繰り返そう。玉藻・ヴァルパインは老人である。
タンクトップにボクサーパンツという出で立ちで、机の前でだらしなくあぐらをかきながら、丁寧な文字で『一条 遥』と書いてあるボトルに入ったキンキンの麦茶をラッパ飲みしつつ、
肉付きのいい足を伸ばして机の向こうにある扇風機の首振り機能を止めようとしているこの美女は、(年齢的には一応)老人である。
老人は現在、暇を持て余していた。
やる事がない、やりたい事がない。暇で暇で仕方がない。
散歩にでも出ようと思ったのだが、暑いし部屋から出るのが面倒くさし、何よりなんだか妙に気だるいので、その考えは3秒で捨てた。
年季の入った天井を見上げながら思う。
――――息をするのもめんどくせぇ。
そのおり、襖ががらりと音を立て、
「あ。たまちゃん、こんなところにいたんだ」
入ってきたのは小柄な少女、三つ編みお下げの一条 遙。
彼女が入ってくるのを確認するが早いか、たまは彼女の名前が書かれたボトルを、素早く、自然に、さっと隠した。
見つかったら怖い、ヤバい。
「なんだ遥、なにか用か?」
「え? ああ、うん。ちょっとね……別に大したことじゃないんだけど」
照れてれしながら頬を掻く。
「たまちゃんいつもお仕事頑張ってるでしょ? 三年生の担当だから、受験なんかで大変だろうし。だから、マッサージでもどうかな、って」
「ほう……どういう風の吹き回しだ? 小遣いならやらんぞ」
「ちがわい! 好意です! 善意です!」
「そうか。ならお願いしよう」
「こういう時姫路の人たちなんて言ってたっけ? あいあい……猿? まあいいか。乗るよー」
「ああ、わかっ……フゴッ!」
たまがごろりと寝転ぶと、遥がそこに馬乗りになった。ずしりとした確かな重量感に、肺から空気が、喉から声が。
「こいつ、想像以上に重い……」
「ん? 何か言った?」
「い、いや、なんでもないぞ!? ただの独り言だ」
関節を捻られたくないので、作りものの笑顔を貼りつけてごまかす。
「そうなの? ならいいけど……。あ、尻尾がちょっと邪魔だから、しまって」
言われた通りに尻尾とついでに耳をしまうと、遥がたまの腰に両手をついて、
「ありがと。じゃあ、いくよー」
ぐっと力を込めた。
同時に、
「いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ハスキーな、絶叫。
同時にしまっていた耳と尻尾が勢いよく飛び出す。
「わ、びっくりした」
「『わ、びっくりした』じゃないだろう! 痛いわ!」
「ごめんごめん。でもたまちゃんガチガチだね、いつも寝転がってるからかな」
「まったく……もっと優しくしろ……」
「りょーかいりょーかい。……これぐらい?」
力を少し緩め、再び揉み始める。
「気持ちいいが、まだ少し痛い」
「痛気持ちいくらいがちょうどいいんだよ」
「どマゾめ……」
「どマゾ!?」
外見は冷たい雰囲気を纏った金髪の美女(狐耳と尻尾付き)であるが、年齢は優に1000歳を越えている。
繰り返そう。玉藻・ヴァルパインは老人である。
タンクトップにボクサーパンツという出で立ちで、机の前でだらしなくあぐらをかきながら、丁寧な文字で『一条 遥』と書いてあるボトルに入ったキンキンの麦茶をラッパ飲みしつつ、
肉付きのいい足を伸ばして机の向こうにある扇風機の首振り機能を止めようとしているこの美女は、(年齢的には一応)老人である。
老人は現在、暇を持て余していた。
やる事がない、やりたい事がない。暇で暇で仕方がない。
散歩にでも出ようと思ったのだが、暑いし部屋から出るのが面倒くさし、何よりなんだか妙に気だるいので、その考えは3秒で捨てた。
年季の入った天井を見上げながら思う。
――――息をするのもめんどくせぇ。
そのおり、襖ががらりと音を立て、
「あ。たまちゃん、こんなところにいたんだ」
入ってきたのは小柄な少女、三つ編みお下げの一条 遙。
彼女が入ってくるのを確認するが早いか、たまは彼女の名前が書かれたボトルを、素早く、自然に、さっと隠した。
見つかったら怖い、ヤバい。
「なんだ遥、なにか用か?」
「え? ああ、うん。ちょっとね……別に大したことじゃないんだけど」
照れてれしながら頬を掻く。
「たまちゃんいつもお仕事頑張ってるでしょ? 三年生の担当だから、受験なんかで大変だろうし。だから、マッサージでもどうかな、って」
「ほう……どういう風の吹き回しだ? 小遣いならやらんぞ」
「ちがわい! 好意です! 善意です!」
「そうか。ならお願いしよう」
「こういう時姫路の人たちなんて言ってたっけ? あいあい……猿? まあいいか。乗るよー」
「ああ、わかっ……フゴッ!」
たまがごろりと寝転ぶと、遥がそこに馬乗りになった。ずしりとした確かな重量感に、肺から空気が、喉から声が。
「こいつ、想像以上に重い……」
「ん? 何か言った?」
「い、いや、なんでもないぞ!? ただの独り言だ」
関節を捻られたくないので、作りものの笑顔を貼りつけてごまかす。
「そうなの? ならいいけど……。あ、尻尾がちょっと邪魔だから、しまって」
言われた通りに尻尾とついでに耳をしまうと、遥がたまの腰に両手をついて、
「ありがと。じゃあ、いくよー」
ぐっと力を込めた。
同時に、
「いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ハスキーな、絶叫。
同時にしまっていた耳と尻尾が勢いよく飛び出す。
「わ、びっくりした」
「『わ、びっくりした』じゃないだろう! 痛いわ!」
「ごめんごめん。でもたまちゃんガチガチだね、いつも寝転がってるからかな」
「まったく……もっと優しくしろ……」
「りょーかいりょーかい。……これぐらい?」
力を少し緩め、再び揉み始める。
「気持ちいいが、まだ少し痛い」
「痛気持ちいくらいがちょうどいいんだよ」
「どマゾめ……」
「どマゾ!?」
♪ ♪ ♪
ところ変わって、やおよろず荘の縁側では、まどか・ブラウニングが陽に当たりながら、のんびりチクチクと編み物を編んでいた。
台風が過ぎ去ってから、気温も下がって秋らしくなってきたが、太陽の下はそれでもやはり暖かく、心地よい。気を抜けば眠りに落ちてしまいそうなくらい。
うとうとしていたまどかだが、そこに突然の、
「いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ハスキーな、絶叫。
「わ、びっくりした」
――――なんだろう、今の。
編み棒を膝の上に置いて、ズレた眼鏡を直す。
「ま、ど、か、さん!」
「わ、びっくりした」
せっかく直したのに、また眼鏡がズレた。
「わ た し だ !」
「なんだ、リタさんだったんですか」
ふたたびズレた眼鏡を直し、リタに微笑を浮かべる。
「また騙されたな!」
「……は、はい?」
また……? 笑顔のまどかの頭上に、疑問符。
「暇を持て余した!」
「か、神々の?」
「遊び!」
「遊び?」
「んで、何をしてるんですかまどかさん!」
「……なんだったんですかいまの?」
「質問に質問で返すとは感心しませんね!」
「あ、は、はい、すみません」
ビシィッ! とキレのいい動きでまどかを指差す珍獣……もといリタ・ベレッタ。ネタに脈絡がなさすぎて、まどかは戸惑いを隠しきれない。
「んで、何をしてるんですかまどかさん!」
「あ、ああ。今日は敬老の日だから、たまちゃんのために編み物をしてたんですよ」
膝の上に載せていた、編みかけのそれをリタに見せた。
「なるほど、敬老の日ですか!」
「はい、敬老の日です」
「じゃあちょっとたまちゃんにサービスしてきますね!」
どたどたどたどた。
足音を響かせながら、珍獣が去っていく。
――――微笑ましいけど、忙しない人だなぁ。
そんな事を考えつつ、まどかは編み物を再開した。
ゆっくり、ゆっくり、チクチクと。
台風が過ぎ去ってから、気温も下がって秋らしくなってきたが、太陽の下はそれでもやはり暖かく、心地よい。気を抜けば眠りに落ちてしまいそうなくらい。
うとうとしていたまどかだが、そこに突然の、
「いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ハスキーな、絶叫。
「わ、びっくりした」
――――なんだろう、今の。
編み棒を膝の上に置いて、ズレた眼鏡を直す。
「ま、ど、か、さん!」
「わ、びっくりした」
せっかく直したのに、また眼鏡がズレた。
「わ た し だ !」
「なんだ、リタさんだったんですか」
ふたたびズレた眼鏡を直し、リタに微笑を浮かべる。
「また騙されたな!」
「……は、はい?」
また……? 笑顔のまどかの頭上に、疑問符。
「暇を持て余した!」
「か、神々の?」
「遊び!」
「遊び?」
「んで、何をしてるんですかまどかさん!」
「……なんだったんですかいまの?」
「質問に質問で返すとは感心しませんね!」
「あ、は、はい、すみません」
ビシィッ! とキレのいい動きでまどかを指差す珍獣……もといリタ・ベレッタ。ネタに脈絡がなさすぎて、まどかは戸惑いを隠しきれない。
「んで、何をしてるんですかまどかさん!」
「あ、ああ。今日は敬老の日だから、たまちゃんのために編み物をしてたんですよ」
膝の上に載せていた、編みかけのそれをリタに見せた。
「なるほど、敬老の日ですか!」
「はい、敬老の日です」
「じゃあちょっとたまちゃんにサービスしてきますね!」
どたどたどたどた。
足音を響かせながら、珍獣が去っていく。
――――微笑ましいけど、忙しない人だなぁ。
そんな事を考えつつ、まどかは編み物を再開した。
ゆっくり、ゆっくり、チクチクと。
♪ ♪ ♪
「これくらいでいいかな? ちょっと肩と首、回してみて」
「ああ、わかった」
ツボというツボを刺激され、全身を揉みほぐされたおかげか、肩も首も、回すとポキポキ音がした。
「お、おお……! 身体が軽いぞ……!」
こんな気持ちはじめて!
「そりゃそうだよ。たまちゃんの身体、すっごい凝ってたもん」
そう言って、両手をわきわきと動かしてみせる。
「しかし遥。おまえ、よくツボなんて知っているな」
「ツボと急所は同じだからね、そりゃ知ってるよー」
あっけらかん。
「時々さらりと怖い事を言うな、おまえは」
――――暗殺者の家系にでも生まれたのか、こいつは。
たまの背中にひや汗ひと筋。
「じゃ、私はお昼ご飯の支度してくるね」
「今日の飯はなんだ?」
「そうめん在庫一斉処分セールだよ。じゃ!」
にこやかに手を振って、遥が部屋を出ていく。それからやや間を置いて、部屋の戸が勢いよく開け放たれた。
揺れるプラチナブロンド。
「じゃまするぜねーちゃーん!」
「どうしたリタ」
「疲れてると思ったので、マッサージしにきました!」
ズビシィッ! と非常キレのいい動きでたまを指差す珍獣……もといリタ・ベレッタ。登場に脈絡がなさすぎて、まどかは戸惑いを隠しきれない。
「あ、ああ、そうか……」
「とことで! ささ、その座布団の上に座ってください!」
「あ、ああ、わかった」
とりあえず、言われた通りに座布団の上に座ると、リタがたまの肩に手を置いた。
しかし、マッサージはついさっき遥にしてもらったので、
「ま、まったく凝っていない……!」
「ああ、わかった」
ツボというツボを刺激され、全身を揉みほぐされたおかげか、肩も首も、回すとポキポキ音がした。
「お、おお……! 身体が軽いぞ……!」
こんな気持ちはじめて!
「そりゃそうだよ。たまちゃんの身体、すっごい凝ってたもん」
そう言って、両手をわきわきと動かしてみせる。
「しかし遥。おまえ、よくツボなんて知っているな」
「ツボと急所は同じだからね、そりゃ知ってるよー」
あっけらかん。
「時々さらりと怖い事を言うな、おまえは」
――――暗殺者の家系にでも生まれたのか、こいつは。
たまの背中にひや汗ひと筋。
「じゃ、私はお昼ご飯の支度してくるね」
「今日の飯はなんだ?」
「そうめん在庫一斉処分セールだよ。じゃ!」
にこやかに手を振って、遥が部屋を出ていく。それからやや間を置いて、部屋の戸が勢いよく開け放たれた。
揺れるプラチナブロンド。
「じゃまするぜねーちゃーん!」
「どうしたリタ」
「疲れてると思ったので、マッサージしにきました!」
ズビシィッ! と非常キレのいい動きでたまを指差す珍獣……もといリタ・ベレッタ。登場に脈絡がなさすぎて、まどかは戸惑いを隠しきれない。
「あ、ああ、そうか……」
「とことで! ささ、その座布団の上に座ってください!」
「あ、ああ、わかった」
とりあえず、言われた通りに座布団の上に座ると、リタがたまの肩に手を置いた。
しかし、マッサージはついさっき遥にしてもらったので、
「ま、まったく凝っていない……!」
♪ ♪ ♪
まどか・ブラウニングは、いまだのんびりと編み物を続けていた。
木製の二本の棒が当たって、リズミカルにかちゃりかちゃりと音が鳴る。
作業は進んでいく。少しずつ、でも着実に。少しずつ、されど確実に。
しばらくして、確認のために手元のそれを広げてみる。
だいぶ形になってきたが、完成まではもうしばらくかかるだろうか。まあゆっくりやればいいさと一休み。自室に作りかけのそれを置くと、部屋の引き戸が叩かれた。
「どうぞー」
「失礼します、まどか・ブラウニング」
開いた扉から、人間態のリヒター・ペネトレイターがぴょこりと顔を出した。
「昼食の用意ができました」
「わかりました。今行きますね」
部屋の外に出て、リヒターと並び立つ。身長は、171cmあるまどかよりも少し高いくらいだろうか。身を包む黒いスーツと、しなやかな動作、所作はまるで黒猫のよう。
リヒターの顔を見ると、彼(彼女?)の視線が毛糸に移ったことに気づく。
「ああ、あれですか? 今日が敬老の日なので、たまちゃんへの贈り物を作ってるんです」
リヒターが首をかしげた。
「敬老の日……?」
「おじいちゃんやおばあちゃんの長寿をお祝いする日の事ですよ」
「なるほど」
こくりと頷くと、
「……私は何をすればいいのでしょうか」
「無理せず、背伸びせずに、リヒターさんのできる事をすればいいと思いますよ」
「私にできる事、ですか……」
ふと、リヒターが歩みを止めた。
「……助言、ありがとうございます。まどか・ブラウニング」
「ふふっ、どういたしまして」
木製の二本の棒が当たって、リズミカルにかちゃりかちゃりと音が鳴る。
作業は進んでいく。少しずつ、でも着実に。少しずつ、されど確実に。
しばらくして、確認のために手元のそれを広げてみる。
だいぶ形になってきたが、完成まではもうしばらくかかるだろうか。まあゆっくりやればいいさと一休み。自室に作りかけのそれを置くと、部屋の引き戸が叩かれた。
「どうぞー」
「失礼します、まどか・ブラウニング」
開いた扉から、人間態のリヒター・ペネトレイターがぴょこりと顔を出した。
「昼食の用意ができました」
「わかりました。今行きますね」
部屋の外に出て、リヒターと並び立つ。身長は、171cmあるまどかよりも少し高いくらいだろうか。身を包む黒いスーツと、しなやかな動作、所作はまるで黒猫のよう。
リヒターの顔を見ると、彼(彼女?)の視線が毛糸に移ったことに気づく。
「ああ、あれですか? 今日が敬老の日なので、たまちゃんへの贈り物を作ってるんです」
リヒターが首をかしげた。
「敬老の日……?」
「おじいちゃんやおばあちゃんの長寿をお祝いする日の事ですよ」
「なるほど」
こくりと頷くと、
「……私は何をすればいいのでしょうか」
「無理せず、背伸びせずに、リヒターさんのできる事をすればいいと思いますよ」
「私にできる事、ですか……」
ふと、リヒターが歩みを止めた。
「……助言、ありがとうございます。まどか・ブラウニング」
「ふふっ、どういたしまして」
♪ ♪ ♪
食後。自室に戻ったたまは、涼風に当たりながら、畳の上で丸くなっていた。
食べ過ぎて苦しい、動きとうない。
寝返りを打つ。胃の中のものが動いて、混ざって、悲鳴を上げたような気がした。
「う……」
呻き声を上げる。
麺は消化が早いから、この苦しみも長くは続くまいと思う一方、なんであんなに食ったんだという後悔が、浮かんでは消え、浮かんでは消え。
食べ過ぎて苦しい、動きとうない。
寝返りを打つ。胃の中のものが動いて、混ざって、悲鳴を上げたような気がした。
「う……」
呻き声を上げる。
麺は消化が早いから、この苦しみも長くは続くまいと思う一方、なんであんなに食ったんだという後悔が、浮かんでは消え、浮かんでは消え。
もう寝てしまおうかと目を閉じるが、なかなか寝つけない。いつもは目を閉じたらすぐに夢の中なのだが。
半身を起こし、ため息をついた、まさにその時。
コン、コン、コン。
規則正しいノックが、3回。
「誰だ?」
「リヒター・ペネトレイターです」
「おまえか。入ってもいいぞ」
引き戸から、黒い肢体が音もなく、
「失礼します」
入って、きた。
ゆっくり歩いていくと、たまの傍らで正座する。そして、
「玉藻・ヴァルパイン、疲れているだろうと思い、マッサージをしに参りました」
一礼。
――――またか、またマッサージか。一体なんだというのか。今日はマッサージの日だとでもいうのか。正直、これ以上マッサージされてもむしろ痛くなるだけなのだが――――
リヒターの赤い瞳を見つめる。ああ、なんと無垢な、なんと純真な瞳だろうか。こんな目で見られたら、断ろうにも断れない。
――――私もすっかり甘くなっちまったもんだな、なんて自嘲しつつ、たまはリヒターに言った。
「ああ、頼む」
「では、失礼します」
リヒターの手が肩に乗る。貫手に特化した鍛錬をしているのか、リヒターの指は意外と太く、がっしりとしていた。
リヒターの指が、たまの白い肌にゆっくりと食い込んだ。鈍い痛みが、肩を中心に広がっていって――――
「……肩、凝っていませんね」
「そうだな、だからもう――――」
やめにしてもいいぞ、そう言おうとしたのだが、
「では、腰の方を」
リヒターが、半ば強引にたまを寝かせ、うつ伏せにする。胃の中の物がシェイクされた。
「うぷっ……り、リヒター……」
ヤバい、軽くどころか重くヤバい。こんな状態でマッサージなぞされたら――――
「いきます」
「いや、ちょ、やめ――――」
オエー!
コン、コン、コン。
規則正しいノックが、3回。
「誰だ?」
「リヒター・ペネトレイターです」
「おまえか。入ってもいいぞ」
引き戸から、黒い肢体が音もなく、
「失礼します」
入って、きた。
ゆっくり歩いていくと、たまの傍らで正座する。そして、
「玉藻・ヴァルパイン、疲れているだろうと思い、マッサージをしに参りました」
一礼。
――――またか、またマッサージか。一体なんだというのか。今日はマッサージの日だとでもいうのか。正直、これ以上マッサージされてもむしろ痛くなるだけなのだが――――
リヒターの赤い瞳を見つめる。ああ、なんと無垢な、なんと純真な瞳だろうか。こんな目で見られたら、断ろうにも断れない。
――――私もすっかり甘くなっちまったもんだな、なんて自嘲しつつ、たまはリヒターに言った。
「ああ、頼む」
「では、失礼します」
リヒターの手が肩に乗る。貫手に特化した鍛錬をしているのか、リヒターの指は意外と太く、がっしりとしていた。
リヒターの指が、たまの白い肌にゆっくりと食い込んだ。鈍い痛みが、肩を中心に広がっていって――――
「……肩、凝っていませんね」
「そうだな、だからもう――――」
やめにしてもいいぞ、そう言おうとしたのだが、
「では、腰の方を」
リヒターが、半ば強引にたまを寝かせ、うつ伏せにする。胃の中の物がシェイクされた。
「うぷっ……り、リヒター……」
ヤバい、軽くどころか重くヤバい。こんな状態でマッサージなぞされたら――――
「いきます」
「いや、ちょ、やめ――――」
オエー!
♪ ♪ ♪
「朝からずっと、縁側で何を作ってるんですか、まどかさん?」
そんな言葉と一緒に背後にフローラルな香りを感じたのは、夕方になっての事だった。
ワンテンポ遅れて、暖かい何か――――いや、誰かが背中にのしかかった。
「シロちゃんこそ、朝から今まで、リヒトさんたちとどこに行ってたんですか?」
後ろの彼女は、ヴァイス・ヘーシェン。今朝ルガー・ベルグマン、ライディース・グリセンティ、そしてマスターのリヒト・エンフィールドらと一緒に出かけていたが、今帰ってきたようだ。
首に回された、彼女の華奢な腕を掴む。それは少し冷たかった。
「ロリコンとデートするついでに、食材を少々買ってきたんですよ。で、まどかさんは何を作ってるんですか?」
「これから寒くなってくるので、敬老の日のプレゼントとして、これを」
膝の上にあった完成間近のそれを、ヘーシェンに広げて見せた。
「なるほど、敬老の日のプレゼントですか。私もたまねぇさまに恩返しをせんといけませんね」
踵を返し、歩き始める白ウサギ。
「あ、そうそう」
ピタリと止まって、一言付け足す。
「ずっとそこでそうしてると、なんだかまどかさんの方がおばあちゃんみたいですよ」
――――言われてみれば、確かにそうだ。
老婆になった自分を想像して、少女はくつくつと笑った。
そんな言葉と一緒に背後にフローラルな香りを感じたのは、夕方になっての事だった。
ワンテンポ遅れて、暖かい何か――――いや、誰かが背中にのしかかった。
「シロちゃんこそ、朝から今まで、リヒトさんたちとどこに行ってたんですか?」
後ろの彼女は、ヴァイス・ヘーシェン。今朝ルガー・ベルグマン、ライディース・グリセンティ、そしてマスターのリヒト・エンフィールドらと一緒に出かけていたが、今帰ってきたようだ。
首に回された、彼女の華奢な腕を掴む。それは少し冷たかった。
「ロリコンとデートするついでに、食材を少々買ってきたんですよ。で、まどかさんは何を作ってるんですか?」
「これから寒くなってくるので、敬老の日のプレゼントとして、これを」
膝の上にあった完成間近のそれを、ヘーシェンに広げて見せた。
「なるほど、敬老の日のプレゼントですか。私もたまねぇさまに恩返しをせんといけませんね」
踵を返し、歩き始める白ウサギ。
「あ、そうそう」
ピタリと止まって、一言付け足す。
「ずっとそこでそうしてると、なんだかまどかさんの方がおばあちゃんみたいですよ」
――――言われてみれば、確かにそうだ。
老婆になった自分を想像して、少女はくつくつと笑った。
♪ ♪ ♪
時刻は深夜11時。風呂上がりのたまの鼻腔をくすぐったのは、どこからか漂ってきた、揚げ物の匂いだった。
ああ、喉が渇いた、小腹が空いた――――ごくりと大きく生唾を飲み込む。
そのおり、引き戸がガラリと音を立て、
「たまねえさまー」
ヘーシェンの声が、風呂場と脱衣場に反響する。
「なんだシロ、まだ起きていたのか」
「ええ。疲れてるだろうと思ったので、マッサージしに来ましたよ」
ま た マ ッ サ ー ジ か 。
大妖狐、うんざりしながらウサギに問う。
「……なあ。私、そんなに疲れて見えるか?」
「いいえぇ」
なんだろう、なんと言えばいいのか、清々しいまでにわざとらしい笑顔がまぶしい。
「とまあ、冗談は置いといて」
「つまり私は疲れて見えると」
「いいえぇ」
「おいその笑顔やめろ、なんか腹立つ」
「さーせん」
超笑顔。
「……まったく生意気なやつだな、おまえは」
まあ、そこが彼女らしいところだと言えばそうだし、魅力でもあるわけだが――――微笑を浮かべながら、こつんとかわいい妹分の頭を小突く。
「いたいです」
それは抑揚のない声、つまり棒読み。本当は痛くなんてないくせに、ともう一度頭を小突く。
「……で、なんの用だ? まさかマッサージをしに来たわけではないだろう?」
「あちゃー、バレちゃいましたか」
てへ、と舌を見せる。
なんか腹が立ったので、デコピン一発。
「あんっ」
白いおでこが赤く腫れる。
「……で、なんの用だ? まさk」
「あちゃー、バr」
デコピン二発。
「あっ、あんっ」
「喘ぐな。で、用件はなんだ」
おでこを押さえていたヘーシェンが、突然いつものジト目に戻って、いつもの平淡な声で告げる。
「今から居間で飲み会ですよババァ」
「誰がババァだコラ」
デコピン、三発。
ああ、喉が渇いた、小腹が空いた――――ごくりと大きく生唾を飲み込む。
そのおり、引き戸がガラリと音を立て、
「たまねえさまー」
ヘーシェンの声が、風呂場と脱衣場に反響する。
「なんだシロ、まだ起きていたのか」
「ええ。疲れてるだろうと思ったので、マッサージしに来ましたよ」
ま た マ ッ サ ー ジ か 。
大妖狐、うんざりしながらウサギに問う。
「……なあ。私、そんなに疲れて見えるか?」
「いいえぇ」
なんだろう、なんと言えばいいのか、清々しいまでにわざとらしい笑顔がまぶしい。
「とまあ、冗談は置いといて」
「つまり私は疲れて見えると」
「いいえぇ」
「おいその笑顔やめろ、なんか腹立つ」
「さーせん」
超笑顔。
「……まったく生意気なやつだな、おまえは」
まあ、そこが彼女らしいところだと言えばそうだし、魅力でもあるわけだが――――微笑を浮かべながら、こつんとかわいい妹分の頭を小突く。
「いたいです」
それは抑揚のない声、つまり棒読み。本当は痛くなんてないくせに、ともう一度頭を小突く。
「……で、なんの用だ? まさかマッサージをしに来たわけではないだろう?」
「あちゃー、バレちゃいましたか」
てへ、と舌を見せる。
なんか腹が立ったので、デコピン一発。
「あんっ」
白いおでこが赤く腫れる。
「……で、なんの用だ? まさk」
「あちゃー、バr」
デコピン二発。
「あっ、あんっ」
「喘ぐな。で、用件はなんだ」
おでこを押さえていたヘーシェンが、突然いつものジト目に戻って、いつもの平淡な声で告げる。
「今から居間で飲み会ですよババァ」
「誰がババァだコラ」
デコピン、三発。
♪ ♪ ♪
「おうババァ、待ってたぞ」
「やあ、たまちゃん。いつもお疲れさま」
居間に入ると、リヒトとルガーの大人組が同時にビールの缶を掲げた。
「しかしどうしたんだおまえら。なんか妙に優しいし、それに突然飲み会なんか……何かあったのか」
きょとんとするたまを見て、リヒトが噴き出す。
「おいおいなに言ってんだ、たま。今日は敬老の日だぞ」
「敬老の日だと?」
「そうそう。だからこうして、たま姉ぇさまの長寿を祝おうと飲み会を開いたんですよ」
――――なるほど、今までの皆の親切もそういう事だったのか。たまの頭の中にもやもやと立ち込めていた霧が晴れていく。
しかし、
――――皆の……? いや違う、大事なものが欠けている。
霧は再び立ち込める。
「ほれ」リヒトが缶ビールを投げ渡した。それをたまが難なくキャッチする。
「では、私も一本いただきましょうかね」
ヘーシェンも缶を手に取った。見た目は小学生で立場は高校生だが、年齢は23歳なので問題はない。
「あれ、もう始めてたんすか」
たまがプルタブに指をかけた時、ライディース・グリセンティが入室してきた。その後ろには、二人の人影。こんな時間にどこの誰だ? 怪訝な顔で、再びプルタブに指を――――
「まったく、全部僕がお金出したのに、酷いじゃないっすか」
「そうじゃそうじゃ! わちを放置してどんちゃん騒ぎとはけしからん!」
「ちょ、ちょっとなごみ様! もう夜遅いんですから、そんな大きい声出したらいけませんよ!」
――――いきなり大きい声がしたせいで、驚いてかけ損なった。
うるさい。非常にうるさい。とてつもなくうるさい。
ぷちっ。
「えぇい、黙れ成金ババァ! いま何時だと思ってやがる、いい加減にしろ馬鹿野郎!」
「全身金ピカのぬしに言われたくないわ!」
罵り合う金と銀。人影の正体は、なご なごみことアーネンエルベNo.75753と彼女の付き人、サリサ・サリッサだった。
「ふ、二人共落ち着いて! 落ち着いてください!」
濃い麿眉をハの時にして、サリサがおろおろと狼狽する。
「ど、どうしましょう、リヒトさん」
「おい二人とも、あまり騒ぐとお子さま組が起きるからその辺にしとけよ」
唐揚げを頬張りながら、やる気なさげに、リヒト。だが時既に遅し。
「あれ。みんな、まだ起きてたの……?」
「おはようございます」
「美味しそうな匂いがしたのでやってきました!」
遥とリヒターが寝ぼけ眼を擦りながら、リタがアホ毛をピンと立てながら登場した。
「はっはっはっは! ほれ見ろ!」
あまりにもグッドなタイミングでの登場に、リヒトが腹を抱えて笑う。
「こんばんは、なご なごみ、サリサ・サリッサ」
「うむ、邪魔しとるぞ!」
「こんばんは、リヒターさん」
「早速唐揚げいただきますね!」
「ちょっ、それ僕のっすよ!」
「子供にはオレンジジュースがあるからね」
「おい、遥はおねしょするから絶対に酒は飲むなよ」
「うっさい黙れ」
「いでェェェェェェェ!!」
「その調子です遥さん。一方的にやられる痛さと怖さをこのロリコンに教え込んでやってください」
「そうじゃそうじゃ! やってしまえちびっ子!」
「ちょっと、煽らないでくださいなごみさま!」
わいのわいの。
そして、いつもの面子のいつものどんちゃん騒ぎを、少し離れたところからビールをあおりつつ眺める玉藻・ヴァルパイン。
人数が増えても、やっぱり何か足りない。参加する気がイマイチ湧いてこない。
その理由は、喧騒をしばらく眺めていてすぐに気づいた。
――――彼女がいない。
――――彼女から、まだ貰っていない。
そう、まどか・ブラウニングからは、まだ、何も――――
「そういえば、まどかがおらんの。あやつはどうした?」
「ああ、まどかちゃんなら――――」
なごみとルガーの会話に反応して、狐の耳がぴょこんと飛び出す。
妖狐は密かに聞き耳を立てた。
「――――がもう少しで完成するから、先に始めておいてほしい、と。すぐに来ると思うよ」
――――なんの話だ、一体……。
怪訝顔で、残り少なくなった唐揚げをかじる。衣がかりっと音を立てて裂け、肉汁がじわっと溢れだす。
咀嚼。
咽下。
――――旨い。
「……はっ」
しまった。
唐揚げに夢中で、話をまったく聞いていなかった。
迂闊だったと頭を抱える。
――――大体、この唐揚げが旨いのがいけないんだ、ちくしょう。
不機嫌顔で責任転嫁しつつ、両手で足りるほどに少なくなった唐揚げを必死にぱくつく。
それは、よりにもよって最愛の人に放置されたことによる、いわゆる“ヤケ食い”と言われる行為だった。
胸が苦しい。
別に悲しいからとか虚しいからとかではない、鶏肉が胸につかえただけ……たぶん。
腕を伸ばして、缶を掴む。
持ち上げて愕然、中身がない。 やばい、苦しい。
苦悶の表情を浮かべながら胸元を叩くたまの目前に、一杯の水が差し出された。
震える手でそれを掴み、豪快に一気飲み。鶏肉を無理矢理胃に流し込む。
「もう、たまちゃん。一度にそんなにたくさん食べるからですよ」
「ま……ま……」
その声に反応して、たまの尻尾が激しく揺れる。
たまにコップを渡した人物こそ、やおよろず荘が大家にして玉藻・ヴァルパインの愛しいひと、まどか・ブラウニングだった。
「まどか、遅いぞ! 今まで何をやっていたんだ!」
口ではそう言っても、身体は正直だった。ぶんぶんと振り回される尻尾は止まらない。
「すみません、ちょっとのんびりしすぎました」
あはは、と申し訳なさそうに苦笑すると、紙袋を差し出す。
「もう0時回っちゃいましたけど……これ、どうぞ」
苦笑の次は照れ笑い。
紙袋を受け取ると、案の定ロリコンを筆頭とした連中が茶々を入れてくる。
「おうおうババァ、大家さんから何貰ったんだぁ~?」
「ぐへへへ、わちにも見せてくれんかのぉ」
「うわ、あんたら酒くさっ!?」
「これが今日作ってたやつですか!」
「あ。完成したんですか、あれ」
「え、なになに? なにやってんの?」
「まどかちゃんからたまちゃんにプレゼントだって、遥ちゃん」
「おめでとうございます、玉藻さま!」
「おめでとうございます、玉藻・ヴァルパイン」
あたかも獲物を見つけたハイエナのように、わらわらと寄ってくる。一部が激しく酒くさい。しかしたまは気にも留めない、自分も酒くさいし。
「……ありがとう、まどか」
鋭く、張り詰めた表情が軟化する。
「いえいえ。それよりも、開けてみてください」
言われた通り、袋を開けて、中に手を突っ込むと、確かに感じる毛糸の感触。
「これは……」
「これから寒くなるので、作ってみたんです。」
袋の中から、それを取り出し、広げる。
「やあ、たまちゃん。いつもお疲れさま」
居間に入ると、リヒトとルガーの大人組が同時にビールの缶を掲げた。
「しかしどうしたんだおまえら。なんか妙に優しいし、それに突然飲み会なんか……何かあったのか」
きょとんとするたまを見て、リヒトが噴き出す。
「おいおいなに言ってんだ、たま。今日は敬老の日だぞ」
「敬老の日だと?」
「そうそう。だからこうして、たま姉ぇさまの長寿を祝おうと飲み会を開いたんですよ」
――――なるほど、今までの皆の親切もそういう事だったのか。たまの頭の中にもやもやと立ち込めていた霧が晴れていく。
しかし、
――――皆の……? いや違う、大事なものが欠けている。
霧は再び立ち込める。
「ほれ」リヒトが缶ビールを投げ渡した。それをたまが難なくキャッチする。
「では、私も一本いただきましょうかね」
ヘーシェンも缶を手に取った。見た目は小学生で立場は高校生だが、年齢は23歳なので問題はない。
「あれ、もう始めてたんすか」
たまがプルタブに指をかけた時、ライディース・グリセンティが入室してきた。その後ろには、二人の人影。こんな時間にどこの誰だ? 怪訝な顔で、再びプルタブに指を――――
「まったく、全部僕がお金出したのに、酷いじゃないっすか」
「そうじゃそうじゃ! わちを放置してどんちゃん騒ぎとはけしからん!」
「ちょ、ちょっとなごみ様! もう夜遅いんですから、そんな大きい声出したらいけませんよ!」
――――いきなり大きい声がしたせいで、驚いてかけ損なった。
うるさい。非常にうるさい。とてつもなくうるさい。
ぷちっ。
「えぇい、黙れ成金ババァ! いま何時だと思ってやがる、いい加減にしろ馬鹿野郎!」
「全身金ピカのぬしに言われたくないわ!」
罵り合う金と銀。人影の正体は、なご なごみことアーネンエルベNo.75753と彼女の付き人、サリサ・サリッサだった。
「ふ、二人共落ち着いて! 落ち着いてください!」
濃い麿眉をハの時にして、サリサがおろおろと狼狽する。
「ど、どうしましょう、リヒトさん」
「おい二人とも、あまり騒ぐとお子さま組が起きるからその辺にしとけよ」
唐揚げを頬張りながら、やる気なさげに、リヒト。だが時既に遅し。
「あれ。みんな、まだ起きてたの……?」
「おはようございます」
「美味しそうな匂いがしたのでやってきました!」
遥とリヒターが寝ぼけ眼を擦りながら、リタがアホ毛をピンと立てながら登場した。
「はっはっはっは! ほれ見ろ!」
あまりにもグッドなタイミングでの登場に、リヒトが腹を抱えて笑う。
「こんばんは、なご なごみ、サリサ・サリッサ」
「うむ、邪魔しとるぞ!」
「こんばんは、リヒターさん」
「早速唐揚げいただきますね!」
「ちょっ、それ僕のっすよ!」
「子供にはオレンジジュースがあるからね」
「おい、遥はおねしょするから絶対に酒は飲むなよ」
「うっさい黙れ」
「いでェェェェェェェ!!」
「その調子です遥さん。一方的にやられる痛さと怖さをこのロリコンに教え込んでやってください」
「そうじゃそうじゃ! やってしまえちびっ子!」
「ちょっと、煽らないでくださいなごみさま!」
わいのわいの。
そして、いつもの面子のいつものどんちゃん騒ぎを、少し離れたところからビールをあおりつつ眺める玉藻・ヴァルパイン。
人数が増えても、やっぱり何か足りない。参加する気がイマイチ湧いてこない。
その理由は、喧騒をしばらく眺めていてすぐに気づいた。
――――彼女がいない。
――――彼女から、まだ貰っていない。
そう、まどか・ブラウニングからは、まだ、何も――――
「そういえば、まどかがおらんの。あやつはどうした?」
「ああ、まどかちゃんなら――――」
なごみとルガーの会話に反応して、狐の耳がぴょこんと飛び出す。
妖狐は密かに聞き耳を立てた。
「――――がもう少しで完成するから、先に始めておいてほしい、と。すぐに来ると思うよ」
――――なんの話だ、一体……。
怪訝顔で、残り少なくなった唐揚げをかじる。衣がかりっと音を立てて裂け、肉汁がじわっと溢れだす。
咀嚼。
咽下。
――――旨い。
「……はっ」
しまった。
唐揚げに夢中で、話をまったく聞いていなかった。
迂闊だったと頭を抱える。
――――大体、この唐揚げが旨いのがいけないんだ、ちくしょう。
不機嫌顔で責任転嫁しつつ、両手で足りるほどに少なくなった唐揚げを必死にぱくつく。
それは、よりにもよって最愛の人に放置されたことによる、いわゆる“ヤケ食い”と言われる行為だった。
胸が苦しい。
別に悲しいからとか虚しいからとかではない、鶏肉が胸につかえただけ……たぶん。
腕を伸ばして、缶を掴む。
持ち上げて愕然、中身がない。 やばい、苦しい。
苦悶の表情を浮かべながら胸元を叩くたまの目前に、一杯の水が差し出された。
震える手でそれを掴み、豪快に一気飲み。鶏肉を無理矢理胃に流し込む。
「もう、たまちゃん。一度にそんなにたくさん食べるからですよ」
「ま……ま……」
その声に反応して、たまの尻尾が激しく揺れる。
たまにコップを渡した人物こそ、やおよろず荘が大家にして玉藻・ヴァルパインの愛しいひと、まどか・ブラウニングだった。
「まどか、遅いぞ! 今まで何をやっていたんだ!」
口ではそう言っても、身体は正直だった。ぶんぶんと振り回される尻尾は止まらない。
「すみません、ちょっとのんびりしすぎました」
あはは、と申し訳なさそうに苦笑すると、紙袋を差し出す。
「もう0時回っちゃいましたけど……これ、どうぞ」
苦笑の次は照れ笑い。
紙袋を受け取ると、案の定ロリコンを筆頭とした連中が茶々を入れてくる。
「おうおうババァ、大家さんから何貰ったんだぁ~?」
「ぐへへへ、わちにも見せてくれんかのぉ」
「うわ、あんたら酒くさっ!?」
「これが今日作ってたやつですか!」
「あ。完成したんですか、あれ」
「え、なになに? なにやってんの?」
「まどかちゃんからたまちゃんにプレゼントだって、遥ちゃん」
「おめでとうございます、玉藻さま!」
「おめでとうございます、玉藻・ヴァルパイン」
あたかも獲物を見つけたハイエナのように、わらわらと寄ってくる。一部が激しく酒くさい。しかしたまは気にも留めない、自分も酒くさいし。
「……ありがとう、まどか」
鋭く、張り詰めた表情が軟化する。
「いえいえ。それよりも、開けてみてください」
言われた通り、袋を開けて、中に手を突っ込むと、確かに感じる毛糸の感触。
「これは……」
「これから寒くなるので、作ってみたんです。」
袋の中から、それを取り出し、広げる。
「きっと似合うと思いますよ。毛糸の――――」
「ぱんつ……」
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