創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第六話

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「何故だ! 何故奴らの侵攻を阻止できんのだ!」
 円形のテーブル。そこに居並ぶ閣僚達。月のコンラッド市。ここには、統合政府の主要な施設が集結している。その中のひとつの建物が彼らの会議場となっていた。
「ディオニュソスは日に日に力をつけてきている。このままでは手に負えなくなるのは明らかだ。何らかの対策を立てなければならない」
「しかし、どうやって? 頼みの艦隊も、連中に壊滅させられたのだぞ?」
「壊滅した艦隊など、地球圏の戦力の三十分の一以下に過ぎん。それに新しい戦力も次々に生産されている。すぐに立て直せるとも」
 あくまでも、楽観視する閣僚達。しかし、そうも考えられない者もいるのだ。
「ここは断固として攻撃をかけるべきだ。火星の基地を、みすみす連中にくれてやるわけにはいかん!」
「だが、どうするのかね? 火星の実権はほぼ奴らが握ってしまった。配備されている兵器も、今では我々に牙を剥くのだぞ?」
「火星衛星軌道上のパワープラントを破壊、そうすれば火星地表の基地はほぼ役に立たなくなる。そこで艦隊を差し向ければ、大した苦労も無く再占領できるだろう」
「しかしどうやって行うかだ。艦隊で行うにしても、あまりにも規模が大きくなって目立ちすぎる。相手も黙ってはおるまい」
「ご安心を。すでにそのための兵器が完成しています。月のグリソム基地で、ロールアウトしたばかりの新型兵器です。今回の任務には、うってつけでしょう」
 
 アーリーバードは長い航海の末、再び地球圏へと辿り着いていた。久しぶりに見る地球。
 美しき青さは、それを見る者の心に安らぎを与える。やはり人間は、地球から離れては生きられないのだろうか……。
 アーリーバードは補給のため、月へと向かう。
 勿論、大っぴらに補給を受けられるような身分ではないため、闇業者と結託して補給を受けさせてもらうのだ。追われる者の弱みといった所か。
「セラ、もうすぐ隠しドックに入る。シートに座って……どうした?」
 ケーンの言葉に、慌てて顔をそむけるセラ。じっと彼の顔を眺めていた事を、不審に思われたのだろう。
 ここ数日、セラはずっとケーンの事を目で追っていた。いつもと変わらないように見える彼。
 だがセラには心なしか、その顔がやつれているように見える。もしかして、自分を引き受けてくれたことが、重荷になっているのではないだろうか。

 実際には、ただこの先のイオカステとディオニュソスの戦いの行方がつかめなくて、困惑していただけなのだが、そんな事は少女に分るはずもない。
 自分は彼から離れたほうがいいのではないか。そう思いつめるようにまでなってしまっているセラ。
 もし、このドック入りの間に隙があるようならば、その時にはこの船を抜け出そう。そして、再び宿無しの生活に戻るのだ。
 温かな生活を知ってしまった今では辛いことだけれど、きっと彼のためにもなるから……そう信じて。
 間もなく船は、月面の隠しドックに入港する。
 早速ケーンと顔見知りの闇業者が、補給物資の受け渡しで相談を始める。コルトは格納庫で運び込まれた部品の品定めを行っている。
 抜け出すなら、今だ。セラは駆け出し、そして振り返る。ドックに佇むアーリーバードの姿。
 もう、見ることもないだろう。ぺこりと一礼すると、今度は振り返ることも無く走り出した。
「……あれ、おーいコルト、セラ見なかったか?」
「見てねーよ! 何だ、また変な事でも企んでるのか?」
「人聞きの悪いこと言うな! 俺はただ……あの娘をちょっと街まで連れて行ってやろうと……」
 業者との打ち合わせを終えたケーンが、セラの姿を探す。
 しかし、何処にもその姿は見えない。久しぶりの上陸なのだ、少し少女のためになる事をしようと思ったのだが。
「何だ、デートか? だったらそう言えよ。まったく変なところで意地張りやがって。憎いねこの色男!」
「黙れこの馬鹿! 勝手に言ってろ!」
「それよりもこのパーツ、見てくれよ。全然規格があわないんだよ。あの業者、不良品掴ませやがって……」
 ぶつぶつと文句を言うコルトを放っておいて、ケーンは周囲を見回す。しかし、あの小柄な少女の姿は見えない。
「まったく、何処へ行ったんだ……?」
 
 少女はひとり、雑踏の中を歩いていた。行くあても無く。もう帰るところも無い。待っていてくれる人も無い。自分はもう……必要無い。
 小さくなって、人波の中に消えていく。行き着くところの無い少女に、未来はあるのだろうか。

 月のとある基地。そこでひとつのDIS‐HUMANが完成しようとしていた。
 いや、正確にはこれをDIS‐HUMANと呼ぶには少々語弊があるとも言える。
 何しろそれはあまりにも図体がでかすぎる。通常のDIS‐HUMANが二十メートルほどなのに対し、その機体はゆうに倍を超えるサイズだ。
 おまけに紫色の塗装は、どこか伝説の化け物を連想させる。
 この機体の名は『ウロボロス』という。イオカステがその総力を持って建造した決戦兵器。
 単機で敵地へ突入、その中枢を破壊するというコンセプトで作られたものだ。そのために、機体には特殊な武装が各種搭載されている。
 対衛星砲プラネットバスター。機体に内蔵された、超高出力のプラズマビームを発射する大砲。出力は、戦艦の主砲クラスを遙かに超える。
 機体の各部に装備された、レーザーバルカン・ファランクスユニット。濃密な弾幕を張り、近づく敵機を撃ち落す。
 そして巨大な腕部に搭載された高出力プラズマトーチ。そのサイズと相まって、戦艦ですら両断できる。
 装甲には新設計のリフレクター装甲が使用されている。
 レーザー・ビーム等を装甲表面の特殊処理によって屈折させ、その威力を減衰させる装甲。
 様々な要素が組み合わさり、無敵の巨人は誕生したのだ。
 今、巨人は出撃の時を待っている。火星に巣くうディオニュソスの虫けらどもを、排除する時を。
「準備はできているだろうな。試運転をさせるぞ」
「しかし少佐、そのような命令は……」
「うるさい! 木っ端役人どもに、こいつの素晴らしさが分かってたまるか! こいつ一機で、戦況を塗り替える事さえできるのだぞ?」

 頭部に設けられたコックピットに潜り込むひとりの男。その名は、バグラスト=エイハブ。
 月のグリソム基地で、特殊部隊の隊長をこなしていた男。彼はバリバリのタカ派である。
 ディオニュソスの連中など、彼にとっては宇宙人に過ぎない。地球圏に降って湧いた虫けら。
 今まで全力で排除しようとしない政府の対応は、彼にとっては歯がゆいものだったのだ。
 しかし、それも今日で終わる。このウロボロスを持ってして、宇宙人どもを皆殺しにしてやるのだ。
 そのために、自分は、そしてウロボロスは生まれてきたのだから。
「完熟飛行だ。ついでに月に潜り込んでいる宇宙人どものスパイをおびき寄せ、抹殺する事が出来ればしめたものよ」
 起動シーケンスを立ち上げる。たちまち紫の巨人の瞳に、灯が灯る。整備員の止める声も聞かず、その足は一歩を踏み出した。

「セラ……どこに行ったんだ……」
 ケーンはいまだにセラを探しあぐねていた。捜索範囲を広げたものの、ネズミ一匹かかりはしない。
 もしかしたら、アーリーバードの戦いの中に身を置くことが嫌になって、逃げ出してしまったのではないだろうか。
 しかし、それならそれで構わないとは思う。確かに、少女を戦いの中に置く事は、良くないことだと思えるからだ。

 だがそれによってまた彼女が一人ぼっちの生活に戻るのは、悲しいことだ。二度と辛い思いを、彼女にさせたくはない。
 ケーンがいよいよ捜索範囲を街の中に広げようとした時、空襲警報が辺りに響き渡る。
「何だ、ディオニュソスが月に来るのには、早すぎる!」
 慌ててアーリーバードに戻るケーン。そこには、コルトが血相を変えて待ち構えていた。
「大変だケーン! ボーマン市の上空に、巨大なブツが現れやがった。機種はイオカステのデータにも、ディオニュソスのデータにも無い!」
「機種が存在しない……どういうんだ?」
「まったくの新型だ。今のところ攻撃行動は起こしちゃいないが、このままの進路だとここの隠しドックに鉢合わせするぞ!」

「まずいな、まだアーリーバードは動かせない。牽制の必要があるな。それにセラのこともある。どちらにしてもここから今動くわけにはいかない」
「こんな時に女の子の心配してる場合か? あんなデカブツに出会ったら、俺達はお釈迦だぞ?」
 しかし、それでもケーンには譲れない想いというものがあるのだ。あの少女を再び一人にしてしまう……とてもではないがやりきれない。
 せめて彼女に面と向かって拒絶の言葉を吐かれていたのなら……。
 そうしている間にも、謎の巨大機動兵器は向かってきている。隠しドックは偽装が完璧ではない。
 通常の船の航路などからは離れているものの、機動兵器クラスのレーダーで探られれば、露見してしまうだろう。
「コルト、…俺は出撃する。セラが戻ってきたら……心配していたと伝えておいてくれ」
「馬鹿止せっ! 自殺行為だぞ!」
 懸命に引き止めるコルト。しかし、ケーンの決意は揺らぐ事はない。
 ここでもし戦闘にでもなれば、流れ弾が街を直撃しないとも限らない。街にセラがいれば、その中で命を落とすかもしれない。
 そんな事態は、避けたい。何としてもここから引き離さねば。
 セイバーハウンドASのコックピットに座る。自分の都合のために、街の人々にまで危険を及ぼすような事があってはならない。
 それでは、何のために自分がここにいるのか、分からなくなってしまうから……。
 カタパルトを使わずに、そのままドックから飛び出す。まだ遠距離なのに肉眼でも確認できるほどに、紫の巨人の姿は大きい。
「さて、俺についてきてもらうぞ……?」

 空襲警報の鳴り響く街の中、少女は街の片隅でひっそりと座り込んでいた。きっと何かが外で起こっているのだろう。
 実態がイオカステの新兵器の実験で、その正体が不明なために一応形式として、月面都市が空襲警報を発令しているとは知らずに。
 もしかしたら、ケーンたちが戦っているのかもしれない。必死の思いで、兵器を駆って。
 しかし、自分には何も出来ない。精々アーリーバードのブリッジについて、雑多なオペレーションをこなすだけ。
 実際に命を懸けるケーンたちの役に立っているとは思えない。
 ズズズ……と地響きがする。空を見上げれば、クリスタル硬質ガラスの天井の向こうに、紫色の巨大な人型の姿が見える。あれが、ケーンの敵……。

「私には、もう関係ない……ケーンのことも、何もかも……」
 膝を抱え、丸くなる。役立たずの自分なんて、消えて無くなってしまえばいい。そうすれば、もう誰にも迷惑をかけずに済むから。
「何で私、こんなに胸が痛いんだろう……」
 ケーンのセイバーハウンドは、敵巨大機動兵器をおびき出す事に成功していた。何も無い月の荒野に、敵を誘導していく。
 見かけによらず、敵の移動速度は速い。運動性は低くても、機動性だけはあるということか。
 そのまま月面に着地し、敵を待ち受ける。後はアーリーバードの発進まで……いや、セラが戻ってくるまで、足止めできればいい。
 腰のウェポンラッチから、レイガンを取り出す。あのデカブツにどれだけ効果があるかは分からないが、撃って確かめてみる以外にはなさそうだと。
 レイガンを連射するケーン。避けようともせずに、突き進んでくる巨人。そして装甲の表面でレーザーは反射されると、傷ひとつ無い装甲があるだけ。
「見掛け倒しの、張りぼてではないということか……」

 不意に敵の胸部が光り、眩いばかりの光を発する。とっさに機体を回避運動に移らせる。
 すると今まで位置していたところに、極太のビームが直撃し、巨大なクレーターを生成した。
 あんなものの直撃を受けては、機体もろとも蒸発してしまうだろう。まさに一撃必殺の武器だ。
「ならば、格闘戦をさせてもらう!」
 ランダムバインダーを吹かし、敵に飛び掛る。すると無数のレーザーが、巨大な機体から撃ち出される。まるでちょっとした要塞並みの弾幕だ。
 執拗にそれを掻い潜り、懐に潜り込む。そしてプラズマトーチを展開。斬りかかる。
 だが決死の一撃は、紫の巨人の腕部装甲表面を、浅く抉り取っただけで終わる。装甲の厚さが、並みの機動兵器とは違いすぎる。
 確実な打ち込みであってもあまり効果が現れないのだ。これでは破壊する事は不可能に近い。
 ならばせめて、セラが戻るまでの時間稼ぎをやらなくてはならない。再び巨人の胸部が光ると、今度は飛沫のように拡散したビームを放ってきた。
 回避しようとするが、そのいくつかの閃光が機体をかすめる。
 デフュージョンスクリーンのお陰で、致命傷にはならなかったが、それでも機体に僅かなダメージは残る。
「こいつ、手強い……」
 ケーンは、改めて相手の性能に恐怖した。

 街の人々は、避難シェルターに入ってしまった。今街にいるのは、セラひとりくらいのものであろう。
 それでも、彼女は気にしない。自分ひとりの世界こそ、彼女が本来求めていたものだから。
 街をとぼとぼと歩き、ひとつの店のショーウィンドウに目を留める。女の子向けの、可愛らしい服が並ぶブティック。
 ちらっと目をやる。自分には、一生縁が無いだろう品物。自分の着ているケーンから貰ったSサイズの艦内勤務服を見れば、Sサイズでもサイズが大きく少し緩々である。
 再びショーウィンドウに目を向ける。もし自分がこれで着飾ったなら、ケーンはどういう反応をしてくれるだろうか。
 似合うよと言って、褒めてくれるだろうか。それとも……。
 ふと、ウィンドウに映る自分の姿が目に入る。簡素な艦内服に、長く伸ばした髪を水色のリボンで止めている。

 水色のリボン……ケーンから貰ったプレゼント。大切な人の形見だという、大事なもの……。
 思えば、自分は彼からどれだけ多くの物を貰ったのだろう。衣食住、リボン、服、そして、人生初めてのプレゼント……。
 名前。彼が、名も無いただの人形だった自分に、名前をつけてくれたのだ。セラ=シルバームーンという名前を。
 月で出会ったからシルバームーン。思い返せば陳腐な名づけ方だが、それでも大事な、本当に大事な名前なのだ。
 何もかも失っても、名前だけは永遠に残るから。
 そこに、自分が生きていたという証になるから。だから、捨てる事なんて出来ない。
 そんなに大事な物を貰ったのに、自分はまだ彼に何も返せてはいない。礼のひとつも言ってはいないのだ。
 なのに、自分は逃げるような真似をして。あまりにも情け無い。
 セラは意を決し走り出す。自分にできる事を、やるしかないのだ。たとえその先が、悲しみに満ち溢れていたとしても。
 
「くそっ、セラはまだ戻らないのか?」
 月面に満ちるビームの奔流の中、ケーンはセイバーハウンドを駆って、縦横無尽に駆け巡っていた。
 あとどれだけ時間を稼げばいいのか、それは分からない。もしかしたら、永久に彼女は戻ってこないのかもしれない。
 しかし、それならばそれでいい。この月の大地の上で果てよう。
 それが彼女を見てやれなかった、何も気づいてやれなかった自分にできる、最後にできることだから。正直なケーンの思いだ。

 高エネルギーのビームが、肩の装甲を焼く。デフュージョンスクリーンでも、緩和できないほどの力。
 もしこいつが戦線に投入されれば、きっと多くの人の命を奪うだろう。それでは、自分が何のために今まで駆けずり回ってきたというのか。
 ただひたすらに、争いを止めるためだけに働いてきた自分。それを、この機械は否定しようとしている。
 更に一条のビームが、セイバーハウンドASに突き刺さろうとする。一瞬の判断の迷いから、それをかわしきることが出来ない。
 そのまま成す術も無く、ビームに貫かれる……と、一条のレーザーが、そのビームの進路上に発射され、ビームの進行方向を力ずくで捻じ曲げる。
 モニターを見れば、青い塗装の機体の姿。
「コルト! 何で来たんだ!」
『馬鹿、見捨てておけるかよ。子ネズミみたいに、ちょろちょろ逃げ回りやがって』
 ケーンのセイバーハウンドASの隣に降り立つ、コルトのセイバーハウンドSP。赤と青の、ふたつの機体が、今ここに揃った。

「お釈迦は嫌いじゃなかったのか?」
『お前、オレも本気で怒るぞ? お前がどう思ってるかは知らねーけどよ、オレはお前の事、親友だと思ってるんだぜ? あまり友達甲斐の無い真似、止めてくれよ』
 親友。その言葉を、他人から聞く機会は少ない。それは親友と呼べる存在に、人が出会うことが圧倒的に少ないからだ。
 全てを許せる関係。そうなるまでに、人はいくつの関門を乗り越えなければならないのか。
 それでもこの男は自分の事を親友と呼んでくれた。本当に、嬉しいことだ。そう思うケーン。
 二機並んで紫の巨体を見上げる。圧倒的な迫力で、迫り来る巨体。
「よし、セラが戻るまでは……って、考えたらお前まで出てきたら、誰がセラが戻ったか確認するんだ?」
『あー、それは多分、あの娘が何とかするだろ?』
 自信の無い答え。しかし今は、それを信じるしかない。再び発射された拡散ビーム砲を避ける二機。
 セイバーハウンドの運動性に問題はないが、これがいつまで続けられるかは疑問だ。
「セラ、戻って来い。俺達は、お前を待っているんだぞ……!」

 閃光の中を、二機の機体は飛び回っていた。
 まともに撃ち合って、勝てる相手ではないのは分かっている。ならば少しでも動き回って、疲弊を誘うしかない。
 あれだけの巨体なのだ。駆動系、特に冷却系に相当な負担がかかっているはず。
 宇宙では真空のために空冷が出来ない。だから自ずと冷却法は限られてくる。
 あれだけ高出力のビームを内蔵しているのならば、或いは自爆へ持っていけるかもしれない。
 コルトの機体が、ワイヤードライフルを発射する。しかしそのレーザーは、装甲で弾けて消えた。高出力の一点突破も駄目らしい。
「セラが来てくれれば、アレが使えるかもしれないんだが……」

 ビームの奔流を回避しながら、ケーンは思う。とあるひとつの武器。
 もうずっと使われることも無く、アーリーバードの格納庫に眠っているはずだ。
 自分の全てを破壊してしまった、忌まわしいもの。それでも、こんな時には頼りたくなってしまう。
『おいケーン、五時の方角、見ろよ!』
 その声に視線を巡らせれば、こちらに近づいてくる一隻の艦船。間違いない、あれは強襲巡洋艦、アーリーバードだ。
「セラ、聞こえるか、セラ!」
 無線に呼びかける。やや躊躇いがちに、声が返ってくる。
『ごめんなさい……ごめんなさい、ケーン……』
「無事だったなら、それが一番だ。お互い言いたい事は後で話そう。それよりも早速、一仕事頼みたい。手伝ってくれるか?」
『……はい、ケーン。何でも言ってください』
 すぐに格納庫の、三番コンテナを射出するように頼むケーン。

 コンテナに武器が入っているのだ。人の人生を壊す事しか出来なかったもの。しかし、それも今ここで使えば多くの人を救えるかもしれない。
 アーリーバードから、コンテナが射出されてくる。
 敵のビームの嵐を避けながら、そのコンテナを開く。中から出てきたものは、大型の剣の柄のようなもの。
 大型ビームブレード、『カラドボルグ』である。かつてケーンが、過ちを冒した日に手にしていたもの。
 セイバーハウンド用に試作された、超高出力の格闘武器。
 対艦兵器、決戦兵器として位置づけられるそれは、おそらく実戦で使う目的で製作されたのではないだろう。
 純然たる、技術者の趣味。何が可能で、何が可能で無いか、それを証明したかった技術者の意地の結晶。
 腕のエネルギーコネクターに接続する。エネルギーを送られ、その恐るべき牙を剥くカラドボルグ。
 溢れんばかりのビーム粒子が、巨大な剣を形作る。
「貴様のような兵器は、存在してはいけないんだ! 行くぞ!」
 大きく振りかぶり、突撃するセイバーハウンドAS。荒れ狂うビームの渦は、そんなちっぽけな機体を飲み込もうとする。
『無茶だ、ケーン!』
 コルトの叫びが、耳を打つ。しかし、それはもう意識の彼方。今はただ、目の前の敵を一刀両断にするのみ。

 格闘戦を挑んでくる事を見抜いたのか、紫の巨人、ウロボロスも腕部から大型の高出力プラズマトーチを展開する。
 激しく火花を散らし、切り結ぶ両者。その姿は、勇者が巨人に挑みかかっているかのようだ。
 固唾を呑んで見守るコルトとセラ。幾度となく切り結び、離れる両者。
 一際大きな斬撃が、巨人の真上に飛び上がったケーンの機体から放たれる。
 巨人はプラズマトーチで受け止めるが、受けきれずにその刃をが突破、機体に食い込む。
 じりじりと焼かれていく装甲。カラドボルグの刃は、確実に巨人を両断しようとしていた。
『くっ、宇宙人が! 俺の邪魔をするのか! この俺を、地球圏を救うはずのこの俺を!』
 雑音混じりに入る無線。それに向かって、ケーンは叫ぶ。

「人殺しの兵器を使って、平和を得ようとするのは間違っている! 確かに戦いの先にしか、平和は得られないのかもしれない。
  しかし、殺しのスコアを楽しむ戦いは、もはや人類の狂気でしかないんだ! その機体共々、この宇宙から消えてなくなれ!」
 ウロボロスは真っ二つに両断され、爆発、四散した。再び月面に静寂が満ちる。
「そうだ、人殺しをしないでも、人が分かり合えるような世界を作らなければ。それが、今を生きる俺達に課せられた使命なんだ」
 例え、自分が手を返り血で濡らそうとも。未来の若者たちのため……。
 月面に降り立つセイバーハウンドAS。それを迎えるセイバーハウンドSP。
 この勝利は、小さな勝利だが、きっとその影では多くの命を救った。戦いの意義を信じて、ケーン達はアーリーバードに帰還するのだった。

 空襲警報も解除され、再び活気に溢れる月面都市。そこを、ふたりは歩いていた。付かず離れずの微妙な距離。それが、ふたりの精一杯。
 無言で歩くケーンの横顔を眺めながら、セラはため息をつく。
 さっきまで、あんなに話したいことがいっぱいあったのに、今は何も出てこない。それがもどかしい。
 何でもいいから、話そう。そう思って口を開きかけると、先にケーンの方が言葉を発した。
「ごめんな、セラ。色々辛い思いをさせて。セラが出て行ったのだって、俺に嫌気がさしたからなんだろ?」
 それは違う。ただ自分が、意気地なしで、我侭で……だから、ケーンの前から逃げ出したのだ。彼が悪いわけではない。全て、自分が悪いのだ。
「この先も、俺はきっとセラを辛い目に遭わせると思う。だから決めて欲しい。この街に残るか、それともまた俺と一緒に来るか……」
 そんな質問は、する必要も無いというのに。セラの心は、すでに決まっているのだから。
「私、ケーンと行きます。酷い目に遭うとか遭わないとか、そんなんじゃないんです。ただ、ケーンをひとりにしておけなくて。そして……私もひとりになりたくないから」
 寂しい。そう言ってしまえば済む事なのに、それが出来ない少女。
 浅ましい態度には、ケーンも呆れてしまうだろう、そう思うセラ。しかし、ケーンは優しく笑って答えてくれた。
「分かった。それなら俺がセラを守る盾になろう。辛い事から、君の事を守れるように」
 裏表のない言葉が、何よりも嬉しい。その言葉だけで、生きていてもいいと思える。
 たった少しの言葉で、これほどまでに胸の奥が温かくなるなんて。
 ざわめく心のままに、セラは言葉を紡ぐ。それは、自分でも思いもよらなかった言葉。

「あの、ケーン……手を繋いでも、いいですか? 人が多くて、はぐれそうなので……」
 ケーンはそっと手を伸ばし、ふたりの手はひとつになった。お互いの温もりを感じながら、道を歩く。
 緩やかなひと時が、ふたりの乾いた心を癒していく。お互いの欠けた心を埋め合わせるように。
 やがてふたりは、一軒の店の前に立ち寄る。先ほど、セラが自分の姿を映していた店。女の子向けの服飾店。
 立ち止まり、じっと店を眺める少女。そんな姿を、どこか微笑ましそうに見るケーン。
「何か欲しいものがあったら、買っていこうか?」
「そういうわけじゃないんです。ただ少し、ほんの少しだけ夢を見ていただけです」
 苦笑すると、ケーンは彼女を店へと引っ張っていく。呆気にとられて、成すがままのセラ。
 そしてふたりは店のドアをくぐる。涼しげなカウベルの音が響いた……。
「おう、お帰りさん」
 コルトがアーリーバードに戻ってきたふたりを出迎える。そしてすぐさま、異変に気がついたようだ。
「セラちゃん、その服どうしたんだ?」
 セラは、黄色い飾り気の無いワンピースに袖を通していた。
「これは、その……ケーンに買ってもらって……」
「ほー、買い物デートだったわけね。いや結構だよ結構」
 からからと笑いながら、ご馳走様とでも言うようにふたりを拝み、立ち去っていくコルト。
 かと思うとドアの隙間からひょっこり顔を出すと、ケーンに問いかける。

「なぁ、今日の補給で届いた戦艦の主砲だけどよ、あれ貰っちゃってもいいか?」
「アーリーバードには装着できないから、構わないが……」
 それを聞くとコルトはにんまり笑い、今度こそ姿を消した。
「あいつも何を始めるんだか……」
 呆れたように呟くケーンの背中を、セラは見つめる。
 また彼に、贈り物を貰ってしまった。積もった恩を返すのに、一体どれだけかかるだろうか。
 いや、そんな事は関係ない。この身が消えてなくなるその日まで、ケーンのそばにいること。
 それが、きっと自分に与えられた役目なのだから。ささやかな幸せと引き換えに、与えられたものなのだから。
 
・第七話へ続く

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