創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

1章 まずは一杯どうでしょう

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irisjoker

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1章 まずは一杯どうでしょう

1.
 例の銀行強盗の一軒から凡そ一月が経っていた。
 萩尾はあの赤い人型兵器に関してあるだけのデータを掻き集め、調査し、ある人物ならばこの人型兵器について
何か有力な情報を持っているのではないかという仮説を立てていた。
 そしてその人物と会う為に、萩尾はおよそ五メートル四方の巨大な貨物エレベーターに乗せられている。
 ゴウンゴウンとエレベーターの重低音が響く中、萩尾は改めて、極自然を装って周囲に視線を巡らせた。彼の眼前と
やや背後の両脇の計三箇所にガードマンが立っている。

(厳重だな)

 彼等の足の運びや何気ない手足の動きを観察するに、常日頃から機動警備隊としての鍛錬を欠かさない萩尾と
同等か、それ以上の実力を有していると思われる。つまり、これから会う人物はそれほどの実力者達が警護するだけ
の存在であるということらしい。

(今となっては、それも納得かもしれないが、まさかココまでとは……)

 意図的にゆっくり下降しているのであろうエレベーター内で、萩尾はそんな事を考える。
 その人物に対する扱いは罪人であるものの、政府から見れば絶対に手放したくないVIPの様なものだ。世間一般には
反感を買わないように地下施設にて収容していると報道し、またそれは事実であるが、その内面はおそらく、人々が想像
している収容施設とはかけ離れているに違いない。
 どれくらいエレベーターに乗っていたであろう。 エレベーターが止まり、ドアが開いた。
 萩尾の前に立つガードマンが振り返り、どうぞ、と萩尾を引き連れる形で歩き出した。萩尾の両脇に立っていたガード
マンの一人はそのままエレベーターの前に留まり、結果として、彼は二人のガードマンに挟まれて歩く形となった。
 地下施設の通路は明るく、広く、そして清潔であった。数分も掛けてエレベーターで下りてきた萩尾ですら、本当にココが
地下数十メートルであるのかと疑ってしまうほどである。
 閉鎖感や圧迫感を全くと言っていいほど覚えない廊下に、三人分の靴音だけが響き渡る。
 廊下はゆったりと右にカーブしていた。枝分かれの無い一本道の廊下を暫く歩くと、一行は行き止まりにぶつかった。
 その壁全体がドアであり、隔壁であるという事に、萩尾はガードマンがソレを開けるまで気が付かなかった。

「お入りください」

 隔壁の一部がスライドして開いた、丁度人間一人が歩いて通り抜けられる位のスペースを手で指しながら、ガードマンが
言った。

「ん?」

 言われるままに隔壁を越えた所で、萩尾はガードマンが付いてこない事に気が付く。

「貴方達は付いてこないんですか?」
「はい。基本的に、ココから先はあの方の敷地という扱いになっていますので」
「敷地……? つまり、家と同じ、ということですか?」
「ええ。ココからは非常時以外は面会を許された方しか入ることは出来ません」

 彼らの言葉に、なるほど、と萩尾は頷いた。

 おそらくは、常に監視されているというストレスを極力与えないようにと言う配慮と、"彼女"の仕事柄、機密を守る
為……といった所であろう。
 隔壁の向こう側も同じ様に廊下が続いていた。
 今度はなだらかに左にカーブしており、地図に描くなら、アルファベットのSを裏返したような形状をしているので
あろう。
 ガードマンが居なくなった事もあり、萩尾は通路を軽く監察しながら歩いた。
 小型で気付きにくいが、数メートル置きに監視カメラが設置されている。コレは恐らく、先ほどのガードマン達に
映像を送っているのではなく、"こちら側"で生活している人物へと送られている筈だ。

(外側からの警備と、内側からの警備、そしてその両方が許可した時でないと外と中が繋がらず、行き来できないと
言うことか――)

 再び彼は行き止まりにぶつかった。
 その壁もやはり隔壁で、人が通る為のスペースを開ける場所も存在したが、今度は、隔壁の側の通路の壁に、
普通の自動ドアが設置してある。
 萩尾が自動ドア気付くと同時に、ドアの隣に備え付けられているスピーカーから、女性の声が響いた。

「ようこそ。アナタが萩尾さんですね?」

 マイクが見当たらないので相手に聞こえるか不安であったが、萩尾は軽く会釈しながら答えた。

「面会を許可してくれた事に感謝しています、エムレイン・ブルー博士――」



2.
 船本春江は鈍い感覚の中に居た。
 体は鈍く、重く、まるでドロリとした粘液の中を漂っているかの様だ。生理の最中の煩わしさにも似ていたが、夢の中の
様なおぼつかない感覚が四六時中それも毎日続く分、生理よりも厄介だった。
 空気か肌を舐める感覚に吐き気を覚え、指先が思うように動かない事に苛立つ。全てが不快で、憎らしい。
 彼女は今日もまた、いつもと同じ感覚に肉体を支配されている。
 午前九時。人込みで溢れた電車に船本は乗り込み、大学へと向かう。ソレもその筈、彼女は大学に在学中の学生なのだ。
 人込みもまた不快ではあったものの、肉体的な圧迫に気を取られ、精神的な苦痛が紛れる分、街を歩く時よりは気が安
ぐ気がすると彼女は考えている。
 今日もまた、電車は許容を越えた数の人間が詰め込まれていた。船本もそんな一人となり、鮨詰めの電車に押し込まれる。
 身動きの取れない車中で、する事も無しにボンヤリとしていると、週刊誌の吊り広告が目に付いた。
 ソレは購読者となり得る人々の興味を引きたいが為の、無責任な煽り文句と低俗な内容が大小さまざまな文字で書き連ね
られているだけのモノであったが、その片隅に『例』の人型兵器についての記事も特集しているらしき事が書かれていた。
 それを見て、この日初めて船本は小さく口元を緩めた。
「所属不明の赤い人型兵器による襲撃、殺人事件、これで四件目」と綴られたその見出しは如何にも馬鹿馬鹿しく、彼女の
笑いを誘った。
 この記事を書いた、あるいは、読んだ人物は、ココに書かれている「殺人鬼」が「正義の使者」であるという事実を知った際、
どの様な顔をするのであろうか。
 そんな事を考えている船本にとって、その事自体は、あまり興味の対象ではない。彼女が知りたいのは、そんな人間の
感情と言動の変化の様である。一度植えつけられた先入観をどれだけ覆せるものか、どれほど簡単に意見を百八十度入れ
替えることが出来るのか、ソコが知りたいのだ。
 船本は目的の駅で降りた。
 また、粘ついた深いな感覚に包まれながら街を歩く。
 周囲の人並みの様子も、船本同様、学生らしき若者達の数が増えてきていた。
 それらの中に、一人、見覚えのある顔を見つけた。

「小泉――」

 ふと彼女の名前を呼んでしまい、船本は慌てて口を閉じた。
 小泉茜。船本とは高校入学からの友人である。同じ大学に入ったものの、学部が違う事から最近は顔を
合わせる数が減ってきている。とは言え、学食などで顔を合わせれば、簡単な近況報告を出来るくらいには
気心が知れた中であったが、今現在、船本はそんな彼女だからこそ、会いたくないと思っていた。
 高校時代の小泉は、携帯すらろくに扱いきれない機械音痴であった為に、メールアドレスを初めとした連絡の
手段を未だに交わして居なかった事を、今更になって船本は思い出す。

「あ、船本さん」

 船本自信はあまり大きな声を出したつもりではなかったが、小泉は彼女の声が聞こえたらしく、船本の存在に
気が付き、人懐こい笑顔を浮かべて軽く手を上げた。
 船本はソレに応えるか一瞬迷ったが、自分から名前を呼んでしまい、目が合ってしまった手前、今更気付か
なかったフリをするのも不自然で、応えない訳にも行かなかった。
 小泉は船本の側へとやってきて、ソレだけで世の男達が蕩けてしまいそうな笑みを彼女に向けた。

「相変わらずのようだな」

 そんな小泉を見て、船本は小さく笑った。

「ん、何が?」
「いや、相変わらず、天然の男殺しだな……ってさ」
「なにそれ」

 小泉はフフッと肩を竦めて笑った。
 船本達は肩を並べ、大学へと歩き始めた。
 自分から声を掛けたにも拘らず、自分から振るような話題を持ち合わせて居ない事に内心で舌打ちしつつ、
船本は小泉を横目で見た。
 どれ程前だったであろうか。
 小泉が、腰ほどまでありそうな綺麗な黒髪をバッサリと切り、活気に満ちた笑顔を見せるようになったのは。

(恋をしているんだろうな)

 漠然とした予感は、直ぐに小泉自信の言動から確信へと変わった。
 ソレまで絵に描いたような清楚なお嬢様だった小泉が、急に生き生きとして来た気がして、船本はその変化を
喜んだ記憶が在る。
 自分自身は何も変われず、刺激に飢え、しかし刺激を求める事のリスクすら負う勇気が無かった自分には、
彼女はとても眩しく見えたのだ。
 だが、今は――。

「小泉は……赤い人型兵器の事を、知っているか?」

 先程見た吊り広告のせいだろうか。
 船本は、無意識の内にそんな事を小泉に尋ねていた。

「赤い……?」
「そう。赤い、人型兵器」

 "私"の乗る、所属不明の人型兵器。
 またの名を――正義の執行者。

3.

 どこか遠くから汽笛が聞こえた気がして、船本は目を覚ました。
 窓から差し込んでくるほのかな明かりが、明かりの点って居ない部屋を薄ボンヤリと照らし出している。
 どれ程眠っていたのだろうか――。
 午前中のあの夢の中を漂っているかのような不安定な不快感が消え去り、頭の中がとてもハッキリしている。ソレが心地良い睡眠のお陰だと考えた船本は、
サイドテーブルに置いてある自分の携帯端末に手を伸ばした。
 午前四時をもう直ぐ回ろうとしている。恐らく眠りに付いたのが日付が変わった辺りだと思われるので、凡そ四時間といった所であろう。
 微かな波の音と共に、夜景がゆっくりと揺れていた。
 船本はそっとベッドを抜け出して窓際へと歩み寄り、黒い水面に浮かぶ街の明かりを眺めた。窓から覗く夜景が色鮮やかに輝いている。何度見ても、ココから
見る街の夜景は綺麗だと、彼女は小さく息を漏らす。
 彼女は街の港から沖合いに数キロメートルに浮かぶ大型船の一室に居た。最近の彼女は、週末になると必ずの様にこの船に乗っている。

「ん……?」

 背後でモゾリと人が動く気配と共に、男性の声が上がった。
 船本が振り返ると、先程まで彼女が寝ていたベッドで髪の長い男性が寝返りを打ち、まどろんだ様子の瞳でコチラを見つめていた。

「春江クン?」

 歌手の様に低く、澄んだ声の男性が船本を呼ぶ。

「ああ、起こしましたか?」
「ん、いや、寝返りを打った先にキミの感触が無かったから少し驚いただけだよ」

 男は船本に微笑を浮かべて見せ、枕に顔を埋めながら小さく手を上げた。

「なに、直ぐ側に居ると分かったから、安心して夢の続きが見れる」

 男の言った通り、上げられた彼の手がすぐに力無く倒れるのを見て、船本は口の端を緩めて笑った。
 一見すれば、ただの優男にしか見えないこの男性がまさか日本を変えようとしているだなんて誰が考えよう。
 船本は窓の外へと視線を戻し、彼方の街の光に想いを馳せる。
 二十年前の大災害によって、人類は人型兵器という大きな進化を果たした反面、それによってコレまで以上に力を持つ者とそうでない者の強弱の溝を深くしてしまった。
 未だに人型兵器はそう易々と手に入れる事の出来ない値段であるものの、最近は量産技術の進歩も相まって、企業が防犯用の人型兵器を持つようになっている程度には
出回っている。そしてソレが意味する事は、人型兵器を用いて犯罪を犯す不届き者が居るという事でもあった。
 そもそも、起きない事件事故に対策する必要は無いのだから。
 そして、人型兵器による犯罪が起こされた場合を想定して揃えられた筈の警備用人型兵器自体が犯罪に用いられてしまい、昨今の人型兵器による犯罪を助長していると
いう本末転倒な事例も起きている。
 そう、船本のパイロットとしての初陣でもあったあの事件の犯人もまた、盗み出した警備用人型兵器を改造して犯罪を犯していた。
 人類は戦闘機よりも戦車よりも強力な兵器を手に入れてしまった。
 ソレを今更奪い去る事は出来ないし、コレから先、より安価に量産され、強化されていくに従い、犯罪の数はより増えていくだろう。治安の低下は唯でも
弱い立場の者を更に弱くし傷つける事はあれど、彼等を強くしたり、庇う事は無い。
 何を隠そう、先の大災害で最も大きな被害を受けたのは、原因不明のまま戦争を開始して多くの非難を浴びた政府でもなく、人型兵器に乗って
戦ったパイロット達でもなく、上空で銃弾を湯水の様にばら撒いた挙句に羽虫の様に容易く墜落する人型兵器を地上で眺めていた弱者達である。
 人型兵器が安価に量産されるようになった現在、『防犯と言う名目で軍事力を蓄える事が出来るようになった』現在、第二の大災害が
起こされる可能性の引き金は、とても軽い物となってしまっている。
 この弱者たちを守るにはどうしたらいいのか?
 その答えを見つけたのが、先ほどの、船本の隣に寝ていた男性――黒峰であった。
 彼の父は大災害の最中に、人型兵器の生産ラインを確保したことで政府と結びつきを得て、莫大な資産を得たという。
 そして数年前に、当の父の死によってその遺産を相続した彼は、大災害と言う戦争で得たこの金を有効に活用できる事は何かと考え、
そしてあの『正義の執行者』に辿り着いたのだという。
 莫大な資産を糧に、政府からの援助を受けず、無所属で独自に行動する戦力……。そしてその戦力は、弱者を守る為だけに行使される。
 圧倒的な戦力差。
 神出鬼没にして正体不明。
 『悪』と断定すれば必ず処断する行動力。
 人型兵器によって悪事をはたらけば、何所からとも無く赤い人型兵器が現れて断罪する。
 そのイメージが根付いてしまえば、国内の人型兵器による犯罪は無くなり、犯罪者と被害者の放った流れ弾を受ける弱者も居なくなる。
 それが、黒峰の描いた"抑止力"の形であり、赤い人型兵器の――正義の執行者の存在意義である。
 コレから正義の執行者の認知度は上がり、出撃の頻度も増えていくであろう。
 とはいえ、当然ではあるが、彼女一人で日本中の悪を裁ける筈も無い。現在は正義の執行者の二号機以下を、船本の出撃で得たデータを
元に改良しつつ生産している段階である。
 計画は水面下で順調に進んでいると言えた。
 最大の問題と思われた機動警備隊からの追跡も初回を覗き許して居らず、出撃の回を重ねるごとに船本は実践と言う名のパイロットスキルを
高めており、奇襲から離脱の流れも順調になっていた。
 あえて問題を挙げるとするならば、ただ一つ。
 彼女の親友である小泉茜が言っていた事だ。

『今、巷で噂になっている赤い人型兵器は、雑誌に書かれているような愉快犯ではなく、ある一定の目的を持って行動している人物――或いは、
組織だろう。当人の正確な目的や思想は理解出来ないが、恐らく、悪人を裁いているつもりなのではないか』

 ソレは小泉曰く、彼女の知人の言葉らしいが、ソレを聞かされた時、船本は泥に沈んでいる様な感覚の中で背筋が冷えるのを感じた。
 小泉はあっけらかんと「私は人型兵器とか、その関連の知識とか無いから、どういう意味なのかはさっぱりなんだけど」と笑っていたが、
少なくとも、彼女の知人はコレまでの数件の被害者の名前から、船本達の意志を読み取る事が出来る人物である。
 その人物もまた、正義の執行者に断罪される立場の人間なのか、正義の執行者の理念を理解してくれる人間なのかは判らない。
 ただ、どちらにしても、もしその人物がこの先自分の前に立ちはだかる事になるのならば、小泉には悪いが、その人物には消えてもらわなければ
ならないだろう。
 できればそんな事はしたくはない、と船本は目を伏せた。
 恐らくその人物こそが、彼女が最近恋をしている相手なのだろうから。そんな事は無い方が良い……。

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