開催趣旨
桃の禊の意義と形
【日本の初元の形である禊祓とは】
桃の禊とは、イザナギノミコトが黄泉の国より生還せし時に黄泉津醜女(ヨモツシコメ)に追われて、
黄泉津平坂(ヨモツヒラサカ:冥界と現界の境目)まで逃げ帰った時に、
境涯に有った桃の木に成る桃の実を投げて祓い除けた古事に因むものである。
帰還したイザナギノミコトは、筑紫(ツクシ)の日向(ヒムカ)の橘(タチバナ)の小戸(オド)の
阿波岐原(アワギガハラ)にて黄泉の国の汚れを浄める禊を行い、
左目を洗わば天照大神(アマテラスオオミカミ)が生まれ、右目を洗えば月読命(ツクヨミノミコト)が生まれ、
鼻を洗えばタケハヤスサノオノミコトが生まれい出て、
日本国の初元とするのである。
その意義は生死のバランス循環の原理と生命の活性にある。
現存として残し伝わる日本の神と祖先の賜物である形と行事には、心身共に活かし使命を成し遂げる力を今もなお与えて止まない。
人として生かし活きる道を、桃の禊に置いて実践しているのである。
神風を身体に受ける神人一体の実践こそ日本の意義と形と言えよう。
万民復興をかけて自身で体験される事を世人に問うものである。
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概要
開催場所 枚岡神社 大阪府東大阪市出雲井町7-16
集合時間 10:00
集合場所 枚岡神社手水前
スケジュール
手水前集合~本殿~若宮社~天神地祇社~神津嶽本宮~禊場~解散
枚岡神社にまつわるメモ
本殿御祭神
第一殿 天兒屋根命 あめのこやねのみこと
第二殿 比賣御神 ひめみかみ
第三殿 武甕槌命 たけみかづちのみこと
第四殿 齋主命 (經津主命) いわいぬしのみこと ふつぬしのみこと
由緒
奈良から生駒山の暗峠を越えて真直ぐに西へ降った古い街道、山麓近くに朱の春日造の社殿が西向きに鎮座し、
神社の主神は天兒屋根命即ち我国の祭祀の始めを掌り給い、中臣・藤原氏の祖神であり、春日大社の第三殿(天兒屋根命)
と第四殿(比賣御神)の神は、神護景雲年間(西暦七六七~七七〇)に当社から春日神社へ分祀せられた為、当社を元春日と呼び習わして来た。
因に、当社の第三殿・第四殿の二神は、宝亀九年(七七八)春日大社から迎えて配祀せられた。
神階は次第に昇り、貞観元年(八五九)には正一位に叙せられ、『延喜式』には名神大社に列した。
古くから中臣氏の一族平岡連の斎く社であったが、平安末期から水走家が祀職となり、河内一宮として朝野から篤く祀られた。
天喜四年(一〇五六)・宝治元年(一二四七)・天正二年(一五七四)と度々火災に遭い、慶長七年(一六〇二)豊臣秀頼が社殿を修復した。
現社殿は文政九年(一八二六)氏子の総力を挙げての修造である。社領は百石を有した。
明治四年官幣大社に列し、神宮寺等が廃された。本社四殿の他に、本殿背後の神津嶽に摂社神津嶽本宮、
本殿南に摂社若宮神杜更に南に末社天神地祇社が祀られ、その南部一帯は「枚岡神社梅林」として春は観梅の人達で賑わう。
(由緒書より抜粋)
最終更新:2010年04月08日 10:01