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インドシナ

きゃらくたー

ベトナム組


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北智恵美

昨日まではれーにん主義者、今日からはファシスト。…忙しいわよね。


ベトナムの指導者。苦学してフランスに留学し、そこで共産主義思想に触れる。 根っからのアカではないが、利用できるものは全て利用するというマキャベリスト。 日本が仏印進駐の際には、日野に取り入ることで(主にそういう手段を使って) 日本の手兵となる代わりに独立を約束させる。 外交の舞台では冷徹・狡猾な人だが、国内では心優しき「ホーねえちゃん」として 老若男女問わず高い人気を誇る。

また、非常に教育熱心で、政務の合間を縫ってさまざまな教室を開校し、老若男女を問わず一般市民が詰め掛け、党・官・民、三位一体となって、ベトナムの明日をになう人材を育成している。 …大統領官邸の地下でも教室があり、そこで捕虜や反乱分子への「再教育」も積極的に行っているそうだ。 アメリカとの戦争中に過労のため急死。その最後も、彼女のカリスマをたかめることになった。彼女は自伝の類を残さずに死んだため、後継指導者層や軍人達の間でも「ホーねぇさんが何も語らずに逝ったのに、我々が何を言えるだろう」として自己の業績について殆ど語らないという伝統が生まれた。 …実際、語れるモノではなかっただろうが。少なくとも、ウソつきの汚名はまぬがれたわけだ。 (史実キャラ・ホー・チ・ミン)



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ヴォー・グエン・ザップ

奴らのベルトに喰らい付け!


ベトナムの軍事指導者。トハチェフスキー亡き後の「赤いナポレオン」を受け継ぐ。 ベトナム独立同盟会(ベトミン)が設立されると、一貫して軍事上の指導に当たった。 その名采配は、ベトナム人民軍、後に南ベトナム解放民族戦線を自在に動かし、ベトナムを再統一する大きな原動力となった。 非常に明るく、自信に溢れた貴族的な物腰は仰ぎみるすべての兵士を魅了した。 作戦家としては損害が見こまれる作戦でも、結果が得られるのなら、躊躇無く実行に移し、それをやりぬく胆力を持つ。したがって彼女のすべての作戦では、戦果も多いが損害も多い傾向が見られる。

北智恵美とはフランス留学中からの親友。留学中に彼女の独立の志に感動し、以後は側近中の側近、片腕として革命活動に生涯をささげる。 一説には、北智恵美の変名として知られる、阮愛国(グエン・アイコック)とは彼女の事ではないのかとまで囁かれたこともあったという。その代償は大きかった。危険分子としてマークされていた彼女の母と幼馴染みは、フランス当局により逮捕・拘束され獄死したと伝えられる。以後、彼女の顔から本物の笑いは無くなった…

実は本名不詳である。漢字名は正式には武元甲と伝えられているが、自署は非常にしばしば武阮甲と署名している。 また、彼女への呼び掛けがつねに?グエン将軍?であったというのも奇妙と言えば奇妙である。呼び掛けなら?ザップ将軍?とするのが普通であり、尊敬の意を込めるのなら 北智恵美のように?ヴォー将軍?とファーストネームを使うのが礼儀として正しい。…ちなみに、彼女の産まれたとされる、広平奥地は阮氏ベトナムの実質的な最後の皇帝、咸宜帝の最後の戦いの場である。

  • なに? 最初から選択できない国家にキャラを割りふるな? さぁ! フランスを選んだら、イベントがあるぞ。直ぐにインドシナ独立だ! セーブ&ロードで担当国を変えれば、直ぐに彼女達に会えるぞ!

(史実キャラ・ヴォー・グエン・ザップ …あ、同じだった)



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バオ・ダイ

阮朝は終わらない!

ベトナム阮朝の血を引く少女。第13代にして、ベトナム最後の皇帝となるべく日々精進の毎日である。 幼少の頃は父の仕事の都合でフランスで生活していた時期があり、シアヌークやスパヌーヴォン王子よりも洗練したフランス語を話す事ができる。1926年に皇帝の座を次いだが、皇帝の仕事よりも十手片手に悪人を成敗する仕事を好む。 しかし、暴れん坊皇帝としての功績だけではなく、ベトナムの完全独立を許可するようフランス政府を説得し、国内改革のために委員会を確立していた。

だが、第二次大戦時にフランス降伏により後ろ盾の無くなった彼女は日本の日野執政の勧めで傀儡国家「越南帝国」の皇帝に据え付けられた。しかし、国際社会からの承認も得ていない不安定な国家は、北智恵美の一斉蜂起によりあっけなく瓦解し、バオ・ダイは北智恵美に退位を表明して自分から王座を下りた。ここに、13代続いた阮朝は幕を下ろしたのである。

カンボジア組

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シアヌーク

クメールの栄光を、この手で!

カンボジアに古くから続くノロドム、シソワット両王家の血筋をひいている、カンボジアのプリンス。 カンボジア独立のために積極的な活動を繰り広げてきたが、いざインドシナが独立してみると主要ポストが すべてベトナム組にしめられたことに不満を隠していない。

主張している政策は「王制社会主義」と称される奇妙な物、仏教の保護と王制による指導のもと、社会主義的な政策をとっている。 その融通無碍さは、どんな政体になっても閣僚ポストに席があるほどである。

後年、インドシナからカンボジアを分離独立させようとポル・ポトと手を組むが、それはカンボジア史上最悪の歴史への第一歩だった

ちなみに、インドシナとカンボジアの混乱した歴史全体にわたって、彼は非常に多くの地位を占めたので、 ギネスブックは彼を世界の政権で最も多くの経歴を持つ政治家であると認定している。 (史実キャラ・シアヌーク)




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ポルポト

腐ったリンゴは、箱ごと捨てなくてはならない

?のんびりと、そう、何もすることのないけだるい午後。ふと気がつくと人の殺し方を考えているの?

クメール・ルージュの創立者にしてカリスマ。 まだ、年端もいかない、何よりも、政治に関して超ドシロウトの彼女の一言でカンボジアの大地は地獄と化した。

具体的に何があったのかは聞くな

彼女が目指した資本主義の要素を全て否定した「原始共産主義社会」は、カンボジアの社会基盤にただ、大打撃をあたえただけであった。

そんな彼女だが、部下からの支持は絶大な物があった。珍しいことに、彼女は一切内部に対する粛清を行った事がない。 左派政権につきものの査問や糾弾も皆無と言っていい。これについて彼女は

?仲間を、家族を試す馬鹿はいない?

といっている。 その代わり 仲間以外の人間は躊躇無く殺した。

なんだかんだ言っても彼女の最大の功績はカンボジアの社会基盤を弱体化させたことに尽きるだろう。

(史実キャラ・サロット・サル)





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タ・モク

ターおねぇさんがし・て・あ・げ・る♪(大粛清的な意味で)

ポト姉ぇと愉快な仲間たちその1。初期は反仏運動に身を投じたが、後にポルポトと出会い、以後彼女の右腕として働く。 その辣腕ぶりは「屠殺者」「殺戮者」と称される程のものだった。 しかし、ベトナムの介入により政権が倒れ、ポルポトが病に伏せると彼女はポルポトを拉致、ついに野心をむき出しにした。 ポルポトより一歳年下と本人は語るがどう見ても……あれ、こんな時間に荷mギャー!



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ソン・セン

こ、この服装、恥ずかしいです・・。

ポト姉ぇと愉快な仲間たちその2。 ベトナム南部のコーチシナで、少数民族であるカンボジア人の地主の子として生まれた。非常に優秀で、奨学金でフランスに留学することが出来、そこでポル・ポトと出会いフランス共産党に加わった、ところで彼の人生は大きく変わってしまった。 カンボジアに帰国してからは、ポル・ポトの忠実な部下として汚れ仕事も引き受け、更にはシアヌークの軟禁(これについては諸説ある)等もこなすところから彼の優秀さが伺える。 しかし、崩壊寸前のカンボジア共産党を守るため、カンボジア政府と和解交渉を試みたためポル・ポトに殺害された。 服装については、 1ポト姉ぇの趣味 2殿下の趣味 など諸説ある。



ラオス組



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スパヌーヴォン王子

…正義の味方になりたかった

ラオスの赤い殿下。王国の副王家にうまれ、幼い頃から礼儀正しく慈悲深い子供と評判だった。 フランスに留学し、共産主義に共感する。そう、かぶれてしまったのである。 カイソーンともこのときに結ばれている。…そして、彼女にベタ惚れする。

帰国後、下層階級の生活向上と王制の打倒に全力を注ぎ、インドシナ成立時にもこれを積極的に推進した。 その、容姿や、本気で国民の生活向上に取り組む姿勢からラオスでは圧倒的な人気がある。 戦場では「正義は我にあり!」との信念からきわめて勇敢に振る舞い、仰ぎ見る部下は尽く魅了され彼の下なら喜んで地獄へも進むであろう精鋭と化す!

その一方ラオスの国王であり、彼の年長のいとこでもある国王とその一家は、ロシアのロマノフ王家と同じ運命をたどった。 しかし、いくらなんでも人民キャンプで、全員餓死ってのはないだろう。

なお、ラオス国内ではこのことに触れるのはタブーとなっている。当たり前だ。

(史実キャラ・スパヌーヴォン)





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カイソーン

貴方は変な人ですが。…最高に楽しいですよ!

インドシナ共産党の設立メンバーにして、コミンテルンの連絡員。 フランス潜伏中にスパヌーヴォンと知り合い、瞬く間に彼を籠絡した。 かと、いって、愛していないわけではなく、王子のことは心から愛している。 …なんというか、何でも言うことを聞いてくれるなら、利用するのも当然じゃない! という感じで、幾ばくかの罪悪感を抱えながら、いいように操りつつ、ラオス内戦を勝ち抜いた。

戦後も仲良く二人三脚で公私ともに歩んだ。 スパヌーヴォンのカリスマを、カイソーンの実務で支えたこのカップルは希に見るベストカップルかもしれない。

人民キャンプで、全員餓死した王族からは異論も出てくるが。

ちなみに、スパヌーヴォンのあの派手な衣装はすべて彼女の趣味である。 (史実キャラ・カイソーン)


フランス軍事顧問団

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イベントで独立させるか、フランスで39年より前に独立させるかすると、この三人が指揮官として加わります みんな優秀なので(ぐえんざっぷには負けるが)、スタートダッシュに賭ける時には助かるでしょう なお、登場年度の関係上、40年以降に独立させると彼女たちは登場しません。日本プレイで彼女たちを配下におくのは少し難しいかな

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最終更新:2009年04月16日 23:21
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