絵入 玲(えいり れい) 誕生日:4月24日 身長: cm/ (CV.緒方恵美) ハンブルグの森からやってきた、海軍総司令官の職をクリスマスのプレゼント交換で貰った棚ぼた男。ただし外見上及び内面も八割がた女にしか見えない。というか脱がないとバレないくらい女に見える。 国力を無視した建艦を提案してみたりと目の前の仕事だけ何とかすればいいと思ってる。 空母や戦艦など水上艦に造詣の深い有能な海軍軍人だが、それゆえ通商破壊閥の軽手とは話が合わない。ただし非常に押しの弱い軽手はあっさりと丸め込める程度の話術の持ち合わせはある。 逆に予算の季節になると陸や政府の連中と激論を交わしては敗退しているところを見ると、基本的に勢いで押しているだけとの説が濃厚。 戦後は死刑は免れたが、これはアメリカの姉石元帥が(ナイチチ仲間と思って)減刑を工作したゆえのもの。そののち男であるという事実がバレ、あまりのショックに姉石元帥が脳溢血を起こして倒れたことは有名。 ドイツ海軍軍人ゆえ彼も苦労人ではある。軽出とともに、理非の上官を勤めていたことがあり、その時から彼も胃薬がお友達になったそうな。 旗艦は戦艦「ティルピッツ」。 旗艦がランカスター爆撃機にボコられて着低した時は、睡眠薬を大量摂取しかけた(軽出のおかげで未遂に終わる) ドイツの過去の英雄達が復活した世界では、クラウゼヴィッツに巧みに拐かされて〜な行為に至りかけた(らしい。いきつくところまでいったという噂もある。)。 ゲッベルスがその時の写真を密かに撮影しており、"偶然"大衆向けのゴシップ誌に流れ一大スキャンダルになりかかったそうな。 僚友の軽手狼一によく絡んでいる。本人曰く「狙っていないといえば嘘になると言えなくもない」。 本人に自覚はないようだが、その立ち振る舞いや外観のおかげで、その道に目覚めてしまった海軍士官も少なからずいるとか。 (そんな彼らは、時々玲の遊び(慰め?)相手になっている時もある、らしい)
軽出 狼一(かるで ろういち) 誕生日:9月6日 身長: cm (CV.杉田智和) ドイツ海軍の誇る不運男。 戦局が傾いた頃玲の後任としてに海軍総司令官にさせられたり、ドイツオワタな時に満の遺言で総統になってしまうほど不幸。前大戦時は地中海艦隊におり、フランス海軍に追いかけられたりイギリスの巡洋戦艦に追いかけられたりするほど不幸。 潜水艦の専門家だが、バランスの取れてる人間なので水上艦艇も運用できる。 エアーランド製の胃薬を携帯して持ち歩くほど苦労人。海軍士官時代の理非の上官を勤めていたことがあり、その時から胃薬は離せなくなったそうな。 しかし、苦労人としての経験からか終戦時には「満の遺言を完璧に聞いていない」としてクロージクに外務大臣兼首相代行に指名し、自分は海軍総司令官として英軍と米軍双方からの降伏交渉を引き伸ばし、その間にソ連軍の迫るドイツ東部からの避難民をドイツ西部への海上避難に残存船舶のすべてを投入して、数百万人の同胞を救済するなどヤリ手である。
塩辺 在人(しおべ ありと) 誕生日:月日 身長: cm (CV.白石稔) ドイツ海軍の誇る愛すべきバカ。 自称・軽出の親友で、よく彼を「ナンパしようぜ!」と誘うが、海軍軍人として縁起でもない。 ドイツでは数少ない空母派で、 絵入を口説いて(男と知らず)Z計画にムリヤリ空母建設案をねじこもうとしたが、 計画が成功する一歩手前で軽出にバレ、「すまん…ごゆっくりぃぃぃぃ!」と 逃げ出した。
「げるまん☆ちゃんねる」のもう一人の司会。ゲッベルスは業界では先輩にあたり、 いつもヘコヘコしている。 しかし世渡りがうまく38年11月には北海方面海軍司令長官、翌39年には初代西部方面海軍司令長官に任じられ42年まで在任(42年に司令部を統合後任には美瑠丸子が付いている)。
解任後海軍を退役し、本格的に芸能界での活動を始める。 終戦後、ソ連に連行される翌45年ソ連国内で死亡。
美瑠 丸子(びる まるこ) 理智の前任の大海艦隊司令官であった人物。 北欧侵攻作戦の帰りに軍部の命令に背いて、巡洋戦艦で英空母を砲撃で撃沈するという空前の大戦果を上げるものの批判を受け引責辞任するも、後に艦隊司令官に復職しバルト海艦隊・西部方面艦隊司令官を歴任した。 戦前ドイツ海軍再建の際に「前甲板に魚雷発射管、後方に主砲を集中させる」という巡洋艦を提案したり、 海軍の会議にのこのこ出てきたリアンを一括して追い出すなど、熱い人。 また家事もこなせるため、アタックする男がいなくて婚期を逃したのは有名な話。(本当は乗艦のマストにハーケンクロイツと共にパンツが翻っていたためらしい。) 婚期を逃し焦っている為、本人の前で恋愛や結婚の話はタブーである。
君田理智(くんだ りつ)
ドイツ海軍水上艦隊の司令官、十分な数のそろわないドイツ海軍水上部隊の訓練を行うが、バルト海の寒さに苦しめられる。 第2次大戦開始後はヴェーザー演習作戦において、シャルンホルスト・クナイゼナウの2隻の巡洋戦艦を率いて英巡戦レウナンと交戦。 41年初頭には前記の巡洋戦艦2隻を率いて大西洋での通商破壊作戦を行い多量の連合国商戦を撃沈している。 これに続き、ビスマルク・ティルピッツ・シャルンホルスト・クナイゼウによるドイツ海軍水上艦部隊によって行われるはずだった最大の通商破壊作戦に司令官として参加することになる。 同作戦においてキング・ジョージ5世との交戦中に死亡。 旗艦は戦艦「ビスマルク」。故障の続発する艦に悩まされた。
久麗 音子(くれい おとこ) 通産撃沈数44隻、266,629トンを誇る第二次大戦最高成績のUボート乗り。 頭部に耳が付いていることから、絵入と同じ一族の出身だと言われている。暗くて狭いところを好み、這いずり回るのが大好き。 そういう意味では海の忍者潜水艦の艦長は彼女にとって、天職とさえ言えた。次々と敵船舶を沈めていき、満手ずから柏葉騎士鉄十字章を授与されることになる。 軽出狼一は彼女を幕僚に加えようとしたが、暗くて狭いところが大好きな彼女は地上勤務なんて考えられず、現場に留まることを表明。 その結果、ロイヤルネイビーの駆逐艦相手に敗北。捕虜となってしまう。 収容所から脱出を企てたが、脱出用に掘った穴が暗くて狭くて気に入ったため、結局実行されなかった。戦後は西ドイツ国防軍で勤務することになる。 元ネタはオットー・クレッチマー
梨須 狼(りす ろう) 久麗 音子に次ぐ撃沈記録を誇るUボート乗り。 夜の散歩を好む変人で、暗いなかを悠々と歩いていくのを好む。この辺りの奇行が潜水艦に適していたのかもしれない。 元々は法学志望だったが、ナチズムに共感していたため満政権が樹立すると、すぐに大学を中退。ドイツ海軍に入隊した。 開戦後は次々と手柄を立てていき、宝剣付柏葉騎士鉄十字章を受賞。これはUボート部隊としては最高の勲章であった。 変人ではあったが、このように有能であったため軽出狼一から海軍兵学校校長になることを依頼され、就任。そのまま終戦を迎えることになる。 戦後、治安の悪い中も夜の散歩を続けていたことが祟り、怪しい奴と睨まれて警備兵に撃ち殺されてしまう。
元ネタはウォルフガング・リュースである。
ギレーヌ・ブリーン Uボートエース。戦艦ロイヤル・オークを撃沈したことでも有名。 当初は船乗りを目指していたが、世界恐慌で会社が倒産したためドイツ海軍に入隊する。大戦が勃発するとUボートで戦果を上げ続け、尉官としては初の騎士鉄十字章を授与される。 もとは商船乗りだったせいもあり、金に汚いところがある。 ……ただし、商才は乏しげ。彼女の考える商売はよく失敗している。 正史では音子のU99他と共に、OB293護送船団を追尾中にイギリス海軍の「ウォルヴェリン」に撃沈され、乗員ともども戦死した。 彼女の死は国全体の士気に関わると危惧され、戦死はしばらく公表されなかった
ギュンター・ブリーンが元ネタ
頭蓮 雷(ずれん らい) 1935年にドイツ海軍に入隊し、1938年に潜水艦兵科移籍する。 1939年4月にU48の先任兵器将校となり、この時の目覚ましい活躍に対し、1940年に騎士鉄十字章が授与される。 翌年にはU564艦長となり、アメリカ沿岸を中心に7回の作戦航海を消化、通算で148,000トンを撃沈し、その功に対して同年年12月31日に全軍で56番目となる柏葉騎士鉄十字章が、また翌年には剣付騎士鉄十字章が授与されている。 その後1943年には第27Uボート戦隊の参謀長となり、1944年からノルウェーの潜水艦部隊を指揮し、そのまま終戦を迎える。 戦後は捕虜となり収容所に拘留。
ラインハルト・ズーレンが元ネタ
実質的に設定募集中である