明 翔
野外で(つっても暗闇であんまり見えないけど)裸足になったのはいつぶりだろうか。修行、修行♪だなんて師匠に言われながら、靴をかっさらわれ、夜の山を下山したとき以来かもしれない。あの時は、泥沼にはまるわ、足裏は血豆になるわ、色々大変だったなぁっていうのは置いといて、だ。
魔法で照らされているだけの水路は真っ黒で何も見えない。足の感覚から、水路の流れはさほど早くはなく、水深も浅いようだった。水に沈んだ地面の砂が、足を踏みしめる度に舞い上がっては、流れていくのが分かった。
俺たちの先をシリウスが悠々と、物怖じすることもなく水の流れに逆らっていく。魔法で照らされた光を受けて、スカイブルーの髪が歩くたびに、水路を吹きぬける風に靡いていた。
(弱いのか強いのか、――変なやつ)
「なあ」暗闇の中、俺は口を開いた。
「なによ」
「あんたは迷いもせずに上流に向かって歩いてっけど、こっちであってんのか?」
「僕たちは今、空気中のマナが強くなってる方に向かって歩いてるんだよ」プラチナが請け負った。「『白夜樹』って奴が新薬の調合に必要なら、それ相応のマナを放っているはずだから――」
「―――ていうか、あなた感じないの?」シリウスが言う。
「魔力ないんだからしょうがねえだろ」
こういう時、魔力がからきし無いというのは不便だと感じる。いくら術符で補ったとしても必ず限界がくる。骨折り損のくたびれ儲け、になることもしばしば。
封印さえ解けば、多少の魔力は復活するが、長時間封印を外しちまうと古の竜の記憶に苛まれて、意識が飛んでしまう。【半竜】は忌み子である。暗闇以外の人前で曝せるわけもない。
難儀なもんだな。
けれど、実践で困ったことはない。
異物の気配を感じ取る嗅覚は、体で覚えた。
「おい」
二人は俺が声を掛ける前に歩みを止めていた。冒険を始めたばかりだってーのに、大したもんだな。
「分かってる」シリウスが言う。
頭上から感じる魔物の気配。
暗闇に潜み、俺たちを狙っているのだろう。俺は倭寇に手を掛けたが、距離もあるし足場も悪くて迂闊に手が出せない。
「――ねえねえ」そんなとき、プラチナが声をかけてきた。
「奇襲って効果アリだと思う?」
何だ?とも、そう思う、とも返事を返していないのに、プラチナは暗闇に紛れながら少し冷たく笑った。
「氷の雨、“アイスガン”」
水から生まれた氷の塊は、プラチナの指先が操るかのように浮遊した。
「えいっ」
合図を送るように指を差し出すと、氷塊は魔物の潜む天上目がけて牙を振るう。
バシバシッという鈍い音と、甲高くもくぐもった魔物の声が響いた。水路にバシャッバシャと落ちた魔物は『レッドマウス』、コオモリの魔物だった。
「ギーッ!!」
「おっ、来たな――…!」
生き残った魔物たちが俺たちを目がけて水路を駆けまわる。
レッドマウス自体は強い魔物ではないので、振り掛かる火の子を払うように倒していくが、数がどうも多すぎる――
流石コオモリ…群生するのがお好きなようで。
「あーもうっ!鬱陶しいわね!」
シリウスは集中し、手に魔法の光を溜めていった。
その光に引きつけられて、魔物は彼女を狙いだす――
俺“たち”はその間に割って入った。
「シャドウボールッ」
「倭寇・一式!」
迎え撃ってくる敵群を殲滅させる、まるで女王様の親衛隊みたいだ。…いやどうだろ、人遣いの荒い将軍の部下かもしれない。
なんてことを考えてたら、シリウスが背後で両目を開き、コオモリの大群を見据えながら、呪文を唱える。
「“風の刃(エアソーサー)”」
魔法の光はふわりと広がり、弾けて消えた。―――…一瞬の静寂。真っ暗になった辺りで、風が色付き幻想的な空間を放つ。
そして、風泣きの嵐が起こった。
「「「ギギギギギ!」」」
俺らを中心として、色付いた風がキュルキュルと音を立てながら鋭く尖り、刀で相手を貫く様に魔物を穿っていった。四方八方。風の行方には死角などなく――。
その光景を見ながら俺は考えていた。
「(ひとりは物怖じもせず奇襲して、ひとりは風魔法の中位クラスを扱えるのかよ――。これで冒険はまだ素人なんざ、末恐ろしい連中だな。)」
風泣きの嵐が止まり、色付いた風が消えた。
辺りはまた水路が流れる音だけが響く暗闇だった。
プラチナが魔法の明かりを灯し、シリウスの方に「大丈夫?」と近寄る。
「溢れてるマナの所為で思った以上におっきいものになったわね」
「もー、シリウスちゃん、あんまり無茶しちゃダメだよー」
「別にこれくらい何ともないわよ、って―――!?」
シリウスも俺らもは声のする方に振り向いた。
そこには、にこにこ笑う女と少し不機嫌な顔の男がいた。
最終更新:2011年09月16日 17:38