ルーラ・キャラット

――――。

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(う……ううん……)

私はあれからいったいどうなっちゃったんだろうか。……解らないし、覚えていない。
ぼやけた視界が徐々に鮮やかに色づいていく。視界に一番最初に飛び込んできた色はスカイブルー。
それはシリウスちゃんの今にも泣き出しそうな顔で――……って、えっ??

「シリ、ウスちゃん……?」
ルーラ!!」

……目を開けると、そこには見慣れた親友のシリウス・フィーナちゃんがいた。

(ここ……は?)
辺りを見回すとそこは木製の小さな部屋で、私は白いベッドに横たわっているようだった。……はて、洞窟にこんな部屋なんてあったかな??それにこんなふかふかなお布団まで。未だにぼうっとする頭を必死に起こし、私は今の状況をゆっくりと思い出す努力を始めた。

私は確か、闇の洞窟と呼ばれている場所でシリウスちゃんと翔くん、プラチナくん。そしてブレスくんと……流星の石と白夜樹の葉を探す為に探索をしていて、そこで洞窟の最深部で黒い毛のおっきいワンちゃん――『ベノン・ファング』と戦ったんだっけ。
それから、流星の石を採取している途中でベノン・ファングの残党がブレスくん目掛けて襲い掛かってきて、それで……私――。
「……ああああ~っ!?」
――そうだよ!私、洞窟でベノン・ファングからブレスくんを守ろうとしてやられたんだ!!

「ルーラ!?」
その時、誰かが部屋まで駆けつけてきた。それは私がまさに今、頭の中で思い描いていた人物で。
「よかった……目を覚ましたんだな!」
「ブレスくん……」
私の声を聞いて慌てて飛び出したのか、少し息を切らせながらブレスくんは私を見て安心したように笑った。その隣でシリウスちゃんが怒ったような、悲しいような顔で私を見つめて口を開く。
「本当に心配したのよ……アンタってば、ずっと目を覚まさないんだから……!」
「え……ずっと? 私、ずっと寝てたの!?」
「洞窟からマルーンに戻ってきて半日くらい、ね」
疲労も溜まっていたんだろう、とブレスくんが続ける。マリック王子の件といい、怖いワンちゃんといい、確かに色々あって疲れていたかもしれない。
「ところで――」
……それはそれとして、私はさっきから疑問に思っていた事を二人に投げかけた。
「あのぉ、ここ~……どこ??」
「ここは私の家ですよ」

すると、落ち着いたハスキーボイスが部屋の入り口から控えめに聞こえてきた。
失礼します、と入ってきたのは見知らぬお兄さんだった。白衣を身にまとった細身で長身なその人は、ぱっと見た感じじゃ男の人か女の人かわからない程中性的。かっこいいー……と内心で思っているとシリウスちゃんが呆れたような目で私を見つめてきたような気がした。むう、心配しなくても私の本命はブレスくんだもん。

「自己紹介が遅れましたね、私の名はラナセルと言います」
「ラナセルさん?? って……」
「ほら、翔の依頼の人だよ」
ブレスくんの言葉に私は短く「え!」と声を上げてしまった。うそ、翔くんの雇い主ってこんな若いお兄さんだったの!?もっとヨボヨボのお爺ちゃんかと思ってた……!
「あ、あのっ、私は」
「ルーラさん、でしたよね? 私の依頼を手伝ってくれたそうで……有難うございます」
大人~な雰囲気を放つラナセルさんに気後れしていると、彼は優しげに微笑んだ。そう言えば翔くんとプラチナくんの姿がないけど、白夜樹の葉っぱはラナセルさんに渡せたのかな?
そんな私の考えを汲み取ったかのようにシリウスちゃんが「翔なら酒場までツケを払いに行ってるわよ。プラチナはその付き添い」と小声で告げた。どうやら報酬は無事に受け取れたみたい。

ギルドに来た翔さんに報酬を渡して別れるつもりだったのですが、なんでも翔さんの付き添いがベノン・ファングの牙で倒れたと聞きまして。……ほら、そちらの彼があなたの事をとても心配していたんですよ」
「なっ! ぼ、僕は……別に」
顔を真っ赤にするブレスくんを横目に、ラナセルさんが説明を続ける。
「念のために傷口を確認させていただきました。幸い、毒素は見当たりませんでしたし、この分なら一日安静にしていれば大丈夫でしょう」
「本当ですか!? よ、よかったぁ」
「ブレスの応急処置が良かったみたいよ。……アンタ、ブレスに感謝しなさいよね。命の恩人なんだから」
話を聞くと、どうやらブレスくんが倒れた私に応急処置を施してくれたらしい。ブレスくんの薬がなかったら私は今頃、毒が全身を回って、重態になっていたかもしれない……そう考えると怖くて、今ここにいる事が奇跡みたいに感じて。

「本当にありがとうね、ブレスくん……私を助けてくれて」
「……いや……僕のほうこそ、その、ありがとう。僕なんかの為に必死になってくれて……嬉しかったよ」
素直な気持ちを伝えるとブレスくんは照れくさそうに呟き、私からそっと視線を逸らした。……その横顔がなんだか赤く見えるのは、部屋の明かりのせい?
そんな私達の様子をクスクスと微笑みながら、ラナセルさんが口を挟んだ。

「みなさん。今日はもう遅いですし、どうです? 私の家でよければ一泊していきませんか?」
「そんな、流石に悪いですよ」
「お気になさらず。一人暮らしにはもったいないくらい部屋が余ってるんですよ。白夜樹の葉のお礼をさせていただきたいですし……ルーラさんの具合も気になりますし、ね?」
それはオイシイ提案。シリウスちゃんは謙虚な姿勢で丁重に断ろうとしたが、「お礼」と言う言葉に少し戸惑っている様子だった。それに駆け出し冒険者の私達にとって、一晩を屋根の下で過ごせると言うのはすごく有難い。シリウスちゃんは横たわる私をチラリと見ると、すぐラナセルさんに視線を戻して。
「本当に、いいんですか?」
「ええ」
「それじゃあ――」
「ラナセルさん! 一晩お世話になります!」
「んもう! ルーラったら、アンタは少しは遠慮ってもんを知りなさいよね……!」
頬を膨らませてお小言を言うシリウスちゃんに、私は「えへへ」と苦笑した。申し訳ないことにまだ身体のだるさは残っているし、ふかふかベッドの誘惑には勝てませんでした。

「ブレスくんも、一緒に泊まっていくよね??」
「えっ……ああ、うん……」
確認の意味をこめてブレスくんに話題を振ってみると、なんだか曖昧な返事が返ってきた。そんなブレスくんの視線の先にはラナセルさんの姿。……毒草の件で翔くんとのゴタゴタがあったし、まだラナセルさんの事を警戒しているのかなぁ。
「……大丈夫だよ、初対面の私達を泊めてくれるんだから、いい人だよ」
「……あのなぁ。簡単に信用して、初対面の王子に連れて行かれそうになったのはどこの誰だよ……」
「何のお話をしているんですか?」
「「ぎくっ!!」」

小声でヒソヒソと話している私とブレスくんが気になったのか、ラナセルさんが横からひょっこり交ざってきた。まさか「ラナセルさんって白夜樹の葉から毒薬を作るマッドサイエンティストなんですか!?」なんて本人に聞く訳にはいかない。失礼すぎる!!……でもブレスくんが洞窟で話していた事が本当なら、白夜樹の葉って毒薬の調合に使うものらしいし――。ない頭を必死に振り絞って言葉を考えていたらラナセルさんが何かに感づいたのか「ああ」と、両手をポンと叩いた。

「もしかして、この葉を何の為に使うのかが気になっているんですか?」
「え、ええっと……」
否定も肯定もできなかった。それをみんなが気になっているのは事実だし……。続ける言葉も見つからずおろおろしていると、ラナセルさんは困ったように苦笑いをした。
「疑ってしまうのも無理はありませんね。これは本来、毒薬の調合に使うものですし」
「じゃあ、やっぱり……!?」
「いえいえ。新薬の開発をしているんですよ……白夜樹の葉を使った、解毒剤のね」
「……へ??」
予期しなかった単語に私もブレスくんも、なりゆきを静かに見守っていたシリウスちゃんも口を開けてポカンとした。……毒薬――じゃなくて、解毒剤??

「ご存知の通り、ベノン・ファングは強い毒素を持つ魔物です。簡単な解毒剤ならば材料があればすぐに作れますが、ベノン・ファングの強力な毒を打ち消すとなると難しい。そこで、白夜樹の葉の毒を除去し、マナだけを抽出していたんです」
「なるほど……確かに、白夜樹の葉は毒素も強いけど、それ以上に強力なマナが含まれている。その性質を薬に利用しようと思ったんですね……」
「???」
ちんぷんかんぷんな話だったけれど、同じく薬草学・錬金術を学んでいるブレスくんには何かが分かったようで何度も頷いていた。シリウスちゃんもその隣で真剣なまなざしで受け止めている。もしかして、よく分かっていないのって私だけ……?
「最近どうもベノン・ファングが凶暴性を増したようで、マルーンでは奴らの被害者が後を絶たないんです。……薬草学者の端くれとして、なんとしてもこの新薬を完成させなければいけません」
……難しくて半分しか理解できなかったけれどラナセルさんの説明で分かったのは、彼は毒薬を作るアブナイ人じゃあなくて、困っている人達を助ける為に新薬を開発している良い人だったって事。彼の説明をひとしきり聞いたところで、ブレスくんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「疑ってしまってすみません、ラナセルさん……」
「いえ、その疑問は最もです。それに、それだけあなたが仲間思いだって印ですよ。……良い仲間に恵まれましたね、ルーラさん」
「……はい!」
笑顔で許すラナセルさんに安心して、私達は静かに微笑みあった。……何はともあれ結果オーライ、かな?

「――さて、翔さんとプラチナさんが帰ってくる前に夕飯を作っておきましょう。私は少し下へ行っています」
「あ、待って! 泊めてくれるせめてものお礼に、私が作ります!」
私の提案に「おお」と歓声を上げるラナセルさんとブレスくんに対照的に「え"」とカエルを踏み潰したような声を出すシリウスちゃん。なんでそんなに嫌そうな声だすのかな……??
「確かに、女性の手料理と言うのも久しく味わっていませんし、それもいいですねぇ」
「ルーラ、料理なんてできたのか? 意外と家庭的だなぁ」
二人に褒められて思わずえへへ、と笑ってる所で「まままま、待って……!!」と私の前に立ちふさがるのはやっぱりシリウスちゃん。どことなく、顔が青ざめて見えるのは気のせい??
「あ、アンタは病人なんだから安静にした方がいいわよ……代わりに私が作るから……」
「ええ~っ!」
「言われてみればそれもそうですね。まだ無理をしてはいけませんよ、ルーラさん」
「残念……ラナセルさんに味わってほしかったのにぃ」

引きつった笑いを浮かべながらシリウスちゃんはラナセルさんと一緒に一階へと下りて行った。部屋を出て行く瞬間「知らぬが仏」と小さく呟いていたけど、何の事だろう……。とりあえず部屋に残された私とブレスくんは、翔くんとプラチナくんの帰りを待ちながら身体を休める事にしたのだった。

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最終更新:2013年11月30日 16:01