シリウス・フィーナ
「……誰も、人の気持ちや行動なんて解るものじゃないよ」
プラチナは、呟くようにそう言った。
何か心当たりがあるかのように。その表情は、なんだか哀しそうにも見えた。
「……そう、よね」
私はそのひどい過去の片鱗さえ感じる表情を見てしまった時、何だか共通するものを感じる。
しかしその感じは長く思い続けないことにした。……同情なんて、誰も求めていないもの。
その時。自分たちが自ら進んで来た道から、
ルーラたちのものとは違う足音が聞こえる。
「ね、ねぇ」
「シッ!」
私が警戒をしたように、プラチナも同じように警戒している様子で私に静かにするよう求めた。
それは、どんどん私たちのほうへと近づいてくる。微かな明かりと共に。
……それは、誰か?警戒心を働かせる。
私は火を点していた松明を消し、プラチナと共に息を潜める。なるべく、端の方に寄って。
その地面は、十分に湿っていてぬかるんでいる。
上からポタポタ落ちる水滴が、その地面を潤し続けているのだろうか。
そんなことはどうでもよく、私たちはほぼ泥と化した地面に気をつけながらゆっくり、そしてすみやかに端のほうへと寄る。
例えるならそう、肉食動物から逃れる草食動物のように。
ヒタヒタと言う水音と共に影が近づいてくる。
……体系的には、あまり年幅の変わらぬ少年のようだった。
しかし、明らかに私たちより年上――その事実は明らかだった。
この洞窟に何を求めているのかは知らないけれど……この辺りを彷徨く山賊だと、厄介なことになるわ。
敵かもしれない……ビーン、もといマリックの時より初めての戦慄と、恐怖感に打ちひしがれながらその人影を待ちかまえる。
「……うわ……泥、はねた……最悪。クソ、さっさと用事済ませてこんな不気味な洞窟抜けてぇ……」
少年の声にエコーがかかったように洞窟内に響きわたる。
次の瞬間、……予想だにしない事実が起きた。
「うわっ……!」
少年がうめき声を出したときはすでに遅かった。
なんと、私たちが隠れていた場所に近づいてきたとき……私たちが先程気をつけて進んだぬかるみに――盛大に滑る、その少年。
そして、その悲鳴ともとれる叫びを全く他人事と考えていた私は、何の準備もなく……。
その少年の頭と、頭が運悪くぶつかる。
「……~~~~ッ!!!」
私はその準備もなしに3倍に来た痛みをかみしめながら、悲鳴を抑える。
……しかし、仕方ないこととはいえぶつかった事実に怒りのほうが先に来てしまった私は冷静さを保てなかった。
「痛いじゃないっ!!!」
私は、力一杯叫ぶ。
少年は、その声にひどく驚いた顔で私の方を見る。
「もう、許さない……」
私は怒りに任せて左手に魔力を溜めていく。
洞窟には、この少年を威嚇攻撃する以上の力を秘める程のマナが溢れていた。
多少は手加減をしているつもりであったが、その力は平原で使う力よりさらに倍の壮大なものになっていく。
……私、魔力の反動で吹っ飛ばされるんじゃないかしら。頭に血が上ってしまった私はそんな簡単なことさえ考えられない。
プラチナは、危機を察知したかのように「まずい……!!」といった顔で私たちを見つめている。
しかしその詠唱は、とどまることを知らなかった。
そして――
「大地の叫びッ!アース・トルネード!」
最後の詠唱を遂げた私は、洞窟内が揺れるのを感じた。大地が揺れ――泥が上にどんどん上昇していき……矢のように変化する。
それは、その少年に向かっていく。
私が怒りのままに詠唱したのはこの地形とあいまった魔法だった。
懲らしめるだけ……の力が、重傷になってしまうかもしれない……詠唱を終わった私に、そんな焦りが出ていた。
「あ、あわわわ」
プラチナはどうすることもできない、というように右往左往する。
しかし、私が攻撃した張本人は冷静な顔をしている。
……暗闇の中で光る青い瞳。挑戦的なその眼差しは私を挑発しているようにも見える。
「……ふん、師匠の剣よりは遅い、な」
少年は眼帯をすっ……と外し、まるで吠えるように叫びながら人間とは並外れの身体能力で華麗に避けてゆく。
「何っ……?!」
私は、その早さに適応仕切れず後方へと下がる。
こんな事は初めてだった。
……実戦は、確かに得意ではない。このまま至近距離に近づかれたら、私は勝てる気がしない。
少年は、じりじりと私に近づいてくる。
……怖い。人間のスピードじゃない。
私は頭の中ですぐ詠唱できる呪文を辞書で探し出す。
「ウィンドランス!」
一番詠唱の短い、この洞窟内に流れる風を利用し風魔法を詠唱する。
そんな中、少年の体にはめきめきと鱗のようなものが現れてゆく。
「おぉっ、さっきより早ぇ」
少年はこの状況を愉しそうにしている。戦闘慣れしているのだろうか……?
「人間じゃ……ないのっ……?!」
この状況の中、自分の戦っている相手が人外という事実を目前にしながら私は狼狽する。
瞳が先程より強く光る、目が眩みそう……!
「きゃ……!」
そしてこんな中、最悪の事故が起こる。
……私も、ぬかるみで滑ったのだった。
私……もしかして……死……?
死の恐怖がどんどんと迫ってくる。
……ライオンは、草食動物に死のビジョンを見せるそうだ。
私は草食動物ではないけど……そのような映像がまるで目前で見たのかのように鮮明に映し出される。
きっと、このままじゃ……私はこの少年に首を斬られて死に至る。
「死にたく……な……」
譫言(うわごと)のように呟く。
嗚呼、これが遺言だったら……どれだけ未練を持ってこの世に留まらなければならないか。
私は自らの未熟さを呪った。
最終更新:2011年08月15日 03:49