青黒い夜の静寂の中、庭を一望できる縁側に腰かけ、男が独り、難しい顔をして考え込んでいた。
見ているだけでこちらが疲れ果ててしまうような、陰気な雰囲気を纏った男だった。
その手には、山羊座の描かれたカードが握られていた。縁側から庭にかけて吹き抜ける風によって、弱々しく揺れていた。
「………………」
男――
メロダークは、俯いたまま黙っている。これでは一日に何度口を開くか数えてようとする輩も出てきても頷けよう。
メロダークの住む邸宅は庭があるだけに日本にしてはかなり広く、水面に浮いた蓮が特徴的な風情のある池まである。
庭を支配しているのは揺れる草木と池のせせらぐ音。まるで命の気配をも無に帰すような静けさだった。
――チャプ。
しかし、そんな命なき夜など耐えられぬとばかりに池の方面から水を叩くような音がした。
メロダークも、そこに確かな動く生命の気配を感じ、目を開けて釣られるようにそちらを見る。
そこには、幼い少女がいた。
少女は、水月の明かりのスポットライトに照らされ、池の水面上に佇んでいた。
その金色と小豆色の混じった僧衣と輝くプラチナブロンドの髪は遍く穢れを全て祓ってしまいそうで。
女神としか形容のしようがない――あまりにも幻想的で、生命すらも超越した神々しさを感じさせていた。
少女はメロダークをじっと見つめていたかと思うと、チャプチャプチャプと水面を弾むように走って池から上がり、メロダークの方へと駆けよる。
「お口びろーん、なのです」
「ひほほくひをひっはるは」
そして、近づくなりぴっちりと閉ざしていた口を引っ張られて無理やりこじ開けられた。
「ますたー、元気ないですー。聖杯戦争を今も生きているのだからもっと喜ぶのですー。明るくなるのですー」
締まりがなく緊張感のない口調で少女は言う。
先ほどの規格外であることを肌に叩き込むオーラはどこへやら、見た目相応の幼い様子でメロダークの周りを動き回っていた。
「……キャスター」
「曼荼羅ぐるぐる~」
少女――キャスターは、全くメロダークの言うことに耳を貸そうとしない。
理性よりも本能で動いているかのように自由に振る舞っている。
「……私の話を聞け、キャスター」
「きゃすたーじゃないのですー。
パドマサンバヴァなのですー。それを呼ぶのが嫌なられんげちゃんとでも呼ぶのです~」
「……それはできん。真名が露呈する危険性がある以上はな」
「ぶー」
キャスターは、あからさまに不機嫌な膨れ面をする。
このサーヴァントについては、メロダークは既に把握している。その真名を、パドマサンバヴァ。蓮華生とも呼ばれている。
元とは全く違う文化に苦労しつつも、メロダークが調べたところによれば中国のチベットなる地域にて、密教という異教の開祖として知られているらしい。
元の世界で探索した遺跡内部にあった巨人の塔では、寺院に僧がいたが、密教や仏教では彼らに似た僧が沢山いるようだ。
そんな宗教の開祖ということは、要するにキャスターは僧、ということになるらしいが少なくともメロダークの目には全くそうは見えない。
千歩譲って、8歳の姿で蓮の花から生まれて来た伝説に則ってその姿のままになっていることはいいとして、内面まで年相応になっているのは気のせいだと思いたい。
一応、指示には従ってくれるのだが、メロダークの考え事の種になっている。
「……我々にはこの戦争に渦巻く陰謀を挫くという使命がある。あまり勝手な真似をされては、困る」
メロダークは淡々とキャスターに言い聞かせる。
問答無用でマスター候補を異世界に強制送還し、星座のカードによって召喚されるサーヴァントを武器とする、万能の願望機を巡った殺し合い。
願いが叶うことを釣り餌にして殺し合わせるなど、性質が悪いにも程がある。
ましてや、集めたマスターに不相応な過去の英雄を宛がって使役させるなど、それは滅びに繋がりかねない。
十中八九、これを仕組んだ黒幕には何らかの陰謀を抱いていることだろう。それこそ、かの古の皇帝のように。
(使命、か)
今の自分は、何者だ?使命について思うと、そんな哲学的な疑問が、メロダークの中に湧き上がる。
探索者としてだろうか。傭兵としてだろうか。神殿軍の戦士としてだろうか。
その問いに、メロダークは答えることができない。
では、何のために剣を振るう?
故郷のため?神々のため?大義のため?
その問いに、メロダークは答えることができない。
また大義のためにと言い訳して誰かを犠牲にするのだろうか?
また戦争の過程で己の手を汚すのだろうか?
メロダークは否定することができない。
長い間アルケア帝国の遺跡を共に探索していた仲間であり、皇帝タイタスの憑代となる筈の人物であった■■に捨て身の攻撃を仕掛け、
諸共崖から落ちて水底へ沈んだ時に、何かが手に触れた感触があった。
それに触れた時には、気づいたらこの世界にいた。この世界には、探索すべき遺跡もなければ、自分に命令する上官もいない。
――聖杯があれば、■■を犠牲にせずに済む。タイタスの復活も防げる。誰も犠牲にしない世界だって作れる。
「……………」
メロダークは俯き、脳裏に浮かんだ蛇の如き言葉を振り払った。
それでは、結局やることは同じだ。
敵を手にかけ、善性の者をも手にかけ、無辜の民をも手にかけ――罪に罪を重ねることになる。
しかし――
それでは、何を信じて聖杯戦争を戦えばいいのだろうか?
それでは、何に守りたいと思える価値を見出せばいいのだろうか?
メロダークは答えることができない。
「むずかしく考えることなどないのです」
不意に、メロダークをじっと見ていたキャスターが口を開いた。
「天地自然の摂理に逆らわず、心の向くまま気の向くまま、ますたーのしたいことをしていれば、信じるものは見えてくるのです。
心というものはうまれた時から完成されている。みんな、それが見えてないだけなのです」
キャスターの言葉を聞いて、メロダークは僅かに目を見開いた。
「お前は……」
「曼荼羅ぐるぐる~」
しかし、メロダークが再び問いただそうとしたときには、キャスターは既にいつもの調子に戻っていた。
得体の知れないサーヴァントだと思うとともに、キャスターへの認識を改めざるを得なかった。
【クラス】
キャスター
【真名】
パドマサンバヴァ@8世紀後期チベット
【性別】
女性
【身長・体重】
119cm・23kg
【パラメーター】
筋力C 耐久D 敏捷B 魔力A++ 幸運A+ 宝具A++
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
陣地作成:A+
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる『工房』を上回る『神殿』を形成する事が可能。
また、湖に浮かぶ蓮の花の中から生まれたという逸話から、池などの水のある場所は自動的にキャスターの陣地として判定される。
キャスターはチベット密教の始まりとなる寺院の建設に携わったとされる。
道具作成:-
宝具によってモノを創り出すため、その代償にこのスキルは失われている。
【保有スキル】
六神通:A+
神通力。仏・菩薩などが持っているとされる超能力で、あらゆる奇蹟を発現する。
キャスターはチベット密教の祖であるため、これらをほぼ制限なく扱うことができる。
千里眼・順風耳・読心術・物質透過・飛行などのその他様々なスキルにおいて、同ランク以上の力を発揮する複合スキル。
変化:A
文字通り「変身」する能力。本来とは異なる化身の姿へと自由自在に変化することができる。
キャスターは布教の際に時にはなだめ、時には驚かせるために8つの姿を見せた他、観音菩薩など他の尊格同様、多くの変化身が伝えられている。
菩提樹の悟り:A
チベット密教の果てに至った覚醒の境地。自身の心の真の本質を知ることで得た、何にも縛られない清浄な心。
人の在り方を理解するにまで至ったその見識は、第六感を不確定な予感ではなく、確たるものとして認識することができる。
五感に対する妨害を無効化し、精神干渉をシャットアウトする。
仏の加護:A+
釈迦如来や観音、金剛薩埵などを始めとする、仏教由来の神格達からの加護。
ランク相当の対魔力をキャスターに約束するだけでなく、窮地に置かれる前に優先的に幸運を呼び寄せる。
マントラ:A
主にインドで独自発展を遂げた魔術体系。
サンスクリット語の聖言を用いて魔術を行使する。
【宝具】
『輪廻の蓮華(パドマ・アヴァターラ)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1
偉大な仏道修行者はすべての衆生を涅槃に導き救い終わるまで、何度でも化身として生まれて来るとされるチベット仏教の教えの具現。
キャスターもその例外でなく、何度死んでもこの宝具を介してそのままの姿で再び現界できる。
本来、キャスターは所謂生き続けているサーヴァントであるため、一度死ぬと聖杯戦争の舞台から離れて再び世界の外側へと押し戻されるのであるが、
この宝具によって自身の存在をこの世界に留めている。言わばキャスターの一時的な魂の補完機として使われている。
彼女の伝承から巨大な蓮の蕾の形をしており、再び生まれてくる際には蕾が開花して、花の中から生まれたままの姿でキャスターが現れる。
その性質から、キャスターを完全に舞台からドロップアウトさせるためにはマスターを殺すか、この宝具を破壊するしかない。
『涅槃の埋蔵宝物(テルマ・ニルヴァーナ)』
ランク:A++ 種別:埋蔵宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:25
ダルマ王の仏教弾圧から仏教を守るために、数百に及ぶ聖典や仏具をチベット各地に隠した逸話の具現。常時発動型の宝具。
最適な状況が整った時、そのたびにキャスターの周囲にいる人物は、あるいは地中、あるいは水中、あるいは虚空、あるいは心の中から何らかの『宝物』が現れ、それを手に入れることができる。
その『宝物』とは経典や仏具の範疇に収まらず、宝具級の性能を持った代物であることもあれば、単なる啓示や自分自身への気付きであることもある。
有体に言えば、人や状況次第で万物が自動的に生成され、その者の手に渡る宝具といっても差し支えないだろう。
しかし、『宝物』が現れるタイミングはキャスターにも制御できず、その『宝物』も最終的に周囲の人物がチベット密教における覚醒の境地へ至るまでの手助けとなるものに限られる。
上記の最適な状況というのも、その者が『次の覚りの段階へ至るために』最適である状況に他ならない。
そのため、出現する『宝物』は多くの者にとって成長の契機となるだろうが、
長きに渡って『宝物』を得ていればやがてキャスターと同じ覚りの境地へと至ってしまうだろう。
【weapon】
教えを受けた金剛薩埵の前身がブッダのガードマンであったため、その縁で彼譲りの武器格闘術においても長けている。
見た目からは全く想像できないが。
【サーヴァントとしての願い】
不明。
【人物背景】
チベットに密教をもたらした高僧で、チベット仏教ニンマ派の創始者。『死者の書』の著者としても有名。
現在のバングラデシュにある湖に咲いた蓮華の中から8歳児の姿で現れたという伝説がある。
この不思議な子供は、その地の国王に引き取られて国政を委ねられるが、あるとき虚空に出現した金剛薩の教えを受けて出家して僧侶となり、後に密教行者となった。
釈迦の弟子のアーナンダ、シュリー・シンハなど、多くの偉大な師の下で修行を重ね、密教の大成就者として有名になると、
彼の神通力の噂を聞いたチベットのティソン・デツェン王に招かれ、土着のボン教を調伏してチベット仏教の基礎を開いた。
布教の際には、時にはなだめ、時には驚かせるために8つの姿を見せたと伝えられる。
ティソン・デツェン王の依頼を受け、インドの僧シャーンタラクシタと協力してダルマの翻訳やサムイェー寺を建立したり、
25人の優れた弟子を育てるなど、チベット仏教の発展に大きく貢献した。
サムイェー寺の落慶後、ダルマ王の仏教弾圧から仏教を守るために、弟子達と数百に及ぶ聖典や仏具を埋蔵し、羅刹国へ去っていったという。
その後は、羅刹の国でも僧として多大な功績を上げ、最終的には世界の外側へ行き、生と死の河を止め、そこに留まり続けて世界を見守っていた。
【容姿・特徴】
金色の袈裟と小豆色の法衣を少しぶかぶか気味に羽織っている、プラチナブロンドの長髪の幼女。
生まれた時のままの8歳の姿。宝具欄にも書いてあるが、蘇ると全裸になる。
ボーっとしているかと思えば無邪気に動き回ったり、いきなり突飛な発言をしたりと掴みどころのない不思議な子ども。
理性よりも心の本能に従っているように見える。「○○です」が口癖。
しかし、時折哲学的なことや物事の核心つく物言いもするあたりはれっきとした僧であることを匂わせる。
実年齢は相当高いが、彼女自身の覚りがあまりに深いために周囲の目からは一周回って純粋で幼いように映る。
【マスター】
メロダーク@Ruina 廃都の物語
【マスターとしての願い】
使命を果たす。…私の使命とは?
【weapon】
【能力・技能】
両手剣、両手斧といった重武器の扱いに長け、聖なる魔法により攻撃・回復・補助を一通りこなす。
【人物背景】
『Ruina 廃都の物語』において、仲間にできるキャラクターの一人。傭兵を自称する、無口かつ陰気な男。
必要以上に他者と言葉を交わそうとせず、遺跡の探索に参加した理由も明かそうとしないが、何らかの目的を持っている事を窺わせる言動も取る。
一方で料理を趣味とするなどの一面も持つが、その腕は絶望的で、また自身の料理下手に対して無自覚。
また周囲の目を憚らず突然衣服を脱ぎだすという奇行に走る事があり、何かにつけて全裸になりたがる節がある。
参戦時期は、神殿に拾われた孤児編にて、主人公に自らの素性を明かし、捨て身の攻撃によって主人公諸共崖から落ちた時点。
忘却界イベント直前。
【方針】
キャスターが何を考えているかはわからないが、聖杯戦争に渦巻く陰謀を止める。
【カードの星座】
山羊座
最終更新:2017年08月03日 20:06