いつから始めたことだったかは彼女自身でさえ覚えていない。ただ、混沌と秩序の間を浮き沈みし続けるその状況を、その状況の中にいる者からは決して届かない位置から見下ろして眺めているうちに、疑問がふつふつと湧いてきたのだった。
人間。
それは何なのだろう。人間彼ら自身でさえ抱いた疑問であり、そして彼らにとっての神である彼女にも問い掛けてきた疑問だ。彼らのうちの多くが、何度もその疑問を彼女にぶつけてきた。だが、彼女は一度もそれに答えたことは無かった。分からないから、答えられなかったのだ。印象深かったのはそれを、ほとんどの人間が好意的に解釈してくれたことだ。分かってらっしゃるけどあえてお答えにならないのだろう、自らに問い掛けてみよということなのだろう、と。
ルナは無重力空間の中で自らを抱きしめ、胎児のように丸まっていた。
「セッション001、自己増殖を繰り返し航宙船『天まで届く塔』建造を目論んだクレンエルジェ、形成心理学を開発したボアラ=マルコフによって駆逐される。勝ったのは人間。」
外部からの入力を拒絶するかのように、目を閉じて視界を遮断し、誰に聞かせるでもなくそれをつぶやいている。
「セッション002、『天まで届く塔』建造を継いだエルフィエルジェ、同じく形成心理学を継承したズエロ=マルコフによって駆逐される。勝ったのは人間。」
我を失ったジュピターは手にしている鞭を無茶苦茶に振り回してマーズに襲い掛かり、マーズはそれを嘲笑いながら軽くいなしている。だが、ルナは構わなかった。とばっちりで頬が傷つけられたが、それも構わない。
「セッション003、最年長生物ドラゴンの最年長個体キアリザード、物質を無差別に食べることによって自己を極限まで肥大させ最大の力を得ようとするが、攻性心理学を開発したシスティーナ=マルコフによって脳死させられる。勝ったのは人間。セッション004、個体と個体の連携を断絶する邪剣ゲッフマインを形成したイェンドフィディ・フェイク、半竜人ク・ルールによって駆逐される。勝ったのは人間。」
ひたすら自分の中の世界に浸る。何者との関係も忘れてただ、自分の中に自分を見い出す。それを繰り返していく。
「セッション005、攻性心理学を我が物にして天使を支配した悪魔アインシュタイン、万能の魔女ローレライによって駆逐される。勝ったのは人間。セッション006、千の言葉を紡いで全ての知的生命体に自殺を推奨した不死鳥ピエトロ、覇王シズマ=パッヘルベルによって一言で論破される。勝ったのは人間。セッション007、偶然発生した心を持った最巨大台風≪発音不能な名前≫、ソフィア=パッヘルベルのナイトハンドリングによって収束させられる。勝ったのは人間。セッション008、数ある人間の強国のうちの幾つかと同盟を締結して天下を取ろうとした竜王ウィブルナーク、他エリアからの来訪者ハヤト=モリナガに暗殺される。勝ったのは人間……」
エリア・フィラデルフィアに登場した魔王と、それらをことごとく駆逐してきた勇者達の歴史を、記憶を辿って復唱していく。
……今なら、分かるかも知れない……。