五月一日、街は月曜日。時は、朝。
 人々が慌ただしく通学、出勤の準備をしていたり、或いは既にそれを終えたりしている時間。住宅街の一角に聳える一軒家の屋根上に、歌膝の体勢で座す、見目麗しい少女の姿が有る。もうお察しの事だろうが、この少女は人間ではない。熾烈な剪定を生き延び、今日の日を迎えた二十二騎の内の一体。

「フン。やはり腹に一物抱えていたか、食えぬ男め」

 空の彼方に浮かぶ人面の月――錯覚などでは断じてない、正真正銘、風貌を持った天体。それを地上から見据える彼女こそは、バーサーカーのサーヴァント。真名を茨木童子と言う、真性の鬼女に他ならない。彼女は約束された滅びの運命を知って尚、面白いと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
 ルーラーの魂胆は読める。要はあの美丈夫は、戦いに期限を設けようと言うのだ。冗長で怠惰な儀式にするつもりなど毛頭ない、無価値な死を迎えたくなければ必死に戦って三日以内に聖杯戦争を終わらせろ。間違いなく裁定者のサーヴァントが取るべき方針ではないが、茨木個人としては、そういう趣向は嫌いではない。寧ろ、歓迎だ。
 良いではないか、分かり易いことこの上ない。穴熊を決め込んで持久戦に走るような下らない輩が憔悴した顔で立ちたくもない前線に立ち、自分のような強者に蹂躙される絵を想像しただけで上等な酒でも呷ったような気分になる。故に茨木童子は"面白くなってきた"とさえ思っていた。

「どだい、吾のやることは変わらぬ。鬼とは人を喰らい、侵し、財を奪う悪逆の徒。場所がどうであれ、趣向が如何であれ、その通りに悪を尽くすまでよ」

 いつだとて鬼たる彼女はあるがまま。
 人道、倫理、そんな下らぬ概念に基づいた戦いなど糞喰らえ。
 鬼が地上に降りたからには、其処にあるのは血と虐に塗れた地獄絵図のみだ。
 手始めに一体、或いは一人、血祭りにあげて他への見せしめとしてやろうか。
 生かしたまま武力で脅して支配し、体のいい部下を作り上げるのも悪くない。
 そんなことを考えながら口許を歪める鬼の背中に、鬼と関わるには似つかわしくない、まだ幼さの残った少女の声が掛かった。彼女こそ、茨木童子という鬼種をこの冬木に降ろした張本人。願いを抱いて『鉄片』に選ばれ、熾烈な前哨戦を見事生き抜いた聖杯戦争のマスターである。

「ばらきー、何してるのー?」
「……阿呆。外で無闇にその名で呼ぶな、いや中でも呼ぶな」

 では人目に付きにくい場所とはいえ、実体化して己の姿を晒していた自分はどうなのだと、そういう細かい所は視界に入れない辺りが何とも傍若無人な鬼らしい。
 二階の窓から顔を覗かせて屋根上の茨木童子に声を掛けた少女の名を、丈槍由紀といった。
 今は穂群原学園・高等部の制服に身を包み、片手には女の子らしいキーホルダーのぶら下がった手提げ鞄を持っている。由紀は聖杯戦争の渦中にありながら、学校への通学を疎かにしない。他の学生ロールを持つマスターに不審がられない為という表向きの理由も一応有るが、本当の理由はそれとは少々違う。
 由紀は、日常の大切さというものを誰よりも知っている。当たり前だと思っていた光景が、ある日突然崩れ去ることの恐ろしさを知っている。だからこそ、彼女は日常を大事にしているのだ。たとえそれが仮初の――いずれなくなってしまうことが確定している陽炎だとしても。

「えへへ、ごめんごめん。そんなところに一人でいるなんて、何か嫌なことでもあったのかと思ったよお」
「ハ。汝のような腑抜けに喚ばれてしまったことが、嫌で仕方なくてなあ」
「そんな、照れるよ~」
「…………」

 やはりこの小娘は好かん。苦虫を噛み潰した、という表現が最も似合うだろう顔で、茨木は心中そう零した。
 悪意を持って口にした皮肉をこうやって受け流されてしまえば、言った自分の立つ瀬がない。
 そんな茨木の心情など露知らず、由紀は自分の用件を相棒に伝えるべく口を開く。

「"バーサーカー"、私学校行ってくるからね! 今日は補習もないし、いつも通り夕方頃には帰れると思う」
「この期に及んでまだそれか、汝は」

 あの月が――顔の有る破滅が、見えぬ訳でもなかろうに。

 茨木童子は鬼であり、丈槍由紀は人間である。
 故に二人の価値観は決して交わらず、完全な相互理解が成り立つ事は決してない。
 日常という概念がそもそも破綻している茨木には、由紀が壊れると解っている偽りの日々に真面目な顔で向き合っている事が理解出来ないのだ。そんな些細な、けれど決定的なズレを抱えたまま、二人の聖杯戦争はこれより幕を開ける。三日間の聖杯戦争、その序幕の出来事だった。


  ◆  ◆


 ――目を覚ます。仮眠室の硬いベッドと粗悪な毛布が齎してくれる寝覚めは決して良いものではなかったが、寝心地なんてものは些細な問題だ。極論、睡眠が確保できればそれでいい。職業柄、短時間の睡眠で長時間活動するのには慣れている。大事なのは僅かでも眠ったということ。零と一の間には無限の差があるように、それがたったの一時間弱だとしても、眠りに落ちていた時間は確実に人間の一日を助けてくれる。

「…………くそ。体が休まった気がしねえ」

 夢を見ていた。
 あの日の夢だ。
 馬鹿で未熟な餓鬼が、初めて現実という壁にぶち当たった日の夢。
 苦い記憶を何度も思い返して自分を戒めるなんて苦行めいた真似をしたいと思うほど、夏目吾郎は毅い人間ではない。彼は脆く、弱く、傷だらけだ。メスを執り、人の命を救い、涙ながらに感謝の言葉を告げられる度、目の前で誰かが息絶える度、過去の自分の醜態が脳裏を過る。

 医者という職業は兎角疲労と隣り合わせだ。患者の命を握っているという事に対する気疲れも勿論有るが、それ以上に肉体的な疲弊が大きい。それに加えて夏目は、ある大きな懸念事項を胸に抱きながら眠らねばならなかった。ルーラーからの通達。突如として浮き彫りになった、三日というあまりに短い制限時間。月の墜落による聖杯戦争そのものの自壊。全てが台無しになる、最悪の結末。
 あんな事を聞かされて平静で居られる人間など、狂人か白痴のどちらかだ。
 背筋が粟立ち、息が詰まった。瞳を閉じれば瞼の裏にあの悍ましい月が落ちてくる幻が浮いて、眠りに就くまでに何時間も掛かった。幸いだったのは、昨夜は夏目が出張らなければならないような仕事がなく、時間だけはいつもより余分にあった事だ。それでも眠れたのが一時間と数分という辺りに、夏目の動揺の激しさが窺える。

「だから、あんな夢を見たってか」

 自嘲するように、夏目は笑った。
 お笑い種だ。これでは、あの少年のことを笑えない。
 いつまで若者気分なんだと、自罰せずにはいられない。

「――小夜子」

 嘗て妻だった、帰りを待っていてくれる筈だった、最愛の女。
 才能にも顔にも恵まれた夏目吾郎という男の、人生最大の後悔。
 夏目が聖杯戦争に乗る事を決めた理由でもある彼女は、夢の中でいつものように微笑んでいた。

 ――夏目小夜子という人間は、とにかく不思議な女だった。
 おっとりとしているのに胸の奥には確かな芯の部分があり、誰より弱いのに誰より強い。
 羽毛みたいな奴だったと夏目は思う。抱き留めている間は非常に心地よく自分を暖めてくれるのに、ふとした風に吹かれて手の届かないところまで行ってしまい、やがては見えなくなる。小夜子は風に吹かれて消えてしまった。夏目は、それを掴む事が出来なかった。伸ばした手は、虚しく空を切った。
 それから何年も経って、色んな出会いをした末に、愚かな男はこんなところで他人の命を奪おうとしている。
 他人の希望を踏み台にして、自分の後悔を消し去ろうとしている。

 小夜子は喜ばないだろう。
 全てを知ったなら、悲しい顔をするだろう。
 それでいて、絶対にオレを糾弾しないだろう。
 それを全て承知した上で進む道を決めたのだから、これはもう、夏目吾郎のエゴ以外の何物でもない。

“……解ってんだよ、そんなことは”

 解っていても、足掻いてしまうのが人間だ。罪深くとも、愚かしくとも、輝く願いを追ってしまうのが人間だ。その点、夏目は紛れもなく人間だった。超人にも狂人にもなれない、正気のまま魔道に手を伸ばした悪人。――いつか相応の報いを受けるだろうな。医者はそう独りごちて、煙草を咥えながら、うははと笑った。枯れ木みたいな笑顔だった。
 禁煙の仮眠室に、有害物質をうんと詰め込んだ紫煙が伸びる。その朧気な軌道は、まるで自分の人生を表しているようだと、夏目は思った。


  ◆  ◆


「にしても質の悪い真似するんだな、聖杯ってのは」

 空の彼方に浮かぶ破滅の月を呆れたように見つめながら、溜息を吐いたのは白髪のライダーだった。聖杯戦争の長期化を避けたい理由でもあるのか、それとも単にそういう趣向が好きなだけなのか。真偽の程は彼女には解らないが、どちらにしろ悪辣なことには変わりあるまい。戦いの膠着そのものが全滅に繋がるなんて、まさしく悪夢もいいところである。
 最初から勝利する目的で戦っているならまだしも、聖杯戦争を破壊するだとか、脱出するだとか考えている者達は特に堪ったものではなさそうだ。何しろ彼らにしてみれば、志を同じくする者が増える程滅びの危険が高まっていくようなものなのだから。ライダーは心の中で、そうした者達に同情の念を示した。

「さて――然し、どうしたもんかな。あんまり無策に突っ込んでバトル三昧ってのも、些か気が引けるんだけど」

 ライダーはその特性上、死という概念を恐れる必要がない。
 そも、彼女は本来、聖杯戦争に召喚される事のない存在だ。何故なら彼女は、まず英霊となるに至っていない。死を迎えたならば英霊の資格を満たすのは確実だろうが、それ以前に前提条件である"死"を迎えていないのだから。
 "不死者"。それが、ライダーの持つ最大の特性である。生前、ある事情により不死の霊薬を口にした彼女は、Chaos.Cellが聖杯戦争を起動させたその時ですらまだ存命だった。幻想郷という、人ならざる者や八百万の神が暮らす異郷で――平穏と言えるかは怪しいが――地に足の着いた暮らしを送っていた。
 そんな彼女が何故サーヴァントとして召喚されるに至ったのかについての考察は割愛するが、兎角ライダーはこの聖杯戦争においても変わらず不死者……"蓬莱人"の性質を有している。首を刎ねられようが、全身の血を抜かれようが、圧倒的な重量で体を圧潰されようが、正攻法では絶対に殺せない。ならば肉体を行動不能段階まで破壊すればいいかと言えば、それも無駄だ。
 『死なない程度の能力(リザレクション)』。ライダーが持つ唯一の宝具であるそれの効果は、簡単に言えば復活能力である。自身の肉体の死を引き金とし、まだ生きている自分の魂を核に肉体を再構築。これにより、ライダーは全てのダメージ及び損傷をリセットした状態で蘇る事が出来るのだ。勿論魔力の消費による実質の回数制限は存在するものの、それも然程大きなコストを要求する訳ではない。

 とはいえ、塵も積もれば何とやらだ。
 魔術師ではない夏目に何度も何度も魔力消費を要求すれば彼はいずれ潰れてしまうだろうし、そうでなくても、余り力を晒しすぎれば真名特定の重大な手掛かりになる。不死なんて解りやすい性質を持った英霊ともなれば、調べるのは難しくないだろう。そして、ライダーが積極的な交戦を渋る理由はもう一つある。
 真名が割れていなくとも、不死のサーヴァントなんて存在を認識したなら、相手は当然突破手段を模索してくる筈だ。そうなれば、辿り着く結論には予想が付く。仮にライダーと夏目がその立場に置かれたとしても、同じ手に打って出ると断言出来るくらい、単純明快で基本的な攻略法だ。要は、不死身なんてインチキには構わなきゃいい。

「上手く出来てるもんだね、全く。いい迷惑だ」

 サーヴァントの心臓は二つ有る。自分自身のそれと、契約を結んだマスターの生命だ。
 どんな凶悪で理不尽な性能をしたサーヴァントでも、マスターを殺してしまえば途端に窮地に立たされる。現界が維持出来ないからだ。単独行動やそれに準ずるスキルを所持していない限り、マスター不在の消滅からは逃れられない。蓬莱人であるライダーですら、その例外ではなかった。それをされれば、彼女は十八番の復活も出来ずに幻想郷へ逆戻りの末路を辿ることだろう。
 そういった事態を避ける為にも、リザレクションを行わねばならない状況に陥るのはなるだけ避けるべきだとライダーは思っている。然しこればかりは、相手の戦力に拠るところが大きいのが困り物だった。戦わずに他の主従頼りで生き延びるのも有りと言えば有りだが、それこそ何処も考えそうな事だ。極端な話だが、全員が停滞していたなら三日後の滅びは避けられない。丁度いい塩梅の立ち回りで最悪の結末を回避していく事こそ、肝要なのである。

 しち面倒臭い事になってるなと、辟易の溜息を吐くライダー。
 そして、そんな彼女を見つめる視線が有った。電信柱でも足場にしているのか、遥か上方より注がれているその視線に、勿論ライダーも気付いている。仕掛けてくるなら応戦してやるつもりでいたが、気付けば数分間、相手は特に行動を起こすでもなく不動のままだ。
 此方が既にその気配を察知している事にまだ気付いていないのか、気付いた上で此方の出方を窺っているのか。多分後者だろうなと、ライダーは思う。何故なら自分の体を這い回る視線には、確かな好奇の色が宿っていたからだ。面白いモノを見つけたとでも言いたげな、敵手の心情が伝わってくる。
 どうしたものか――見ないふりで適当に姿を消して逃れるか、それとも牽制でもしてみるか、悩んだ末にライダーは溜息を一つ吐き、それから口を開いた。

「お前、アサシンじゃないだろ。気配が駄々漏れだぞ、サーヴァント」
「然もありなん。生憎と、忍ぶつもりなど端からないのでな」

 返ってきたのは少女期特有の甲高さを多分に残した、幼い娘の声だった。
 同時に、上空から砲弾の如く迫ってくる高速の一撃。完全な不意討ちならいざ知らず、予見出来るなら躱す事自体は容易い。現にライダーは軽く地面を蹴って後退するだけでそれを回避した。にも関わらず、彼女の表情は芳しいものではない。今の一撃を見ただけで、敵が上位の実力を持つサーヴァントであると解ってしまったからだ。
 それこそ砲弾でも着弾したのかと言うほど見事に抉れ、砕けたアスファルト。サーヴァントの膂力が人外のそれである事は改めて語るまでもない常識だが、それにしても異常な威力である。何らかのスキル……固有の攻撃特性によって強化された一打なのは明白だった。不死の肉体を持つ身では有るが、それでももし直撃していたらと考えると気が滅入ってしまう。

「避けるか。小癪な事よ」

 質の良い金髪に、二本の角を生やした和装の少女。襲撃者は、そんな姿をしていた。
 可憐と言っていい顔立ちと小柄な背丈に反して、気を許してはならぬと本能的な警鐘を鳴らさせる、恐るべき蹂躙者の気配が其処には有る。反英雄である事は間違いないとして、人間由来の英霊ではまずないだろう。発する雰囲気はどちらかと言えば獣のそれに近いし、極めつけが額の角だ。あれを見れば誰でも、彼女が何であるか察する事が出来るに違いない。

「こんな朝っぱらから随分とお盛んな事で。『飛んで火に入る夏の虫』って言葉は知ってるかい、鬼のお嬢ちゃん」
「虫? くくく、吾が虫に見えると言うなら実におめでたいな。
 然り、吾は鬼よ。なればこそ、火に飛び入るのは当然であろう? 人間の営みを踏み躙り、陵辱し、略奪の限りを尽くす。それが鬼と言う生き物だ。そして吾には見えるぞ、汝が跪き、泣き喚いて許しを乞う様が。非礼を詫び、吾の足先に舌を這わせる醜態が」

 辛辣な挑発が、交差する。
 二体の間に、友好的な雰囲気など一切有りはしない。
 二体のサーヴァントはどちらも、不敵な笑みを浮かべている。
 相手に歩み寄るだとか、親愛だとか、そういう意味合いとは全く無縁の笑み。
 こっちはお前を骨の髄まで焼き尽くしてやってもいいんだぞと、そういう剣呑な殺気を込めた笑みであった。

「……で。結局、闘り合いたいってことでいいのか?」

 人差し指の先に、威嚇の意味も込めて炎を灯しながら、ライダーは言う。彼女としては、どちらでも良かった。戦っても、戦わなくても。戦おうと言うのなら負けるつもりはさらさらないし、不死の利点を活かさずとも片を付けてやる自信もある。戦わないと言うのなら、それでも構わない。鬼種のサーヴァント。分類が割れている以上、こんな断片的な情報だけでも真名をかなり絞り込む事が出来るからだ。実質、邂逅した時点でライダーには一定の戦果が約束されている。

「英霊同士が相対したのだ。それ以外に何が有る」
「だよな。言うと思ったよ、野蛮人」
「だが、その前に一つ訊いておこう。――汝、そもそも"何"だ?」

 鬼種のバーサーカー……茨木童子は、藤原妹紅と言うライダーに対し、この時初めて露骨に怪訝な顔を見せた。

「只のサーヴァントだよ。お前みたいに反英雄って訳じゃないけどね」
「抜かせ。それが英霊の醸す臭いか、笑わせる。大元は人間のようだが、何やらけったいな代物を取り込んでいるらしいな」

 人を喰らい続け、多くの鬼、化物に触れてきた茨木は、どうやら鼻が利くらしい。
 不死者であり、本来なら今も存命している筈のイレギュラーなサーヴァント。そういった妹紅の特徴を、茨木は自身の嗅覚のみであっさりと看破してのけた。彼女にしてみれば、さぞかし珍妙な気分であった事だろう。何せ、自身が喰らうべき生きた人間の臭いを持ちながら、サーヴァントとしての霊基を有していると言う謎の存在だ。未知の敵を推し測る意味でも、接敵に打って出た彼女の判断はまっとうに正しい。
 ……無論、妹紅としては傍迷惑極まりない話であったが。

「余りに妙な臭いなのでな――ひとつ、暴いてみとうなった」

 その台詞を口にした時、茨木童子の顔から既に怪訝な色合いは消え失せていた。代わりに浮かんでいるのは、金銀財宝の詰まった宝物庫を前にした盗賊のようなぎらぎらとした笑み。そう来ると思った、と言わんばかりに妹紅は肩を竦める。とことん厄介なのに目を付けられたもんだと嘆かずにはいられない。
 茨木童子は真性の鬼種だ。混ざり物でも、何かに平伏して生きる小鬼でもない。大江山の鬼達を只一体だけを除いて統べ、人里に恐怖を振り撒いた恐るべき化外。見た目は愛らしく、言動にも所々子供を相手にしているような可愛らしさが有るが、その深奥に有るのは鬼としての残虐性と非道の魂だ。
 暴く、と言うのも、言わずもがな物理的な意味である。彼女が妹紅を倒したなら、その腹を引き裂き、喜々として臓物や骨を検めて狂笑するだろう。その程度で死ぬ妹紅ではないが、話の通じない鬼などに自分の中身を検分されて喜ぶようなマゾヒストでは生憎ない。それに――

「それはいいんだがな。出来れば、表で騒ぎでも起こしてから来てくれないか」
「ほう、どういう意味だ?」
「討伐令を出されたお尋ね者を倒した方が、私としても得られる物が大きいんでね。お前みたいな"子鬼"をただ虐めて楽しむよりかは、そっちの方が有意義だ」
「―――」

 まず妹紅は、茨木に自分が遅れを取ると思っていない。
 この品性下劣な鬼を焼き払い、悠々と帰途に着くイメージが、既に頭の中に有る程だ。だからこそ、嘲りの言葉は淀みなくすらすらと紡ぎ出された。それに対し、茨木童子の表情が凍る。先程までとは段違いに、纏う殺気の濃度が上昇していくのが解る。どうやら、怒らせてしまったらしい。されど上等、折角煽ったのだから、このくらいは反応してくれないとつまらない。

「吠えたな、薄汚いなり損ないが。その報い、高く付くぞ」


 先に動いたのは妹紅だった。
 ルールの有る決闘ではないのだ、先手を取った方が強いに決まっている。右掌から鉄砲水のように炎を噴出させ、茨木童子を炭も残さず焼き尽くさんとする。火炎の操作に長ける魔術師が瞠目する程の威力だが、これは彼女の宝具ですらない。妖怪退治を生業としていた頃に身に着けた妖術を行使しているだけだ。妹紅はこの他にも陰陽術を始めとした、様々な対妖の術理を会得している。
 この間合い、この出力。流石に一撃とまでは行かないだろうが、はてさてどの程度効いたか。楽観的に事を見守っていた妹紅だが、煌々と燃え盛る火炎が八つに引き裂かれたのを目にした瞬間の行動は速かった。足裏から炎をジェット噴射の要領で放ち、敵の間合いから高速離脱。その傍らで小振りなサイズの炎弾を二十ほど発射する事で、茨木の反撃を完全に封殺しに掛かる。妖怪との戦いに慣れているだけの事はあり、妹紅の攻勢は傍目にも凄まじい物が有った。

「きゃっははははは! 小癪小癪、微温いぞ陰陽師ッ!!」

 だが、それを真っ向から打ち砕きながら前進するのは茨木童子だ。
 彼女は最初の妹紅の炎を内側から、無銘の大骨刀で切り破った。その後片足で地面を蹴り、身の程知らずにも己を侮辱した敵をもう片方の脚で蹴り穿たんとした。結論から言えば躱されたが、然し茨木は妹紅を逃がさない。撤退に魔力放出を用いた妹紅とは反対に、追撃の為に魔力を放出、加速して一気に追い込みに掛かった。
 飛来する炎など、何の脅威でもない。大振りながらも精密な精度で繰り出される斬撃が一つ残らずそれを霧散させ、刀を収めて距離を更に詰める。敏捷では茨木童子は藤原妹紅に劣っているものの、各種スキルと地の利を活かす知略を合わせれば、十分埋められる範疇の格差だ。

 接近戦では否応なしに不利を強いられる。茨木の接近を嫌った妹紅は、地を這うような軌道で炎を操作。波のように茨木の足を絡め取らんとするが、それでも大江山の頭領たる彼女を止めるには足りなすぎる。茨木は今度は対処すらせず、灼熱の波を踏み抜き、まるで何もないかのように踏破し始めた。これには、さしもの妹紅も面食らう。それと同時に、どうやら此奴は自分と相性が悪いようだと漸く思い至った。

「……炎に強いのか。とことん面倒だな」

 茨木童子と言う鬼は、炎に対して耐性を持つ。
 見れば妹紅を猛追する彼女の手や足、その周囲には、所々に妹紅の放ったものではない炎が確認出来る。彼女もまた、妹紅と同じ。炎を駆使して戦闘を行う手合いなのだ。英霊ですら苦しむ熱気の渦に叩き込まれようが、茨木は平然と行動を継続しよう。断じて彼女は、大口を叩いているだけの小物ではないのである。

「ハッ、今更怖気付いたか!?」
「まさか」

 とはいえ、あくまで効きが弱いだけ。全く通らない訳ではないのなら、立ち回りとタイミング、後は単純な威力次第で十分手傷を負わせられる。それに、妖怪退治の経験上、こうした直情的で基本に忠実な輩はやり易い部類だ。つまり妹紅は、茨木に対し有利な面と不利な面を同時に持ち合わせている。後は、如何に有利で不利をカバーし、不利を有利で打ち破るか。それさえ上手くこなせれば、勝利を収めるのはそう難しい事ではない筈だ。
 至近に踏み込んで来た茨木童子の拳を、妹紅は精密な炎の操作でいなしつつ、魔力噴射によってその場で急加速。体重と加速エネルギーがたんまりと乗った鉄拳を鬼の腹腔に炸裂させる。茨木の体がくの字に折れ曲がり、苦悶の声が漏れるのを確かに聞いた。手応えを感じるや否や、手空きの片手から炎を出現させ、最初の焼き直しをしに掛かる妹紅。だが、次の瞬間、不死の妖術使いは猛烈な勢いで真横に跳ね飛ばされていた。
 空中に浮き上がった無理な態勢である事など物ともせずに放たれた回し蹴りを、脇腹に喰らった為である。コンクリート塀に打ち付けられ、壁に亀裂を生みながら立ち上がる妹紅。怪力を乗せた一撃は実に重く、何処かの内臓がイカれた感覚が有った。ペッと吐き捨てた唾には血が混じっており、茨木の攻撃が確かに効いている事を物語っている。

 再び骨刀の柄に手を掛け、茨木は獰猛な笑みを浮かべた。
 自分を嘲笑し、思い上がった口を利いた報いは死の激痛で以って贖って貰うより他にない。頭から股の間まで刃を通し、唐竹割りにしてやろう。そうすれば肉叢も検め易い――負傷した妹紅を一気に詰めるべく踏み込む茨木だったが、かの不死鳥にとって、肉体の損傷など有ってないような物である。その証拠に、妹紅は何ら堪えた様子もなく、茨木と自らの間を隔てる空間を埋め尽くす勢いの、無数の指向性を持った炎弾を生み出してみせた。
 これには、茨木も素直に驚きの念を禁じ得ない。妹紅が健在な事に、ではない。彼女が一瞬にして生み出してみせた、自身の鬼術も顔負けの炎に対してだ。陰陽師の類は数ほど見てきたが、此処までの実力者は果たしてどれほど居たか。
 また正面突破に出てもいいが、わざわざ視界を埋めるように広く炎を配置してあるのが気掛かりだ。茨木には、これがある種の目眩ましに思えてならない。勢い任せにぶち抜いた先で、超威力の炎を構えている妹紅の姿が目に浮かぶようだった。ならばと、茨木童子は此処で自身の宝具を開帳する決断を下す。

「ええい、道を開けい!!」

 茨木は妹紅のそれに数でこそ劣るものの、部分的な穴を穿つには十分な火力の炎を連射した。
 これぞ彼女の宝具の一つ、『大江山大炎起(おおえやまだいえんぎ)』。威力は小さいが、その代わり、このように低コストで連射する事が可能な炎の弾丸だ。自身が宝具を用いて行う芸当を、目の前の敵がスキルで行ってくる事が腹立たしくないと言えば嘘になるが、その辺りの鬱憤は終わってからたっぷり晴らせばいいだけの事。
 まずは、この小癪な陰陽師を撃滅する。再度、今度は刀を抜いたままで地を蹴り、炎の壁を突き抜けた。
 壁を抜ける前に、『大江山大炎起』にて空けた穴から妹紅の様子を確認していた事が幸いし、間髪入れずに放ってきた炎を一薙ぎに切り裂く事に成功する。チッと舌打ちを一つし、後方へ逃れようとする妹紅だが、逃しはしない。再び炎を七度ほど連射し、逃げ場を塞ぎながら骨刀を刺突の形に構え、全力で加速する。
 そして――……ずぶり、と。肉を切り裂く手応えが、茨木の右腕に伝わった。

「どうした? 口ほどにもないではないか、ええ?」
「――ぐ、うッ」

 刀身は妹紅の腹の真ん中から斜めに入って、背中まで貫通していた。ごぼごぼと吐血する妹紅の姿は茨木の溜飲を大変に下げるもので、やはり戦とはこうでなくてはと、改めてそう実感させてくれる。肉に突き刺した刃から伝わる微細な振動、水っぽい音、全てが懐かしい。京の都を気紛れに訪れては部下と共に蹂躙し、酒呑と共に心から略奪を楽しんだ、愛おしい日々の記憶が矢継ぎ早に蘇ってくる。

「は、は。なかなか効くな、いや、悪くない」

 感慨に耽る茨木を尻目に、妹紅はそんな事を呟いて笑みを浮かべてみせる。
 そして、その白磁の手を、未だ胴に突き刺さったままの骨刀へと掛けた。手の皮が切れるのも顧みず、力強く骨の刀身を握り締める。抵抗と呼ぶにも涙ぐましい妹紅の姿に、茨木は呵々と声を上げて大笑した。何かの間違いで引き抜かれないよう、とうに体を貫通している刃を一層深く押し込んでいくのも忘れない。
 何と無様な事だろう、鬼を怒らせた愚者の末路は。だが当然の報いだ。此奴は自分を虫と、どこぞの頭の螺子が数個外れた女武者のように呼んだ。小柄と嗤い、侮り、嘲った。鬼の怒りを買うと言う事は即ち、地獄を見る事と同義だ。鬼は侮辱の対価に生の全てを蹂躙し、苦痛のままに黄泉へと送る。

「無様よなあ。そら、もっと哭いてみせよ」

 ぐり、と刃を回す。

「哭け、と言っている」

 その言葉に対し、妹紅は行動で以って返答した。

「お前がね」

 ――握った刀身から骨刀に紅炎を伝わせ、瞬きの内に茨木童子の全身を燃やしに掛かるという"行動"で。
 茨木がぎょっと目を見開いた。慌てて決して抜くまいとしていた刃を抜き、炎から後退していく彼女に、崩れ落ちかけて片膝を突きながらも追撃を加えに掛かる。すっと妹紅が手を掲げた途端、先の壁状弾幕の残滓として地面の所々に残留していた極小の火種が、粉塵爆発のそれを彷彿とさせる複数の大爆発を引き起こした。
 鬼女は、骨刀を盾にしつつ変化スキルで自身の耐久性を瞬間的に向上させ、持ち前の耐性と組み合わせて相当な量のダメージを削ぎ落とす事に成功するも、流石にあれほどの爆発を爆心地で受けて無傷とは行かなかった。肌には所々焦げが見え、額からは一筋の血が伝っている。そしてその表情は、言わずもがな赫怒の念に染まっていた。

「貴様――!」
「悪いけど、まともに勝負してやるのは此処までだ」

 吠える茨木だが、妹紅はそれを涼しい顔で受け流し、自身の背部に炎の翼を顕現させた。妖術の応用から成る魔力放出スキルにより、彼女は茨木が先程から何度も見せている加速と同じ芸当を用いる事が出来る。それどころか、純粋な速度と汎用性では、恐らく妹紅の方が勝っているだろう。魔力放出によるジェット噴射を恒常的に背中に発現させての飛行。放出で得られる恩恵は一瞬の物だと言う原則にすら喧嘩を売った、驚くべき不死鳥の妙技である。
 こればかりは、さしもの茨木にも真似出来ない。その上、妹紅が空を戦場にし始めた事で、急激に茨木の旗色が悪くなってくる。茨木は比較的、頭の切れる部類の鬼だ。戦いにも戦術を用い、強気な口調とは裏腹に慎重な立ち回りも必要ならばしてのける。そんな彼女なら、空の敵を打ち落として葬る事も可能では有る。『大江山大炎起』も有るし、最悪骨刀を投擲でもしてやればいい。それが決まれば、確実に勝てるだろう。
 ただそれは――逆に言えば、決められなければ勝ち目がかなり薄いと言う事を示している。あちらは攻撃を避けつつ自由自在に撃ち続けられるのに、此方は攻撃を避けつつ、その上で限られた手札のみを使って攻めていかなければならない。攻撃を当てられる機会の数が端的に言って違いすぎている。
 ギリ、と歯噛みする茨木に、妹紅は口許の血を拭き取りながら、不敵な顔をした。

「此処からは、鬼退治と行かせて貰う」

 刹那、空から降り注ぐ、炎弾幕による空爆。
 空爆と言う表現は一切間違っていない。何故なら妹紅の放った炎は全て、ランダムなタイミングで周囲を巻き込みながら爆ぜるからだ。爆発の規模自体は小さいが、その数がべらぼうに多いのだから対処は困難極まりない。おまけに、茨木が迎撃している間にも、妹紅は次々と後続の弾を放てるのがインチキじみている。
 例えるなら、かの織田軍が行ったという三段撃ち戦法を単騎で実現しているようなものだ。地上で戦うしかない茨木にしてみれば、堪ったものではない。捌いても捌いても途切れる事がない、物理的破壊力を持った爆ぜる炎。茨木が数十、数百と剣を振るい、それどころか身体変化で生み出した魔腕まで回しても、一向に妹紅の攻撃が止むことはなかった。

「ぬうううぅ……!」

 さしずめ、火矢の流星群。神話に語られる神罰の火を彷彿とさせる絨毯爆撃。
 一撃一撃から受けるダメージは小さいが、蓄積すればそれも山となる。鬼神もかくやの勢いで猛攻を凌ぎ続ける茨木だが、ジリ貧なのは誰の目から見ても明らかだ。他ならぬ、茨木童子自身の目からしても然り。苛立ちに身を焦がしながら、彼女はこの状況を打破する為にある一つの決断を下す。
 宝具の開帳。第二宝具である『大江山大炎起』よりも遥かに高い威力と貫通力、そして空を舞う鳥であろうが粉砕出来る射程を併せ持つ、茨木の代名詞とも呼ぶべき一撃。渡辺綱との死闘に於いて腕を切り落とされた逸話が具現化したそれは、必ずやあの目障りな小蝿を焼き払える物だと彼女は確信していた。

「……戯けが、限度を超えたな」

 少女の外見からは想像も出来ない、背筋が凍るようなドスの利いた声。
 小柄な体躯から発散される戦意は噴火寸前の火山を思わせ――否、既に噴火は始まっている。藤原妹紅は、茨木童子という鬼の逆鱗に触れてしまった。彼女は鬼としては稀有な、常識的な思考の持ち主である。然し、それでも鬼は鬼。一度怒り狂った鬼種は、手が付けられない怪物と化す。
 天へと伸ばした片腕が、怒りの炎を纏って茨木の身体を離れる。まさしくそれは、切断された鬼の腕が、尚も生きたまま怨敵を撃滅しに動き出したかのような光景。御伽草子の一幕めいた絵が、この現代日本に白昼堂々顕現していた。

「――走れ、叢原火!」

 本来叢原火とは、仏罰降りて地獄に堕ちた僧侶の顔を象り夜な夜な彷徨う、鬼とはまた別種の怪異の事を示す。だが茨木童子の肩から離れ、空に坐す火の鳥を撃ち落とさんと迸ったそれは、まさしく叢原火のそれにそっくりの威容を放っていた。魔力放出によるブーストなど目ではない魔速に達した巨腕が、妹紅の放った弾幕に真っ向から押し迫っていく。

「『羅生門大怨起』……!!」

 拮抗するどころか、巨大化した鬼腕は一瞬の迫り合いで以って妹紅の弾幕を粉砕した。
 安全地帯からの爆撃に徹していた彼女も、これには思わず舌を巻く。不味いな、と素直にそう思った。流石にサーヴァントの象徴たる宝具、凄まじいの一言に尽きる威力を有している。物量で押し潰す算段で繰り出した火矢の雨を打ち破っておきながら、全く勢いの衰える気配がない辺りがその証拠だ。
 ――破れるか? 妹紅は、思案する。難しいだろうなと、答えが出るのに一秒と掛からなかった。
 妹紅は自分の力がどの程度有って、どれだけの事が可能かをきちんと把握している。伊達に気の遠くなるような時間を生きている訳ではない、と言う事だ。その点から見ても、あの火力と切った張ったしようとするなら、それなりの消耗が必要になるのは明白だった。結論を言えば、打ち勝つだけなら一応出来る。ただ、やりたくはない。こんな序盤も序盤から、夏目の魔力を盛大に食い潰してしまうのはなるべく避けたい事態だ。

「散華せよ、火雀」

 笑みと共に、茨木が告げる。
 そのすぐ直後に、上空で凄まじい炎熱の大爆発が発生した。
 茨木童子の第一宝具『羅生門大怨起』は、単なる加速を伴った巨大な腕で敵軍を押し潰す攻撃に非ず。勿論そうやって対軍攻撃として使用する事も可能だが、今回のような単体戦では、ある動作を加える事でよりその破壊力を引き上げる事が出来る。要は、腕と言う特性を活かし、敵を掴んで握り潰し、焼き砕くのだ。鋼すら粉砕する握力と地獄の業火にも等しい熱量、どちらか一つでも致死級のそれが、全く同時に押し寄せるのだから無事で済む訳がない。

 ……煙が晴れた時、其処に忌々しい女の姿はなかった。然しながら、茨木の表情は芳しくない。暫し熱が生んだ蜃気楼や舞い落ちてくる燃え滓を見つめた後、鬼女は苛立ちの滲んだ声色で、「つまらん」と短く吐き捨てた。

「奴め、逃げおったか。だがな、此度の屈辱は忘れぬぞ」

 妹紅は死んでいない。
 霊核を粉砕した手応えはなかったし、何より未だ、彼女の独特な残り香が漂っている。今回の戦闘では妹紅が向かわなかった方向に、だ。これを辿れば追跡する事も不可能ではないだろうが、奴も馬鹿ではない。茨木に優秀な嗅覚が有る事を踏まえた上で、上手く撒けるように動いている事だろう。誠に腹立たしいが、追跡は徒労に終わる可能性が高いと言う訳だ。
 茨木童子は、直情的な性格をしていない。鬼らしく傲慢に振る舞ってはいるものの、根っこの部分には真面目で慎重な一面が隠れている。故に、妹紅の追跡は今回は潔く断念した。失敗する事がほぼ明らかな追跡に時間と手間を掛ける等、余りにも阿呆らしいからだ。――だがそれはそれ、これはこれ。茨木が、炎を駆使する鳥の姿を、声を、顔を、臭いを忘れる事は決してない。鬼を侮り、愚弄したなり損ないの英霊もどき。看過出来る道理は、断じてない。

「次は殺す。汝も、汝のマスターもだ。それまで、精々束の間の平和を噛み締めているのだな」

 ……遠くの方から、騒ぎを聞き付けた野次馬の声がする。
 彼らが不死鳥と鬼の戦いの跡を目にする頃には、茨木童子の姿は影も形も残ってはいなかった。されど、電脳の人々は残された爪痕に恐怖する。事故なのか、人為的な物なのか、或いは怪異による物なのか。無知な彼らはいつだとて、真実に辿り着く事はない。ただ、その怯えだけは本物だ。茨木童子や酒呑童子が暴れ回り、人心に恐怖を振り撒き続けていた頃と何ら変わらない、理解の及ばないモノへの本能的な恐怖。
 街は、やがて気付くだろう。此処が、底知れない大きな恐怖の舞台となっている事に。

 この午前の小競り合いなど、所詮はこれから始まる三日間の戦いの、そのプロローグに過ぎない。


  ◆  ◆


「"その報い、高く付くぞ"だったか。いやあ、本当に高く付いたな」

 初戦からこれかよ、と愚痴る藤原妹紅の姿は、余人が見たなら誰もが息を呑む事請け合いの惨状だった。
 腹の真ん中から斜め方向に大きな刺突痕が貫通しており、肉が抉れた傷痕が痛々しく覗いている。出血自体は傷口ごとの焼却で塞いだようだが、胴に穴が空いている事は何も変わらない。おまけに、彼女の左腕の肘から先は失われている。此方も止血は済んでいるものの、明らかに行動に支障を来す重傷だった。

「吾郎の為に体張ってやったはいいが、これならいっそ景気よく死んどいた方が良かったまであるかな」

 あの時――妹紅は茨木童子の宝具に対し、敢えて己の左腕を差し出した。
 『羅生門大怨起』が白磁の細腕を掴むや否や、炎を纏わせた手刀でそれを切断。後は簡単、魔力放出を全開で使ってかっ飛ばし、一瞬で戦場を離脱するだけだ。追撃が有ったとしても、最高ランクの敏捷ステータスは伊達じゃない。その時はその時で逃げ切れていただろう。あくまで問題は、彼女の宝具だけだったのだ。
 結果、狙い通りに妹紅は生き延びた。無駄な魔力消費は抑え、無意味な生を勝ち取れた事になる。

「まだ怒ってるだろうなあ、あいつ。くわばらくわばら」

 ああいう手合いに敵対視される事の面倒臭さは、よく承知している。
 次に顔を合わせる機会が有ったなら、彼女は喜々として今度こそ自分を殺そうとするだろう。相性的に、お互い気持ちよく戦える相手ではないのだ。大人しく忘れ去ってくれるか、或いは適当な所で脱落してくれると非常にありがたい。……こう考えた時点で、そう上手く事は運んじゃくれないだろうが。
 はてさて、これからどうしたものか。まだ一日は長い。暫くは野次馬に徹しつつ、狩れそうな奴を狩っていく事になるだろうか。
 腹の傷が訴えてくる凄まじい痛みに若干顔を顰めつつも、それだけ。呻き声すら漏らすことなく平然と、妹紅は活動を再開するのだった。


【C-3/路上/一日目 午前】

【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[令呪・聖鉄]:残り三画
[装備]:学生鞄
[道具]:勉強道具
[所持金]:一万以上はある
[思考・状況]
基本:聖杯戦争に勝って、"わたしたち"の日常を元に戻す
1:学校に行く。
[備考]
※自分のサーヴァントが戦闘を行った事を察知しました。反応は次の話に準拠します。

【C-6/団地/一日目 午前】

【バーサーカー(茨木童子)@Fate/Grand Order】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(中)、ライダー(藤原妹紅)への苛立ち
[装備]:骨刀(無銘)@Fate/Grand Order
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本:勝利する。
1:敵を倒し、蹂躙する
2:火の鳥(藤原妹紅)は次に会ったなら必ず殺す。


【C-8/冬木病院/一日目 午前】

【夏目吾郎@半分の月がのぼる空】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[令呪・聖鉄]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:手持ちは十万円ほど。自宅や口座も含めればかなり裕福
[思考・状況]
基本:聖杯で、夏目小夜子を蘇生する
1:日常を過ごす。
2:月の存在は、なるべく考えないようにしたい
[備考]
※自分のサーヴァントが戦闘を行った事を察知しました。反応は次の話に準拠します。

【C-6/団地/一日目 午前】

【ライダー(藤原妹紅)@東方Project】
[状態]:疲労(中)、失血(大)、腹部に刺傷(貫通/止血済)、左腕欠損(止血済)
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円は持たされている
[思考・状況]
基本:吾郎の戦いに付き合う。聖杯はどうでもいい。
1:どうするかな。
2:バーサーカー(茨木童子)は相性も悪いし、余り関わりたくない。出来れば勝手に脱落してくれ

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最終更新:2017年06月11日 18:07