噛み締める無力
「く……あ…………」
ズキズキと痛む頭を手で押さえながら、イサム・ダイソンは目を開いた。
目覚めの気分は最悪だった。
全身を走り抜ける鈍い痛みと、そして重い疲労感。
そして、何よりも――挫折感。
「俺……は……」
撃墜時の衝撃によって意識を失ったのだと気付いたのは、意識を取り戻してすぐだった。
そう、自分は負けたのだ。
惨敗、だった。
「チク……ショウッ…………!」
――ダンッ!
パネルに拳を叩き付け、イサムは強く歯を食いしばる。
情けなかった。自分の無力が、どうしようもなく。
倒せると思っていた。あの赤い機体を必ず仕留め、仲間の無念を晴らすのだと、そう真っ直ぐに思っていた。
だが、結果はどうだ。返り討ちにされた挙句、無様に意識まで失った。
自分が死んでいなかったのは、あくまでも結果でしかない。
相手が死体の確認を怠り、そして自分は運良く生きていた。ただそれだけの結果でしか。
「すまねぇ……すまねぇ、テンカワ……お前の仇……取ってやる事が出来なかった……」
苦渋の響きで声を絞り出し、イサムはコクピットで項垂れる。
自分を信じて二人の救助に向かわせてくれたアクセルに、何と言えばいいのだろう。
何も知らず周囲の警戒を行っていたマサキに、どう言えばいいのだろう。
それに、何よりも、あの場で悲しみに暮れていたルリに――自分は何を言えるのだろう。
絶対に仇は討つと言った、この口で。
「リフターを壊された他には、大したダメージは無いみたいだな……」
D-3のコンピューターである“マギー”によって、自機の状態をチェックする。
機体の状況は、思ったより悪くはなかった。
リフターを破壊されて飛行能力を失った事は痛かったが、それでも機体の運用に支障は無い。
「……とにかく、今は元の場所に戻る事を考えねえとな」
これからどうするかは決まっている。残して来た仲間の元に戻らなければならない。
悔いはある。今この瞬間も、苦い感情が身体に残っている。
だが、この場でいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
悔やむ事は、後からでも出来るのだから。
「戻るには……歩くしかねえか……」
仲間と別れた場所は幸いにも遠くない。
すぐ隣のエリアだ。飛行能力を失ったD-3でも、行き着くのにさして時間は掛からないだろう。
だが、襲撃を受けた事を考えれば、いつまでも仲間が同じ場所に留まっているとは限らない。
むしろ安全を確保する為に、あの場所からは離れたと見るべきだろう。
もちろん、仲間が自分の帰りを待ってくれている可能性はあるだろう。だが、それに過度の期待は掛けられない。
つまり自分の行動は、全て裏目に出てしまった事になる。
「……なさけねぇ」
後悔の中、イサムは機体を南に向ける。仲間との合流を目的として。
だが――
「……なんだよ、こりゃあ」
仲間の居場所に戻った彼を待ち受けていたのは、冷たく惨酷な現実だった。
見る影も無く破壊された、見覚えのある戦闘機。ホシノ・ルリのスカイグラスパー。
そう、彼女は死んだのだ。
「なんなんだよ……なんなんだよ、こりゃあ!」
叫ぶ。
行き場の無い怒りと悲しみが、イサムの中で荒れ狂う。
「あの時……俺が、一人で先走ったからか……」
憎かった。
彼女を殺した誰かではなく、自分の無力と浅はかさが。
「あの時……俺が無理に奴を追おうとしていなければ……仲間を守る事だけ考えてればっ……!」
――ドンッ!!
「畜生っ……! 畜生っ……!」
許せなかった。
こうやって他人の命を簡単に奪える連中が。
そして何よりも、自分の無力が。
だから、拳を叩き付ける。この行き場所の無い憤りを、とにかくどこかにぶつけてしまいたいとばかりに。
「俺が……俺がッ! 俺がッ!! 俺がぁぁぁぁぁぁっ!!」
……彼は知らない。少女の命を奪った者が、仲間と信じていた男だった事を。
【イサム・ダイソン 搭乗機体:ドラグナー3型(機甲戦記ドラグナー)
パイロット状況:肉体的には問題無し 精神的には激しい怒り
機体状況:リフター大破 装甲に無数の傷(機体の運用には支障なし)
現在位置:E-5
第一行動方針:アムロ・レイ、ヴィンデル・マウザーの打倒
第二行動方針:アクセル・アルマー、木原マサキとの合流
最終行動方針:ユーゼス打倒】
【二日目 3:30】
最終更新:2008年05月30日 05:57