移動・攻撃・[説得]・待機


日が替わり、夜明けが近い今もシロッコ達は身を潜ませていた。多少出遅れた形となったが、シロッコに焦りはない。市街地という優位点。他者の目を引きやすく、身を隠しやすい地形は絶好の待ち伏せ場所となりえた。いつまでも潜伏している訳には行かないが、少なくとも夜間行軍を行うよりは堅実な選択といえる。夜の間、着実に食料や使えそうな工具の調達、休息、周辺地形の把握、補給地点の確認と万全の体制を確保している。それに加えてキラからの得る情報は、デタラメな現状を真面目に考えるキッカケとなった。

「なるほど、キミの話はとても参考になる。少しは状況が飲み込めて来たよ」
 食事を取りつつ、コズミック・イラの情勢について聞き出したシロッコは思考を巡らせる。
一応、宇宙世紀と同じく地球を母星としているが、歴史的に大きく食い違いがあり、とても 同一世界とは思えなかった。それら数少ない情報から、シロッコは一つの仮説を導き出す。
(死んだはずのギレン・ザビ。オーバーテクノロジーを使ったロボット。見慣れぬガンダム。そもそも人物単位の空間跳躍など非常識にも程がある。だがそれは『私から見た時』の話だ。
 この少年の世界では、核融合炉どころかミノフスキー粒子すら認知されていない。
 同様に私が他の技術を知らぬ可能性もある。となればヤツは全てを知り、活用しているのか?
 空間跳躍、時間移動、死者蘇生。我々の常識では絵空事としか思えない技術を有している、という所か)
「……それで僕は言ってやったんです。『サイが僕に…』って真面目に聞いてくれてますか?」
「勿論だとも、それで私に『女性の扱い方』についてレクチャーして欲しいという事かね?」
「いえ、それはまたの機会に……」
 思案を巡らせながらも、キラの愚痴をシッカリと聴きほぐし、巧みな話術で少年を懐柔してゆく。
愚痴が一巡する頃には、キラの性格を把握しきっていた。
「……すまない。話の途中だが、私のファンが押しかけてきたようだ」

 ゼオラは行く。しかし行く当ては無い。どこへ行ってもアラドは居ない。それでも行く。
アラドは居ない。でも他の人は居る。なんで居るの?どうして居るの? アラドは居ないのに。
「アラドが居ないのに、なんで…!」
 ここへ来た理由も無い。居るはずも無いアラドを求めて彷徨い、気が付いたら居ただけだった。
周りに周った挙句、ゲーム開始時に居た場所へ戻って来てしまったのだ。
 目の前にガランとした寂しげな市街地が広がっている。ゼオラは、ここで殺した男を覚えている
だろうか? その次に出会った男を覚えているだろうか? しかしゼオラの目に映っているのは、
賑やかな街並み。綺麗なショーウインドウに建ち並ぶビルや店。一つ一つに詰まったアラドとの
想い出(となるはずだった願望)が湧き上がり、それは破壊の衝動となって開放されてゆく。
(アラドと一緒に来たかった。アラドと一緒に来るはずだった。アラドと一緒に…)
 でもアラドは居ない。そう思うと目に付くもの全てが妬ましかった。そこに居るだけで、そこに
あるだけで憎かった。そして最も憎い存在が、アラドを守れなかった自分自身であるという事に、
彼女の自我は耐えられなかった。私はアラドを助けられなかった。もう会えない。

 大きな衝撃音。幾つかのビルが一瞬で倒壊した。二人はゼオラを遠巻きに間合いを測っている。
(さて、どうしたものかね?)
 シロッコには今、近くに居る気配の持ち主をハッキリと感じ取れた。情念、憎悪、愛情、悲哀。
周囲に憎悪を撒き散らしながら、それでいて泣き叫んでいる様な意思。
(……やはり、あの時の娘か……それに……この感覚は……もしや)
 素早く記憶を辿り分析する。昼間の娘である事は間違いない。問題はその先にある感覚。
「シロッコさん、相手が……敵がヤル気なら……先手を取った方が……」
 先程からキラは焦っている様子だった。敵対者との接触が恐いのだろうか。夢中で殴られる前に
殴ろうとしている様にも見えた。こういう少年ほど喧嘩の際に仕返しを恐れ、必要以上に相手を
傷付けてしまうのではないかと、シロッコは奇妙な心配すらしてしまう。
「いいや、何でも力ずくで進めようとするのは良くない。特に女性を扱う時にはね」
「女性……? 知り合いなんですか?」
「ちょっとした縁でね。一瞬の油断で右腕を持って行かれたよ」
 シロッコが自嘲する。それは『二度は通じない』と自分に言い聞かせるようだった。

 ゼオラと通信を始めて数分。
キラは相手が同年代の少女であり、話しの出来る相手と分かったのか、元気を取り戻していた。
年頃の少年は現金なものだ、とシロッコは苦笑する。
「……そうですか。リョウトさんの事は……知りませんか」
「ごめん……えっと……もし良かったら、僕たちと……一緒に……」
 行動しませんかと誘うと、ゼオラに笑顔がこぼれた。通信回線越しだがキラをドキリとさせる。
それは敵対者の相手をするよりもキラを緊張させた。どう接すれば良いのか、戸惑ってしまう。
「ところで…キラさん? 恋人はいますか?」
「いや、あの……それは………………いません」
 突然の質問に困惑し、心の中でフレイに謝りつつもつい答えてしまう。ゼオラの微かに潤んだ
瞳がキラの心を捉えて放さない。ちゃんと『女性の扱い方』についてレクチャーを受けておけば
良かった。そんな事が頭をよぎった。
「そう……それなら……死んでも寂しくないよね!」
 何を言われたのか理解できず呆然とするキラに向けて、ゼオライマーが情け容赦なく閃光を放つ。
キラは反射的に回避を試みたが、慣れないモビルトレースシステムのせいか初動が遅れた。
(ダメだ、間に合わない!)
 キラの中で『何か』が弾けそうになった瞬間、横殴りの衝撃が機体を襲った。完全に虚を付かれ
吹き飛ばされたキラの眼前を、閃光が駆け抜けていった。ダンガイオーの放った左腕が、ゴッド
ガンダムを殴り飛ばし、閃光の射線から外したのだった。
「ゼオラさん! 何で……!」
 空中で体勢を立て直したキラの問いに、ゼオラは返答代わりの衝撃波を放った。殴られた部分が
傷むのか、まだ状況が理解できないのか、キラは回避する事で精一杯だった。

「気を付けたまえよ。女性は常に危険な生き物なのだから」
 まるでゼオラの取る行動を読んでいたかのように、シロッコは余裕を保っている。一見、冷静を
装っているゼオラが、実は普通の精神状態でない事をハッキリと感じ取っていたからだ。
(『キー』は『リョウト』か? いや、少し弱い、もっと別の……。少し刺激してみるか)
 先程からの会話に何度か出てきたリョウトという名前。ゼオラが拘りを見せてはいるが、どうも
本当に求める『キー』ではなさそうだった。
「お嬢さん、私を覚えているかね? あの時『リョウト』君を探していたのかい? いやそれとも
他の誰かを探していたんじゃないかな? キミの大事な友人、いや……恋人かな?」 
 わざとゼオラを逆撫でする様に問いかける。精神に安定を欠く彼女を刺激しているのだ。
「あの時の! 私がちゃんと殺さなかったから! だからアラドが! あなたが邪魔をしたから、
アラドを助けられなかったんだ! 邪魔さえしなければ、アラドは助かったのに!」
 激昂したゼオラが衝撃波を連発するが、ダンガイオーは華麗な動きで回避する。自ら撃たせ
た攻撃を回避する事は難しいことではない。ゼオラの激しい殺気が更にそれを容易にしていた。
ゴッドガンダムがサーベルを抜くが、ダンガイオーはゼスチャーで『戦うな』と制した。
(なるほどな。『アラド』か。それがこの娘の『キー』か。確か夕刻の放送で……)
 最初にゼオラの気配を感じた時からシロッコの脳裏には一つの単語がチラついていた。
人工ニュータイプ『強化人間』。元の世界で所属していたティターンズで研究され、戦争の道具と
して生み出された彼らの大半は、過度の薬物投与・人体実験によって精神に偏重を起こしている。
総じて能力が高いものほど精神的に不安定で、制御に記憶操作を必要とする者も多かった。
シロッコは、その『強化人間』についての記憶とゼオラから感じる独特の気配と短時間の会話から、
彼女がそれに近い精神状態にあると断定した。それはスクールで育成されたというゼオラの境遇、
重度といえるアラドへの依存症をほぼ適確に捉えたものといえた。
(『キー』さえ分かれば手懐ける事は容易い。私の猟犬に、自ら進んでなってもらうとするか)

 ゼオラは激昂していた。目の前のロボットと男の声には覚えがあった。昼間一度会っている。
あの時、まだアラドは生きていた。あんな所で手間取らなければ、アラド会えたかもしれない。
「あなたせいでアラドに! あんたのせいでアラドを! お前のせいでアラドが!」
 仮定はゼオラの中で確定に変わって行く。コイツが邪魔をしたからアラドに会えなかった。
それは少なくともゼオラの中の事実となった。私はアラドを助けられなかった。もう会えない。
「そうか、『アラド』君というのかね。キミの大事な人は……」
 気安くアラドの名を呼ぶな!ゼオラは憤り、衝撃波を繰り返すがビルを破壊しただけだった。
「大事な人を失ったキミの気持ちは分かるつもりだ。しかし今必要なのは……」
「分かる?私の気持ちが分かる?アラドのいない悲しみが分かる?知った様な口を聞くなぁぁぁ!
お前に何が分かる?!私の何が分かる?!アラドの何が分かる?!」
 絶叫と共にゼオラの心は痛む。叫べば叫ぶほど『アラドがいない世界』を認めてゆく自分が
嫌だった。もう黙れ。もう言わせるな。私はアラドを助けられなかった。もう会えない。
溢れる悲しみが、憎悪がゼオライマーの両拳を高々と上げさせる。
「分かるさ。キミは助けたかったんだろ、アラド君を。助けられるさ、キミならば!」
 シロッコの言葉に、今まさに打ち付けられようとしていた両の拳がピタリと止まる。
ゼオラは耳を疑った。ゼオラを支配していたのは、アラドを助けられなかった自分への憎悪。
アラドを奪った世界への憎悪。そして悲しみ。それがゼオラの全てだった―――
「何を……言っているの?! 私はアラドを助けられなかったの! もう会えないの!」
 ゼオラは困惑する。自分はアラドを助けられなかった。それが例え揺ぎ無い現実だとしても
否定したかった。でも―――否定できなかった。そして―――誰かに否定して欲しかった。
「……は……アラドを……助け……れな……もう……もう……アラド……」
 声が出なかった。もう一度聞きたかった。もう一度、全てを否定して欲しかった。アラドを
助けられなかった自分を誰かに許して欲しかった。
「キミなら『アラド君を助けられる』。私の指示に従えば、キミは『アラド君を助けられる』」
 ゼオラが最も聞きたかった言葉。最も求めていた言葉。繰り返し囁かれる心地よい言葉。
アラドのいない世界が現実だというのなら、そんな現実は要らない。ゼオラは求めている世界は
たった一つだけ、アラドと共に生きる世界。他の現実は全て間違い、要らない世界。
「どう…すれば良いの? 私は何をすれば……私はアラドの為なら……何でも……」
 ビルの谷間から照らす朝の日差し、その光の中にアラドの明るい笑顔を見た気がした。
それは彼女の望む幻影に過ぎなかったが、その抱擁に包まれゼオラは夢の中へ堕ちていった。
(私はアラドを助けられるの? またアラドに会えるの? アラドは私を許してくれるの?)
 いつの間にか涙が溢れていた。このゲームが始まって初めての喜びの涙。
「――つまりアラド君を助けるには、ゲームの主催者を打倒し、その力を手に入れる事が――」
 シロッコの説明など聞いてはいなかった。今のゼオラが必要をするのは、アラドを助ける事の
出来る世界。そしてそれに導いてくれる者だった。




(絶望を知る者は強い。それは事実だ。しかし絶望を知る者ほど希望の誘惑に弱い。それも事実だ)
 現実を否定し、己の望む夢に堕ちた娘に一抹の同情を感じながらもシロッコは微笑む。強さとは
単純な戦闘能力で決まるものではない。そう言いたげな表情であった。
「……大丈夫なんですか?死んだ人を助けるなんて約束しちゃって。
 ウソだったら……ゼオラさん、また泣いちゃいますよ」
 いまいち状況を飲み込めていないのかキラが問いかける。今、殺されかけたばかりだというのに
随分と落ち着いた、間の抜けた発言だった。細かい事を気しているようではガンダムになど乗れな
いのかもしれない。
「汚いと思うかね? 無益な流血を避けられるならば、私はあえて泥を被ろう。
 それに大風呂敷を広げる事が男の度量なら、それを畳む事が男の力量というものだろう? 勝算のない事は言わんよ」
 もっともらしく抽象的な事を言っておけば、この少年は納得するだろうとシロッコは見ている。
「大人の理屈……ですか? 良く…分かりません……」
「キミはまだ若い。急がなくて良い。ゆっくりと大人になれば良い。そして若者を導く事は大人の
役目だよ。キミを元の世界へ解す事もね。しかし、それにはキミ達の助力が必要不可欠なのだ。
そこでキミには当面、彼女の護衛と指導を頼みたい。年齢も近いようだし仲間として、友人として
接してあげればいい。見ての通り情緒不安定だから、先輩として面倒を見てやってくれ」
「はい。いや……でも……それは……」
 全体を説明する必要はない。当面の行動目的を与え、そこに説得力と正当性があれば良い。
(弱い人間は誰かに導かれたがっている。そしてこの少年達も例外ではない。これで手駒は二枚。
 娘の方は忠実な猟犬として操れるだろう。この純真な少年も扱いやすい。必要とあらば機体と
 首輪を奪えば良い。それだけの事だ。とりあえず他の参加者から首輪を………)
 シロッコが今後について画策していると、キラが何か言いたそうな目で見ている事に気づいた。
「何かね? 意見や質問があったら遠慮なく、聞きたまえ。可能な限り期待に答えよう」
 頼れる大人、信頼できる大人を演じるシロッコは笑顔で答えた。爽やかな作り笑顔だった。
「……あの……その……さっきの『女性の扱い方』についてのレクチャーを……」
 キラが消え入りそうな声でモジモジと言った。さっき殺されたかけたばかりで、そして今まだ
殺し合いゲームの中にいて、そういう余裕が出てくるのかとシロッコは感心する。これが若さか。
「な、なんですか! ……何がそんなに可笑しいんですか!」
 キラが恥ずかしさを誤魔化すように憤る。押し殺した笑い声が、通信を通して聞こえたらしい。
シロッコは笑った。このゲーム始まって初めて、いや数年ぶりに本当に笑った。
「すまない……しかし本当にキミは若いな。良かろう!
 彼女が目覚めるまでに、私が紳士としての『女性の扱い方』をキミに伝授しよう!」
「はい!」
 東方が赤く燃える中、妙な師弟(主従)関係が出来上がっていた。



【パプテマス・シロッコ 搭乗機体:ダンガイオー(破邪大星ダンガイオー)
 パイロット状況:良好(良い大人を熱演中)
 機体状況:右腕損失、全体に多少の損傷あり(運用面で支障なし)
 現在位置:A-1
 第一行動方針:他者から首輪を手に入れる
 第二行動方針:首輪の解析及び解除
 最終行動方針:主催者の持つ力を得る
 備考:コクピットの作りは本物とは全く違います、
    またサイコドライバー等を乗せなければサイキック能力は使えません】

【キラ・ヤマト 搭乗機体:ゴッドガンダム(機動武道伝Gガンダム)
 パイロット状況:良好(シロッコを信用)
 機体状況:損傷軽微
 現在位置:A-1
 第一行動方針:自分とゼオラの安全確保
 第二行動方針:シロッコに従う
 最終行動方針:生存】

【ゼオラ・シュバイツァー 搭乗機体:ゼオライマー(冥王計画ゼオライマー)
 パイロット状況:睡眠中・精神崩壊・洗脳状態
 機体状況:左腕損傷
 現在位置:A-1
 第一行動方針:アラドを助ける為にシロッコに従う
 第二行動方針:アラドを助ける事を邪魔する者の排除
 最終行動方針:アラドを助ける
 備考1:シロッコに「アラドを助けられる」と吹き込まれ洗脳状態
 備考2:ラト&タシロ&リオを殺したと勘違いしている】

【二日目 4:00】





前回 第121話「移動・攻撃・[説得]・待機」 次回
第120話「情けは人の為ならず 投下順 第122話「仇の約束
第126話「噛み締める無力 時系列順 第139話「冥王と巨人のダンス

前回 登場人物追跡 次回
第97話「第二の出会い パプテマス・シロッコ 第144話「冥府に咲く花
第97話「第二の出会い キラ・ヤマト 第144話「冥府に咲く花
第114話「漢の約束 ゼオラ・シュバイツァー 第144話「冥府に咲く花


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最終更新:2008年05月30日 05:46