再開(前編)
彼、チーフと名乗る堅物な男は道路沿い草原地帯に立っていた。
傍らには二つの墓と大きめの一本の木、そしてその木には奇妙な巨大ディスクが立てかけられてあった。
(かなりの時間をロスしてしまったな。追いつけるか?)
そう思いをよぎらせ、数時間前の惨劇を思い出す。
そう、木原マサキと名乗ったその男が年端もいかぬ少女を惨殺したことを――
しかしその時自分は不覚にも気絶していた。
そこまで考えが進むと自然と操縦桿を握る手に力が入る。
彼女を守るため力を尽くした仲間、ガルドにどう顔向けが出来ようか。
(おちつけ、焦るわけにはいかん)
そう彼は自分をなだめた、焦りからむやみに突出することは死に繋がる、それでは元も子もない。
それは彼が軍人として戦場でつちかってきた真理であり、そしてそれが追跡を遅らせる要因となっていた。
マサキが去りしばらくした頃チーフはグランゾンに乗り込みすぐさま追跡を開始しようとした。
しかしその操縦系統はあまりにも自分の愛機であったテムジンと異なりすぎていたのだ。
というよりもVRの操作が簡単すぎたのかもしれない――
チーフは優秀な軍人でありパイロットであったが、すぐには使いこなせそうにはなかった。
追跡しながら徐々に慣れさせていくことも考えられたが、
攻撃的な相手と遭遇する可能性もあり、またよしんば追跡に成功しても現状でマサキを倒すことは難しいと判断したのだ。
焦って返り討ちにあっては洒落にならない、必ず倒すと誓ったからには確実性が欲しかった。
しばらくあまり現地からは離れずに操作練習を行うしかなかった。
また、マサキによって殺された二人にせめて墓ぐらいは作ってやりたかった。
戦場で、しかもこんな何時自分が殺されるかもわからない所でかたくなに殺し合いを拒否した少女、
死んだ後まで利用され弄ばれた名前すらわからない少女。
本来ならば戦場にいるのは似つかない無力な存在。
そんな彼女等にせめて安らげそうな場所を与えてやりたかった。
街から東に外れた草原地帯、そこが彼女達の眠る場所、まるでその木が緑の墓標のような――
(とにかく焦って全てを終らせるわけにはいかん。)
全ての操作を習得し彼女達の埋葬を終えたチーフは再度思い、そして状況を推測する。
(おそらく奴は首輪を解析するつもりなのだろう。
そしてそれが出来るのは大掛かりな施設のありそうなG-6に限られる――いやE-1も怪しいか。
ならばこのまま東に進み、その後南へ降りればいい。)
実際のところは東に向かうのは気が重かった、
再び襲われる可能性もあり単にマサキを追うのであれば避けて通るのが確実と思われた。
だがガルドの消息を確認し生きているようならばコトのあらましを説明しなければならなかった。
(ガルド――、自分が生かされていたことと、
プレシアにマサキに対する警戒が無かったらしいことからマサキに殺されたということは無さそうだ、
ならばあの水中で待ち伏せていた機体と戦ったのだろう、生きていてくれれば良いが――)
そこまで考えをまとめた所でふと視線を巨大ディスクに向ける。
それはVRの存在そのものといってもよい物であった。
さっき二人の遺体を運ぶため病院へ戻った際、奇跡的に無事であったのをテムジンの残骸から発見、回収した物である。
このディスクの名前はVディスクと呼ばれる。
一般にVRの背についているVコンバーターと呼ばれる出力機に取り付けることによって
リバースコンバートと呼ばれる技術でディスク内に書き込まれたデータ(この場合テムジン)を実体化することが出来るのである。
つまり新たなVコンバーターさえあれば、再びテムジンを復活させることが出来るということになる。
(可能性は低いがな……)
そう思いながら、持ち運ぶにはちょいと不便な物体をわざわざ運び出し、
丁寧にも傷つかないよう立てかけてある己自身に苦笑するのであった。
(まだまだ甘いな。)
そう思いながらグランゾンに乗り込もうとしたとき、彼はさほど離れていない場所で爆発が起こるのを確認した。
それはややあって立て続けに起こり、こちらに近づいてくる。
「何だと!?」
平安を願って埋葬したはずのその地は、新たな戦場の場へと移り変わろうとしていた。
【時刻:二日目:15時05分】
「シロッコさん……前方から何か近づいてきます……」
「うむ、こちらでも確認した。」
そう返答しながらシロッコはキラを、
ゼオライマーに支えられるようにして立っているゴッドガンダムをみた。
声は弱々しいが多少は落ち着いて見える。
しかし――
(たった1時間前のコトだ、どうなるかわからんな……)
そう、先ほどの戦闘後ラトゥーニをシロッコが埋葬してから1時間弱しかたっていなかった。
あの戦いが終わった後シロッコは二人にしばらく休息をとらせ、できるだけ早く移動するつもりでいた。
先ほどの連中、特に
リョウト=ヒカワが万が一戻ってきた場合、ゼオラを抑えることが困難になるだろうと思ったからである。
事実あの戦闘後のゼオラはこれまで以上に危険度が増していた。
また、別の相手だったとしても今の状況で接触することは好ましくなかった。
戦うには戦力に不安が残るし、仲間に引き込もうにも他の二人がいては相手に好印象を持たせるのは難しい。
だがしかし、現在シロッコはリョウトが逃げ去った東へと進んでいる。
その理由は今目前のモニターに映し出されているグランゾンの存在であった。
二人を休ませている間に付近の偵察を行った時、シロッコはそれを見つけた。
ミノフスキー濃度が濃かったため相手には気づかれなかったようだが――
その相手は壊れた(おそらく戦闘があったと思われる)病院でなにかをコクピットへと運んでいるようだった。
普通の相手であればおそらくその場をスグに離れたであろう、
だがしかしグランゾンをみた瞬間シロッコはそれが只者ではないことを直感的に確信した。
設計者としての先見でもあったが、なによりもニュータイプとしての勘がシロッコにそう告げていた。
(あれを得ることさえ出来れば!!)
そう感じ取ったシロッコはパイロットのみをねらえる隙を探った。
だが不運にもその相手はすでに作業を終えたらしく
すぐにコクピットに乗り込むと何か円盤のようなものを手にし飛び立ってしまった。
しかも最悪なことに東に、である。
だが――
たしかにゼオラをつれていくことはかなりのリスクであったが、それでもグランゾンに対する魅力には及ばなかった。
加えて現状の戦力では相手に発見されない位置から攻撃を加えられそうなゼオライマー抜きというのは厳しい物がある。
しかしそれでもなかなか事はうまく運ばなかった。
ミノフスキー粒子が濃いおかげでレーダーはそこまで脅威ではなかったが、
そのパイロットが降り立ったところはほとんど平地であり気づかれないよう接近するのが難しく、
また相手がグランゾンからほとんど離れなかったためである。
(あえて、この場所で待機しているというのか…?なかなかのパイロットのようだな……)
シロッコはその相手に対し憎々しげに呟いた。
すでに何度も、攻撃をしようかというゼオラを制している。
じわじわと盆地に身を隠したまま近づいてはいたが、今強襲をかけることでうまくいく可能性は、
まだ五分五分といった所だ、下手を打って失敗すればこちらがやられることにもなりえる……
ゼオライマーは大丈夫であろう、先ほどのエネルギー消費もわずか1時間でかなり回復しているようだ、
自分も撤退ぐらいはなんとかなるだろう、だが疲弊したキラはほぼ確実にやられる。
それではまずい、まだ首輪を解析している間の護衛も必要だ。
加えて失敗した場合グランゾンが手に入る可能性は限りなく低くなる。
「キラ君、やはり君は町で休んでいたほうがいい、今からでも戻りたまえ。」
シロッコがそう声をかける。
「いえ…僕はまだ…大丈夫です……ゼオラを……守らなきゃ…」
キラがうつろな眼でそう答える。
「だがしかし、今の状態ではかえってゼオラに心配をかけてしまうだろう?
これは何も君だけのために言っている事でもないのだよ。」
そうできるだけ諭すように声をかける。
「でも…僕は……」
「大丈夫ですよ、シロッコさん。キラはみんなを助けてくれるんだから…ね?」
かわりにそう答えたゼオラに対してキラはどこか焦点の合わない笑みを浮かべる。
(ゼオラを抑えることが出来るかと思ってつれてきたが……これでは逆だったな……)
そう思ったがもはや後の祭りである。
(早く決めねばならんか。)
再度、目標を見つめた眼にやや焦りの色が浮かぶ。
だが相手はまだ隙を見せる様子はない。
そうこうしているうちに別のところに変化があった。
目標よりさらに前方で爆発が起こったのだ、それは続けていくつか起こりだんだんと近づいてくる
「シロッコさん……前方から何か近づいてきます……」
「うむ、こちらでも確認した。」
少し間の向けたようなキラの言葉に丁寧に返答を返すとシロッコは食い入るようにモニターを見つめる。
(まずい、奴はコクピットに乗り込むぞ……これでは無理か?ならば一か八か仕掛けるか?)
だがシロッコがその答えを出す前にゼオライマーの右腕からあふれ出た光があたりを包み込んだ。
【時刻:二日目:15時05分】
「あんたも……あんたもあの女のようにアタシを笑うのねぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」
アスカは絶叫していた。
「馬鹿な……僕は…そんなことは…………君はリオをしっているのか!?」
対するリョウトはやや困惑気味である。
数分前リョウトは自機へと向かってきた機体と接触した。
危険をはらんではいたが、リオの情報を集めるためであった。
だがその名前を口にした途端このありさまである。
リョウトに理解できるよしはなかったが、アスカにとって彼の落ち着いた態度が気に障ったのであろう、
自分をみて去っていくようならば彼女の自尊心を満足させたであろうが――
今の彼女には彼の態度は自分を見下しているように感じ取られたのだ。
「あんたなんかにぃぃ……笑われる筋合いはないのよぉぉぉぉぉ!!!」
「アタシが一番なんだからぁぁぁぁぁぁ!」
そう続けざまに言い放つと同時にファイブシューターがWガンダムに襲い掛かる、
いやこの場合ファイブというのはおかしいかもしれない。ダイモスは続けざまにそれを投げまくっていた。
「くっ!!」
間一髪、リョウトは自機を羽で覆いガードし、そのまま回避運動に移る。
すでにやや破損していた左翼をさらに傷つけることとなったが、とっさの反応としてはなかなかだ、
反撃にマシンキャノンで牽制し、距離をとろうとする。しかし――
「そんなもの……きくもんですかぁぁ!!」
装甲にモノを言わせなおダイモスは突っ込んでくる。
バスターライフルを構えようとするが、ダイモスは回り込み、
懐へともぐりこんだ、こう接近していてはライフルを思うように使いにくい。
「くぅう!」(おされている……)
かろうじてダイモスの拳をかわす。
「うをおおおおおお!!」
今度はバスターライフルを撃つ、狙いはてきとうだ。
相手は難なくかわし、それは道路を吹き飛ばした。だがその一瞬の隙に後退を試みる。
だがアスカはそれをやすやすとは許さない。天才と言われた彼女は目の前の機体の特性を見抜いていた。
離れて戦わない限りこの相手に遅れをとることはない、と
またWガンダムが左翼を破損していることによる飛行能力の低下もダイモスを引き離せない要因となっていた。
リョウトは懸命に、距離をとろうと後退し続けたが相手は執拗に迫り続ける。
今度はダイモシャフトとビームサーベルが交差していた……
(なんてパワーだ!この機体……特機か!)
彼の脳裏に先ほどのゼオライマーがちらりと浮かぶ。
(だが、こいつはリオを知っている。このままやられるわけにはいかない……)
「君は……君はリオを知っているんだな?」
再度たずねる。
「うるっさいわねぇぇぇ!!」
「あんな女に仲間扱いされる言われはないのよぉぉぉ」
「何!?それはどういう――」
しかし最後まで言い終わらないうちに視界が光に覆われ、破壊音が響く。
次の瞬間リョウトは片腕に損傷をおったダイモスをまのあたりにした。
そしてレーダーにいくつかの反応が出ていたのに気が付いた。そのうち一ついや二つが向かってくる。
まさにそれはついさっき自分が思い浮かべたゼオライマー、それそのものであった。
最終更新:2008年05月31日 11:15