リョウト


昔、僕は自分を好きになれなかった。
内気で、ネガティブで、人に自分の気持ちを伝えるのが下手で。
その場の状況に流されてばかりの受動的な生き方。そのたびに後悔しては、自己嫌悪に苛まれる。
DCに参加した時だってそうだった。周りに流され、いいように利用され、挙句捨て駒にされて。

……リオ=メイロンと出会ったのはちょうどその時だった。

「あ~っ、もう! 見てられないわ!!」
「!?」
「ちょっと、あなた! あそこまで言われて悔しくないの!?」
「え!?」
「言いたいことがあったら、ハッキリ言いなさいよ! あなた、男でしょ!?」

負けず嫌いで、自分が正しいと思ったことははっきりと口に出す。
僕とは正反対の性格。最初のうちは、苦手なタイプの女の子と言えたかもしれない。
でも彼女の後押しがあったからこそ、僕はあの時勇気を出すことができた。

「リョウト君、私…あなたのことを少し見直したわ。結構、勇気があるじゃない」
「あ、ありがとう。でも、あれは君のおかげで…」
「そうじゃなくて…『俺だって出来るんだ』ぐらい言いなさいよ。男は自信を持たなきゃダメよ」
「ご、ごめん…」
「もう、何でそこで謝るのよ!」

まだあれから1年も経っていないはずなのに、ずっと昔のことのように感じる。
こんな経緯もあってか、ハガネでは一番よく話をする相手だった。
PTの操縦訓練なんかも、よく一緒にやるようになった。
引っ込み思案な僕が早い段階でみんなと打ち解けられたのも、彼女のおかげだったといえる。

いつからだろうか、彼女を大切な存在だと意識し始めたのは。

正義感が強くて、まっすぐで、どこか危なっかしい部分もあるけど。
内気な僕なんかと違って強い……
「そんなことはないわ、リョウト君」
リオ……?いつの間にそこに?
「初めて出会った頃に比べると、凄く強くなったと思う。
 そして私も、あなたに何度も助けられたわ」
そうかな?僕もリオの力になれたのだろうか。
「そうよ……あなただからこそ出来たのかも知れない」
そんなことはないよ。リオやみんながいてくれたからさ。
そうだ、リオ……君がいるから、今の僕がある―――
だから、君は僕が守る。そう決意したんだ。
「リョウト君……ありがとう。でも、もう行かなきゃ」
リオ……?
「大丈夫、私はあなたの中に生き続ける……」
何を言って……それじゃ、まるで……

―――さようなら、リョウト君―――



目の前に広がる光景。

大破した二機のガンダム。見下ろす鬼のようなロボット。
地べたに這い蹲る自分。そして、その前には。
ガンダムに乗っていた状態からの遠目でははっきりとわからなかった、彼女の姿。

「リ……オ……」

う、そ、だ

あの顔はどうしたんだ?鼻は折れ、完全に潰れて、彼女の整った顔立ちは面影もない。
頭部が、割れている?そこから地面は血で真っ赤に染まっている。
全身の関節が砕け、手足の向いている方向がメチャクチャだ。
血と、肉と、何か白いものが見える……あれは、骨?
髪が汚れている、埃と血と、それと、あの流れ出てるモノはナニ?
……脳漿?
あれ、は、あれ、は。

うそだ、何かの間違いだ。
いやだ、やめてくれ。
夢なら……夢なら覚めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!

君は僕が守るはずなのに。
君がいて、笑ってくれればそれだけで、僕は……

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

「!!」
布団から跳ね起きる。全身が汗だくになり、荒く息をつく。
嫌な夢だ。夢というにはあまりにリアルで生々しい、まるで本当に起きたかのような。
「気がついたか」
突然声をかけられ、僕は驚いてその声のほうに振り向いた。
そこには男が二人。声の主は、やけに顔色の悪いほうだった。
「あ、あなたは……うっ!?」
意識がまだ朦朧としている。頭を強くぶつけたらしい。
「大丈夫か?まだあまり動かんほうがいい」
もう一人の、包帯を巻いた軍人らしい人が言った。
ここはどこだ?虚ろな意識の中、辺りを見回す。
畳張りの小さな部屋。どこかのアパートか何かだろうか。
窓の外を見る。もう日が暮れかけているようだ。
僕はどうしてここに?そうだ、確かあの鬼のようなロボットに……
突然、僕の意識は完全に覚醒した。
「リオは!?リオはどうしたんだ!?」
ずっと探していた、ようやく再会できたんだ!!
こんな所で寝てる暇はない!リオを助けなきゃ!リオは……
「待て、落ち着くんだ!」
これが落ち着いていられるものか!
ふと、隣にも敷かれている布団に目が行く。誰かが横たわっている。
あれ、は……まさか!?
布団を捲る――
「!!いかん、見るんじゃない!」

そこには、少女が眠っていた。
僕のよく知っている、僕が守ると決意した女の子。
ずっと探していた、会いたかった子。
そして、最も見たくなかった姿。

悪夢は、現実だった。

あれからどれくらい時間がたっただろうか。
僕は変わり果てた彼女の前で、ただ呆然としていた。
あの二人の男はいつの間にか部屋からいなくなっていた。
僕に気でも遣っているのだろうか。まあそんなことはどうでもいい。

僕達は戦争してるんだ。だからこうなる可能性も覚悟はしていたつもりだった。
でも、頭で覚悟するのと、実際にその事実を突きつけられるのとは違う。
あのアラド君の恋人――ゼオラと言ったか。彼女の気持ちもこんな感じだったのだろうか。
僕の心に渦巻いているもの。
それはかつて感じたこともないほどの、ありとあらゆる負の感情。
絶望。悲しみ。後悔。憎悪。さらには殺人衝動や自殺願望の類すら生まれてくる。
それは人間の愚かさの縮図のようでもあり、酷く滑稽だ。
けど、そんな滑稽な感情に取り込まれていながら。
さっきから、涙が一滴も出ない。
泣きたいくらいに辛いはずなのに。もう生きていることすら嫌になるくらい悲しいというのに。
泣けない。
何故?僕の想いは、意志は、その程度のものだったのか?
好きな子の、守ると決めた子の無惨な死に涙も流せないような薄情な人間だったのか、僕は?
薄情……そうかもしれない。
だいたい、何故僕はさっきからこんなに冷静、というか客観的に自己分析などしているのだろう。
まるで他人事か、あるいは自分がここにいないかのように。
負の感情に押しつぶされて、僕の心は壊れてしまったのだろうか。
あるいは今の僕は、大切な人を永遠に失ったショックで生まれた、別人格なのではないか。


その時……
「……誰?」
窓の外に感じた気配に向かって問いかける。ベランダに誰かいる。
「覗き見するつもりはなかった」
気配の主が姿を見せる。緑色の髪と服の、不思議な感じのする女性。
何故だか、危険な感じがした。敵、なのか?……でも、だからどうだというんだ。
「何の用です。殺すつもりなら、抵抗はしませんけど」
自分でも驚くほど、抑制のない虚ろな口調だった。感情のない、壊れた人間のように。
「力が、欲しいか?戦うための、力が」
「……別に戦う理由も、生きのびる理由もありませんよ」
口から出てくるのは、ただひたすら自暴自棄な言葉だけ。

今の僕の姿は、この女の目にはどう映っているのだろう。
同情?哀れみ?それとも嘲り、馬鹿にしているだけなのか?あるいは格好の獲物……?
……いや違う。この女は……

「生き延びれば、その娘を蘇らせることができるかもしれない……と言ったら?」

……この女、煽っている。この殺し合いゲームを。
恋人を殺され絶望している人間に、ありもしない一縷の望みをちらつかせ、同時に戦意や憎悪を促す。
ゲームを円滑に進めるために。今の僕は、そのためのいい利用対象なのかもしれない。
そういえば、ラトゥーニを殺した機体のパイロットも、死んだ者を助けるとか言っていた。
彼も同じような手口で、この女に狂気を植えつけられたのだろうか。
でも、何のために?
……この女の背後から、何か邪悪で強大な意思が感じ取れた。まさか、こいつは。

「そのための、戦う力がある。後はお前次第だ」

無表情のまま、考える。
力だって?仮に力を手にしたとして、どうする?
この女の戯言を真に受けて、大切な人を蘇らせるべく戦うか。
このまま憎悪に身を委ねて、全てを殺し尽くしてしまおうか。
もう一度仲間を集め、このゲームからの脱出方法を探そうか。
いや力なんて必要ない、このまま恋人と共に朽ちようか。

僕はどうすべきだろう……いや、どうしたい?
今一度振り返る。眠りについた少女を眺めて……
そして僕は決意する。この女の誘いに乗る、という形で。

僕の行動を見て、あの男は嘲笑っていることだろう。
今はお前の思惑通り、踊ってやる。
そう、今は―――
だが決して、このままじゃ終わらない。せいぜい笑っていろ。
ユーゼス=ゴッツォ―――


少女をそっと抱き上げる。
僕の意志は変わらない。
この子を守る。

さあ、行こう。僕の大切なリオ。僕だけのリオ。



【リョウト・ヒカワ 搭乗機体:なし
 パイロット状態:感情欠落。冷静?狂気?念動力の鋭敏化?
 現在位置:B-1
 第一行動方針:ラミアの誘いに乗る
 最終行動方針:???(リオを守る)
 備考:ラミアの正体・思惑に気付いている】

【リオ・メイロン 搭乗機体:なし
 パイロット状態:死亡】

【ガルド・ゴア・ボーマン 搭乗機体:エステバリス・C(劇場版ナデシコ)
 パイロット状況:良好
 機体状況:エネルギー消費(中) 駆動系に磨り減り
 現在位置:B-1
 第一行動方針:イサムとの合流、および障害の排除(必要なら主催者、自分自身も含まれる)
 第二行動方針:空間操作装置の発見及び破壊
 最終行動方針:イサムの生還 】

【チーフ 搭乗機体:テムジン747J(電脳戦機バーチャロンマーズ)
 パイロット状況:全身の打撲・火傷の応急処置は完了
 機体状況:ゲッター線による活性化、エネルギー消費(中)
 現在位置:B-1
 最終行動方針:ゲームからの脱出(手段は問わない) 】

【ラミア・ラヴレス 搭乗機体:ラーゼフォン(ラーゼフォン)
 パイロット状態:良好
 機体状態:良好
 現在位置:B-1
 第一行動方針:リョウトをマーダー化させる
 第二行動方針:参加者達の疑心暗鬼を煽り立て、殺し合いをさせる
 最終行動方針:ゲームを進行させる
 備考:ジャイアント・ロボのコントローラーを所持】

【搭乗者無し 機体:ジャイアント・ロボ(ジャイアント・ロボ THE ANIMATION)
 機体状況:弾薬を半分ほど消費
 現在位置:B-1】

【二日目 17:55】





前回 第191話「リョウト」 次回
第190話「海を前に 投下順 第192話「放送(第三回)
第188話「5分前 時系列順 第187話「そして偶然が連鎖する

前回 登場人物追跡 次回
第183話「奇跡 リョウト・ヒカワ 第197話「復讐の闇
第183話「奇跡 ガルド・ゴア・ボーマン 第204話「緑の交錯
第183話「奇跡 チーフ 第204話「緑の交錯
第185話「巨人は朽ちず ラミア・ラヴレス 第197話「復讐の闇
第183話「奇跡 リオ・メイロン


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最終更新:2008年06月02日 03:16