閃光(前編)


「思ったより時間がかかってしまったな……」
チーフは一人呟いた。
水中用のOSに書き換え、水中を渡り、またOSを一人書き換えて。
どうにか補給ポイントまでたどり着いたのはいいが、時刻はすでに24時を越えていた。
リョウトを追うにしても、他の脱出計画者と合流するにしても、あまりにも痛い時間の遅れといえるだろう。
しかも、1時間ばかり前に輝いた、あの光。
チーフとしては、実際経験したことはないが、戦術兵器などの資料集で垣間見たことがある。

  核

その威力は、たやすく町を焼き、何十万もの人間を焼き尽くす。
旧世紀、まだ冷戦と呼ばれるものが存在していたころ、アメリカという国は、携帯兵器として歩兵用のアトミック・バズーカを造り、
ソ連と呼ばれる国は、核地雷を造ったという話がある。
無差別な爆発ではなく、前述のような戦術兵器として調整してあることを、チーフは祈ることしか出来ない。
そして、願わくばそれで命が失われていないことを。
テムジン747Jの体をなめるように動き回っていた工具型の小型ロボットが、少しずつ減っていく。
おそらくは、補給が完了したということだろう。
「よし、各部チェック……オールグリーン。問題ないな」
テムジンの弾薬や、エネルギーが完全に満タンになっていた。
これで、まだしばらくは持つな。
そう思い、補給ポイントから離れようとしたと時、突然夜空の暗い光さえさえぎられた。
「――機影かッ!?」
とっさの経験から、爆発するような勢いでブースターを噴射し、距離をとる。
静かに補給ポイントに降りて来る巨体。それは―――

――ジャイアント・ロボ。
しかし、前にチーフが見たときとは、まるで違う。
下半身を抉り取られ、上半身だけで動くその姿は、全体のモチーフと組み合わさって、まるで包帯死体〈マミー〉のようだ。
ジャイアントロボの腕が、補給ポイントのスイッチを押すと、四角い箱から小さいロボットがミサイルのように撃ち出される。
わらわらと工具型のロボットがジャイアントロボに群がり始めた。
その様も、腐乱した死体に群がる蝿のような奇怪な想像を掻き立てるだけだ。
もしや、先程の核と何か関係があるのだろうか。だとしたら、何があって、何故こうなったかが想像がつかない。
その肩に、チーフはカメラを向け二段階拡大。
そこには、リョウトがいた。ただし、チーフの向きからでは、彼の表情は見ることは出来ない。
この距離なら、チーフに気付かないわけがないはずだが……?
確かリョウトという名前だったな、ということを思い出し、
「リョウト……といったな。何がいったいあったのか、話してもらえないだろうか?」
その声で気付いたのか、リョウトがゆっくりと振り返った。
「……――ッ!!」
無意識のうちにチーフはテムジン747Jを一歩下がらせていた。
撃て、と。
迷わずその場で撃てとチーフの経験と直感が言っていた。
昆虫のように無機質で、無感動で、無貌な瞳。人が死ぬことにすらさざ波一つ心にを立てないような瞳。
しかし、熱病にうなされたような腐爛した瞳。何かに執着し、それ以外何も見ようとせず、濁りきった瞳。
典型的な、狂気に犯された人間の――いや目的のためなら人間すらやめかねない狂った生物の瞳。
剣鉄也のように、ただ、目的のため燃えるように輝く瞳とは違う。
この瞳は……もっと恐ろしく、もっと危険なものだ。
コレは危険だ。
今すぐにでも、「外科的に摘出」しろ。今なら撃てる。
コレを放置すれば、どれほどの被害が出るかは予測がつかない。
トリガーにこめる力が気付けば、かなりのものになっていた。それこそ、もう少し力を込めれば、そのまま弾が打ち出されるほどに。
だが。
同時にチーフの理性が叫んでいた。
撃つな、と。
そもそも、ジャイアントロボがボロボロになってはいるが、だからといって何かやったという確証はない。
第一、彼がこうなったのも、自分がリオという少女を守れなかったことも原因の一つなのだ。
そのリョウトを、まさかとめるために来た自分が撃つと?
そんなことは、あってならない。
だが。
しかし。
かといって。
一つ前の思考を打ち消す言葉が、グルグルと頭の中を回る。
(どうする……!?俺は、どうすればいい……!?)


(どうしようかな………)
リョウトは、ジャイアントロボの肩から、テムジン747Jを凍った瞳で眺めていた。
ここであまり時間をとりたくないな、とは思ったが、かといって下手に動けば、むこうを触発してしまうかもしれない。
こんなくだらないことで、頭を使いたくないな。
僕は、今すぐリュウセイを殺しにいかなきゃならないのに。
あの状況、セレーナは死亡しており、ジョシュアも動ける状態じゃなかった。
それに、最後に聞こえた天上天下……とか言う声。あんなことを言うのは、彼しかいない。
リュウセイが、僕のリオを吹き飛ばした。そう、熱かったろうに、痛かったろうに、それを……それを……。
リョウトが乱暴に自分の頭をかきむしる。
殺したい。殺したい。殺したい。よくもリオを!
ああ、またイライラしてきた。
頭をかきむしる指に、さらに力が入る。その力はあまりにも強く、頭皮を破り、血が流れ始めた。しかし、それでもリョウトは
掻くことをやめない。爪と肉の隙間に血と肉が入り込む。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
ガリガリガリガリ
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
ガリガリガリガリガリガリ
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
そうだ。
だから、僕は行かなくちゃ。こんなところで、悩んでる暇なんてないんだ。
ちょうどよく、補給も終わったみたいだ。これなら、殺せる。リュウセイを、殺せる。
「ロボ……いけ」
もう、リョウトの瞳には、チーフなどという路傍の石ころは写っていない。写っているのは、リュウセイと、その先に待つ剣鉄也のみ。
上半身のみとなったジャイアントロボが、空へと飛ぶ。
しかし、一発のソードウェーブが、ジャイアントロボのすぐ側に打ち込まれた。
「とまれ。そして、何があったのか……話してもらう」
チーフとしては、あくまで警告、それ以上の意味はない足止めの一撃。
しかし、ただの路傍の石に、邪魔をされたリョウトの気持ちはいかようであったか。
「ロボ」
自分がつまずいた石を蹴り飛ばすような、生きていないただのモノを見る瞳で。
「全弾打ち続けろ」
補給ポイントに上に載るジャイアントロボから、雨のような数の兵器が撒き散らされた。



機体のあちこちをやられた状況で無理に核を撃ったため、GP-02サイサリスは、大の字になって地面に倒れていた。
ブースターの利かせ方も甘く、吹っ飛んだせいだ。
「うぅ……」
リュウセイがコクピットでうめく。
酷く体が痛い。しかも、視界は、定まらないくらい揺れていた。しかも、ガンガン大音量で、音が聞こえてくる。
「―――リュウセイさん!生きてたら返事をしてください!リュウセイさん!生きてたら返事をしてください!」
訂正。音ではなく、声のようだ。
「その声……エルマかよ?無事だったんだな」
「リュウセイさん!生きてたら返事をしてください!リュウセイさん!……って起きましたか!?」
どうやら、リュウセイが起きるまでひたすら叫んでいたようだ。
だがリュウセイも起きたはいいが、まだ意識がはっきりしておらず、クラリと来て、コンソールにもたれるような形になった。
「ちょっと!リュウセイさんこそ大丈夫なんですか!?」
「ああ、俺は大丈夫だ。それよりセレーナ達は…………」
「……………」
答えは、無言。しかし、それは何よりも雄弁に現実を伝えていた。
リュウセイの首輪が爆発しない時点で、ジョシュアは確定。
また、リュウセイが気絶している間に、エルマが自分の主の状態を確認してないはずがない。
それに、生きているならば、この場に顔を出しているだろう。
―――2人は、もうすでに死んでいる。
「俺は……みんなを守ろうと思って……なのに、なんてザマだ!」
力いっぱいコンソールをリュウセイが叩く。
「リュウセイさんのせいじゃないです。そもそも、セレーナさんを離れた自分のほうこそ、何で……」
うつむくエルマが、搾り出すように呟いた。
最悪の沈黙が、その場に厚いカーテンのごとく被さる。


いったいその時間はどれほどだっただろうか。少しだったかもしれない。何十分だったかもしない。
しかし、その静寂を切り裂いて、爆音が遠くから聞こえてきた。
1人と1機はそろってそちらを振り向く。―――夜空が真っ赤に染まっていた。
僅かな地鳴りもある。
「この爆発音、ミサイルの連射間隔……間違いなくさっきの、ジャイアントロボです!」
「あいつ、また誰かを……!」
体の痛みを無視し、GP-02サイサリスを起き上がらせる。しかし、それまで。
自分の体の重みに耐えかねたように、GP-02サイサリスが膝を突く。
もともと、かなりボロボロで、戦闘機動は無理といわれており、電撃で電子機器もやられていた。
その状態で、冷却系もブースターも満足にきかせず核を撃ったのだ。機体にガタがきたところで何の不思議もない。
だが、理屈では分かっていても、頭では納得できようはずがない。
「頼む、GP-02サイサリス、起きろ、起きてくれ!俺はまだ、やらなきゃならないんだ!」
それでも調整系を弄り回し、立たせて一歩を踏み出させる。
さらに一歩。さらに一歩。
あまりにも遅い。
僅かな凹凸に引っかかって、GP-02サイサリスが転倒した。
「なんで、なんでなんだよ……俺には、見ていることしか出来ないってい言うのかよ!」
「リュウセイさん……」
遠くビルの隙間から閃光が漏れ続ける。
GP-02サイサリスの下半身は完全に機能を停止し、残った両腕が地面を書くばかり。
その姿は、まさにリュウセイの状態をそのまま写していた。
必死にもがくが、何も変わらない。自分は何も出来ない。ただ、無力だ。
「もう、アヤの時のような思いはしたくねぇ……俺は、いかなきゃなんねぇんだ……」
這いずって、GP-02サイサリスが進む。
進んだところでそこにたどり着けるのか、とか
たどり着いたところで何が出来るとか、とか
そんなことは関係ない。ただ、前へ。リュウセイの全身の細胞が、進めと指令を出した。
彼の魂が叫んでいた。
現実がどうとか関係ない。とにかく、進め!
「リュウセイさん……もうなにをしても……やめてください」
エルマが悲壮な声で言った。
エルマの目からは、現実を受け入れられず、ただ足掻くかわいそうな少年――そんな風に見えただろう。
だが、それは違う。
リュウセイのそれは、セレーナにも通じる、戦士の意地と魂から湧き出す、意思による行動だ。
傍目から見たら、みっともないだけかもしれない。だけど、絶対にあきらめない。
無様と嘲笑わられても、愚かだと憐憫の目を向けられても、愚鈍だと蔑まれても、何度倒れても、必ず起き上がる。
百回倒されたら、百回起き上がる。千回倒されたら、千回起き上がる。
千回砕かれれば、千回よみがえる。決して誰にも壊すことの出来ない、人の魂。

―――人、それを『鋼の魂』という。

そして、『鋼の魂』は『奇跡』をよぶ。
これだけ、広範囲に撒き散らされ砕かれた瓦礫の中。
GP-02サイサリスが触れた、一本の腕。
慌ててそれを掘り返す。
「おい……これ………」
まだ戦う力を持ち新たな戦士を待つ、セレーナが遺した物。人の意思を、力へと変える奇跡の機体。
それは……ARX-7 アーバレストだった。



「待て、こちらに戦う意思はない!とまれ!」
チーフが声を張り上げるが、一向にミサイルの雨がやむ気配がない。
まぁ、当然といえば、当然だろう。
猟師が鳥がさえずったからといって撃つのをやめることはない。
リョウトからすれば、その程度だからだ。
(馬鹿な人だ)
蔑むわけでもなく、嘲笑うわけでもなく、ただ冷静にリョウトはそう思った。
リョウトは、一言もチーフと口を利いていない。
もちろん、リョウトからすれば、チーフと話すことなど何もないというのは大きな理由の一つだが、もう一つある。
―――徹底的にこちらから情報を提供してはいけない。
リョウトは、激しくイラついてはいたが、心の一部がある意味『死んだ』状態の彼は、
冷静に虫でも観察するような目でチーフを分析し、そう判断した。
相手は、自分を攻撃していいかどうか、決めかねている。
自分が最後にあった段階では、チーフは、こっちを撃っていいいような『悪』か否か決める決定的な要素がない。
そして、今のジャイアントロボの状態を見れば、何かがあったかは明らかだが、詳細は分からない。
つまり、自分が、攻撃を受けマシンを壊され過剰に防衛している被害者か、能動的に攻撃している加害者か分からないから
こそ攻撃を控えているわけだ。何か取っ掛かりとなる言葉を与えて、攻撃を本格的に加えられては今のジャイアントロボでは厳しい。
なにしろ、状況から考えるに、あの剣鉄也を撤退させたであろう人物だ。
パイロットの物腰、見事にミサイルをかわし続ける技量と運動性、そのポテンシャルは、どう考えても非常に機体、パイロット共に高い。
(本当に、馬鹿な人だ)
仮に、今の仮定が正しいとしたら、やる気になればジャイアントロボなど一蹴することが出来るだろう。
それなのに、自分の正義を貫く上での犠牲を出すことを認められない。
正義を、ヒューマニズムとか、命は大事とかつまらないことのせいで正義を貫き通すことが出来ない。
だいたい、これだけ攻撃されているんだから、察して攻撃してもいいだろうに。
もし、万が一を間違えたらと思って自分の身を危険において。くだらないことにこだわって。
結局、自分がいい人でいたんだろう。
正義を貫いて、人から後ろ指を指されることを恐れて。
―――まぁ、いいさ。
自分は違う。
正義のためなら、リオのかたきを撃つためなら、絶対に迷わない。
どんなことをしてでも達成してみせる。
「撃て!撃ち続けろロボ!」
そうだ、僕には、掲げるべきものがある。こんなところで手間取ってる暇はないんだ。
大型ミサイルランチャー、小型ミサイル多連ランチャー、80mmスポンソン砲にロケットバズーカ。
さまざまな兵器が補給ポイントから次々と補給され、途切れることなく打ち出され続けている。
ロボには複雑な動作も必要ない。ただ、「撃て」と命じるだけだ。
無限vs人の集中力の持続時間。
どちらが勝つかは、見て明らかだろう。
だが、あまり時間を食うのも考えものだ。撤退ルートをつぶすよう撃ち続けているためチーフから逃げられることはないが、
その間にリュウセイに逃げられる恐れはある。
そうなれば、また探しなおす必要がある。なんとなく、どこにいるか今のリョウトは把握することは出来たが、
かといって手間が増えるのはあまりよろしくない。
どうしたものかと周りを見回し、
「あ、れ……は……」
視界が、一瞬怒りで赤く染まった気がした。
怒りで思考力が根こそぎ奪われ、正常な判断を失ったリョウトが叫んだ。
「ロボォォッ!全弾アレにブチ込めェェェ!」
リョウトの目に映ったのは、R-ウィング。もとある世界でリュウセイの乗っていた戦闘機だった。



いつの間にかフォルカもいなくなり、一人フラフラと僅かな予感を頼りにR-ウィングは飛び続けていた。
どうしようもなく、リュウに会いたい。
そうしないと、自分は―――自分は、自分を保つことすら出来ないかもしれない。
深く、自分の殻にこもり続け、浅い呼吸でうなされるように顔を下げていた。そのため、
「え?」
ひたすら意識を内に閉ざし、リュウに会うために飛び続けていたマイは、一瞬反応が遅れた。
現実に浮き上がった意識いっぱいに映し出されるのは、大小さまざまな銃弾。
「よけろォーッ!!」
黄色、白、青の何処か戦闘機のような美しさをもった細身のロボットがマイの乗ったR-ウィングを突き飛ばした。
さっきまで、R-ウィングがいた――そして今は突き飛ばしたロボットがいる場所に、大きく爆発が広がった。
爆発に巻き込まれたロボットは、厚い煙と、炎でさえぎられてみることが出来ない。
確かに心配だし気にはなるが、こちらもそうはいっていられない。さらに追い駆けてくる多くのミサイルたち。
(駄目だ、このままでは……)
いくら機動力があっても、全方位から迫るミサイルをとめることは出来ない。
ミサイルの隙間を縫うように飛びはするが、僅か僅かな減速の間に、確実に近づいてくる。
いくつかのミサイルがR-ウィングを捕らえるその直前、R-1に変形し、念動フィールドを形成する。
そこへ襲い掛かるミサイルの群れ。続けざまに多くのミサイルがR-1にぶつかり、念動フィールドとR-1をゆるがせる。
いくらマイの強念で生み出された念動フィールドいえど、それは鉄壁ではない。
マイの精神の消耗と共に、確実に薄くなっていく。
ギリギリの限界を見極めて、横っ飛びし、転がり続ける。すぐ真横で、爆発爆発爆発。
転げる勢いを使って、R-1を立ち上がらせ、メインカメラを急いで確認する。
「行けェェ!ロボォォォ!!」
大型のロボットがまっすぐこちらに突っ込んでくる。
「へんけ―――」
変形し、上に逃げようとしたさなか。視界の端、自分の後ろにいる影が見えた。
先程、自分をかばったロボットだ。右腕を失い、地に伏しぐったりしている。
だめだ、今自分がここを離れては、後ろのロボットは、粉砕される。
誰が乗っているかはわからない。だが、かばってもらった以上見捨てるというのは……!
(だが、私では……どうしたら……!?)
ジャイアントロボはこちらに迫る。
(どうする……どうする!?)
さらに、ジャイアントロボは迫る。
(どうすれば……!?)
―――私に任せておけ。
マイの思考に、僅かに不純物が混じる。しかも、滴るような悪意のこもった毒の意思。
ジャイアントロボの腕がR-1に力強く振り落とされ―――
「下衆が」
ないでとまった。R-1の数メートル上で、何か同じくらいの力で押し返されているように震えている。
マイとは、比べ物にならないほどにならないほどに強固な念動フィールド。
しかし、生み出しているのは、先程と同じR-1だ。なら、いったいこの少女はいったい……?
「お前のような半端な念動力者が、サイコドライバーの私に敵うと持っているのか?」
その声には、とても10代半ばの少女とは思えないような嘲りの響きがこめられていた。
R-1の右腕に、緑色の光が集まる。それを、無造作にR-1は振り上げた。
体格差を跳ね返し、ジャイアントロボが後ろに吹っ飛ぶ。
ざっと見て、マイの3倍の念動力。
その隙を見逃さず、『彼女』は更なる念をR-1に込める。
R-1の横幅より広い巨大な剣が収束した。
「T-RINKブレード……いや、『天上天下念動破砕剣』とでもいってやろうか?」
弓のように体をしならせ、天上天下念動破砕剣を、リョウトを殺すべく放とうとするが、
「あ、ぐ………あ、頭が、違う、わたしは、こんなこと、うるさい、私の言うとおり……」
まるで、2人の人間『彼女』とマイが話し合っているように、マイがうわごとを呟く。
R-1がまとっていた威圧感が消え、収束した剣もまた解けて消えた。
たたらを踏むようにR-1がよろめく。
「こ、の声……レビ・トーラー」
さしものリョウトも驚きの声をあげた。あの戦争の最強の敵にして、敵の大首領。
先程見せた念動力といって、まちがいない。それほどの大物がこの場に居合わせようとは。
こいつは、危険だ。
自分のことは棚に上げて、リョウトは思った。
コイツほどの存在が、よりにもよって念動力を増幅するあの、R-1に乗っている。どれほど危険極まりないことか。
あの、リュウセイ=ダテが乗っていたR-1に。
「こいつは、殺しておかなきゃ……あの戦争で死んだ人たちのためにも」
ジャイアントロボが、無防備な姿をさらすR-1にこぶしを振り上げる。
「お前がいなかったら、DC戦争すら起こらなかったんだ……死ネェェェ!!」
もはや、支離滅裂である。
そもそも、彼が怒っていたのは、自分からリオを奪ったことで、至りの矛先は鉄也とリュウセイだけのはずだ。
潜在的にはあったかもしれないが決して、彼の巻き込まれた戦争に関してはない。
狂っている。
この言葉がこれほど似合う人間も、この世界には少ないだろう。
生きていようが、死んでいようが、リオの存在は、彼にとってイカリの役割を果たしていた。
だからこそどれだけ狂っても、リオがいたからこそ、それが基軸となってそこまで壊れることはなかった。
だが、それが外れた彼に、分別などあるはずがない。
ただ、『怒っている』と『狂っている』が状態として、こびりついている。
それに付属する『理由』や『信念』はもうすっぽりと抜け落ちた。
感情だけが心に固定され、その思うままに動く。
もう一度言おう。
狂っている。
だが。
その彼でも、怒りを向けるものへの優先順位というものは残っていたようだ。
場に、乾いた音が響く。
機械が砕ける破砕音ではない。
乾いた……まるで銃でも撃ったかのような音。
ピタリとジャイアントロボの動きが止まる。リョウトが錆付いた機械のような動きで振り向いた。
「やらせねぇ……これ以上やらせてたまるかよ!」
夜の空気を引き裂いて、澄んだ空気に足音が響く。
童話のヒーローのように、白亜の神像が姿を見せた。


「リュゥゥゥゥセエエエェェェ!!」
リョウトが方向転換しまっすぐアーバレストへと接近する。
「三人とも!征くぜ!」
「モーションマネージャ・設定終了……はい!」
〈ラージャ。バイラテラル角の設定1.チャーリー1の書き換え完了。しかしこの設定では本機の85%が限界〉
「そんなもん、勇気で補えば……」
「勇気で補えば?」
「100%だ!」
〈教育メッセージ。勇気で、本機の性能が上昇するのでしょうか?〉
「もちろんだ!3人力を合わせりゃ、120%、140%の力だって出せるぜ!」
〈本機に、そのような仕様は確認されておりません。ナンセンスです。……しかし、嫌いではありません〉
「そんなこと言ってる場合ですか!敵、きます!」
「おっしゃあ!MM(モーションマネージャ)3番!」
「はい!MM3番って……えぇ?」
疑問の声をあげながらも、エルマがMM3を起動させる。
次の瞬間、アーバレストは、安定しきった重心移動で、最速のスピードで前に走り出した。
「うあああァ!!」
ジャイアントロボが、無差別飽和のミサイルを吐き出す。
「ミサイル着弾地点演算。メインモニタに表示します!」
「オッケェーッ!俺だって、伊達や偶然で生き残ってたわけじゃないって教えてやる!」
エルマの演算に従い、ミサイル着弾点を避けるようにさらに走る。
その動きは、滑らかでよどみがない。まるで、猛禽類や猫化の猛獣が獲物に襲い掛かるような動きで距離を詰める。
「行けロボォォ!!」
左右から抉り込むようにパンチが振り落とされる。
「MM1番、続いて、MM2番起動!」
ギリギリまで拳をひきつけ、アーバレストがスケート選手のように横に回転しながら、第三世代ASの特有の高いジャンプを見せる。
「コイツを、思いっきり蹴り飛ばすイメージ……T-Rinkナックルと同じ……いっけぇ!」
頭に、ジャイアントロボを思い切り蹴り飛ばすイメージを浮かべる。そのイメージと共に浮かぶ、2人の顔……ジョシュア、セレーナ。
こいつを倒せなきゃ、またあんなことが繰り返される。そんなこと、絶対認められねぇ!
「アーバレスト!お前に魂があるんなら、答えろ!」
回転した体から足を突き出し、後ろのエンジンをつける。
アーバレストの肩が展開され、美しいオーロラのようなものが回転もあってアーバレストを包み込む。
英単語を口に出して覚えるように、口に出すことでイメージを強く増幅する。最後に脳裏に浮かべるのは、イングラムの撃ったあの一撃。
「稲妻……流星蹴りィッ!」
10tばかりのアーバレストが蹴ったとは思えない音があたりに響き渡る。
よもや、10mもない機体が、ジャイアントロボを大きく吹き飛ばしたなど、誰が信じられようか。
〈このような戦術は、想定されていません。ラムダドライバが発動しなかった場合、足のマッスルパッケージの7割が……〉
「うまくいったんだ!気にするなって!」
〈了解しました。〉
リュウセイが今、ラムダドライバを起動させられたのはリュウセイが似たような兵器を使っていたのも大きいが、
それよりも重要だったのは、アルの変化。
オムニスフィアを通じ、裏側の法則を引き出すアーバレストやヴェノム、ベヘモスたち。
これらとアーバレストは決定的な違いがある。兵器として、一定の水準を引き出すことを目標としたヴェノムたち。
対して、アーバレストは違う。
できるだけ搭乗者に近付くように。
搭乗者の心理や感情を把握し、シンクロできるように。
それによってオムニスフィアからの連鎖反応を高め、より効率よく増幅し、様々なことができるように。
本来、バニの死を知ったところから真の意味で覚醒したオリジナルのアルと違い、このアーバレストのアルは、最初から常に
『教育メッセージ』を取得してきた。ほぼずっとコクピットにいたセレーナの感情などを浴び続けていた。
だからこそ、セレーナを気遣う様子を見せた。
苦悩、悲哀、希望、悩み……そういったものをライブで受け続けたアルは、『人間的』に成長する。
そして、セレーナの撃ったラムダドライバのデータも、彼女の『死』についても。
本来、変更不可なパイロットの変更も、ユーゼスの無理なプログラミングでさせられているが、それはアルのリセットは
意味していない。人間は、身近な人の死を受け成長するというが、このAIはいったいどうだろうか。
さらに現在、接続されているエルマからも、生の経験の数々を吸い上げていた。
アルは今までの経験を持ってリュウセイとシンクロし、成長し続けている。
それも、凄い勢いで。
「次だ!ボクサーを出してくれ!」
「分かりました!」
〈ラージャ〉
起き上がりながらもミサイルを吐き出すジャイアントロボに、追走しながら散弾銃を撃つ。
しかし、今度はラムダドライバがこめられてないためか、装甲一枚抜くこともできない。
「緊急回避!」
ミサイルの着弾予測にいたアーバレストを、エルマが強制的に横っ飛びさせた。
さらに、アルがジャックナイフ機動で、アーバレストを起こす。
「す、すまねぇ2人とも」
〈「サポートは任せてください〉」
思わず二人の息が合う。
今のアーバレストは、三身一体で動いていた。バイラテラル角を1に設定し、リュウセイが極力戦いやすいようにする。
エルマが、モーションマネージャを独自に1~15番まで設定し、体の回線をアルに接続、フレキシブルに使用する。
自動照準モードも同様だ。本来、自動照準モードもMMの機動も、いざ戦闘になったら大して役に立たないが、
エルマがその場その場において微妙な調整をかけている以上、これ以上ないほどの武器となっていた。
今のリュウセイが受け持っているのは、火気のトリガーと、とっさの機動と、MMでカヴァーできない部分。
もっとも、折れた左腕をあまり動かさないようにするため、
武器は持ちっぱなしになっているが。(だから、リュウセイは蹴りを選択した)
エルマは、MMと、自動照準モードの適切な調整、切り替え。
アルが本来アームスレイブの持つ機能と、リュウセイの補佐。
リュウセイの言葉どおり、3人の力をあわせることにより、100%以上の力をアーバレストは見せていた。
もともと、SRXに乗っていたリュウセイは、操縦系の分割に抵抗がない。さらに、この分割でアルが一個の存在として扱われ、
成長を促進させられているというのも大きい。
「撃て、撃てェ!」
ジャイアントロボの重火器が一斉に発射される。
しかし、アーバレストには当たらない。それどころか、ジャイアントロボに正確に近づいていく。
「セレーナも……ジョシュアも……いいやつだったんだ……」
〈アラート!〉
ステップを踏み、唸りを上げてさらに接近する。
「それを!お前に何をやったって言うんだよ!!」
バズーカの連射の間隔を正確にカウントしていたエルマにあわせ、対戦車ダガーがきらめいた。
狙い済ましたようにバズーカの中に吸い込まれ、中の火薬に引火。大爆発を起こす。
「こ、んな……おかしい、こんなはず……ロボ、いったん補給だ!」
リュウセイの気迫に、リョウトがさがる。
おかしい。リュウセイにこれほどの技量があるはずかない。
彼の知っているリュウセイは確かにマシンに対し天性の素質というものがあった。
だが、ここまで研ぎ澄まされたような戦い方をする人間ではなかったはずだ。
無駄が多くて、突撃屋で、感情的で……
なまじ、性格が自分の知るものと同じだけに、得体の知れない感覚が背中を這った。
「アル!エルマ、もう一発いくぞ!MM3番、MM1番、続いて2番!」
まっすぐ、スピードを上げ、ジャイアントロボの背中にアーバレストが飛ぶ。
もう一度、完璧な角度で、回転蹴りが炸裂する。
ここにいるのは、リョウトの知るリュウセイではない。
未来を含む3度の大戦乱を乗り越え、一度は仲間の死すら乗り越え、霊帝を砕いた偉大な勇者の一人。
真の成長した戦士なのだ。
吹き飛ばされ、補給ポイントにジャイアントロボがぶつかった。
「う、ぐ、ぐぅ……」
頭を強くぶつけ、ただでせさえ血だらけのリョウトの頭が、さらに赤くなる。
補給ポイントに手をつき、ジャイアントロボが起き上がる。同時に、補給ポイントから工具ロボがあふれ、また弾薬を補給する。
「これで終わりだ!」
アーバレストが手の電気銃をリョウトへ向ける。
そのとき、ジャイアントロボの目が薄く輝いた。
「ッやべぇ!」
先程と打って変わって風をまとい早い突きがアーバレストへ打ち込まれた。
「MM4を起動します!」
エルマの声と、アーバレストが下がるのは、同じだった。
ジャイアントロボに仕込まれている、オートガード機能が発動したのだ。
ジャイアントロボは、片腕でリョウトを庇いつつ、またもミサイルを狂ったように撒き散らした。
アーバレストが回避に専念し、意識が僅かにジャイアントロボから離れる。
ジャイアントロボが、それほど高度なAIを備えているかは分からない。
だが、その時ジャイアントロボは、その隙を狙いアーバレストへこぶしを打ち込もうとした。
「駄目です!緊急回避間に合いません!」
「ラムダドライバを……」
使おうとしたが、その集中も、追いつかない。もはやこれまで……!
「リュウを……やらせはしない!」
横から、一つの影が割り込み、ジャイアントロボの腕にしがみ付いた。
さっきまで、ひたすら某立ちしていたR-1だ。
「その声、マイなのか!?」
その声に答えるより早く、ジャイアントロボが横に手を振った。
通常の50倍を超えたパワーを受け、R-1は、木屑か何かのように吹き飛ばされ、R-1はビルに激突し、また動かなくなった。
だが、それによってできた隙をリュウセイは見逃さない。
アーバレストがジャイアントロボの腕に渡り、肩へと走り出す。
反対の手がアーバレストをつかもうと伸びる。
「やらせん!」
ジャイアントロボの腕がはじけとんだ。
遠く離れたところから、見たことのない機体が腕を伸ばし、武器を手に取りこちらにかざしていた。
ついに、目の前にリョウトの姿が明らかになる。
このまま、12,7mmチェーンガンで吹き飛ばすことができた。いや、むしろそれがもっとも容易で、簡潔な選択肢だった。
(でも、それじゃダメだろ……みんな)
憎しみを、憎しみで返してはいけない。そんなことをしても、皆悲しむだろう。だから、このまま殺してはいけないのだ。
アーバレストが手のひらをリョウトに向ける。
そして、ついに戦いの終わりを告げる、爆音に比べればささやかな音が鳴った。



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最終更新:2008年06月02日 16:50