全ての人の魂の戦い(1)
「まず、差し出がましいことかもしれないが、今わかっていること、成すべきことを確認しよう」
デビルガンダムへ急行する最中、タシロが話を切り出した。
「まず、あのガンダムは、非常に巨大だ。地表から見える部分でも巨大だが……あの竜のような首が地面の中に広がっているだろう」
おそらくですが、と前置いて地中で放射状に広がっていること、首は数百m、そこから数kmは射程であることを副長が付け加えた。
「だが、それでも征かねばならん」
「だからこそ、君たちの情報がまだ救いなのだ。」
「あれだけの巨体なら、自立行動が可能なはずです。しかし、人間をわざわざ取り込んだ。
これはつまり人間をなにか重要な機関として使用している可能性が強いでしょう。
そして、どんなマシンでも生物でも再生不可能な機関を失えば……」
「……止まるやもしれん、ということか?」
ヴィンデルの問いに答える声はない。今言ったことは、仮定に過ぎないのだ。だれもはっきりとはわからない。
分からないことを答えられる人間などいない。もし、いるとすれば、その人間は嘘吐きか、ホラ吹きだろう。
それでも、みな心の何処かではっきりとした正解を望んでいる。微妙な重苦しい沈黙が場を包む。
「結局、ミオを救う、その一点は変わりないか。なら、何がわからずとも成すべきことさえわかれば十分だ……!」
マシュマーが誰言うわけでもなく呟いた。前を、まだ見えぬデビルガンダムを見つめ、それ以外に視線一つ向けない。
「マシュマー……そうか、そうだな」
ヴィンデルがはじめて苦笑して見せた。
やるべきことは決まっているのだ。どれだけ暗雲が立ち込めようと、その先に指標とすべき輝きは見える。それさえ見えれば十分だ。
「やれやれ……年をとると後ろ向きになっていかんな」
「データが足りない以上、わからないことがあるのも当然です。あとは現場で計算すればいいでしょう」
ここで、初めて彼らは意思をひとつに纏め上げた。
ミオを救うために。
「タシロ艦長、あなたに現場指揮をお願いしたい。こう見えても元の世界では総司令官などという立場だが、
何しろ乗っている機体が、戦闘特化型の機体だ。戦闘に専念したい。頼めるか?」
「任せてくれてかまわんよ。もちろん、そのつもりだ。では……いこうか。目標への距離は?」
「現在10km。あと数分で到達ですな」
「ここにいる総員に告ぐ!」
たった4人の騎兵隊に、統率者の声が響く。
「これより、我々は人命救助のため、敵機動兵器と接触する!現在確認できる現状では、勝利は薄いかもしれない。だが!
必ず我々が止めねばならない。囚われている彼女はもちろん、今この世界にいる全ての人々のために、他の悪魔を討つ!」
『応!!』
殺し合いの場に似つかわしくもない、正義の轟きが空に響き渡る。
「敵、大型1!小型1!敵スレイブの反応は……観測不能!レーダーで反応のしないところのほうが少ないようですな」
もはやマトモな地面が見えない。そこらじゅうに触腕がのた打ち回る光景は、まさに黙示録の光景だった。
次々とガンダムヘッドが奇怪な叫び声を上げ、各機に襲い掛かる。
「持久戦は圧倒的に不利な以上、一点突破を狙う、誰も振り向くな!」
カイザーのパワーが、ガンダムヘッドをひねりつぶす。ディス・アストラナガンの攻撃が的確に関節や首の付け根を狙撃する。
「これほどとは、な……」
タシロが嘆息する。まるでこの機体とは、格が違う。これほどの力と、パイロットの技量。
ガンバスターですら危ういのではあるまいか? と思うほどだ。
この力なら、主催者を打ち砕くことが可能かもしれない。もちろん、それまでの障害は山ほどある。
しかし、皇帝と悪魔の力はそう思わせるものがあった。
「かならず、生き延びさせねばな……」
これほどの力を、思いを消してしまってはならない。かならず、彼らの力はゲームに抗う者の大きな助けとなるはずだ。
そう、この若い2人を生き残らせることが、元の世界ですべてを終え、この世界に来た自分のやるべきことなのだ。
物思いに僅かに傾いた心を起こす声。
「敵、本体来るぞ!」
触腕の海から巨体がせりあがる。
ゲッター線を浴び、時間をかけたデビルガンダムは、もはやもとある世界のものを超えるサイズに成長していた。
左右不均等で、右に3本の腕を持ち、左に2本の腕を持つ。首からは歪に生えた2つ目の頭を持ち、下半身もまた顔に酷似している。
人体をでたらめにつなぎ合わせたマッシヴなオブジェに、機械の表皮を被せたようなものだ。
右の胸部は、張り出しているにもかかわらず、左下腹部は異常なほどに細い。
肩は四方八方に張り出し、無数の棘をそなえていた。もはや、人工物だったという名残はどこにもない。
それは、ダイダルゲートによる負の感情の収集速度も、加速度的に増えた結果だ。
ダイダルゲートは本来、ウルトラマンガイアとアグルによって撃破された根源的破滅招来体を、帝王ダイダスが取り込んで作ったもの。
時空と次元を超越したゲートは、他の次元のゲートを通じ、
初期の負の心に慣らす段階を超え、さまざまな次元から能動的に取り込むようになっていた。
ゲッター線による急速な進化と人の負の感情は、あまりにも歪んだ力と進化をデビルガンダムに与えていた。
――ウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥオオオオオオオオオオォォォォォォォヲヲヲヲヲ!!
顔の装甲を引き裂き、デビルガンダムが咆哮を上げた。
肩の棘に光が灯る。1つしか灯っていなかった光はいくつもいくつもいくつも増えていき――
「……!全員散開しろ!急げ!」
悪寒を感じたヴィンデルが声を張り上げた。3人も何かを感じていたのか、疑問も言葉も挟まず散った。
その直後。何十本もの閃光が駆け抜ける。
「あの肩の一本一本が、拡散メガ粒子砲……いや大口径メガ粒子砲か!」
マシュマーは、ディフィレクトフィールドを展開、そのままスピードを落とさずデビルガンダムへ突貫する。
しかし、デビルガンダムはそれを阻むように、メガ粒子砲が正確に襲い掛かる。
「1本、2本、3本……もうバリアの限界だと!?」
ウィンドウに警告メッセージが表示された。
並みの攻撃ならいとも簡単に跳ね返すディフィレクトフィールドがあっという間に磨耗していく。
いったんバリアを解除、すぐさま直上へと飛び退る。
何本、何十本という破壊の牙がディス・アストラナガンのわずか背後で輝き続けた。
そして、ある程度上ったところで一気に急降下し……
「悪いが……ここまでだ!」
画面いっぱいに映し出される巨大な鬼の顔。その拳がディス・アストラナガンへと打ち出された。
明るい緑色の光が限界まで噴射され、腕を紙一重でかわす。
「私の邪魔をするな……!」
ドスの聞いた声でマシュマーが言う。
ラアム・ショットガンを抜き放ち、そのままトリガーを引き絞る。散弾を連射し、3発分を打ち込む。
しかし、ガイキングにははっきりとしたダメージを与えることはできなかった。
「悪いが……あれは俺が勝つためにはまだまだ使えそうだからな。壊されちゃ困るんでな!!」
角が激しく稲妻を放出する。
「DG細胞で強化したガイキングの力をみせてやる!」
腕がガイキングがまた接続される。その腕を空へと高く掲げてみせた。
「サンダァーブレーク!!」
腕へと稲妻が伝わり、力が収束する。強化されたガイキングの一撃は、空中放電すら可能なレベルに達していた。
(まずい……!)
しかも、本来の帯電量がグレートマジンガーより桁違いに多い。腕を横に振るように振り下ろす。
槍のように飛ぶはずのサンダーブレークは、圧倒的な電力により、大剣のように周りをなぎ払った。
「フィールド展開、エンゲージ……!」
ディフィレクションフィールドが真・サンダーブレークを防ぐ間に肩部ユニットを展開、すぐ目の前の雷にメス・アッシャーを発射。
爆砕。
………
……
…
「今の爆発、マシュマーは無事か!?」
地表を移動していた2機の直上で爆発が巻き起こる。
「確認はできませんが……無事だと信じましょう。それに……」
ミサイルを壁のように展開。そこに突如触手の海から3匹のガンダムヘッドが先行するMkⅢ襲い掛かり、ミサイルと衝突した。
MkⅢを回り込むようにカイザーの両手のターボスマッシャーパンチがバリアで足止めされたガンダムヘッドを砕く。
「こちらもそう余裕はありません」
副長の、「さすがにむやみやたらと自分を傷つけることはしないだろう」と言う言葉を信じ、こちらは地表を進んでいた。
この副長の選択は、一方で正解していた。デビルガンダムのメガ粒子砲も、触手を傷つけぬように水平射撃にきりかえられたことに
より、読みやすく、また数も激減していた。
だが、この地表を進むルートは、別の危険を孕んでいた。それが、この「海」より無尽蔵に湧き出すガンダムヘッドが近いこと。
徐々に接近してはいるが、レーダーに存在がポイントされてから、出現までの間隔が短いガンダムヘッドの攻撃をかわすことは
難しく、結果MkⅢを先行させて弾幕で進行を止め、そこをカイザーが砕く戦法をとっていた。
「戦闘と最大速度を両立させているためでしょうか、エネルギーの減りが激しいようですな。
ですが、これでもサイズ対比の『首』の出現率は30%。大きさから考えれば、これでも少ないくらいでしょう」
「だが、いけるところまではやってみようじゃないか……!」
「……いや、もう十分だ。マシュマーの援護と確認に向かってくれ」
ヴィンデルが静かに口を開く。
「もう十分に近づいた。これ以上、このような戦法を取れば、遠くないうちに撃墜されることになる。
ここまでくれば、最大速度で一気にいけるはずだ。それに、その機体では、奴と戦うには逆に足を引っ張ることになるかもしれん」
「何を言っているんだ、ヴィンデル君。まだ奴へは距離がある。ここでやめれば、その機体は……」
「だがこのままいけば撃墜される。」
「なに、その覚悟はあるつもりだ。それに、やすやす落とされるつもりもない」
「頼む」
多くはしゃべらないが、強い調子でヴィンデルが言った。
「ここからは、私とマシュマーだけで十分だ。いや、我々がやらねばならない。だから……マシュマーの援護を頼む。」
そう、これは、アクセルの弔いをかけたものでもあるのだ。だから、その当事者だけで決着をつけねばならない。
まして。まして他人をそれで死なせることなどあっては、誰に顔向けできようか。
だから……
「……分かった。彼の援護に向かおう」
一拍おいて、ため息をつくようにタシロは答えを返した。
確かに、このまま行けば、彼の足を引っ張るかもしれない。それだけは避けたい事項だ。
それに、苦戦しているとしたら、マシュマーの援護も必要だ。
「感謝する」
「だが、それは君が死んでいいというものではない。それを覚えておいてくれ」
そう一言言うと、MkⅢは空へと舞い上がっていった。
「やはり、わかっていたか。……当然かも知れんな」
決死の覚悟をヴィンデルが持っていることにどうやらタシロは気づいていたようだ。
だが、それでも彼がデビルガンダムへ一人で行くことを許した。
それは、マシュマーを助けることが必要と思ったこともあっただろうが感謝の言葉もない。
だが、わずかな感慨にふける間もない。目の前にまた湧き上がるガンダムヘッドの群れ。
「いくぞ、マジンカイザー!」
カイザースクランダーが大きくバーニアを噴かす。一気に速度を上げ、邪魔をするガンダムヘッドを切り裂きながら一直線に。
いくらモース硬度において27を誇る超合金ニューZαとて、無敵の金属ではない。
いくつものガンダムヘッドを切り裂き続け、ビームに掠られ、少しずつ疲弊し、削れていく。
だが、止まらない。マジンカイザーは止まらない。猛烈な勢いを持って、デビルガンダムへ迫った。
空にそびえる鉄の城のごときマジンカイザー。その巨体は、しかし今のでデビルガンダムの前では問題にならぬほど矮小だ。
「うおおおおおぉぉぉぉ!!」
ついにたどり着いたデビルガンダムにカイザースクランダー限界のスピードを落とさず拳を叩きつける。
グシャリ、と砕ける音が響き渡った。
「なんだと!?」
――マジンカイザーの右腕が。
マニピュレーターそのものが使用不可能になったわけではないが、明らかに損傷が見て取れた。
対して、デビルガンダムは無傷。装甲に凹み一つ無かった。
「くッ!」
デビルガンダムを蹴り、爆発に巻き込まれないよう安全な距離とって、ギガスミサイルや光子力ビームを撃ちまくる。
1発でも機械獣を打ち砕くミサイルと熱線が10発以上デビルガンダムへ撃ち込まれた。たちまち爆炎で姿は掻き消えていく。
「これならどうだ……?」
煙が、一筋のメガ粒子砲によって払われた。煙から浮かび上がる巨体には傷一つ、ついていない。
慌てて回避運動を取り、それを避ける。一発目を避けたその先に、狙い済ましたように二発目が来る。
すんでのところでかわしたところに三発目……まるでマジンカイザーのすべてを知り、次弾の弾道へ追い込んでいくように。
ヴィンデル背筋に戦慄の寒気が駆け上る。遠距離でデータの無いときならともかく、この距離で相手のデータを得た
デビルガンダムのメガ粒子砲は、一分の乱れも無い。乱射のように打ちまくりながら、一発も無駄弾を撃っていない。
回避の範囲は確実に狭まっている。
掃射でも乱射でもない。何十発と絶え間なく繰り出される狙撃。
(まずい……!)
ついによけられる方向は下の一部のみ。マジンカイザーがそこに回避すると同時、「海」から大量のガンダムヘッドが昇って来る。
迎撃するしかない――!
そう判断し、ファイヤーブラスターの発射姿勢をとり、一気にエネルギーを開放しする。
ブレストファイヤーの数十倍の威力の熱量をぶつけられ、ガンダムヘッドはまとめて消滅した。
しかし、結果的にマジンカイザーは動きを止めてしまった。つまり……
直後、何本ものメガ粒子砲がマジンカイザーを貫いた。地表に落ちていくマジンカイザーをまた新しいガンダムヘッドが襲い掛かる。
16匹ものガンダムヘッドによりマジンカイザーは見えなくなっていった。
(う、お、あ……)
巻きつくガンダムヘッドの圧力で、コクピットが軋みをあげる。それだけではなった。
わずかに割れたガラスの隙間から、長い棒が出ていた。首をうつろな意識で下に向ける。
そこには、胸、左腕、右肩が長い棒に貫かれた光景があった。
――そうか、この長い棒はアレのうろこのようなものか
もはや痛みすら感じない。どこか遠い場所から自分を見つめるような気持ちで、そんなどうでもいいことを考えていた。
(私は、死ぬのか……?)
終わる。ここで人生が終わる。
心の何処かで、それがいいと誰かが呟いた。
戦った。連邦軍として
反乱軍と戦った。異星人と戦った。愛する世界が完全に異星人の手に落ちてもゲリラとして戦った。
たくさんの仲間が死んだ。当然のことだ。それでも戦った。ついに星を取り戻した。その後異星人を駆逐するまで戦った。
平和が戻った後も、残党狩りとして戦った。必要とされなくなったとき、今度は政治家として世の中の悪と戦った。
愛する世界が腐っていくことに我慢できず、反乱軍として戦った。司令官として、前線の戦士としても戦った。劣勢のときも戦った。
膠着したときも戦った。優勢のときも戦った。別の世界に行っても戦った。また必ず、生まれた世界に戻り、正すために戦うだろう。
戦って、戦って、戦って、戦い続けた。そして、これからも戦う。
もう、いいだろう。
戦いすぎた。もう、一旦休んでもいいだろう。
一人で、ゆっくり……
一人。一人?
……?
何かやらねばならないことがあったような……?
誰かと、約束した。2つのこと。たくさんの人との約束と、誰か1人との約束
なんだったろう。
思い出せない。思い出せないが大切なことだったはずだ。
思い出せない。まて、なら考え方を変えよう。なぜ大切と思った?どこで引っかかった?
一人。一人で引っかかった。約束は一人心に決めたものではない……?なら、約束した相手は誰だ?
(隊長、信じてますぜ!)
誰だ?
(ここは私たちに任せてください!司令官は安心して本部を一気に落としにいってください!)
いや、一人じゃない。もっと、もっとたくさんの……
(この戦い、本当に私たちは異星人に勝てるのでしょうか?)
(上層部も馬鹿ではない。勝てない作戦は立てないだろう)
答えているのは……私だ。
(隊……長、ありがと……うございます。あなたの、隊に……入れて本当、幸せでした。
うおおぉぉーッ!!ヴィンデル隊バンザーイ!!)
彼は……私が始めて受け持った部隊の……
(何をやっているんだ、ヴィンデル。まだやることは残ってるんだろう?なに、潜入工作は任せておけ。気にするな)
アクセル……そうか……これは……
(隊長!)
(ヴィンデル隊長!)
(司令!)
(ヴィンデル!)
私は……私は……
「死ぬわけにはいかない!!」
瞳にまた力が戻る。血でぬめる操縦桿を握りなおす。体はズタボロだ。しかし、動かないわけではない。まだだ……まだ戦える!
たくさんの名も無き兵士たちが、私に託したのだ。
戦士が、本当の意味で生き続けることのできる世界を作ってくれと。
アクセルが、託したのだ。彼女を救えと。
「私は私一人で立っているのではない!だから私は立たねばならない、倒れてはならない、戦わなければいけない!」
ヴィンデルの体から輝く。体に突き刺さった棒を伝い、その光は、ガンダムヘッドへ流れ込んでいく。
デビルガンダムに搭載されたダイダルゲートシステム、それは人の心を集める装置。
それがヴィンデルの意思により、逆流とも呼べる現象を引き起こした。ダイダルゲートが集めるのは負の心だけではない。
ただ、場に満ちる魂にそちらに属するものが多かったからそうなっただけ。正義の意思を持つものが、人のために心を集めることもある。
矮小な人間一人の……いや幾人もの命の輝きが、圧倒的な巨体を苦しめた。
拘束の緩んだ隙間から光が漏れた。ヴィンデルだけではない。マジンカイザーまでもが光り輝き、時を巻き戻すように再生している。
「マジンカイザー、立ち上がれ!お前もツヴァイザーゲインと同じく皇帝の名を冠するものならば!!」
突然なにもしていないのにガンダムヘッドは弾け飛んだ。
いや、違う。あまりに高速な斬撃の衝撃波が吹き飛ばしたのだ。
『兜甲児ではなきマジンカイザーの適応者よ……運命の力が
お前を真の主の一人と認めた……もはや模造品ではない……真の力を!』
胸に『神』の一文字が刻まれる。
皇帝マジンカイザー。それは、人の意思を持って振るわれる魔神の力の化身。
「いかん!緊急回避だ!」
「弾幕を張ります!」
MkⅢがマルチトレースミサイルを撃ち、目くらましの役割を果たす。
「無駄だ!ドリルプレッシャーパンチ!」
ガイキングの腕に突然刃が現れた。さらに高速回転でうなりを上げ、ミサイルの雨を潜り抜け、MkⅢの右腕をえぐり飛ばした。
「やらせん!」
鷹のように上空からディス・アストラナガンがラアム・ショットガンを撃ちながら、ガンスレイブを使ってガイキングの追撃を阻止する。
「無事か?」
「腕部破損。まだ問題はありません」
「だが、これは……」
「何を話している!まだまだいくぞ!」
ガイキングの猛攻がMkⅢとディス・アストラナガンを襲う。2vs1にもかかわらず、戦いはガイキングが圧倒していた。
突っ込んでくるガイキングに、フォトンライフルとラアム・ショットガンを放つ。当たったが、ダメージはほとんど見られない。
しかも、簡単な傷ならば数分で直してしまう。
逆に、ガイキングの一撃はどれも必殺と呼ぶにふさわしい威力を持っていた。
わずかに当たるだけで、深刻なダメージを受けることは確実だ。
「このままでは、両機とも撃墜されるやもしれんな……」
(あれを……アイン・ソフ・オウルを撃つべきか?)
そう、今ガイキングを倒しうる唯一の可能性。それは、ディス・アストラナガンに搭載された絶対消滅兵器。
アイン・ソフ・オウル
(しかし……)
胸をマシュマーは少し押さえた。
本来、時を渡る者や、怨念の王たるものしか扱えなかった力。人の手に余る代物だ。
もともと、ディス・アストラナガンの力を引き出すものは、不の心を持つもののみ。
なぜならディス・アストラナガンの力の源が不の心だからだ。
つまり、下手に力を解放させれば、我が身の破滅を引き起こしてしまう。
いや、どう扱おうが、ただの人間の域を出ないマシュマーの魂は削られていく。
むしろ、強化人間であることは、魂の出力を促進するものであった。
あと、アイン・ソフ・オウルを撃てるのはせいぜい2発。それ以上はマシュマーの魂が耐えられないだろう。
(皮肉だな)
破滅に近づけば近づくほど、魂は機体と同化し、より、この機体のことを熟知し、力を引き出せるようになる。
そして、機体の力を完全に引き出し、すべてを知ったころにはすでに破滅へカウントダウンが始まっている……。
「マシュマー君、われわれが隙を作る。その間に行きたまえ」
――それでは、そちらが――
そんな言葉がのどまで出掛かった。
「わかった」
今、自分がなすべきことをなさねば。それは、ミオを救うこと。それ以外にかまっている暇は無いのだ……!
「そう、それでいい。副長君、悪いが、一斉攻撃後分離してくれ」
「……タシロ艦長、なぜ」
「もう、ここまでくれば、あとは彼らに任せよう。その残りの後始末は私だけで十分だ」
「いえ、そうは言わせませんよ。あなたもあのヴィンデルという男と同じです。大切なことを忘れています。
……もともと艦長、クルー、艦は一蓮托生でしょう」
「いや、君は若い。まだ……」
「それに、『計算』では艦長一人では無理とでました」
そう言って少し副長は笑って見せた。そんな計算、あろうはずが無い。そんなこと、計算できるはずが無い。
「なんてこった……まったく、強情とは思っていたが、ここまでとはな」
帽子のつばを指でなぞり、タシロもまた笑って答えた。
「では、行きましょう。カウント」
ガイキングが2機へと迫る。
「3」
あと8秒で接触
「2」
ディス・アストラナガンが駆け出す。
「1」
ガイキングの意識がそちらに僅かだが移行した。
「……今だ!」
MkⅢ、ガンナーユニットの両方に内臓された大量のマイクロミサイルが発射され、さらにフォトンライフルと、残った砲門から
Gインパクトキャノン――念動力者がエンジン制御をしてないため低威力だが――がミサイルの隙間を埋めるように注ぎ込まれる。
発生する爆炎。爆煙。爆発。
その隙にディス・アストラナガンは一気に駆け抜ける。
「逃がすか!」
これほど大量の攻撃を受けながらも、ガイキングは正確にディス・アストラナガンへ腕を向ける。
爆発の煙や熱でマシュマーはそのことに気づいていない。
「しまった……!?」
分離から加速の一瞬の隙。MkⅢもガンナーも反応できない。腕が今、もう数瞬で発射される、その刹那。
輝きが戦場に満ちた。
生命の輝き。光の炎。
マジンカイザーの放った輝きは、また別の戦場にも影響を与えた。
「なんだ!?あの輝きは!?う、うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!?」
突然ガイキングがもだえ苦しむ。しかも、焼けるように装甲から白い煙をあげ、身をよじる。
「今だ!」
ガンナーユニットが、ガイキングの腹部にぶち当たる。そのままGインパクトキャノンを撃ちながら、艦首に当たる部分を下に向けた。
どんどん高度を落とし2機はきりもみ落下していく。
「く、この程度で!」
ガイキングのもう一つの顔の口が大きく開く。しかし、ガンナーユニットはまったく臆せず、そのまま口へと吸い込まれていく。
「このまま地表に落とすつもりだったのだろうが……計算が違ったな!」
顎でガンナーユニットが噛み砕かれる。さらに、コクピットへパンチを繰り出した。
「計算違い?いいえ、計算通りです。……タシロ艦長、艦では酒は厳禁でしたからな。向こうで酒でも飲みましょう」
さらに副長がペダルを押し、加速させるのと、コクピットが潰れるのはまったく同時だった。
主を失っても、ガンナーユニットは加速し、鬼を地に落とした。
鉄也の体に2回猛烈な衝撃が伝わった。一回目は、地に落ちたとき。では2回目はいったい?
鉄也が状況を確認しようとカメラを見る。
「な……」
写っているのは、ヒュッケバインMkⅢ。そう、2回目の衝撃の正体は、ヒュッケバインMkⅢが両足に組み付いたときの衝撃。
ヒュッケバインMkⅢはバチバチと音を立てる。しかも、関節をすべて固定し、ガイキングにしがみ付いている。センサーで確認すると、
敵のエンジンの熱量が異常なほどにあがっている。まさか。
「自爆!?死ぬつもりか!?」
「いいや。」
タシロが最後のセーフティを解除する。
さらにエンジンが回転数をあげ、ついにウィンドウにはLimit Overの文字が表示される。
それでも、まだ出力を上げ、回転させる。
「託すつもり、だ」
そして、トロニウムによる大爆発が起こった。
最終更新:2008年06月02日 16:29