エピソード0



今思えば、それはどこか不愉快な感覚だった。

自分の中にある何かが薄れ、徐々に消えていく。
消えていくごとに、言いようのない苦痛が脳内を蝕んだ。
それに代わって、新しい何かが刻み込まれていく。
刻まれるごとに、苦痛は引いていった。

そして苦痛が完全に消えた時――
調整完了のアラームが鳴り響き、カプセルの蓋は開いた。

私は身を起こし、重い瞼を開く。
そこで最初に目に入ったのは――仮面を被った男の姿。
そう……彼こそが、我が主。
「目覚めたな、W17。私の名はユーゼス・ゴッツォ。お前の創造主だ」
人形としてあるまじき思考であるが――
この時、呼びかけてくる主の姿に、私は得体の知れない不快感を抱いた。
だが、それもほんの一瞬。
私の中に設定されたプログラムが、次に何をすべきかを指示してくる。
「お前は我が計画のための道具として、この世に生を受けた。
 お前の剣を、お前の持つ全てを――この私のために揮うがよい」
「はい……ユーゼス様」
私は主の前に跪き、忠誠の意を示した。

嫌な感じの男――
それが、私のユーゼス様に対する第一印象だった。
同時に、何故彼は、こうも悲しげな瞳を見せるのか……とも思った。
感情すら認識していなかったはずの自分が、何故あの時そうした印象を抱いたかはわからない。

そして、私とユーゼス様の長い旅が始まった。
通常時間に換算すれば、何十、何百年に相当する、長い長い旅が。
ユーゼス様が、神への階段を上るために。
バトル・ロワイアルという呪われた遊戯を始めるために。



彼らの選択


カラータイマー。
ウルトラマンの胸にある、光の巨人の力を示す半球状の発光体。
しかし、そこにあるカラータイマーは、ウルトラマンの持つそれとは違った。
本来あるべきはずの青く輝かしい光はその中にはなく、代わりにどす黒い闇が渦巻いている。
この3日間で、ダイダルゲートを通じて哀れな参加者達から搾り取った負の波動。
殺戮の中で命を散らしていった、まつろわぬ霊達。
別の言い方をするならば――『マイナスエネルギー』。
かつてウルトラマン80が着目した、人が誰しも持つ負の情念。
それがカラータイマーに蓄えられた闇の正体である。
あらゆる手段を持って限界まで増幅させられたマイナスエネルギーは、ゼストの力の源となり、
絶大な力を発揮してくれることだろう。

だが。

「馬鹿な……」
愕然とした呟きがユーゼスの口から漏れる。
「こんな馬鹿なことがあってたまるものか!」
呟く程度では抑えきれない。悲鳴にも似た絶叫が、部屋に響いた。
動揺を、そして絶望を隠し切れない。
握り締めた拳が震える。仮面から覗く瞳には、涙すら滲んでいた。
長きに渡る悲願が、音を立てて崩れ落ちていくのがわかった。

ゼストは、完成しない。

マイナスエネルギーは、十分な量を収集できている。
今の状態でも、具現化させることはできる。力を振るうことも可能だ。
しかし、その状態を維持させることができないのだ。
ゼストの姿でいられる時間は、せいぜい3分。
これでは、地球という制限下で活動するウルトラマンと変わりはない。

原因は、器だ。
この土壇場に来て、ゼストの身体に僅かな、本当に僅かな傷跡を発見したのだ。
人間の毛穴にも満たないような小さなその傷は、計画に致命的な支障をきたすこととなった。
もしこの状態のままゼストを具現化すれば、この僅かな傷穴からマイナスエネルギーが漏れてしまう。
小さな穴からガスが漏れる風船をイメージすれば、わかりやすい。

E-4のデビルガンダムを巡る大攻防戦の終盤で見せた、アストラナガンの一撃。
マシュマーがゼストの『卵』に放ったアイン・ソフ・オウル。
あの時受けた傷が、完全に癒されていないと考えるべきだろう。

それにしても、おかしい。DG細胞による自己再生機能は正常に機能しているはずだ。
しかもそれに加え、修復のためにズフィルードクリスタルまで投入したのだ。
この程度の傷だけが今になっても癒し切れていないなど、あまりにも不自然だった。
「まさか……まだ抵抗しているというのか、亡者どもが」
項垂れていた顔を上げる。その目に憎悪を灯らせて。
そう、取り込んだまつろわぬ霊達が、修復を妨げているとしたら……?
「ふざけるな……ふざけるなよ。
 お前達は死人だ……大人しく我が力となればいい……
 これ以上の現世への介入や妨害など許さぬ……あってはならぬ……!」

――いや、出来る。お前は人間というものを軽んじすぎた。

「黙れッ!!」
脳裏に過ぎるイングラムの言葉。ユーゼスは目を見開いた。
「何十年、何百年……いや、数え切れぬほどの死と新生を繰り返して……
 気が遠くなるような時間を費やして、ようやくここまで漕ぎ着けたのだ……
 それを、お前達ごときに否定されてなるものか……!!」

認めない。絶対に認めない。
運命を。アカシックレコードを。無限力を。ウルトラマンを。
我が野望を阻んできたスーパーヒーロー達を、鋼の救世主達を。
そして――クォヴレー・ゴードン。

――ここまでだ、ユーゼス。もう諦めろ。

「冗談では、ない……!」
シヴァーの造った、欠陥品のバルシェム。
彼は力を手にし、並行世界の番人の地位を得た。
自分やイングラムが長きに渡って足掻き、望み続け、辿り着けなかった場所を、
あの人形風情は、成り行きと偶然に助けられて、平然と歩いているのだ。
許せない。
イングラムよ、お前は何故あの男に自分の全てを託した?
その行いが何を意味するかわかっているのか?
クォヴレーの存在を認めることは……自分達の今までを、全て否定することに繋がる。
それが許せるか?
例えイングラムが認めても、運命が、全てのものが認めても。
私は認めない。クォヴレーを、その存在そのものを、絶対に認めない。

「ク、ククク……まだだ。まだ諦めんぞ」
狂気を孕んだ薄笑いを浮かべ、呟く。
「諦めきれるものではない……まだ、手はあるはずだ……
 あと少しで悲願に手が届く……諦められるものか……ククク、ハハハハハ……!!」

ユーゼスは気付いているだろうか。
自分が抱いている感情に、『嫉妬』という名の人間の感情が含まれていることに。
そんな醜い負の感情に身を委ねてしまっていることに。
そして……彼自身も、膨大なマイナスエネルギーの闇に取り込まれつつあることに。




 * * * * * * * * * * *


世界に、違和感が混じりだす。
フィールドを覆う光の壁は徐々に色を失い、空も昼前だというのに薄暗くなり始めた。
肌に感じる空気が、僅かに震えている。
仮初の異空間が、本来の姿を曝け出そうとしているかのように。
崩壊の予兆――ラミアは漠然とながら、それを感じ取っていた。
(もしや……ユーゼス様の身に何かあったというのか?)
ラミアの表情は自然と険しさを増す。

フィールドの崩壊――空間制御を行うダイダルゲートが壊れたと見て間違いない。
破壊された、と考えるべきか。だがそれは何を意味するのか?
バトル・ロワイアルの破綻……いや、事態はそれだけには留まらない。
ダイダルゲートはアースクレイドルに設置されている。
それが破壊されたということは、即ちアースクレイドルが堕ちたと同義。
では、アースクレイドルに転移したはずのユーゼスはどうなった?
(いや、幾重もの保険を張り巡らせているユーゼス様のこと。
 フォルカとの戦闘の時のように、今度も……)
沸き起こる不安を拭い去るかのように、自分に言い聞かせる。
だが、どちらにしても悪い状況に置かれていることに変わりはない。
これでユーゼスの手札がまた一つ減り、追い詰められたことは紛れもない事実なのだ。
(……それにしても、ダイダルゲートが破壊されたとして……一体、誰の手で?)
アースクレイドルに向けて真っ直ぐに機体を向かわせながら、ラミアは考察する。
フォルカ達は先程まで行動を共にしていた。木原マサキも、E-4の戦闘で消息を絶っている。
残るはイキマとクォヴレーのみだが、現状の彼らの戦力でのアースクレイドルの攻略は難しい。
ましてや、クォヴレーの崩壊寸前といわれる精神状態では――
(いや……まさか)
クォヴレーのことに思考を傾けた時、一つの可能性が浮かび上がる。
しかし彼女が考えたそれは……まさに最悪の事態を示す可能性だった。
(……急がなければ)
寒気がする。全身に冷たい汗が滲んでいた。
ラーゼフォンの飛行速度は、自然と上昇していた。



 * * * * * * * * * * *


ユーゼスを撃退したディス・アストラナガンと、対峙するブライガー。
クォヴレーとイキマ、本当の意味での再会だ。
しかしクォヴレーが自分を取り戻した今、その意味合いは以前と同じだけではない。

アストラナガンとの通信が繋がり、モニターにクォヴレーの姿が表示された。
イキマは彼の姿をその目にして、改めて印象の違いを実感する。
青く染まった銀髪。まるでこれは――
「イン……グラム……?」
「俺の名前を忘れたのか?イキマ」
そう言って微笑するクォヴレーの表情は、イキマにとっては初めて見るものだった。
「クォヴレー……本当に、クォヴレー・ゴードンなのか……?」
「そうだ……全てを思い出した。記憶を、そして自分の使命を」
「……そうか」
それは仲間として、喜ぶべきことなのだろう。
その一方で、イキマの発した返事にはどこか漠然とした寂しさを孕んでいた。
クォヴレーが、自分達とはまた違う次元の存在となったことに、薄々勘付いたからだろうか。
「そしてイキマ……お前や、ジョシュア達のことも忘れてはいない」
しかし次に出たクォヴレーの言葉は、イキマ達のよく知るクォヴレーのものに違いなかった。
「フン……当然だ。あれだけ命を張って、忘れられてはたまったものではないわ」
憎まれ口を叩く。一瞬とはいえ、自分が抱いた軽い安堵を照れ隠すかのように。
「まあいい……ようやく自分を取り戻したようだな。手間取らせおって」
「余計な心配をかけた……すまなかった、イキマ」
「全くだ。その分の埋め合わせは、これから存分にしてもらうぞ」
「ああ……そのつもりだ」
微笑むクォヴレー。精神は安定している。先の状態からは考えられないほどに。
(元の鞘に戻った……か)
今まで彼が纏っていた、過剰なまでに張り詰めた空気が、今は感じられない。
これが、本来のクォヴレー・ゴードンという男なのだろう。
(これでいい。そして……俺もこの戦いが終われば、元の鞘に帰る)
自分の本来の姿――それを持っているのは、イキマもまた同じである。
クォヴレー達が人間である以上……イキマはいずれ彼らとも決別しなければならなかった。
それが、邪魔大王国の戦士としてのイキマの、彼なりのけじめだ。
そんな運命に一抹の寂しさを感じるのは、多分気のせいではないだろう――

再会の喜びもそこそこに、二人は今後の行動を検討すべく、互いの情報を交換する。
ユーゼスがE-7に転移したこと。6時間後にこのフィールドが崩壊すること。
そしてディス・アストラナガンが、現状で唯一のフィールドからの脱出の手段であること。
(残された時間は、決して多くはない……か)
イキマは空を見上げる。既に昼前とは思えぬほど暗くなっていた。
全てが確実に終焉が迫っていることを、嫌でも感じさせられる。
「それで、まずは今残っている生存者達を集めたいと思っている」
クォヴレーが本題を切り出した。
「この世界からの脱出……そしてユーゼスとの決戦に備えるためだな」
E-7で待つというユーゼスの言葉は、間違いなく罠だろう。
この上、まだ何らかの切り札を隠し持っている可能性は高い。戦力は多いに越したことはない。
「ああ。特に、フォルカ・アルバーグ……だったか。
 彼の存在は、ユーゼスと戦うにあたって大きな力となる。
 そして何より……謝らなければならない子がいる」
そう言うと、モニターの向こうのクォヴレーは目を伏せた。
「……ミオ・サスガか」
「俺は過ちを犯し、彼女を傷つけた。その償いは為されなければならない。
 今、自分に出来るやり方で……たとえ彼女が許してくれないとしても……」
「……」
イキマは違和感にも近い必要以上の悲壮感を、クォヴレーから感じ取った。
一種の脆さすら感じさせる。まるで何かに思い詰めているような。
「クォヴレー、お前まさか……」

「!!待てイキマ!何か来る!」
イキマの疑問は、クォヴレーの声と、響き渡るアラーム音で遮られた。
「何ッ!?」
導かれるままにレーダーに目を向けると、そこには新たな反応が出現していた。
1時の方向。1体の飛行物体が、高速でこちらに接近してくる。
「馬鹿な、こいつは……!」
反応のある方角へと視線を移す。

暗くなった空には、白い色は非常に目立つ。
だがイキマにとっては、その色は限りなく黒に近いグレーでもあった。
「ラミア・ラヴレス……!」
現れた天使――ラーゼフォンを、イキマは睨み付けた。

イキマがラミアを最後に見たのは、E-4でのユーゼス戦の直前だ。
あの後ヘルモーズに帰還した彼女は、艦の轟沈と共にそのまま消息を絶っていたが……
どうやら、艦と運命を共にはしなかったらしい。
「ユーゼスの犬め……まだ生きていたか」
E-4の一件で、ラミアが自分達を欺いていたことは判明している。
そして前の時のマサキのような、ラミアへの敵意を妨げるものはもうない。
「気をつけろクォヴレー。あの女はユーゼスへの忠誠を捨てていない。
 下手に動かれる前に、今ここで確実に叩いて……」
「イキマ……下がっていてくれ。彼女と話をしたい」
警戒を促すイキマ。クォヴレーの反応は、そんなイキマとは対照的だ。
アストラナガンが、前へ一歩歩み出る。
「なっ!?おい待て、危険だ!」
「彼女が本当に戦うべき敵かどうか……見極めなければならない」
「しかし、奴が間者であることは紛れもない事実なのだぞ!?」
クォヴレーは不自然なほどに理性的だった。かえって不安すら抱かせるほどに。
「……もし、スパイとしての行動が、彼女の本意ではなかったとしたら……?」
「何だと?」
「もし、彼女が何らかの洗脳を受けて、ユーゼスに従っているとしたら……?」
ラミアを信用しているのか。いや、クォヴレーと彼女にそこまでの因縁はないはずだ。
「ユーゼスとはそういう男だ。目的のためには手段を選ばない。
 ……イングラムも、同じように運命を弄ばれた一人だった」
どうやらクォヴレーの発言の根拠は、ラミアよりもユーゼスのほうにあるようだ。
ユーゼスの非道を知るからこそ、出た意見だということか。
「ぬぅ……」
イキマにも思い当たる節はあった。
ラミアがフォルカの質問を受けた――自分の意思を問い詰められた時に。
彼女にしては珍しく、あからさまな動揺を見せていた。
その違和感が、イキマがラミアを黒ではなくグレーと評した理由でもある。
だが、それでも。
「……いや、考えすぎだ。俺には奴の忠誠に、嘘があるとは思えん」


――……ノーだ。何故なら私は人形だからな。
――貴様……ならば死ぬしかないぞ!
――ノーと言った!人形に死への恐れなど存在しない!

マサキに追い詰められていた時、ラミアの発した力強い声。
そこには人形のものではない、彼女の確かな意思があった。
あの言葉が偽りであるとは、イキマにはどうしても思えない。
「ユーゼスにしてみれば、彼女も単なる利用対象でしかない。
 少しでも可能性があるなら……俺は見極めなければならない。
 もう二度と、後悔しないためにも」
「……そうか」
クォヴレーの意志は強いようだ。そこにある、彼女を救いたいという想いは本物だろう。
だがそれとは別に、イキマはクォヴレーに対し得体の知れぬ危機感を抱いた。
(クォヴレー……お前は何を恐れている?)
僅かに、ほんの僅かだけ、クォヴレーの中に見えるしこり。
少し前までの壊れかけだった精神状態に比べれば、微々たるものに過ぎない。だが……?
「……好きにしろ。だが、油断はするな。お前の死は、俺達の敗北を意味する」
「ああ……すまない、イキマ」
イキマにそう返すと、アストラナガンは再び前に歩み出て、
上空のラーゼフォンに向けて、呼びかけた。

「聞こえるか、ラミア・ラヴレス!!」


 * * * * * * * * * * *


ディス・アストラナガンから聞こえてきた声は、紛れもなくクォヴレーのものだ。
その声を耳にして、ラミアは恐れていた最悪の事態が現実となったことを認識する。
即ち、虚空の使者の――主の最大の天敵の、完全なる復活。

如何なる経緯でクォヴレーとアストラナガンが邂逅を果たしたというのか。
そもそもクォヴレーは記憶を消去され、その精神も崩壊寸前ではなかったのか。
そんな状態ではディス・レヴを制御できるものではない……そのはずだ。一体何故?
しかもアストラナガンは、デビルガンダム戦で受けたはずの損傷を、全て回復させている。
いくら再生能力を有していても、あの傷は数時間で全快できるようなものではなかった。
絶対にありえない。それでもありえるとするなら――それは紛れもない完全復活の証明。
……この際、過程など問題ではない。現実に、アストラナガンは目の前にいるのだ。
本来のマスターと結びつき、その力を完全に取り戻して。

周囲の地形にその視線を移す。
中心部に広がるクレーター。恐らく数時間前の、グランゾンの転移の際にできたものだろう。
だが、それ以外にも激しい戦闘の跡が目立つ。
地表にいくつか穴が開いており、穴の奥には秘密の地下通路が覗き見える。
あの通路の先は、アースクレイドルへと繋がっているはずだ。


ラミアの前に並べられた、最悪の事態を想定させる要素のフルコース。
そして、ラミアはメインディッシュを発見した。
戦闘の跡の地面に、無造作に突き刺さった一本の剣を。
(あの剣……間違いない)
剣の名は――ディバインアーム。
無論、テンザン・ナカジマに支給された量産型ヴァルシオンのものではない。
ユーゼスが万一の事態のために用意していた、オリジナルのヴァルシオンのもの。
アストラナガンとの戦闘で弾き飛ばされてそのままになっていた、主の機体の剣。
それが何を意味するか……考えるまでもなかった。

「俺達は戦うつもりはない。お前と話がしたい」
沸き起こる敵意を察したのか。
クォヴレーの二言目は、均衡を崩したクォヴレーの精神が、持ち直ったことを示していた。
そんなクォヴレーの言葉は……逆にラミアの警戒心を一層強めることとなった。
「……後ろの仲間から聞いているのではないのか?私が、お前達を欺いていたことを」
アストラナガンの後ろに位置するブライガーに焦点を移す。
現状の生存者から消去法で考えれば、乗っているのはイキマ以外に考えられない。
ならば、イキマから聞いているはずだ。自分の主への忠誠心が健在であることを。
「それでも、俺達は争い合っている場合じゃない。もう、そんな状況ではないんだ」
「……このフィールドが崩壊するから、か?」
「そうだ。先程、ダイダルゲートが破壊された。それが何を意味するか、お前にもわかるはずだ。
 このままこの地に留まり続ければ、時間と空間の歪みに飲み込まれ……」
「それがどうした」
クォヴレーを一蹴する。いちいち説明されずともわかっていることだ。
今ラミアにとって最も重要なことは、そんなことではない。
「お前に聞きたいことは、ただ一つ……」

気品すら漂わせながら、天使は荒れた大地に舞い降りる。
ディバインアームの、すぐ前に。

「……ユーゼス様は、どうした」
視線を剣に注いだまま、ラミアは口を開いた
「ユーゼス様と戦ったのだろう?知らんとは言わせん」
「それを知って、お前はどうするつもりなんだ」
「質問しているのはこちらだ。答えろ」
沸き起こる焦りと苛立ちを抑えながら尋ねる。
「……ユーゼスはまだ生きている。別の場所に転移した」
「嘘ではあるまいな。では、どこに転移したか、教えてもらう」
冷静さを保っているつもりでも、感情は隠しきれない。
だがクォヴレーの次の言葉で、その感情の流れは一旦塞き止められることになる。
「……それは、お前の真意を問い質してからだ」
「真意……だと?」
前にも誰かが、似たようなことを言っていた気がした。
「聞かせてくれ。ユーゼスに仕える事……それはお前の『意思』なのか?」
そう……フォルカと同じようなことを言っているのだ。
「お前は、ユーゼスのことをどれだけ知っている?
 奴が為そうとしていることを、どれだけ理解できている?」
しかしクォヴレーの言葉は、フォルカのそれとは微妙にニュアンスが違っていた。
フォルカにはなかった何かが、クォヴレーの言葉の中に確かに存在している。
「……回りくどい前置きはいい。はっきりと言ってもらおう」
その正体を確かめるべく、ラミアは単刀直入に問いかけた。

「ユーゼスと手を切るんだ。でなければ、お前は必ず後悔することになる。
 何も知らずにあの男に加担しているのなら、尚更だ」

彼は明確に、ユーゼスからの離反を勧めていた。
ユーゼスの否定。そこから展開される理論展開。
それが、あくまでラミアの意思に判断を委ねたフォルカとの違いだ。

「何も知らずに、か。まるでお前は知っているかのような口振りだな」
「そうだ、知っている。記憶を取り戻し……イングラムの記憶を受け継いだことで、
 俺は同時にユーゼスの過去も知った。……あの男の人間性も」
「……そういうこと、か」
イングラムはユーゼス様と同じ記憶を有している。
そのイングラムと同じ記憶を持つクォヴレーもまた然り、ということだ。
ユーゼスの内面に、どれだけ深く踏み込めているか。
そこに、クォヴレーとフォルカの認識の違いが出たのだろう。
「お前がどういった経緯でユーゼスに従っているかは知らない。
 だが、それがどうであろうと……奴の下にいる以上、それは決してお前のためにならない」
「用が済めば、いずれ捨てられるから……か?」
クォヴレーが言わんとしていることはわかっている。
事実、ラミアは一度捨て駒として散ることを許可された。
この先、同じ葛藤にぶつかるであろうことも目に見えている。
「それをわかっているなら……!」
「ああ……そうだな」
ラミアは、クォヴレーの言葉を肯定した。
「多分……お前が言っていることは正しいのかもしれん」
ラミア自身も驚くほど、敵である相手の意見を素直に受け入れている。
「私が求めているものは……恐らく、ユーゼス様の下にはないのだろうな」
「ラミア……」

任務という名の糸が切れ、自由を手にしたピノキオは、自分の在り方を考える機会を得た。
修羅と少女、二人のジェミニィに支えられ、答えを探す旅に出た。
だが、本当はもっと早い段階から気付いていたのかもしれない。
ユーゼスという名の鯨の腹の中には、求めている答えはないのだと。

主は自分をただの駒としてしか見ていない。それ以上の役割は自分は望まれていない。
このまま仕え続けていれば――自分は、いずれ苦しむことになるだろう。
本当の意味で、自分を探したいと思うなら……
きっと、あの方の下から離れるのが、一番簡単な道かもしれない。

「だったら……迷うことはないはずだ。
 ユーゼスの所にいてはいけない……俺達と共に行こう」
クォヴレーの言葉には、恐らく浅ましい打算や裏はない。
彼らはそういうものだ。通じる所は、多分フォルカやミオと同じ場所。
そしてラミアも、彼らに自分の居場所を見出してもよかった。

「……それは、できない」

しかしラミアは、彼の誘いをはっきりと断った。
クォヴレーの言葉を受け入れた上で、彼らと共に行くことを良しとしなかった。


今一度、思い返そう。
最初にこの地に降り立った時、何故彼女はイングラムを討とうと動いたのか?
ジョーカーとしての任を一時放棄してまで、何故そう考えたのか?

グランゾンに危険を感じた時、何故彼女は命令に背く覚悟で、グランゾンを討つ決意をしたのか?

マサキに追い詰められた時、何故最後までマサキの勧告を拒んだのか?
自らの死の危険を省みず、何故やり過ごすための嘘をつくことすら拒んだのか?

ジュデッカが撃墜され、ユーゼスが死んだと認識したあの時の脱力感は、本当は何だったのか?
自由を得ながら、それでも主に代わりゲームを進行しようとした真の理由は?

フォルカに問い詰められた時、ミオに勇気付けられた時。
あの時、どうしてラミアは彼らの持つ温かさに身を委ねなかったのか?
そうしたほうが、ずっと楽だったはずだ。きっと彼らは受け入れてくれただろう。
にも拘らず……何故ラミアは、あえて茨の道を選んだのか?

そして、フィールドの崩壊が始まった時。
ここの戦闘の跡を目の当たりにした時。ディバインアームを見つけた時。
虚空の使者の完全な復活を確信した時。
それらの時に抱いた、計り知れない不安と恐怖と危機感は、何だ?

「何故なら……私はユーゼス様の僕だからだ」

主の全てを受け入れられたわけではないし、言いたいことも山ほどある。
多分、これが辛い選択となるであろうことも理解している。
だがそれでも、ラミアはユーゼスと共に往く道を選んだ。
例え、その先に待つものが自らの破滅に繋がるとしても、だ。

ユーゼスはラミアの主であると同時に、親でもあり、ひいては家族でもあった。
ユーゼスの下こそが彼女の帰る場所であり、居場所であった。
そう、ラミアにとってのかけがえのない存在、それがユーゼスだった。


「なん……だと……?」
呆然と立ち尽くすアストラナガンを尻目に、ラミアは続ける。
「そしてお前は、ユーゼス様に危害を及ぼす敵……。
 こうしてお前と対峙して、話して……確信した」
ラミアの迷いを完全に断ち切ったのは、皮肉にもクォヴレーとアストラナガンの存在であった。
ユーゼスと敵対する、というだけならフォルカ達とて同じことだ。
だがクォヴレーの場合、彼らとは立ち位置が違う。
並行世界の番人という特殊な存在。主の存在そのものを許さない、宿敵。
主の手の内すらも知り尽くした、最大にして最悪の天敵なのだ。
D-6の惨状は、その認識を加速させるには十分だった。
「我が主、ユーゼス・ゴッツォの命をお守りするため。
 クォヴレー・ゴードン……やはりお前は、ここで死んでもらう」
主の行方は、後でイキマに吐かせればいいだけの話だ。
この男だけは消しておかねばならない。自分の全てを賭けて。
「馬鹿な!利用されていると、捨てられるとわかっていて、何故ユーゼスに従う!?
 ユーゼスに利用され続けるだけの『人形』で、お前は満足なのか?」
食い下がるクォヴレー。だが彼の言う事は、ラミアにとっては既に通過した道でしかない。
「人形……そうかもしれんな。だが、その糸は切れた」
糸の切れた人形はあくまで人形……しかし自由だと、ラミアは思った。
だが自由だと思える意思があるのなら、もう人形のカテゴリに収めることはできない。
では、何だ?
「人形から、任務という名の操り糸が切れたら……
 兵士から任務を取れば何が残る?」
ずっと昔、誰かに問いかけた気がする言葉を、同じようにクォヴレーに問いかける。
「何が……?」
質問の真意を理解できず、クォヴレーは答えられない。
別に、答えなど期待していない。ラミアは答えを知っているのだから。
「人間が、残る……!」
まるで昔から知っていたかのように、答えは自然と口に出来た。
「そうだ。これはW17のプログラムではない。いや、例えそうだとしても……
 その是非などもはや問題ではない。これは……紛うことなき今の私の意思」
命じられたからではない。自分でそうしたいと思ったから、この道を選んだ。
彼女は高らかに表明する。
「これは、人間――ラミア・ラヴレスとしての意思だ――!!」
そこにいるピノキオは、もう人形ではなかった。

「ラミア……お前は……」
先の言葉を続けられないクォヴレーを尻目に、ラーゼフォンは突き刺さった
ディバインアームの柄に手を添える。
「改めて、自己紹介をせねばなるまい……」
そのまま剣を引き抜き、そして頭上に掲げる。自らの存在意義を証明するかのように。
「私はラミア・ラブレス。ユーゼス様に作られた、あの方の剣でございます」
芝居がかった口調で、宣戦を布告する。
ラーゼフォンはそこで初めてアストラナガンに向き直り、ディバインアームの剣先を突きつけた。

「では―――さようなら」





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最終更新:2008年05月15日 15:45