ラミア・ラヴレスの悲劇



「ユーゼス様……!」
通信からの指示に導かれE-7に到着したラミアは、ユーゼスの姿を発見するのに時間はかからなかった。
彼は機動兵器にも乗らず、生身を晒していた。
いつどこから襲われてもおかしくないこのフィールドにおいて、それはあまりにも無防備すぎる。
「来たか、W17。待ちかねたぞ」
そんなラミアの心配を他所に、ユーゼスの態度は淡々としたものだった。
無警戒な……いや、警戒する必要すらないと言わんばかりに。
「もう、あまり時間がない。邪魔が入る前に、始めさせてもらうぞ」
「始める……?一体何を……
 いや、ユーゼス様、その前にお話が……」
「その必要はない」
主の状況を把握し切れていないラミアを、ユーゼスは一蹴。
ゆっくり説明する時間すら惜しいといった様子だ。
「お前が知りたがっていることは、今から全てわかる」
そう言って、ユーゼスは右手を頭上に掲げる。

「そう、この私と一つになることでな」

右手には何かが握られていた。
それは、『エスプレンダー』と呼ばれるアイテム。
高山我夢がウルトラマンガイアの光を収納するために作った変身アイテムが、そのオリジナルだ。
ただし、ユーゼスが手にしているエスプレンダーの中には、地球(ガイア)の光はなく――
代わりに、黒く禍々しいマイナスエネルギーの闇が渦巻いている。
この闇は、カラータイマーの中で蠢いていたあの闇。
この3日間で集めた、全てのマイナスエネルギー、それがそのままエスプレンダーの中に収納されていた。
そう――このエスプレンダーこそが、ゼストの変身アイテム。

「ユーゼス様?」

掲げられたエスプレンダーが輝いた。いや、輝くという表現は正確ではない。
何故なら、輝いたのはゼストの『闇』なのだから。
エスプレンダーに収納された、光にも似た闇が発動する。
闇は全てを包み込んだ。ユーゼスの身体を。
そして――ラーゼフォンをも。

「ユーゼス様!?これは一体――」
ラミアがその先の言葉を口にすることはなかった。
いともたやすく、彼女の全てが闇に食らい尽くされていく。
「W17……いや、ラミア・ラヴレスよ。
 お前は今まで、私によく尽くしてくれた」
視界の全てが、白とも黒とも取れぬ色で塗り潰される。
「人としての自己の確立……お前は私が望んだとおりの、
 いや……それ以上の進化を成し遂げて見せた」
その色の向こう側から、主の声が微かに聞こえてくる。
「お前に、最後の任務を与える。
 お前の全てを……今、この私に捧げよ」

光のような闇の中に、ラミアの意識は溶け込んでいった。
最後に一言、ユーゼスの呟きが彼女の耳に届けられて。


――さあ、回れ……運命の歯車よ。






 * * * * * * * * * * *


何も見えない。
何も聞こえない。
全身の感覚がなくなっていく。

深い、あまりにも深い闇の中。
どこまでも、どこまでも堕ちていく。
身体が……いや、私の全てが、溶け込んでいく。

不思議な気分だった。
それはどこか心地よくて、そして懐かしかった。
私が本当に還るべき場所は、ここだとでもいうのだろうか。
これが、ユーゼス様が最後に私に望んだものなのか。

全てが、闇へと消えていく。
その感覚に、私は身を委ね始めていた。
身も心も、私の中で生まれたものも、全てが黒く塗り潰されて――




「ラミアさん!ちょっと待った!待ったぁぁっ!!」
突然聞こえてきた、聞き慣れた声に、意識が戻る。
目を開けると、そこには――ビルトビルガーの姿が、モニターに映し出されていた。
そう、この声はアラド・バランガだ。
「ラミア!暴れるだけ暴れといて、さっさとおさらばしようなんざ甘えんだよ!」
赤いゲシュペンストから響く、荒っぽい女性の声。カチーナ中尉だ。
その後ろに付き従う、もう一機のゲシュペンスト。彼女の背中を守る、ラッセル・バーグマンのものだ。
「ラミアさん、これからが大変なんですよ。壊すよりも、創って、守っていく方が何倍も……」
「お願いです……!もう自爆なんてやめて下さい……!」
ブリットとクスハの声。彼らの言葉に、自分が何をしようとしていたのか思い出す。

ああ、そうだった。
もう、戦いは終わったのだ。インスペクター、アインスト、そしてシャドウミラーとの戦いは。
そして、私は自らの機能を停止しようとしていた。
Wシリーズの、そしてシャドウミラー最後の生き残りとして。
でも、彼らはそれを良しとしない。


「何故、君は死に急ごうとする? この世界は君を受け入れたと言うのに」
「最初は敵だったかも知れねえ。でも、今は違うだろ?」
ギリアム少佐。マサキ。
「ラミアちゃん……最後は自分の意思で私達と一緒に戦ってくれたじゃない」
「それとも……残った自分の可能性を自分自身の手で消そうって言うの?」
エクセ姉様。アイビス。
彼らは、私を受け入れてくれている。地球人、いや人間ですらないこの私を。
「それは……私も同じだ」
「素性なんて関係ねえぜ。……仲間なんだからさ」
「あなたはラミア・ラヴレス……もうW17じゃない……」
ヴィレッタ大尉。リュウセイ。ラトゥーニ。
「もし自分の心変わりを心配しているのなら、気にするな。
 その時は……おれ達がお前を止めてやる」
そして……キョウスケ中尉。
「だから、戻ってこい」

目から、熱い液体が流れ出ていることに気付く。
そう……これが、涙か。

知恵のリンゴを食べたアダムとイブは、楽園から追放された。
だから私は、自分の足で次の楽園を探した。
彼らのいる場所は、その探していた楽園の一つなのだろうか。
いや……そんな理屈など、どうだっていい。
私は、ここにいてもいいのだ。

私は答えた。
もう少し……変わっていく自分を見るのも悪くない……と。

もう少し……この世界にいようと思います、レモン様。
数々の敵を打ち破った巨大な力を持ちながら……
闘争を日常とする世界を良しとしない者達が支える世界で……。





突然すぎる覚醒だった。
ラミアは全てを理解した。いや、思い出したと言ったほうが正しい。
バルシェムとして生を受けた時に抱いた、あの不快感。
何かが消えていくかのような、不可解な苦痛。
その全ての謎が、氷解した。

あれは、『本当の記憶』が消えていく痛みだったのだ。

――目を覚ませ、ラミア!お前は、もう人形ではないはずだ!

(そ……ん、な……)

あの時のキョウスケ・ナンブの呼びかけが、ラミアの中に響く。
そう、全てを思い出した。
バルトール事件の最終局面。
ODEシステムに取り込まれたラミアは、バルトールを操りハガネを攻撃した。
そこを、キョウスケのアルトアイゼン・リーゼにより救出され――
その直後、ユルゲン博士のバルトールの不意の攻撃を受け、その意識を飛ばした。
(そうだ……あの時、私は死んだ。死を迎えたはずだった)
だが、彼女は意識を取り戻す。ユーゼスの研究室のカプセルの中で。
その時点で、既にラミアはバルシェムとして生まれ変わっていた。
ユーゼスの忠実な僕として、それまでの記憶の全てを封印されて。
(わ、た、し……は……)

彼らとの記憶は心地よくて、懐かしかった。
ユーゼスに仕えた長い期間に比べれば、彼らと過ごした時間はあまりにも短い。
しかしその記憶は、その想い出は、そこで自分の中に生まれたものは、
数百年の時間に匹敵できるほど、光に満ち溢れていた。
ラミアは思い出した。自分が真に帰るべき場所を。
ハガネ、ヒリュウ改、クロガネ……あの仲間達のいた世界こそ、自分の居場所だということを。

――忘れるな!お前の居るべき場所を……!

(……違う)

――ラミア、聞こえているかッ!お前の居場所……おれが守るぞ!

(違う……違うッ!!)

だが、その記憶は――今のラミアには、底無しの絶望へと導く切符を意味する。

アラド。ゼオラ。ラトゥーニ。
新教導隊の、自分の家族も同然の部下達。
リュウセイ。マイ。リョウト。リオ。ラッセル。ゼンガー。ラージ。
共に多くの死線を潜り抜けてきた、かけがえのない仲間達。
そして、アクセル・アルマー。ヴィンデル・マウザー……
誰もが、自分が自分であり続けるための、かけがえのない存在だ。

そんな彼らに対し、ラミアは何をした?
そう……ユーゼスの命令のままに、ラミアは仲間達を『殺し合わせた』のだ。


並行世界だとか、自分達のいた世界とは別の存在だとか、そんなことは問題ではない。
自分のよく知る者達を、家族のような親しい者達を、ラミアは何の疑問もなく
ユーゼスに売り渡したのだ。その事実に何も変わりがあろうか。
――リョウト・ヒカワの、自分の壊した少年の笑みが、生々しく浮かび上がる。
(違う、こんなはずはない。こんな、ことが……)
受け入れられない。受け入れたくない。
自分がこの手で、仲間を死に追いやったなど。
だが、今抱いているこの感情は何だ?
それは紛れもなく、この記憶が真実である証。
(嘘だ……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!!!)
狂ったように、ラミアはそれを否定する。

それは、罪から目を背け、逃げ出す哀れで無様な子羊そのものだった。
その様は、少し前までのクォヴレーに似ていた。
彼女らしくないといえば、その通りかもしれない。
先程クォヴレーに見せた強さからは程遠い、弱々しい有様だった。

しかし、それは当然のことだ。
『その程度の』絶望であれば、どれほど楽だったことか。

そもそも彼女の絶望は、それだけでは済まされない。
仲間を裏切った?壊した?殺し合わせた?死に追いやった?

そ ん な 生 温 い も の で は な い の だ。

彼女にはこの記憶を受け入れることは出来ない。
是が非でも、逃げ出さなければならない理由があったのだ。

(違う……違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!
 こんなものは私ではない、私であるはずがない!!!)

だって、受け入れてしまったら……

――私の、ユーゼス様への忠誠はどうなる?

受け入れることはできない。認めたくない。
認めてしまえば、今までの自分を全て否定することに繋がる。
ラミアの中に生まれた自我を、ユーゼスに尽くしてきた彼女の全てを。
ラミアにとって、そんなことは許されない。
彼女の中のユーゼスへの忠誠は……紛れもなく本物なのだ。
バトル・ロワイアルを行うために、主と共に歩み続けてきた時間。
ハガネやヒリュウ改の仲間達への想いに匹敵するだけのものが、そこにはあった。

(嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だウソダウソダウソダウソダ)


ユーゼスはラミアに多くは語らなかった。
ただ、いつも悲しげな瞳をしていたことは、彼女の中に焼きついている。
そんな主を見て、無意識のうちに主の秘めた悲しみを感じ取っていたのか。
きっかけこそ、植え付けられたプログラムだったとしても。
ユーゼスに従うことは、彼女が確かに抱いた意思。
それを、否定することなど出来るはずがない。

(あ……ああ……)

しかし――
仲間達の記憶もそうだ。否定することなど出来るはずがない。

(ああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!)

二つの記憶がぶつかり合う。
そのどちらの記憶も、想いも、彼女にとってはホンモノだった。
一つの器に、ホンモノの想いが二つ。
器を巡って、二つの想いは互いに傷つけあう。
アクセルやクォヴレーのように、それらが混ざり溶け合うようなことはない。
二つの記憶は、あまりにも反対の方向を向きすぎていたから。
片方を立てれば、もう片方が立たず。どちらか片方に、必ず矛盾が生まれる。
相反する二つの記憶は、同時に存在することは絶対に許されない。
傷つけて傷つけて、傷つけ合って。
その果てに辿り着いた時――

『人間』である彼女には、自壊する以外の道はなかった。

(私は……ワタシ、ハ……)

壊れていく。ラミア・ラヴレスの全てという全てが、音を立てて崩れていく。
もう、その存在を維持することすら出来なくなる。


ワタシハ――

ワタシハ、ダレダ?


それがラミアの、最後の意思だった。
完全に崩壊した意思は、やがて闇に塗り潰されていく。
彼女が堕ちていくのは、決して抜け出せることのない、絶望の最下層だった。





 * * * * * * * * * * *


そもそもラミア・ラヴレスは、存在そのものが極めて異質であった。
本ゲームの参加者は、各々別個の世界から選出・召還されている。
ユーゼスの手が加えられた木原マサキさえも、オリジナルの人格・記憶を忠実に移植したものだ。
そんな他参加者と比べると、ラミアは明らかに浮いていた。
ユーゼス製作のバルシェムとして存在し、人格こそある程度受け継いでいるものの、
オリジナルとは全く別の記憶を持った、根本的に別の個体。
67の参加者の中で、何故彼女だけがこういった例外的な処置を取られたのだろうか?

この場を借りて、真相を明かそう。ラミア・ラヴレスの、本当の正体を。

ラミアは、元々は一参加者として召還されていた。
60人以上の参加者の中でも、ラミアは最初期に召還されたサンプルだったのだ。
しかし時間軸の都合上、ラミアは致命傷を受けた状態で召還されることになる。
バルトール事件終盤、ODEシステムに取り込まれたヴィルヘルム・V・ユルゲンの
バルトールに攻撃を受けた直後の時間から、ラミアは召還された。
ここで困ったのは、召還した本人であるユーゼスである。
これから殺しあってもらおうというサンプルが、いきなり瀕死状態というのはよろしくない。
サンプルの召還には、いちいち莫大なエネルギーを要する。
故に、ゲームに使えないからといって安易に破棄する手段に出るのは、なるべく避けたかった。
ユーゼスは、生命活動を停止する寸前のラミアから脳回路だけを抽出し、
彼女の姿を模したバルシェムに移植するという方法に出る。

この移植の際に、ユーゼスは二つの案を思いついた。
一つは、『彼女の記憶を消し、自分の忠実な手駒として使用』。
そして、もう一つ……
『マイナスエネルギーが集まらなかった場合の保険』、だ。

バトル・ロワイアルの進行のための手駒として働いてもらう。
参加者の中には、ラミアのよく知る者達も多く存在する。
記憶を失った彼女に、彼らを殺し合いに引きずり込んでもらうのも面白い。
サンプル達の召還、ジョーカーとしての暗躍、殺し合いの進行。
そして、取り返しが付かない段階まで進行させた上で――
彼女の本来の記憶を戻したら、どうなるだろうか?
自分が地獄に引き込んだサンプルが、自分にとってどんな存在か、思い出させたら――

反吐が出るような、恐るべきまでの悪意に満ち溢れていた。

その保険が発動した結果が、今ここにある。
ラーゼフォンと共に、ラミアは極上のマイナスエネルギーをゼストに提供する。
絶望という言葉では生温いほどの、極めつけの負の波動は、ゼストへの大きな力と
なると共に、ゼストとラーゼフォンを結びつけるための接着剤の役割も果たした。
ラーゼフォンは、所詮レプリカだ。その真の力は、オリジナルに及ぶものではない。
だがレプリカとはいえ、ラーゼフォンはゼストの力を一時的に預ける器としては十分。
ラミアは最期に最高の形で、ユーゼスに貢献することになったのだ。


こうして極めて悲惨な最期を遂げたラミアだが、ユーゼスは彼女に未練などなかった。
元々、駒としてしか認識していない……いや、駒としても大して信用はしていなかった。
W17、ラミア・ラヴレスが自我を持ち、創造主に対し疑問・反抗の意を抱く可能性を、
彼女を創造した当初から、ユーゼスは想定していたくらいである。
当然である。彼女は実際に自我を持ち、その上所属組織シャドウミラーを離反した前科を持つ。
裏切りの危険性を孕んだ人材を全面的に信頼する馬鹿はいない、それだけの話だ。

そんな彼女が、自我を持つ可能性は予測できていたことではあったが……
しかし、それでも予測しきれなかった点が一つだけあった。
それは、ラミアのユーゼスに対する忠誠だ。
あれほどまでの強いプログラムは、ユーゼスは組み込んでいない。
そのラミアのユーゼスへの想いが、予測以上のマイナスエネルギーを発することとなったのは
皮肉な話ではある。

随分と久しぶりだと、ユーゼスは思った。
意思を持ちながらも、裏や二心なく、純粋に自分に接してくれた者は。
今までユーゼスの下についてきた者は、その誰もが自分を蹴落とそうと企む、
信用を置くことのできぬ者達か、あるいは洗脳されているかのどちらかだった。
本当の意味で仕えてくれた部下は、ラミアが初めてだった。

過去にIFを考えたところで、それは無意味だ。
だが、あえてそれが許されるのであれば。

――もし彼女のような存在が、あの時から私の傍らにいたとしたら。

――私は、違う道を歩めたのだろうか。
――なぁ……ギャバンよ。

かつての友を、もう二度とめぐり合うことのない友の名を、ユーゼスは呟いた。



――お前は最高の人形だったよ。これで我が野望は、大きく前進する――

本当の部下であり、あるいは友でもあったかもしれない彼女に、賛辞を送る。
それは毒も皮肉もない、ユーゼスの最大級の賛辞だった。

ただ、その言葉がラミアにとって幸せなことだったかどうか。
確かめる術は、もはや無い。



【ラミア・ラヴレス 死亡】





タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年05月15日 15:47