ファイナルバトルロワイアル(4)



「虫けらが――!」
「そういう傲慢があるから彼女に否定されるのだよ貴様は!」
「!!」

突撃するジ・O。それを阻むべく、再びユーゼスがオーラの壁を作る。
上下左右から襲い掛かる赤黒い波はシロッコの視界を埋め尽くし、突破口など見えないように思える。
だがシロッコには見える。このオーラはつまりヒトの心、マイナス思念の塊だ。
ニュータイプの感覚でそれを先読みしてかわす。
悪霊の念を感じることで少々精神が堪えるが、強烈なプレッシャーが消えうせた今のユーゼス相手ならば造作もない。
上にかわす。そして左、右、斜め左上方にやや後退気味にかわし、切り返して右へと寄りながら前へ。
真正面からの一撃。思念の集合体、そのもろい部分をグラビトンランチャーで撃ち抜き正面突破。
――見えた!

「貴様……!」
「ミオ・サスガは!彼女は私の理想となってくれたやもしれん女性だった!」

オルガキャノン展開、そして発射。
それも防がれるが、その隙にさらに接近。

「私は確信した!人類は弱さを、その業を乗り越えて次なるステージへと進まねばならん!
 だがそれを捨てるだけでは貴様のようにしかなれん。抱え続け、克服するべきなのだ!」
「貴様がそれを抜かすか!傍観者に過ぎなかった貴様が!」
「そうだ、だが彼女は違う!ニュータイプでなくとも他人の心を解きほぐし、導く力を持っていた!」

ブライソード。
機体の大きさに釣り合わぬ剣を無理やりに叩きつける。
これも防がれたが、剣をそのまま投げ捨て回り込む。

「それを貴様が奪った!これほどの全能の力を持ちながら、こうも無能な貴様がなッ!!」
「だ……黙れええええええええええええええええッ!!」

赤黒い波に四方を囲まれた。
今度は突破できそうもない。力が増している。挑発がまずかったか。
だがこれも作戦のうちだ。何より、これだけは言わずにはおけなかった。

「生の感情を晒すなど恥ずべきことだが……ユーゼス!私はこの怒りのままに貴様を殺す!」

オルガキャノン、最大パワーで発射。
正面の波の壁を撃ち抜く。
しかし閉ざされた狭い空間で四方を悪霊に囲まれたこの状況では、そのエネルギーの余波が行き場をなくし、シロッコの機体をも傷つける。
ジ・Oのコックピットがスパークし、コンソールの金属部品が弾けとんだ。
それがシロッコの顔面を掠め、流血。乱暴にぬぐう。
あと少し。目指すは至近距離。
そして狙いはユーゼスの感情の暴走。

「私は……!私はああああああああああ!!」
「貴様如きでは釣り合わん!だが――――!」

捕らえた。怨霊どもの思念に紛れて特定できなかったユーゼスの思念を。
あとはこのまま――――。


「が――――――――――――」


やられた。
斜め下方からの回避不能の一撃がジ・Oを呑み込んだ。
想像を絶する衝撃とともに視界が歪む。
激痛と悪霊どもの呻きが吐き気を呼び起こす。
かわせなかったのはユーゼスの感情が昂ぶり、それに釣られて悪霊の力が増したがゆえだ。
こちらも初めからそれを狙って挑発した。
だからこれも予想の範囲内だ。この策の決行に必要なのは、この事態に対する覚悟だった。

――やれやれ。

どうやら良くも悪くも、どこまでも予測のとおりだった。
一瞬、犠牲なしの最上の戦果を望めるかと期待したが、やはりこうなるしかなかったか。
気がかりはフォルカだ。だが彼が自分を信じるといったのだから、自分も彼を信じるしかあるまい。

――迷うなよ。最後まで自分の成すべきことを果たせ。

目の前を閃光が埋め尽くした。
激痛が走るかと身構えたが、不思議と痛みはない。
いや、だからこそか。すでに致命傷であり、痛みを身体が認識できていないのだ。
ジ・Oが爆発する。
死ぬ。
だがその前に、自分の成すべきことを果たそう。
ミオがそうしたように。
フォルカに後を託すその前に。
ユーゼスの心は激しく揺れ動いている。そしてそれが手に取るように解るほど、あの男の心の壁は脆い。
彼女の功績だ。今なら容易くこの策を実行できる。
そしてそれは今、パプテマス・シロッコという男にしかできないことだ。
己自身の。
今ここで成すべきことを。
全力をもって果たす。


――――あの男の精神を…………破壊する!!


「な、ぐ、ああ、あ、ぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


――――ただでは死なん……貴様の心も一緒に持っていく……ユーゼス・ゴッツォ……!


「やめろ!やめろっ!入ってくるな!やめろぉぉおおおおあああああああああああああああああ!!!!」


――――ではな……ミオ……フォルカ……もし縁があるならまた会おう……今度はゆっくり茶でも飲もうか……。


「あ、ああ、ああああ、あおぁぁぁぁああああアアァァアアAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


――――数多の並行世界のいずれか……極めて近く限りなく遠い世界のどこかで……。


【パプテマス・シロッコ  死亡】


   ◇   ◇   ◇
「――AAAAEEOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHH!!!!」

最早、ヒトならざるものとしか思えぬ凄まじい咆哮が響き渡った。
ジ・Oが爆発した直後の出来事だった。
漆黒の超神が猛烈な勢いで膨張を始めたのだ。
小さなこぶのようなものがボコンと、肩口からポップコーンが破裂するように膨れ上がったのが始まりだった。
ボコン、続いてボコンと。
脚、胸、背中、頭部、腕、翼と次々こぶが膨れ上がり、人型としての形を留めなくなっていった。
葡萄がなったように変形したそのさまに以前の面影はなく、醜く膨れ切ったこぶの一つから、ついには破裂音が発生する。


おおおおぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお…………


そこから漏れ出した紅黒い泥のようなエネルギー。
ユーゼスが生贄どもの魂をひき潰してふるったおぞましき力の源だった。
負の無限力の暴走がはじまった。
シロッコにより精神を破壊されたユーゼスには最早それを制御する術はない。
完全に壊された、かつてユーゼスと呼ばれた存在の残り滓。
それも、瞬く間に飲まれて消える。
膨れ上がった神の肉塊、そのあちこちが破裂した。
そこから怨霊どもが呪いの声を上げながら広がり、世界を侵食していく。
地は跡形もなく砕け、空は大きくひび割れていた。
この世界の存在そのものが揺らぎ、そして地鳴りのような響きは崩壊のカウントダウン。
怨嗟のうめき声と共に広がり続ける死霊どもの汚泥。まさに地獄と呼んで何の差支えもない。
それがユートピアワールドの末路だった。

「…………ミオ………シロッコ……」

そしてそこに取り残されたのは一人の修羅。
フォルカ・アルバークはその存在の全てを賭けて戦い続けた。
天を駆け、地を切り裂くほどの力を振るって戦い抜いた。
だが、その手に残ったものは何もなかった。
残ったのは己だけ。
ただ独り。
誰もいない。
始まりはなんだったのか。
フェルナンドとの仕合だったか。
長年、共に競い合った朋友ともいえる男と戦い、そして勝利した。
修羅の掟では敗れた者は死ぬしかない。それが嫌でその掟に逆らった。
何故殺さなければならない――絶対の掟に疑問が湧いた。
だがあの時、どうして逆らったのか。
助けたフェルナンドからは侮辱を受けたと憎まれ続け、他の修羅からは掟を破ったと白眼視され続けた。
そして修羅の軍勢が世界の壁を越えて闘争を始めたとき、フォルカは決意した。
それは間違いだと、己を育て続けた全てに叛逆することを決めて、そのすべてに戦いを挑んだ。
何故逆らったのか。
よくよく考えれば、全てはあの仕合が始まりだった。
あの時、フォルカはフェルナンドに死んで欲しくなかった。
共に生き、共に技を競い合い、戦い続けた友を失いたくなどなかった。
生きて欲しかった。共に歩き続けていきたかった。
そうだ。
誰にも死んで欲しくなどなかった。
そのために戦ってきたはずだ。

――なのにもう、そこには誰もいなくなってしまった。

もはやフォルカには戦う理由がなくなった。
精神を限界まで研ぎ澄まし、その肉体を酷使して、己の命の底から覇気を搾り出し続けた。
そうやって戦い続けた結果がこれだ。
報われたものは何もなかった。

――もういい。

そんな声が聞こえた気がした。
倒れてしまえば楽になれる。
もう血反吐を吐くような思いはごめんだ。
守るために戦い続けたのだから、守るべきものが無くなってしまったのなら止めてしまえばいい。

「そう……だな……」

いつの間にか、かつてユーゼスだったものから溢れ出た悪霊の汚泥がフォルカを取り囲んでいた。
彼らは死んで無念を遺したかつての人間だ。
その思いゆえに命あるものを羨み、妬み、憎み、あちらに引きずり込もうとする。
フォルカの視界が紅い闇に染まった。
もはや逃げ場はなく、このままでは飲まれるだけしか道はない。
死ぬか。
ここで力尽きるか。
もう守るべきものがないのなら。


――どんな状況になっても己の成すべきことを果たせ。

「あ……」

――それを絶対に忘れるな。

あった。
守るべきものがフォルカにはまだ残っていた。
彼らとの約束が残っていた。
シロッコの言葉だけではない。
ゾフィー、マイ、そしてあの時に因果地平の果てで見た、彼らの魂の姿。
数限りない屍を積み上げ続けた。
数え切れないほどの傷を負い、血を流し続けた。
それでも己の目指すものが正しいと信じてたった一人、誰もいない闇のような道を走り続けた。
その果てにたどり着いたものは、やはりたった一人だけの闇でしかなかった。
自分のあらゆるものがボロボロで、もう立っていることすら辛い。
それでも。

「……まだだ」

それでも、ほんのわずかな光が見えた。

「……俺がここにいる」

フォルカが走り続けるさらにその先に彼らはいた。

「……彼らにこの命を救われた」

世界を、宇宙を、大事な誰かを、何かを守るために戦い続け、そして最後まで守り抜くという大いなる偉業を成し遂げた英雄たちがそこにいた。

「……今こうして生きているこの命そのものが、誰かを守るために戦った彼らが正しいという証明なんだ」

彼らが呼んでいる。
ここまで来いと。守り抜いてみせろと。


「だから――――俺は約束を果たすために、正しさを証明するために!まだ死ぬわけにはいかないんだ!!」


迷いが消えた。
覇気が満ちた。
フォルカを呑み込もうとする悪霊どもがヤルダバオトの放つ光にはじかれた。

「うぉぉぉぉおおおおぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉおおおお!!!!」

爆発。
白き修羅神の周りで風船のように膨れ上がった闇の汚泥が、爆裂音とともに四散する。
もはや海となって世界を埋め尽くす紅と漆黒の渦から、フォルカとヤルダバオトは輝く覇気を纏って飛び上がった。
無数の腕が伸びるように、悪霊がそれを追う。

「どけええええええッ!!」

覇気を集中した覇龍ではない。
ユーゼスにはまるで通じなかった覇気の弾丸が易々と汚泥を貫いていく。
ゼストの力の源である負の無限力はまさに海だ。
圧倒的な質量はそれだけで全てを呑み込み、光すら通さず、ひとたび荒れ狂えばあらゆるものを打ち砕く。
ユーゼスはその力を束ね、明確な意思をもって利用し、フォルカたちを蹂躙してきた。
水は強力な圧を加えれば、僅かな水量でも岩すら切り裂く刃と化す。
その要領で無限の海を操れば、まさに敵うものなどいるはずがない。
だがその意思はミオとシロッコの命を賭けた攻撃によって砕かれ、滅び去った。
ならば今ここにあるのは、いかに巨大であろうとただの有象無象に過ぎない。
統率のとれない軍勢はいかに数が多くとも突き崩すのは容易い。
ましてや天を衝き、地を砕き、海すら切り裂く修羅王の前では、そんなものはなす術なく破壊されるだけだ。

「双覇龍!!」

その両腕から放たれた二匹の光龍が易々と悪霊どもを切り裂いた。
黒い海に漂う怨念が悲鳴を上げる。次々と光に焼かれるようにして消滅していく。
エネルギーとしての密度が圧倒的に違う。二匹の光輝く幻獣は思うままに焼き尽くし、喰らい尽くした。

「あれか……!」

だがいくらこうして悪霊どもを蹂躙しても、相手が次々と沸いてくるのでは意味が無い。
その大元は異世界より奴らを召喚する超神ゼストのボディだったものだ。
その胸に取り込んだ銃神ディスの心臓を打ち砕かなければ、文字通り無限に湧き出る亡者を相手にしなければならない。
巨大な渦の中心で死者の不気味な声が、一際大きく響き渡る。

「終わらせるぞユーゼス……!そして俺の中の託された魂の力よ!力を――――貸してくれ!!」

巨大な龍が天へと昇った。
稲妻が自然の摂理に逆らって上昇したかのようだった。
それほどまでに、それは閃光と呼ぶにはあまりにも荒々しく凄まじい。
今にも全てを引き裂こうとする覇気の嵐を身に纏い、ヤルダバオトは天より悪霊の海を見下ろす。
この身一つで海を貫く。
求められるは神速。
風よりも速く、音よりも速く、光よりも速く!
かつて一人の男がいた。
その男には何もなかった。
唯一つ、不屈の闘志だけがあった。
そしてそれだけでついには全てを超える力に届き、守るべきものを守り抜いた。
力はフォルカには遥か及ばない。
だがフォルカよりも遥かに偉大な勝利を勝ち取った。
その男の一撃に必要なものは心技体。
心――恐れも疑いも迷いも捨てる。
技――極限まで磨きぬいた技量。
体――指先の一本一本まで気を充実させ、その一撃に全てを賭ける!

「闘鬼……転生!!」

ジュデッカとの戦いで呼んだものとは違う。
呼び寄せたのは一体だけ。
隻眼の巨人、その名は大雷鳳。
そして闘気でできたその姿がヤルダバオトに重なった。
フォルカの心は無に。
そして大雷鳳の闘気にしたがう。
心技体全てを込めてトレースする。穏やかな水がそこに映る影をそのまま写し取るように。


「――――鳳龍」


光の翼。
稲妻のように空間を切り裂き広がっていく。


「――――神雷」

双拳に龍を宿し、その咆哮が天を揺るがす。
投影完了。その闘気のイメージに己の覇気を揺らぐことなく重ねる。
後は目標を定め、自分自身という名の弾丸を装填した拳銃の引き金を引くだけだ。


「――――いくぞ、ユーゼス!お前に死を告げるために!!」


瞬光。
刹那、その光にほんのわずか遅れて、鳳の翼が空を裂いた。
その先の空間を貫き、駆け降りる光龍の顎。
だがそれがフォルカではない。
その男を乗せた白亜の修羅神は、大いなる雷の鳳も双覇の龍も追いつけぬ、さらにその向こう。
一筋の流星が虚ろなる天と禍々しい海の狭間を駆け抜ける。
その後を追う龍は風を砕き、更に稲妻の翼が空を裂く。

「おおおおりゃぁぁぁぁああああああああああ!!!!」

無限の海に落ちゆく流星がその海面に触れた瞬間のことだった。
音の壁を遥かに超えたスピードが白き修羅神に纏わせたソニックブーム。
それが爆発を起こし、悪霊の渦を吹き飛ばした。
さらに襲い掛かる覇龍の光は吹き飛ばされた渦を宙空に巻き上げ、焼き尽くす。
最後に巨大な鳳凰の翼がそれを灰燼と化すまで切り裂き、蹂躙した。
まさに天地を貫く稲妻と化した修羅王は止まらない。
無限に湧き出る悪霊の大海、その最奥を貫くために更に深く潜行する。
それを防ぐべく、まつろわぬ霊どもは圧倒的な質量でフォルカの道を塞ごうとする。
だが近寄るそばから、触れることも僅かな抵抗すらできず、ただ消えていくのみ。
圧倒的なスピードとエネルギーに弾かれ、吹き飛ばされ、巻き上げられ、焼き尽くされて消滅する。
それを省みることなくフォルカはただ前へ、その奥へ。いやそれすら眼中にはない。

――もっと速く、もっと強く、もっと熱く!

己の未体験領域を全身の感覚で意識する。
この速度。この破壊力。この凪のような穏やかな心中。
しかしそれでいて最高潮に猛る己の覇気。恐れは微塵も存在しない。
ヤルダバオトの左腕は肘から先が砕けて無くなっていた。
初撃で海面を叩いたとき、すでにユーゼスの攻撃で半ば壊されていたその腕は、衝突の際に生じた巨大なエネルギーで吹き飛んでしまった。
だがそれすら今のフォルカには瑣末なことだ。
打ち砕ける。
間違いなく確信する。
長き戦いの果てに、血涙を流すほどに望んだ本当の勝利をもぎ取る瞬間を。
己の全てはこのためにあった。
誰かを救うため、守るために。
戦って殺すだけではない、その拳の価値を求め続けた。

――見えた。

雷すら追い越すような超速の空間を駆け抜け続け、悪霊の海の底で邪悪に輝く無限の円筒をフォルカの双眼がついに捕らえた。
左腕は折れた。
だがまだ牙がここに残っている。
イングラム・プリスケンが託して、そして受け継がれてきた反逆の牙は一本、また一本、次々に折れて砕けて消えていった。
そして残った最後の一本はすでに傷だらけで、あまりに脆い。
だが折れかけたその牙を支えてくれた者がいたことに気づいた。
今まで自分ひとりで背負い込んで長い道を走ってきたと思い込んでいた。
だがそれは違う。
いつのまにかその横に並んで歩いてくれていた。
フォルカの心の中で力になってくれていた。
その力があったからこそ、ここまで来れたのだ。
だから。
今、ここにある右の拳にありったけの想いを込めて。
突き立てろ――――――――反逆の牙を!




「――――砕け散れぇぇぇぇえええええええええええええええええええッッ!!!!」




【ユーゼス・ゴッツォ  死亡】



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最終更新:2008年09月21日 23:07