ファイナルバトルロワイアル(5)



音が聞こえる。
雨か。声か。それとも歌か。
崩壊する世界は音に満ちている。
だがそれは不安や恐れを呼び起こす類のものではない。
心地よい、安らぎを与える音だ。
解放された魂の声が、正しくあるべき輪廻の輪へと旅立っていく、その喜びを歌っているようだった。

――よかった。

フォルカは心からそう思う。
全身の疲れすらも心地よく感じるほどの充実感が、その心中に満ち溢れていた。
紅く、黒く、禍々しかった魂の渦は怨念の支配から解き放たれ、陽光に照らされた新緑のような優しい輝きで、戦いを終えた修羅王を包んでいる。
その魂たちがどこか遠い世界へと昇っていく。
彼らもあの中にいるのだろうか、とフォルカはぼんやりと考えていた。

――ありがとう。そして、またいつか。

さようなら、ではない。
自分もいつかあの光の中へ旅立つときが来る。
その時はどんなに語っても語りきれないほどの色んなことを彼らに伝えたい。
そしてそうなるまでに、願わくば彼らに恥じない生き様を刻んでいきたいと心から願う。
この彼らに救われた命はそういうものでなくてはならないのだ。

「――――ユーゼスはお前が倒したのか」
「!?」

突如、優しい光の空間から、一握りの闇が染み出した。
その闇が空間を捻じ曲げて、暗黒の世界に繋がる穴を広げる。
そこからずるりと這い出るように、両腕のない傷だらけの機体が姿をあらわした。
グランゾン、そして木原マサキ。
フォルカは満身創痍の魔神を睨み、すばやく身構えて迎え撃つ姿勢をとる。
対峙するマサキは無反応だ。ただ静かにもう一度、同じ問いを繰り返す。

「フォルカ、だったか……奴は死んだのか。どうなんだ?」
「……」

沈黙。
重苦しい雰囲気が対峙する二人の間に立ち込める。
マサキはこれ以上は語らなかった。
フォルカは無言で睨む。
ややあって。

「……ユーゼスは倒した。俺だけじゃない、皆の力があったればこそだ」
「そうか」
「……」

ユーゼスを倒した、という単語だけにしか興味はない。
マサキはそう言うようにして、フォルカの言葉が終わらぬうちにそっけない返事をかぶせた。
再び沈黙。


【――――カバラシステム起動、短期未来予測。ターゲットロックオン】


だが僅かな間のあとで、今度はマサキが新たな問いを発した。
その声からは何の感情も読み取れない。

「ならばお前はどうする。俺は奴を殺すためだけにここへ来た。だが……もはや戦う理由は無くなった」
「……」

少なくともその言葉に嘘はないように思う。
フォルカが見ていた限りでは、マサキは常にユーゼスを倒すことだけを考えて行動していたようだ。
もちろんシロッコなどから過去の悪行は聞いている。
だがそれだけで戦う気のない相手に襲い掛かっていいという理由にはならない。

「木原マサキ、お前は――ッ!?」

フォルカの声を遮ったのはマサキではない。
このユートピアワールドそのものだった。
世界そのものが消えかけている。
クロスゲートでこの世界を維持していたユーゼスの存在が無くなれば、当然この世界も同じ運命を辿る。
不安定な揺らぎどころの話ではなく、存在そのものがバラバラになり、無に還るように消え去っていく。


【――――エネルギー充填。空間歪曲座標セット】


「くっ……まずは脱出か!」
「そのようだな。あの無数に開いた空間の裂け目から、とりあえず別の世界へ行けるようだ」

マサキが機体そのものを向き直らせて指し示すその先には、揺らいだ空間に生じた数多の裂け目があった。
その裂け目のひとつひとつ、それぞれの向こうには、どれもよく似た、だが僅かに違うところのある宇宙空間が覗いている。
次元を打ち砕くほどの戦いで生じた、それぞれの並行世界へ繋がる抜け道だ。

「……ああ、そうだ。そういえばユーゼスを倒したお前にどうしても言わなければならんことがある」
「何……?」

すぐさま脱出行動に移ろうとするフォルカの機先を制する絶妙のタイミングだった。
マサキが突然、妙なことを言い出した。
こんなときに。
フォルカは当然いぶかしみ、脱出した後にしろと、そう返そうとした矢先。


【――――ワームホール展開、ブラックホールクラスター転移開始】


フォルカのほうに向き直るというような動作も無く、ゆえに察知が遅れた。
見当違いの方向を向いたまま、いきなりグランゾンの胸部装甲がばっくりと開いた。


「死んでくれ」


まるで通りすがりに挨拶でもするようにマサキは言った。
同時にヤルダバオトが闇に包まれる。
フォルカはとっさに神速のスピードで動こうとする。
だが見えざる力の渦がそれを阻み、傷ついた隻腕の修羅神を闇の中心に繋ぎ止める。

「う、うお、おお、おおぉぉおおおお!!」

何をしたのか分からなかった。
だがこれは間違いなく、あの男の仕業だ。
マサキのいるはずの方向を睨みつけるが、すでに闇がそれを遮断してしまっている。
その向こうにうっすらと見える魂の輝きが歪んで、さらに闇が濃くなっていく。
白い修羅神と新しき修羅王は亜空の深淵へと真っ逆さまに堕ちていく。


「あ、ああ、あ、ああああああああああ――――――――」


やがてブツンと何かのスイッチが切れるようにして全ての感覚が消え失せる。
いや、消えたのは感覚ではなく、それらで知覚するべき対象だった。
完全な闇、完全な無音、完全に何も無い。
永遠の暗黒、無限の虚空が続く。
やがてフォルカ自身が無となるまで。


   ◇   ◇   ◇


暗黒の宇宙空間に浮かぶ美しい惑星がマサキの視界を埋め尽くす。
眼前の巨大な蒼が描く地平の曲線、その向こうには銀色の月が見える。
そしてさらには太陽の輝き。
自分の知識の中にある水星や金星といった天体の配置。
紛れもなく、ここは地球と言う名の星だった。

「だが……俺の世界にはあんなものはなかった」

マサキから見て月の方向とは逆の地平線上に浮かぶ、十字をかたどった黄金の建造物に視線を送る。
やや遠いので詳しくは判断できないが、数百メートル単位の巨大な宇宙ステーションだろうか。
いや、そこに停泊する宇宙戦艦らしき影を見る限り、軍事基地なのかもしれない。
ここは全く見知らぬ別の場所だ。
ユートピアワールドから脱出した際に飛び込んだ、崩壊した次元の境界。
その無数の綻びのうちの一つから繋がった世界。
この青き星のいわゆる衛星軌道上に位置する空間へ、グランゾンは脱出することに成功した。
その背後にはいまだに、マサキがやってきた向こう側へと繋がる次元の揺らぎが、暗黒の宇宙とはまるっきり異質の景色を見せている。
だがそれはやがてゆらゆらと頼りなくその形を歪めていく。
そして水面の波紋を眺めているうちにやがて消えてしまうように、徐々にその揺らぎすら小さくなる。
うっすらと透けて消えるように、向こう側の景色もゆっくり宇宙の闇に溶けていく。
遂には完全に静止した宇宙の闇だけがそこに残った。
フォルカは、来ない。
次元の揺らぎが収まるまで、そして完全なる静寂が場を支配した後もマサキはその空間をしばらくの間、見つめ続けていた。
呼吸すら止めるようにして押し黙り、じっと視線をうごかさぬまま。
どれくらいたったか。
やがて長く息をつく。
僅かに口元を歪めた。
そこで初めてマサキは視線を外す。

「所詮……こんなものか」

そう、所詮はこんなものだ。
このバトルロワイアルというゲーム。
ユーゼスの圧倒的な優位から始まった殺戮遊戯で最後に生き残ったのは結局、この木原マサキただ一人。
いつも繰り返されてきたことだ。
誰も己を倒せるものなどいない。
誰も己の掌から抜け出ることなどできない。
他人は全てクズに等しい矮小な虫けらどもだ。
だがたった一人、自分以外で唯一無二の価値を認めた人間がいた。
その名はユーゼス・ゴッツォ。
消滅したはずの木原マサキという存在を再び蘇らせ、己の目的のために人形の如く利用しようと企んだ、造物主にして怨敵でもある男。
ユーゼスを殺すことを考えただけで、暗い高揚感が心を支配した。
奴が嘲りの言葉をさえずっただけで、信じられぬほどの憎悪が湧きだした。
あの男を殺すためならば、まさに何でもできると思ったし、そのことを躊躇うことすら考えなかった。
二度と戻らぬそれらを失くした今、はじめて分かったことがある。
かつてあれほどまでに充実していたことはなかったと。
己のクローンを作り上げ、思いのままに躍らせてゲームを演出しても、あの灼熱の感情には遠く及ばない。
冥王計画など、あれに比べれば所詮は自慰に過ぎないと、心の底から思い知った。
もしこの手であの男を殺すことができたなら、どんな喜びが待っていたのだろう。
すでにそれは叶わぬと知りながらも振り返ってしまう。
もうユーゼスは二度と手の届かない場所へ去ってしまったと、嫌というほど分かっていても、それでもなお。

「……ならば俺は、どうすればいい?」

誰もいない宇宙にたった独り。
小さく言葉を紡いだ。
もちろん答えるものは誰もいない。
ユーゼスを倒したフォルカもこの手で葬った。
だが何の感慨も湧き上がってはこなかった。
当然だ。誰も代わりになどなれない。
唯一無二の存在だからこそ全てを賭けるに値するのだ。

「…………」

沈黙。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
マサキは動かない。
マサキは喋らない。
その静寂が永劫に続くかと思われるほどに、その男の何もかもが停止していた。
だが、次瞬。


――――ぴしり。


眼前の宇宙にひびが入った。
まるで空間そのものがガラスのようだった。
そこからあふれ出す金色の光。
その光には見覚えがあった。
あの戦いの時、遥か遠くからその光を眺めていた。
だが何故ここにそれが存在するのか。
そんなことはありえないはずだ。
全く己の予想の外だ。
分からない。皆目見当が付かない。
自分は混乱しているのか。この胸の高鳴りはなんだ。
何かを期待しているのか。知らず知らずのうちに口の端が釣りあがる。

「く……くくくくくくく!」

己の喉から発せられる笑みを制御できない。
イレギュラーな事態に何故こうも心が躍るのか。
誰も己を脅かすものなどいなかったからか。
誰も己の理解を超えるものなどいなかったからか。
己の掌で踊るクズどもの無様を嘲笑い、その無力を見下しながら無慈悲に叩きつぶしてきた。
だが所詮そんなものは分かりきった予定調和だ。
秋津マサトがマサキの支配から抜け出したように。
ユーゼスが真っ向からマサキを打ち破ったように。
自身の全力を尽くして叩き潰そうと望んでも、それでも敗れる可能性がある。
その可能性を持つものがもたらすスリルに比べれば、結果が見えるというのはなんとつまらぬことよ。
生物は生まれたときから死ぬことは決定している。
それだけとれば、生きるということはきわめて無意味だろう。
だが実際はそうではない。その生物が死ぬまでの間に何が起こるかは誰にも分からない。
分からないからこそ価値が在る。分からないからこそ面白い。
木原マサキは今まで余りに全てが見えすぎた。全てが分かりすぎた。

「――ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああッッ!!!!」

空間のひびは広がり、その向こう側から漏れだす黄金の光の量が増加。
さらに聞こえる咆哮が、マサキの感情をさらに昂ぶらせる。


「……そうだ!そうでなくては意味が無い!!」
「――――マサキィィィィィィィィィィィィィッッ!!」


耳をつんざく爆裂音と同時に空間が破裂した。
そこから飛び出したのは、渾身の力を込めて次元の壁を打ち破る一撃を放った隻腕の修羅神だった。
その一撃――龍の形をした凄まじい光の砲撃は、そのまま蒼き星の上空を駆け抜けて、遥かな虚空の闇へと消えていく。
よく見ればフォルカの機体は擬似ブラックホールの重力で潰されかけ、白く美しかった装甲は見る影もない。
そして先程の一撃でほとんどの力を使い果たしたのか、身を包む黄金の輝きも弱々しい。
まさに満身創痍。
マサキのグランゾンも両腕を失い、ボロボロの姿を晒している。
今にも砕けそうな二機は、それでも戦わなければならない。
正真正銘これが最後だ。

「……何故だッ!」
「何故……か。娯楽だよ。ただの、ありふれた、普通のな」
「ふざけるなッッ!!」
「ふざけてなどいない。俺はユーゼスにこの殺し合いのためだけに造られた人形だ。
 ラミアと同じ。よって奴が死に、殺し合いが終わればこの存在に意味は無い」

今にも飛び掛らんとしていたフォルカが、その言葉を聞いて絶句した。
そうだろう。この男はラミアにもそうしたように、何も分からぬくせに侮辱にも等しい同情を臆面も無く向けてくるだろう。

「俺はあの人形女とは違う道を選んだ。ユーゼス如きがこの俺の造物主などと片腹痛い。ましてや利用しようなどと。
 だから俺は奴を殺して復讐を果たし、あの男に刻み付けられた運命を消し去らねばならなかった」
「……だが奴は、俺が倒した」
「そうだ。ゆえにこうなればこのまま生きることに意味は無く、そしてただ死ぬことにも意味は無い。
 だから娯楽だ。俺とお前、どちらが最後に生き残るのか――――命を賭けたギャンブルだ」
「お前は……!」

これ以上の問答は面倒だ。
ワームスマッシャー発射準備。

「俺に不確定の未来を見せてみろ。運命の不条理を突きつけてみせろ。それができねば死ぬだけだ!」

無数の光弾をグランゾンの胸部から放ち、それがワームホールによって転移し、全方位からフォルカに襲い掛かる。
白いマシンの装甲はズタズタでひびだらけ。直撃すれば跡形も残らず砕け散る。
捕食者の口の中で、獲物の肉が引きちぎられてすり潰されるように。
だが。

「修羅の命など安いものだ……特に俺のは」

動かない。
諦めたのか。
詰まらないが、それならそれでどうでもいい。

「……だが!この命はもう俺だけがいいようにできるものではないッ!!」

その瞬間には何が起こったのか理解できなかった。
弾かれた。上下左右から僅かにタイミングをずらして次々と襲い掛かる無数の光弾が。
右腕から発せられた光が尾を引いてフォルカのマシンを囲むように旋回した。
それがワームスマッシャーを弾き返した。
いや、単純にあの光を纏った右腕で弾き返した。
マサキにはそれが見えず、あの光の残像しか認識できなかったのだ。
それをたった今、理解した。
これだ。
血液が凍りついたようになりながら沸騰する、矛盾した感覚。
勝敗の見えぬ戦いに身を置く緊張感がマサキの全身を支配した。

「託されたもののためにも、正しさを示さねばならぬことのためにも、俺は生きる!
 どんな理由があろうとも、ここでお前に殺されてやるわけにはいかんッ!!」

白いマシンが構えた。
来る。
勝てるのか。ユーゼスすら倒した怪物に。
いや――――だからこそ戦う価値がある!

「おおりゃあッ!!」
「ワームスマッシャー!!」

風を越えた弾丸となってフォルカのマシンが宇宙を駆ける。
迎撃する無数の光弾は、ことごとくフォルカが一瞬前にいた場所を通過するだけ。
一歩遅い。いや、あの機体があまりに速すぎる!

「覇ッ!!」
「……!!」

ワームホールを使った転移で間一髪かわす。
フォルカの背後へ。
だが、いかなる感覚なのか。
すでに奴はこの動きに反応していた。

「でぇやあッ!」
「――化け物めッ!」

更なる転移。
今度はもっと遠く距離をとる。
だが、そんな小細工で稼げる時間は一瞬に満たない。
グラビティテリトリー最大出力で展開。
あっという間に距離を詰めてくる敵へ、逆にカウンターで力場を纏った機体ごとぶつけてやる。

「くらえ!」
「く――――うおおッ!」

激突する。
僅かに拮抗するグランゾンの重力フィールドとフォルカの黄金の拳。
一瞬後、それが崩れて力と力が交錯。
白い機神の装甲の破片が宇宙空間に飛び散った。
蒼い魔神の右足が膝部分からへし折れて吹き飛んだ。
ダメージの違いはそのまま威力の差だった。
グランゾンの脚部を前にかざして蹴りを放つように突撃しなければ、そのまま頭部か胸部を潰されていた。
弾かれて距離をとる二機。
スピード、パワーにおいてマサキが不利。
策はもちろんある。そうでなければ木原マサキの戦いとはいえない。
無策のまま勝ち目の無い戦いに挑むなど、クズどもの愚考だ。
エネルギーは一発分だけ残っている。
空間座標の演算は完了。ある地点まで誘うことができれば、すぐさま発動可能だ。
まともに撃ってもノーモーションで発動できなければ、奴のスピードは捕らえられない。
だから問題は、そこまでフォルカをおびき寄せられるかどうか。

「ワームスマッシャー!!」
「――――はああああああああああああああッ!!」

爆光が巻き起こった。
衝撃波がフォルカの機体を中心にして広がっていく。
だがそれほどの力を振るっても、あの修羅にはとどかない。
すでに避けるまでも無く、フォルカはマサキの攻撃を全て弾き返していた。

「勝ち目はないぞ。もうやめろ木原マサキ」
「……ああ、そうか。ラミアのときもそうだったな、貴様は」

反吐が出る。
高みから見下ろしたような言動。

「勝ち目があるかないかなど貴様が決めることではない。
 俺がギャンブルから下りるかどうかを決めるのも貴様ではない」
「……俺の仲間が言っていた。弱さがあるからこそ誰かの弱さを理解できると」
「ふん……それがどうした」

弱さだと?
そんなものはこの木原マサキには無縁のものだ。

「俺には今まで何も無かった。戦うことしかなかったんだ。他に拘るべきものを持たず、そのことにすら気づかず。
 だから何も無くなったお前が、自分の命すら範疇に入れずに戦おうとするのも理解できる気がする」
「…………何?……理解だと?」
「ああ、お前は自分自身の命が無価値だと、そう思っている。だからせめて他人と戦って勝たねばならないと。
 勝利でその存在価値を証明して、そうでもなければ生きている意味が無いと――――」
「ふざけるなッッ!!!!」

何が理解だ。
ユーゼスの装置に組み込まれていた女が見せた光景と同じだ。
どいつもこいつも、この冥王に哀れみの目を向けるとでもいうのか。

「命が無価値? ああ、そうだ!この『俺以外』の命など、どいつもこいつもクズに等しい!
 だからそれにふさわしく踏み潰してやるまでだ!せめてせいぜい俺を楽しませてみせろ!」
「他人の命と自分の命にどれほど違いがある。お前が誰かをクズと断じるということは、それは自分をも――」
「――――黙れッ!!」

殺してやる。
殺意があふれ出す。
ああ、ユーゼスと戦ったときのようだ。
礼を言おう、フォルカ。まさかここまで面白くなるとはな!

「……そうか、プライドか。フェルナンドも……そうだったのか」
「死ね!ワームスマッシャー!!」

発射と同時に、別のワームホールを展開して時空間移動。
目的地は予定していたポイントだ。
フォルカのマシンはワームスマッシャーをあっさりとかわして追ってくる。

「ならばこの全力を以ってお前を打ち倒す!その矜持ごとな!」
「そうだ……やれるものなら、やってみるがいいッ!!」

蒼い惑星の上を二つの流星が駆け抜ける。
幾度か牽制の攻撃を放つも、フォルカにはすでに足止めにすらならない。
追いつかれる。
だがギリギリで間に合った。
――ここが貴様の墓場だ!

「ワームスマッシャー!!」

すでに何度放たれたか分からない、虚空からの光弾がフォルカを襲う。
この距離。この位置。
さらに今度の攻撃は意図的に、フォルカの正面からこちらの本体に通じるルートを僅かに空けてある。
この状況ならば奴は間違いなく正面から突っ込んでくる。
そしてそれは現実となる。

「機神拳――――!」

――――計算どおり!

「ブラックホールクラスター転移開始!!」

グランゾンの胸部装甲を開放し、今にも破裂しそうな超重力の集合爆弾を、同時に展開したワームホールへ放り込む。
転移する先はフォルカのマシンそのもの。
例えそこから逃れようとしても、その重力によって引きずり込まれるのみ。
ユートピアワールドですでに一度、フォルカを虚空の闇に沈めた回避不能にして必殺の一撃。
かろうじて脱出したものの、フォルカの力はユーゼスを倒したとは思えぬほど弱っていた。
そうでなければ、この半壊したグランゾンでまともに相手になるはずがない。
そしてこのダメージでこれをもう一度受ければ、今度こそ脱出する術はないはずだ!


「俺の――――勝ちだッ!!」


眼前の空間が完全な闇に包まれた。
滅茶苦茶な曲線を描いて、闇と宇宙の境目がみるみるうちに縮んでいく。
だが。


「――――――――その技はすでに見た」


その反応は背後から。
その動きはレーダーに捉えきれないほどに、まさに光の如く。


「発動のモーションを見切れば避けられる。俺に同じ技は通じない」


グランゾンが振り返る。
そこに見えるのは右拳に光を纏った白亜の機神。


――――グラビティテリトリー全開!!


フォルカのマシンから放たれたその一撃を、見えざる重力の壁が防ぐ。
力の激突で生じたスパーク。火花が黒い虚空を切り裂いた。
だが完全には防げない。
一瞬、その動きを止められるというだけ。
まもなく、その一撃が自分の命を刈り取りにくるだろう。
だのに何故か笑みが浮かぶのはどうしてなのか。

「俺は死ぬわけにはいかない!だから――――お前を倒すぞマサキッ!」

己と相手の全てを賭けた殺し合い。
それにふさわしい敵が今までマサキにはいなかった。
だから冥王計画などというまわりくどい真似をする必要があった。
だが、もうそんなことはしなくていい。
あの時、ああすれば勝てたとか。または、こうすればよかったとか。
そんな余地などありえないほどの全力の勝負。

――――……が必要だった。

「く……くくく」

――――…………人が必要だった。

「そうだ……」

――――………………他人が必要だった。

「最早、一人ではつまらなすぎる」

――――……………………自分の全てをぶつけられる他人が必要だった。


「敵が…………必要なんだよぉぉおおおおおおおおッ!!!!」


瞬間、フォルカの拳に貫かれる重力の壁。
グランゾンとの間を阻むものは何も無い。
光が炸裂する。
砕け散る魔神の装甲。
マサキは避けない。
避けようとすらしなかった。
何故ならば。


「ワーム――――スマッシャァァアアアアアアアアッッ!!!!」


零距離における直接射撃。
全弾を一発残らず叩き込む。
己の被弾は避けられず、さらに自身の攻撃の余波が跳ね返ってくる。
まさに捨て身。
砕ける装甲の破片は蒼黒と白亜の二色が混ざり合う。
そして最後に一際大きな輝きが全てを呑み込んでいった。


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最終更新:2008年12月12日 18:06