反逆の牙


 ――反撃の狼煙は上げられた。
 そして、牙持つ者達は集結する。
 勇気有る者が眠りに就く、小さな島の一角に。



 その全身に深く傷を負った妖精が、彼方を目指し飛んでいた。
 フェアリオン。龍王機との戦いによって負わされたダメージは、決して浅いものではなかった。
 ともすれば機能不全を起こして墜落しかねない状態で、それでも妖精は飛び続ける。
 だが、現実は非常だった。
 機体の限界は既に超え、高度は少しずつ下がっている。
「っ……! 頼む……まだ落ちないでくれ、フェアリオン!
 俺は……俺は行かなくちゃいけないんだ! 教官の所に……辿り着かなくちゃいけないんだッ!!」
 コクピットの中、リュウセイは必死に叫び声を上げる。
 しかし、傷付いた妖精は主の願いに応える力を失くしていた。
 ゆっくりと、ゆっくりと、フェアリオンは海面に落ちてゆく。
 だが――

「何をやっているんだ、お前は! そんな傷付いた状態で海の上に出るなんて!」
「その声……ジョシュア!?」
 リュウセイの危機に駆け付けたのは、かつて彼が龍王機から救った戦友――
 イキマと共にF-1エリアを脱しようとしていた、ジョシュア・ラドクリフその人であった。
 小島を離れようとしていたジョシュアとイキマ。
 二人が時を同じくして海上を進んでいく機体を見付ける事が出来たのは、両者にとって幸運と言えた。
 リュウセイにとっての幸運は、彼を見付けたのが自分を知る者だった事。
 そしてジョシュアにとっての幸運は、信頼出来る仲間を救う事が出来た事。
「まったく……無茶をする奴だな、相変わらず……」
「す、すまねえ……」
「いいさ、前は俺が救われたからな。今度は俺がお前を助ける番だったって事さ」
 海中に没しかけていたフェアリオンをGP-02に支えさせながら、ジョシュアは苦笑と共に言う。
「ジョシュア、その男は?」
「前にも少し話したろ。俺が襲われていた時、助けてくれた人間だよ。
 イキマ、お前も手伝ってくれ。近くの陸地……ここからだと、さっきの小島が近いのか。
 ともかく、そこにこいつを運ばなくちゃいけないからな」
「いいだろう」
 ジョシュアの02が右腕を、イキマのノルス・レイが左腕を持ち、満身創痍のフェアリオンを支える。
「よし、これなら何とかなりそうだな……。
 それにしてもリュウセイ、いったいどうしてこんな状態で海の上なんか……」
「っ……! そ、そうだ! なあ、ジョシュア! あの小島から来たんだったら、さっきの光について知らないか!?」
「さっきの光?」
「ああ! もしかしたら、あれは俺がずっと探していた人の仕業だったかもしれないんだ!」
「そうか、それを確かめる為にお前は……」
「頼むっ……! あの光について何か知っているんだったら教えてくれっ!」
「……すまない。あの光に関しては、俺たちも良くは知らないんだ。
 だが、主催者に対して反抗を企てたと言う事は恐らく……」
「っ…………!」
「……すまん」
 気まずい沈黙が、ジョシュアとリュウセイの間に流れる。
 それを打ち破ったのは、これまで蚊帳の外で二人の話を聞いていたイキマだった。
「ならば、これから確かめに行けばいい」
「イキマ……」
「この場で言い合っていた所で、事実が変わる訳ではない。
 詳しい状況を知りたいのなら、自分の目で確認してみる事だ」
「……そう、だよな。アンタの言うとおりだ、この目で確かめてみなけりゃ何も分からないんだよな」
 壊れかけた機体の中、彼方の空をリュウセイは見る。
 あの空の下には、きっと自分達の運命を左右する“何か”が待ち受けている。
 それは、確信。確かな予感を憶えながら、リュウセイはジョシュア達に連れられて小島に辿り着いていた。




 一方、その頃――

「もう、いいのか?」
「ああ……行こう」
 クォヴレーのブライサンダーに乗り込みながら、トウマは静かな声で言う。
 埋葬は終わり、祈りは済んだ。
 後ろ髪を引かれないと言えば嘘になるが、いつまでもここに留まり続けている訳にはいかない。
 今の自分達には、やらなければならない事がある。
 仲間を集め、この忌まわしい首輪を外し、そしてユーゼスを打倒する。
 このバトルロワイアルを終わらせる事こそが、彼女に対する最大の手向けでもあるのだ。
「こうしている間にも、死んでいく人間は出ているはずだ。今の俺たちに、立ち止まっている余裕は無い」
「……そうだな」
 トウマの言葉に頷きながら、クォヴレーはブライサンダーのエンジンに火を点ける。
 これから向かう場所は決まっている。
 E-1エリア。謎の女に教えられた、イングラム・プリスケンの居場所。
 クォヴレーは思う。
 あの女、いったい何者だったのか。
 自分の名前を知っていた事、ブライサンダーの機能を把握していた事。いくらなんでも、不審な点が多すぎる。
 記憶を失う前の知り合いかとも思ったが、それにしては自分に対する態度が淡白すぎたとも思う。
 そしてなによりも、ブライサンダーの隠されていた機能を自分が知っていない事に、どうしてあの女は気付いていたのか――
「ブライシンクロンアルファ。そしてブライシンクロンマキシム、か……」
 教えられたキーワードを、口の中で呟いてみる。
 あの女自身には、不審な点が多すぎる。だが、その情報は確かなはずだ。
「……行くぞ、トウマ」
「ああ」
 そこで彼が無残な死を遂げている事も知らずに、クォヴレーとトウマは光の壁を乗り越えて行く。
 ウルフのマークは、何も言わずに輝きを放ち続けていた。

「そんなっ……そんな、嘘だろう!? イングラム教官ッッッッッ!!」
 傷付き倒れた鋼の巨体。その懐に抱かれて、イングラム・プリスケンは永遠の眠りに就いていた。
 コクピットの破片を腹部に突き刺し、そして首から上を爆破によって消し飛ばされ――
 無残な姿を晒しながら、イングラムは命を失っていた。

 また、だ。
 また自分は、教官を救う事が出来なかった。
 ……もし、あの時。
 イングラムと出会った時、自分が気を失わないでいれば、今の事態を防げたのではないのか。
 もっと自分に力があれば、イングラムを死なせないのでも済んだのではないのか。
 イングラムの亡骸を抱きながら、リュウセイは激しい後悔に襲われていた。

「教官……俺はっ……! 俺はッ…………!!」
「リュウセイ……」
 イングラムと彼がどのような関係だったのかは、道すがら説明を受けていた。
 教官だったと、恩人だったと、そうリュウセイは語っていた。
 そしてユーゼスによって運命を弄ばれた人間である事も、彼の口から聞かされた。
 ユーゼス・ゴッツォ――
 リュウセイによれば、バルマー帝国と呼ばれる異星文明の人間であるらしい。
 しかしかつて地球に攻め入ったと言う彼の軍勢は地球側の抵抗により追い払われ、
そしてその戦いでユーゼスもまた命を落としたはずであるとも。
 だが、ユーゼスは生きていた。それも以前を遙かに越える、未知の技術を伴って。
「バルマー帝国、か……」
 涙を流し続けるリュウセイを見ながら、ジョシュアは考えを整理する。
 イキマとの会話でも思いはしたが、あまりにも自分の知っている世界とは状況が違い過ぎている。
 インベーダーと呼ばれる異星の生命体により、地球全体が荒廃した世界。それが、ジョシュアの生きていた世界だ。
 リュウセイの世界、ジョシュアの世界、イキマの世界。全てが、あまりにも違い過ぎている。
 果たして、これはどういう事なのか?
 平行世界――
 かつてリ・テクの研究者達に聞いた事のあった、そんな単語が脳裏を過ぎる。
 信じられない話ではある。
 だが、今の事態そのものが、既に常識の範疇を超えているのだ。認めないわけにはいくまい。
 そんな技術を擁する相手に戦いを挑まなくてはならないとは、分の悪い賭けにも程がある。
 だが、それでも自分達は戦わなければならないのだ。

「……やりきれん、な」
 メガデウスの巨体を見上げながら、イキマは沈痛な声で呟きを洩らす。
 鉄の腕は萎え、鉄の脚は力を失い、埋もれた砲は二度と火を噴く事はない。
 鉄の巨人は死んだのだ。その主に最期まで付き従い、そして命運を共にしたのだ。
 だが、何故なのか。その無残な身体からは、今なお力強い闘志が放たれていた。
 今は主の墓標として沈黙しているメガデウスからは、今も不屈の意思が感じられていた。

 ユーゼスよ――確かに俺達では、お前を倒せなかったのかもしれない――
 だが――これで、全てが終わった訳ではない――
 たとえ俺達が志半ばで朽ち果てようと、いつか貴様は倒される――
 それまで、お前は空から見下ろしているがいい――
 お前を虚空から引き摺り下ろす、力有る者が現れるまで――

「っ…………?」
 そして、イキマは耳にする。聞いた覚えの無い、力強い意思を宿した男の声を。
 もしかしたら、それは感傷が生み出した空耳だったのかもしれない。
 だが、そうではなかった。
 この場に集う者達にとって、それは決して空耳などではなかった。

「教官……」
 イングラムの亡骸を抱えたまま、リュウセイは呟く。
 今、確かに声を聞いた。
 あの光が迸った時にも、自分は感じ取っていた。
 今は亡き、イングラムの意思を。
 ……いつのまにか、流す涙は止まっていた。
 そうだ。今は、泣いている時ではない。
 イングラムの無念を晴らすためにも、今は戦わなければならないのだ。
 仲間を集め、力を合わせ、イングラムの遺志を継ぎユーゼスを倒す。
 それこそが、イングラムの為にしなければならない事なのだ。




「っ……! あれはっ……」
 ブライサンダーの操縦席から、クォヴレーはメガデウスの巨体を見上げていた。
 見るも無残に傷付き倒れ、もはや残骸と化した鋼の巨人。
 イングラムの命が既に無いだろう事は、嫌が応にも認めざるを得ない。
 あれだけのダメージを受けているのだ。どれだけの激戦を経たのかは、その場面を見ずとも知る事が出来る。
 そして傷付き果てたメガデウスの近くには、見覚えのある機動兵器が二つと、見覚えの無い妖精を思わせる機体が一つ。
「クォヴレー、あれはっ……!」
「……分かっている」
 イングラムの身に何が起きたのか。
 そしてイングラムの身に何か起きたとするのならば、あの機体の持ち主達はどう関わっているのか。
 不安に、襲われる。
 やはりあの機体の持ち主達はゲームに乗った人間なのではないか――?
 そう思うなと言う方が、この状況では無理だろう。
 だが、所詮は状況判断だ。根拠は無いし、証拠も無い。
 思い込みだけで物事を決め付けてしまうのが、どれほど危うい事なのか。それを、クォヴレーは既に思い知っていた。
「トウマ。分かっているとは思うが、まだ連中がイングラムを倒したと決まった訳ではない」
「……ああ」
 クォヴレーの言葉にトウマは頷く。
 そう、まずは確認しなければならない。
 イングラムの事、アルマナの事、ゲームに対する考えの事。
 奴らには聞き出さなければならない事が、それこそ山のようにあるのだから。

「っ……! イキマ、あの車は……!」
「あれは、あの時の……」
 こちらに近付いて来る一台の車。その独特な見覚えある車体に、ジョシュアとイキマは気が付いていた。
 メガデウスのコクピットでイングラムの死体と対面しているリュウセイは、まだ彼らの接近に気が付いていない。
「ジョシュア、リュウセイに知らせろ。俺は、奴らと話をしてくる」
「イキマ……だが、いいのか? あいつらは、お前があの女を殺した犯人だと……」
「……だからこそ、だ。それに、あの男には渡さなければならん物があるからな」
「渡さなければならない物……?」
 バラン・ドバンに渡してくれと、アルマナに託された首飾り。
 だが、バラン・ドバンは既に亡い。ならば、この首飾りはあの男に渡すべきだ。
 彼女の、最期の言葉と共に。
「……わかった。気を付けろよ、イキマ」
「ああ」
 近付いて来るブライサンダー。
 それに無用の警戒心を抱かせぬよう、イキマのノルス・レイはゆっくりと彼らに歩み寄って行った。

 その様子は、クォヴレー達の目にも見えた。
 不可解な行動だ。相手は三機、なのに一機だけが近付いて来る。
 それも、こちらを確認しているはずなのに、とてもゆっくりと。
「やはり、このゲームには乗っていないと言う事なのか……?」
 その攻撃の意思を感じさせない行動に、クォヴレーは思わず呟きを洩らす。
 そしてお互いの機体が、通話が可能な距離まで近付いた時――

「……アルマナ・ティクヴァーに縁の者だな? 彼女に託された物と、最期の言葉を伝えに来た」
 ノルス・レイのコクピットを降りながら、異形の怪人――イキマは言った。
「どういう事だッ! どうして、お前がアルマナの名を……それに、託された物だと!?」
 ブライサンダーの後部座席を降りながら、トウマは感情に任せて叫び声を上げる。
 そんな彼の様子を見ながら、イキマはアルマナに渡された首飾りを掲げる。
「それはっ……!」
「バラン・ドバンに渡してくれと、彼女に手渡された物だ」
「そ、それじゃあ……アンタはっ……!」
「……俺が駆け付けた時には、既に致命傷を負っていた。
 自分が助からない事を知って、彼女は俺にそいつを渡した。
 彼女は最期に言っていた。ルリアを頼む、そうバラン・ドバンに伝えてくれと」
「っ…………!」
 アルマナの名を、そしてバランやルリアとの関係までを知っている。
 ……間違い、無い。
 この男が言っているのは、嘘などではない。
 アルマナの最期を看取ってくれたのだ、この男は。
 なのに、自分は……。
「すまないっ! アンタは……アンタは、アルマナを看取ってくれてたって言うのにッ……!」
「……気にするな。状況を考えれば、ああされるのも無理はなかった。
 それに俺に弔われるよりも、お前に弔ってもらえた方が、あの娘も喜ぶだろう」
「それでは、やはり……」
 イキマの言葉を車内で聞き、クォヴレーは自分の推論が間違っていなかった事を知る。
 全ては、誤解に過ぎなかった。やはり自分が思ったように、この怪人はゲームに乗った人物ではなかったのだ。
「一つ、聞きたい事がある。イングラム・プリスケンと言う男について、何か知らないか?」
 彼方に倒れるメガデウスの巨体を見上げながら、クォヴレーはイキマに問い掛ける。
「……あの男とも、お前達は知り合いだったのか」
「ああ。他の参加者に襲われていた所を救ってもらった。それからずっと、探していたんだ」
「そうか……」
「知っているなら教えてくれ、あの男は……」
「……残念だが」
「ッ…………!」
 イキマは目を伏せ、首を振る。
 それが何を意味しているのか、分からない二人ではなかった。

「俺の仲間が、あの機体の元にいる。
 そのうち一人は、イングラムの教え子らしい。イングラムの事を知りたいのなら、そいつに話を聞いてくれ」
「……わかった」
 先を進むノルス・レイに続いて、ブライサンダーは廃墟を駆ける。

 今、ここに集おうとしていた。
 反逆の牙を託された者達が、傷付き倒れた巨人の下に。



【ジョシュア・ラドクリフ 支給機体:ガンダム試作二号機(機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY)
 機体状況:良好
 パイロット状態:良好
 現在位置:E-1
 第一行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 第二行動方針:ユーゼスの空間操作を無効化させる手段を探す
 最終行動方針:イキマと共に主催者打倒】

【イキマ 搭乗機体:ノルス・レイ(魔装機神)
 パイロット状況:良好(時間の経過により腹部のダメージは回復)
 機体状況:右腕を中心に破損(移動に問題なし。応急処置程度に自己修復している)
 現在位置:E-1
 第一行動方針:クォヴレーとトウマをリュウセイに会わせる
 第二行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 第三行動方針:ユーゼスの空間操作を無効化させる手段を探す
 最終行動方針:ジョシュアと共に主催者打倒】

【リュウセイ・ダテ 搭乗機体:フェアリオン・S(バンプレオリジナル)
 パイロット状態:健康
 機体状態:装甲を大幅に破損。動く分には問題ないが、戦闘は厳しい
 現在位置:E-1
 第一行動方針:イングラムを弔う
 第二行動方針:戦闘している人間を探し、止める
 第三行動方針:仲間を探す
 最終行動方針:無益な争いを止める(可能な限り犠牲は少なく)】

【クォヴレー・ゴードン 搭乗機体:ブライサンダー(銀河旋風ブライガー)
 パイロット状態:良好
 機体状態:サイドミラー欠損、車体左右に傷、装甲に弾痕(貫通はしていない)
 現在位置:E-1
 第一行動方針:リュウセイにイングラムの事を聞く
 第二行動方針:トウマと共に仲間を探す
 第三行動方針:ラミアともう一度接触する
 第四行動方針:なんとか記憶を取り戻したい
 最終行動方針:ヒイロと合流。及びユーゼスを倒す
 備考1:左後部座席にトウマが乗っています
 備考2:水上・水中走行が可能と気が付いた。一部空中走行もしているが気が付いていない
 備考3:変形のキーワード、並びに方法を知る。しかし、その意味までは知らない】

【トウマ・カノウ 搭乗機体:なし(ブライサンダーの左後部座席に乗っています)
 パイロット状態:良好、頬に擦り傷、右拳に打傷、右足首を捻挫
 機体状況:良好
 現在位置:E-1
 第一行動方針:リュウセイにイングラムの事を聞く
 第二行動方針:クォヴレーと共に仲間を探す
 最終行動方針:ヒイロと合流。及びユーゼスを倒す
 備考:副指令変装セットを一式、ベーゴマ爆弾を2個、メジャーを一つ所持しています】

【二日目 17:20】





前回 第176話「反逆の牙」 次回
第175話「されど戦いは続く 投下順 第177話「集う者たち~宴の準備~
第185話「巨人は朽ちず 時系列順 第184話「ハイエナの如くに

前回 登場人物追跡 次回
第174話「The Game Must Go on ジョシュア・ラドクリフ 第182話「悼みの情景
第174話「The Game Must Go on イキマ 第182話「悼みの情景
第174話「The Game Must Go on リュウセイ・ダテ 第182話「悼みの情景
第174話「The Game Must Go on クォヴレー・ゴードン 第182話「悼みの情景
第174話「The Game Must Go on トウマ・カノウ 第182話「悼みの情景


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最終更新:2008年05月31日 18:55