無題


「ああ、くそ…こんなんでどうしろってんだ」
森に隠されたロボットの狭いコクピットの中、手にしていたマニュアルを放り投げ、イサム・ダイソンは呟いた。
額に手を押し当て、改めてコクピットを見回しため息をつく。視界の隅に、放り出したマニュアルの表紙が写った。
ドラグナー3型。それが、俺に与えられた機体の名称らしい。
マニュアルを読んでみて解かった事といえば、どうやら『はずれ』を引いてしまったという事。
レドーム状の頭部が示すように、この機体は電子戦を目的に作られたものだ。
優れた索敵能力で情報を収集し、高い機動力で偵察を行う。それがドラグナー3型に与えられた任務であり、
その為の各種センサーやレーダー、 果てはジャマー等、その装備は充実している。
この馬鹿げたゲームにおいて、索敵能力に長けるということは大きなアドバンテージとなるだろう。
戦いというものは、古来からすべからく情報を制するものが有利となる。
しかし、それも充分な戦力を有している事が前提だ。
この機体はその情報収集能力の代価として、装甲は犠牲になり、武装も数発のミサイルと手にしたハンドレールガンのみ。
3型、と銘打ってある以上、恐らくは存在するであろう1型、2型と共に運用してこそ、この機体の真価は発揮されるわけで、
3型単機のこの状況では戦力不足という他は無い。
こんな貧弱な武装では、もしも敵と遭遇した場合倒すことは難しいだろう。
幸いなのは、よほどの機動力を持つ相手でなければ逃げ切れる、ということか。
「さて、どうしたもんかね…」
シートに深く身を預け、これからの行動を模索する。

諸君らには、これから殺し合いをしてもらう。

この一連の騒動の発端となった部屋で、仮面の男はそういった。
「ちっ…」
忌々しそうに舌打ちをして、己の首に巻かれた爆弾へと手を伸ばす。

―――ふざけやがって。

元来、あのように人を見下した態度を取る相手は気に食わない性質だ。
ましていきなり殺し合いをしてもらう等と、人を舐めているにも程がある。
あのやたら暑苦しいデカブツと、何処かで見たようなパイロットスーツを着た男が抗議していなければ、
恐らく自分がユーゼスに掴みかかっていたことだろう。
ならば、答えは簡単だ。
こんな殺し合いに乗ってやるつもりは毛頭無い。
この馬鹿げたゲームをぶち壊し、あのいけ好かない仮面野郎をぶん殴る。
問題は、現状の戦力では到底出来そうもないということか。

そこまで考えたところで、突如レーダーが他の機体を捉えた事を知らせる電子音が響く。
跳ね起きるようにシートから上体をあげ、計器類に目を配る。レーダーに、こちらへ近づく一つの機影が映し出されていた。
「ったく、考え事くらい静かにやらせてくれよ…!」
補足した機影から距離を取ろうと操縦桿を握り、そこでふとイサムは動きを止めた。
どうにかして、この相手を仲間に出来ないだろうか?
現状の戦力では反旗を翻すことすら難しいのなら、同じようにこの戦いをぶち壊そうとする連中と手を組めば良い。
たとえ向こうがこのゲームに乗っていたとしても、この機体と自分の腕が在れば逃げ切ることも難しくは無いはずだ。
(どの道、この機体じゃ逃げ回るくらいしかできねぇしな…)
改めて操縦桿を握り締め、イサムはドラグナー3型のスタスターをふかす。
ふわり、と空へその体を浮かび上がらせたドラグナー3型は、白煙をなびかせて滑るように青空を突き進んでいった。
レーダーに映る機影の主が、この狂った殺し合いに乗っていないことを祈りながら。


レーダーを頼りに補足した機影に接近し、こちらが補足されないよう森の中に潜んで慎重に相手の機体を目視で確認する。
白と青のカラーリングが施された、見た事の無い型の戦闘機だった。
武装は確認できる限り、機体上部のキャノン砲が一門と主翼にキャノン砲二門といったところか。
ここからは良く見えないが、戦闘機タイプであるならば機首に機銃も搭載されているだろう。
イサムがかつて乗機としていたバルキリータイプのような変形機構は無いらしい。
しかし、何よりもイサムの目を奪ったのは機体そのものではなく、その挙動だった。
「…おいおい、大丈夫かよあれ」
頼りない速度で、ときたまふらつきながら飛行している。明らかに機体に慣れていない。
(とりあえず、通信してみるか)
あの様子では、たとえ戦闘になったとしてもこちらが後れを取ることは無いだろう。
もしかしたら素人を装っているだけかもしれないが、その時はその時だ。
元よりコンタクトを取るために来た以上、話をしないことには始まらない。
「そこの戦闘機、聞こえるか?こちらはイサム・ダイソン。こちらに戦闘の意思は無い。着陸して話を聞いてくれないか?」
森の中から浮上し、機体の両腕を広げ敵意が無いことを示しながら、眼前の戦闘機へ向かい簡潔に意思を伝えた。
もしも攻撃を仕掛けられた時のことを考え、すぐに動けるようにしながら、息をのんで相手からの返答を待つ。
しかし、通信を受けた戦闘機はまるで戸惑うかのように機首を揺らすと、
イサムの期待を裏切ってぎこちない動きで回頭し、逃走を開始する。
「待て!こっちはやりあう気は無いって言っただろ!話くらい聞けよ!」
「信用出来ません」
逃げようとする戦闘機を慌てて追いかけながら、声を荒げたイサムに返ってきた返答は、まだ幼い少女の声が発した拒絶だった。
「くそ…っ!」
毒づきながら、イサムはレーダーに目を走らせた。近づく機体が無い事を確認すると、手にしたハンドレールガンを地面へ捨てる。
「おい!見えたか!?今、武器を捨てた!これでこっちは丸腰だ。どうだ、これなら信用してもらえるか?」
半ば叫ぶように言い放つ。
すると戦闘機は徐々に減速し、ゆっくりとこちらを振り返った。
「…機体の両手を上に上げてください。そのままゆっくり着地を。変な動きをしたら、撃ちます」
先ほどと同じ、少女の声。
どうやらこちらの話を聞いてくれるつもりになったようだ。
相手の要求も、この状況下ならば仕方のない事だろう。
言われたように両手を上げ、イサムはドラグナー3型を地面へと降下させる。
多少もたつきながらも同じように着陸しようとする戦闘機の姿に苦笑を漏らしながら、いくつかアドバイスを与える。
戦闘機が無事に着陸したのを見届けるとイサムはコクピットのハッチを開け放った。
「そっちも表に出てきてくれないか?まずは顔を合わせようぜ」
「わかりました」
向こうの返答を確認し、ベルトを外して外に出る。
タラップに足をかけながら、イサムは戦闘機のコクピットへと目を向けた。
ハッチのガラス越しにごそごそと動く少女をイサムは注視する。
出会ってから間も無く、多少のやり取りしか交わしていないが、イサムはこの少女に興味を抱いていた。
声から判断するに、相手はまだ少女だろう。事実、ここから見える相手の姿もまだ幼いシルエットだ。
だが、このような事に巻き込まれているにも関わらず、通信で聞いた少女の声に動揺は無かった。
それどころか、まるで感情というものが読み取れない、無機質な声だったのだ。
年相応の少女であるならば、怯えて縮こまっていて然るべきこの状況でだ。
(単に神経が図太いのか、それとも状況がよく理解できていないのか…。さて、一体どんな娘が出てくるのかね)
そうこう考えているうちに、戦闘機のハッチが開け放たれる。そのハッチから、少女がひょこりと顔を覗かせた。
「はじめまして、ホシノ・ルリです」
まるで雪を思わせる色白の少女は、そう言って無感情な顔のまま、ぺこり、と頭を下げた。

【イサム・ダイソン 搭乗機体:ドラグナー3型(機甲戦記ドラグナー)
 パイロット状況:健康
 機体状況:良好
 現在位置:C-6
 第一行動方針:仲間を探す
 第二行動方針:ゲームに乗った相手からの逃亡(戦力が整っていればやられたらやり返す)
 最終行動方針:ユーゼスをぶん殴る】

【ホシノ・ルリ 搭乗機体:スカイグラスパー(機動戦士ガンダムSEED)
 パイロット状況:健康
 機体状況:良好
 現在位置:C-6
 第一行動方針:アキトを探す
 最終行動方針:アキトと共にゲームからの脱出】



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最終更新:2008年05月29日 01:24