1.音声や文字密度などテクスト自体に関するもの
2.感情の構築・再生などの作者論
3.社会的状況などの状況論
の3つとその相互作用を考える。
1はテクスト内で完結可能。
2,3はそうでない。
相互作用を考えると、
A:「1が2,3に優越する」
B:「2,3が1に優越する」
の2つの態度が可能。
1はテクスト内で完結する。書かれてないことを読み出す必要はない。
2,3はテクスト内で完結しない。どこからか「読むストーリー」を導いてくる必要がある。
よって、1の方法のほうが明快に読める。
少なくとも、「誤ったストーリー」で読解してしまう心配がない。
Aの読解が論理的ではある。
Bの読解は可能か。言い換えれば、「正しいストーリー」を導出するにはどうすればいいか。
ある作者Xの作品x1,x2があるとして、1の読解を行うと、x1-1、x2-1の読解が与えられる。
x1-1,x2-1から連続性を持つ要素を発見する方法が必要になる。連続性のある要素が発見された場合、これは2の読解になる。そこから1の読解を行う、という流れになるだろう。
Bの読解は「ある作者・状況に連続性がある」という仮定のもとに成り立つ。この問は初めて作品を読む時点では保証されない。しかし、連続性があるというのであれば、1の読解を行った時点で連続する要素を含んでいなければならない。とすると、作品x1、x2は「あらかじめ」連続性を了解されていたことになる。「連続するだろう」という(作品に含まれる要素を明示しないでもいい)想定は「ある作者が書いた」ということで評価できる。しかし、初めて読む場合にはその連続する要素は不明であるから、まず1の読解を行って作品の要素を吟味した上で、2の読解を行うのが妥当。
作者Xの作品x1,x2に対する1,2の読解と相互作用の流れは、以下のようになる
- x1,x2を評価し、x1-1=(X1,X2,X4,……),x2-1=(X1,X3,X4,……)を構成する。
- x1-1,x2-1の同じ要素を抜き出し、これをXに属する要素として評価する。(この場合だとX1,X4にあたる)
- Xに属する要素X1,X4からx1-1,x2-1における要素の表れを評価する。またXに属さない要素を問う。
3:状況論の読解は、複数の2から同一の要素を取り出して特徴づけ、2へ戻る事によって可能。
B読解ははじめに「作者(もしくは状況)が連続性を持っているだろう」という仮定を、要素の吟味をする前に置いている。これは作品のみを読む場合には検討不可能。
- 詩の「問い」としてのあり方と前述の評価法の関係について
詩がある未開拓な感情へ向けて問う事だ、としても、前述の評価法は意義を失わない。それどころか、詩の評価法は詩の「問い」としての態度で重要性を強める。
重要なことは、「これこれの感情があって、こう書く」というのではなくて、「これこれの感情へ向けて、こう書く」ということだから、その感情は未開だ。作者にさえわからないから、「言語化して問いを立てる」わけだな。言語化されたものは問であって感情自体ではない。
俺は今まで「言語化されないものは考慮に値しない」と言い続けてきた。だから、詩から感情自体を直接導出することはできない。その詩においては、その感情自体は言語化されていない。導出できるのは、感情への問い、となる。
感情への問いは、感情自体へ近づく補助線になりうる。まあ別に感情自体を問わなくてもいいんですけども、問があるなら問いますよ、です。
しかし問はあるけれども、道具立てがない。だから、問であると同時に、キーワードを撒き散らしている詩の本文から道具を見つけて列挙する事によって道具立てを整備することもまた、詩の読解には必要なのだと思う。完結した本文中で感情の構造を組み立てる。これが1の読解。2の読解は、複数の作品を読むことで導出できる。3もまた、複数の作者を読むことで導出できる。
たぶん、「ある詩に対して自分の感じる感情」というのは、自分を作者とみなすことで対象比較を行う、3の読解の最も日常的な方法なのだと思う。この場合、問として与えられた詩を、(詩とは関係のない)自らの語彙を用いて考察する、という働きではないか。
- 言語が伝達機能を基本にしていることから「対話的言語」というものを考えて、確認可能性を論証し、確認可能性の判断を用いて「記述的言語」を「非対話的言語」に従属させる、というロジック。
- 記号
- 所記
- 能記
- 記号
- 伝達
- 対話的伝達
- 読解的伝達
- 伝達の時間性と文脈
- 対話的時間性
- 表記的時間性
- 語彙
- 辞書的語彙
- 対話的語彙
- 読解的語彙
- 構造主義的語彙
- 意味の構成
- 伝達機能→一意性
- 表記機能→複数性
- 辞書
- 物理的辞書
- 通俗的辞書
- 対話的辞書
- 表記的辞書
- 構造主義的辞書
- 文脈
- 対話的文脈
- 表記的文脈
- 引用
- 対話的引用
- 表記的引用
- 文法範疇
- 格
- 定性
- 人称
- 数
- 極性
- 態
- 時制
- 相(アスペクト)
- 法(ムード、モダリティ)
- 性、名詞クラス
- 一致
- 屈折語
- 抱合語
- 膠着語
- 品詞
- 名詞
- 動詞
- 形容詞・副詞
- 代名詞・関係代名詞
- 助詞
- 意味論の逆バージョンとして
- 詩的引用
- 対話的引用
- 表記的引用
- 詩的文脈
- 対話的文脈
- 表記的文脈
- 詩的辞書
- 物理的辞書
- 詩的的辞書
- 対話的辞書
- 表記的辞書
- 構造主義的辞書
- 詩的記号
- 所記
- 能記
- 記号
- 詩的伝達
- 対話的伝達
- 読解的伝達
- 詩的伝達の時間性と文脈
- 対話的時間性
- 表記的時間性
- 詩的語彙
- 辞書的語彙
- 対話的語彙
- 読解的語彙
- 構造主義的語彙
- 詩的意味の構成
- 伝達機能→一意性
- 表記機能→複数性
- 読解
- 文法的読解
- 文脈的読解
- 表記空間性
- 文法的空間読解
- 文脈的空間読解
- 辞書作成
詩論として。
詩はまあ所詮言葉の並べられたものだから(まあそれはあらゆる文学に言えることだが)、例えば、ある語彙のあつまり・並べ方が一行を構成するわけだな。というふうに、幾らかの構成要素の階層構造として考えられる。
で、それでどういうふうな水準があるか。
1:音韻論、2:語彙論、3:統語論、4:文脈論、5:作品論、6:作者論、7:状況論、の7つの水準を暫定的に与える。これはそれぞれ詩(詩に関連する文化)の記号として、音素・言葉・連辞・文脈・作品・作者・状況に対応する。幾らかの音素が言葉を形成し、幾らかの言葉が連辞を形成し、幾らかの連辞で作品が構成される。また一人の作者は複数の作品を提出するし、ある一つの詩に関する兆候には複数の作者が関係している。まあそれはどの文学でもそう。
記号は「なにかの表示を用いて別のものを指し示すもの」だから、音素という記号は例えばアルファベットを用いて聴覚映像を指し示すものだし、語彙という記号はアルファベットの連なりを用いて意味を指し示す。
この関係をリストにすると
番号:論:構成物:
1:音韻論:音素:
2:語彙論:語彙:
3:統語論:連辞:
4:文脈論:文脈:
5:作品論:作品:
5:作者論:作者:
6:状況論:状況:
で、次に「同じ意味を持つ構成要素」について考える。ある連辞における言葉を、同じ意味を持つ言葉に入れ替えると、もとの連辞と同じものになるのか。「数字」と「数」は同じ言葉か。「愛」と「恋」は同じかという問題。俺は違うと思うが、別に同じと扱っても良いはず。これはなぜか。ある言葉=言葉の指し示すもの、をどのような音素をもちいて表現しても同じなのかどうか。
各段階を構成する過程で、複数の構成物を同一とみなすかどうかの判断が行われる。
最終的な文脈・ストーリーの価値を
最終更新:2012年08月13日 22:10