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強姦(debug)


どうしてこうなったのか説明するのは簡単だった。きくが精神を病んだからだ。きくは強姦された。

きくの実家から帰ってきたお盆すぎ8月16日のことだった。日付は確かに覚えていた。会社から帰ってきたら玄関にきくが倒れこんでいた。着衣が乱れていた。病院に連れていった。そしたらきくは強姦されていたとわかった。医者の口から告げられた。きくは喋らなかった。喋れなくなっていた。
おそらく宅配便かなにかに変装した強姦魔がきくを襲ったのだろうと思う。警察にはそのように言った。若い警官に対応された。事務的だと思ったけれど、自分はなぜかそのことについて何も感じなかった。
きくの手を引いて歩いて帰った。
帰りにアイスを買って、アパートの近くにある小さな公園できくに食べさせた。学生の頃のようなことをしている、と思った。スプーンを口に押し付けた。悲しいような気がしたけれども、なにか遠い遠い世界で起こったことのような現実感の無さだった。きくが強姦されたなんて、と言葉が脳裏をかすめるのさえ嫌な気分で、わざときくに優しくすることで自分を守っている気がした。
きくはゆっくりバニラアイスを舐めていた。溶けたアイスは水場に流した。

精神科にも連れていってみた。なぜ自分がきくのことを医者に話しているんだろう、という疑問があった。強姦魔を、見ていないのに。強姦したやつを殺したいなあ、と呟いたとき、それがあまりにも自然に口から発されたのに驚いた。自分は強姦魔を殺したいのかもしれない。怒りをぶつけたいのか。主人も診察必要かもしれませんね、と医者は言った。そうかも知れないと思う。きくの心がおかしくなったのと同時に、自分の心もどこか壊れてしまったような感覚は、なかったわけではなかった。
その日の夜、きくと寝た。布団の中できくの体を抱きしめると、なんだか無性に悲しくなった。なぜきくがこんな目にあうんだ、と言った。なんだかうそ臭いとも感じていたが、自分の背中をきくの両腕がひっかくのが痛くて、それ以上に嬉しかったからいい気がした。

会社には事情を話した上で有給をもらった。上司は複雑そうな顔をした。飲みに誘われたけれど、きくが心配なので早く帰った。帰ったらきくは男に犯されていた。きくは裸だった。寝室に衣服が散乱していた。男は非常に興奮していて、自分が帰ってきたのには気づいていないようだった。腕時計を拳に巻いて後ろから殴りつけると男は倒れた。さらに殴り続けていると、頭が砕けたのがわかった。殺してしまったらしい。まあいいかと思った。この前きくを襲ったのはこいつか、と聞くときくは頷いた。もしかして不倫だったのかな、とわずかに思った。左手が骨折していたので有給中に医者に見せ、死体はハンマーでよく砕いてから河に流した。これできくも元に戻るかと安心した。

きくは戻らなかった。寝間着のまま、ふらふらと夜出かけるようになっていたらしい。秋の終わり頃、それを見つけた。暴力に触れてきくの生活がすべて、変化してしまったみたいだった。喋られないきくはまともな生活ができそうになかった。自分で自分の体を傷めつけた。ひとりで外にだすのも恐ろしく思えた自分は、きくを自宅に閉じ込めた。すべての生活の方法が過激になりつつあった。きくもそうだし、自分もそうだった。きくは精神科と産婦人科に、自分は精神科と内科、皮膚科と泌尿器科に通院するはめになった。

きくに夕食を作ってやる。トイレに篭ったきくに、トイレでごはんを食べさせてやる。それからきくの手を引いてきくを抱きしめながらまどろむ。きくが寝息を立てた朝方、台所できくの朝ごはんを作る。焼酎と錠剤を飲み込み、洗濯物を干し、風呂に入って、電車に乗って職場に行く。きくのために仕事をこなす。ひっきりなしにタバコを吸い、誰よりも遅く職場を後にする。帰ってきたら、きくを抱きしめる。きくの体をひっかいてやると、きくはうれしそうに笑う。
きくを抱きしめるとき、自分だけ泣いている。きくの二の腕にタバコを押し付けるとき、ひどく悲しい気分になる。美しかったきくはいない。最初からきくは美しくなかったのかもしれない。水脹れと火傷、内出血と創傷で輪郭がおかしかった。服は嘔吐物にまみれ臭かった。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してから、横たわる彼女の前に座る。きくは呻くように途切れ途切れに笑う。きくが噛み付いてきて、腹の皮がちぎれる。背中の肉が爪で引き裂かれる。性器を掴まれて強引にしごかれる。自分は性交どころか、もうまともに排泄すらできなかった。きくに肛門にエネマグラを、尿道にはカテーテルを突っ込まれ、無理矢理に射精させられる。きくはそれを注射器に取り、膣に入れる。
そんな生活が続いた。仕事もやめて、どこかの田舎に引越ししてさっさと死にたかった。想像の中できくを殺すのはひどく簡単で、そのたやすさが軽薄なのだと思う。現実にきくは死ななかったし、自分も死ななかった。耳を切り裂かれても、針が頬を貫通しても、血はいつか止まったし、傷も癒えたのだ。丈夫だった。強姦魔がなぜあんなにも簡単に死んだのか不思議に思う。強姦魔の死体はほぼすべて処分したが、肋骨のかけらだけは残しておいた。暴力者の遺骨をポケットに隠して、会社に向かう電車に乗る。骨をなでると安心した。

雪が降っては溶けた。季節が流れても、生活は変わらなかった。
夏ごろ、きくが妊娠したことがわかった。

きくの両親が田舎から来た。きくの生々しい傷跡を見て、彼らは警察を呼んだ。暑い日だった。アパートの窓が開け放たれていた。ベランダにはきくの寝間着や自分のワイシャツが陰干しされていた。きくに手を引かれて台所に入った。
これから、ときくは話し始めた。

警察が来て、きくはこのアパートで人殺しがあったことを話しだした。きくは夫に家庭内暴力容疑まで付け加えて、とても良く喋った。きくは金切り声で話すのだった。罵られながら、きくが言葉を取り戻したのを嬉しく思った。報われたと思う。
警察には殺害の手口や死体の処分のことを包み隠さず話した。自分はどこかの山奥の病棟に入れられた。余命五年前後と言われた。

いちどだけきくが子供を連れて面会に来た。夏の日だったように思う。子供は自分で立てるぐらい大きくなっていた。もう戸籍上は関係ないとはいえ、それが自分の妻と子供かと思うと嬉しかった。息災に過ごせよ、と言った。
最終更新:2011年10月24日 19:41
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