「はい、闇鍋大会ー」
「「「いえー」」」
初っ端からテンションが低い。コタツの周りは度を越えてアンニュイな雰囲気に包まれてしまって、ぐんにゃりとしている。酒の匂いが漂っている。円状に潰れたアルミ缶が転がっている。コタツに突っ伏した森繁。口をだらしなく開いてテレビを見ている木下。山田はこの期に及んでビールを紙コップに注いでいる。あ、こぼれた。手に付いた液体を舐めている山田。親指の付け根が乾かずに照っている。
木下が立ち上がって風呂場へ行った。ジョロジョロと音が聞こえる。森繁は持参していた紙袋からなにやら取り出す。縦に長い。たぶん酒だと思われる。玄関に置いていたクーラーボックス持って木下が戻ってくる。山田が入れ替わりにトイレに向かう。私も冷蔵庫から闇鍋のための食べ物をとってこよう。それと昼間にみなで処理しておいた野菜の類も。オレンジのトレイが私の用意したもの。布巾を被せてある。闇鍋だから直前までそのものを見せてはならない。木下が聞く。
「なーなー、おまえん飼ってた猫はどこ行った?」
「シャムどっか遊びにいってんだろ。そのうち帰ってくる」
「なでなでしてーよーう」
「お前には触らせねぇ」
だから私が用意したのは猫の肉だ。昨日首を絞めて殺したあと捌いた。鳥のようにさっぱりとした味がするという。机の上にトレイを置いて座る。
山田が戻ってきた。山田も冷蔵庫から出したトレイを畳の上へおいて、コタツの中に足を突っ込む。
「じゃあ電気消すわ」
木下がコタツに入ったまま体を捻ってテレビを消した。森繁もコタツに入ったまま手を伸ばして蛍光灯の紐を引いた。暗順応する目。
「じゃーんけーんほいの」
「おーおーれいーちばーん」
「じゃあ森繁から時計回りで」
つまり森繁、私、木下、山田という順序。その前に鉄鍋にパウチのちゃんこ鍋のだしと用意した野菜を投入する。ヒーターの電源を付ける。
「こういうのって煮立ってからやったっけ?」
「あーお前のはどうでもいいよ酒だから」
「俺の取って置き食う前にあてずっぽで言うな!」
「酒は煮る前に入れてアルコール飛ばすらしいぞ」
「お前もや!」
ポコンと音がしてとくとくと何か注がれる。酒だろ。それも酷い種類の。アルコール臭が凄まじい。さらにイノシシのように生臭い匂いもする。きっと数日間残る。私の部屋でなんてことをしてくれるんだ。
「「酒だろ」」
「酒です」
半分ぐらい注いで森繁はビンを立てて箸で中から何かを取り出した。細長いシルエット。マムシだ。マムシ酒に違いない。
「マムシ?」
森繁がニヤニヤ笑う。そうこうしている内に煮えた。私はトレイの肉をボトンボトンと鍋の中へ落としていく。猫の腕、猫の足。頭は入っていない。内臓も入っていない。昨日のうちにさっと湯がいて皮をむいておいた白い肉。
「肉かー」
「安いけど」
「酒に比べたらマシだわなー」
「酒に比べたらな」
「ホント酒に比べたら」
「黙れ黙れ!」
ホントに安く上がった。でもまともに食べられるかどうかは疑問ではあるが、まあ大丈夫だろう。ウェブページには茹で上げている間に泡が多数浮くらしい。酒もあるから安心か。森繁様様。その森繁様はマムシ酒を紙コップについで飲んでいる。あ、げっぷした。
「で、シャムはどこ行ってんの?俺猫缶買ってきたのに」
「あー、あのな、この辺で猫いっぱい飼ってるおっさんがいるのよ。テキトーに飼ってるらしくって、窓ぉ開けっ放しにしてたらときどき他所の猫が入ってきてることもあるし。多分そこ」
「とって食われるんじゃねぇの?」
「人んちの猫によくそんなことが言えるなぁ木下よ」
木下はトレイから何かを投入している。酔って手が震えてしまっているが大丈夫だろうか。危なっかしいのに手際はよくて、チャッチャッチャと片付けてしまった。持っていた箸を深皿に引っ掛けて音が鳴った。
「いやいや俺は心配してるんさ。あんまりかわいいから俺が食べちゃいたいそうなんだわーあはは」
「お前シャム食ったらぶっ殺すからなーははは」
あくまでテンションは低く。つーかこんなに木下が執着するとは思ってはなかった。
森繁が山田の頭を叩いている。山田は突っ伏して寝てた。森繁が山田を12色ボールペンでドスドス突いた。山田が起きた。欠伸をしている。
「はい、山田おはよう」
「あー、はいはい、俺の番?つーかなにこの酒の匂い」
「山田まで!」
「あー森繁かー。やっぱり酒だったんか」
「酒は酷いよな」
「まずかったら多分森繁が悪い」
「そんな!」
山田がトレイからブツをさっさと取り出してさっさと投入した。何かは分からない。
「あー森繁以外は結構まとも?」
「まともまとも」
「浅田とか肉だぜー」
「肉だぜーってこともないが」
「まあ酒に比べたら」
「酒に比べたら」
「酒よりは」
「……」
森繁はむくれて反応してくれなくなった。私もそろそろ飽きてきた。
「闇鍋って真っ暗にしたまま皿にとって食うわけ?」
「どうぞ食ってくれ」
木下が箸を伸ばす。最初に入れておいた水菜と卵を取っている。
「熱っ」
豆腐を鍋の中に落として出汁がはねた。木下の手に少しかかった。
私はコンニャク、水菜と椎茸をとって順番に食べる。酒の香り。大根はもうちょっと待つ。森繁は蛇を取り出して皮を剥いでいる。毒は大丈夫なのだろうか。大丈夫なんだろうな?
「いただきます」
山田の皿。猫の手。あー食われている。思ったよりも肉がない。乳白色の筋肉を食い破ると、赤黒い筋が出てきて、それも食べると終わりだ。鶏と同じ。しかし山田、食うの下手だなぁ。ベタベタじゃねぇか。
「この肉硬い」
「まだ食うな、そのうち煮える」
山田は箸を伸ばして魚の切り身を皿にとって食った。
「うまい」
さらに手を伸ばす。山田は魚を取る。
「俺のチヌあんま食うなー」
木下が嘆く。木下のブツはチヌでした。木下が山田の皿から魚をひったくる。山田ががっかりして肩を落とした。
「森繁ー、酒だ酒酒、酒持ってこーい」
「俺も俺もー」
黙って森繁は紙コップに注いでみなに回す。
「じゃあ乾杯する?」
「森繁お前音頭取れ」
「また俺か!……あ、えーと、じゃ、木下に彼女できましたおめでとうかんぱーい」
「「マジで?」」
「違うできてないぞ!嘘つくな森繁!」
「え?バイト先のアレ告ってオッケー貰ったんだろ?」
「ちがわい!返事まだじゃい!」
「聞いてねーぞう木下よ。どんな子?」
「なんだよぅ教えろよぅ。俺たち、、友達だろ?」
「その会心の笑顔やめろ、つーか何でそんな元気なんだ突然友達とか言うなそして山田俺の魚を食うなそんでなにこれ。鶏?」
「ううん。猫」
私が答えた。もっと勇気がいるかと思ったが意外にあっさり言えた。木下は無表情である。
「正確には、さっき言った猫のおっさんのとこの猫」
「うまいけどやっぱり硬いなぁ」
「こんなもんじゃねぇの?」
「こんなもんだろう。猫だし」
木下の反応が薄い。
「てか話しそらすなよオイ。俺らは木下の恋の話を聞かねばならん」
「そうだそうだー」「話せー」
もうなんだかどうでもよくなってくる。もっと驚けよー。私はぐんにゃりとして、鍋に箸を伸ばす。猫を食べる。猫を食べる。魚の切り身を取って食う。確かにチヌうまい。もう一度魚に箸を伸ばしたが、今度は森繁が機敏な動きで獲物を奪っていった。私はその箸でネギを取って食った。
木下の恋の話が続く。もはやどうでもいい気はしている。あんまり気にしてなかったけれど、話してみたら会話が弾んだとか、でも彼氏がいたから悶々としていたとか、よくある話ではあるなと、猫の足食いながら考えた。確かに恋が近くにあるとどこかおかしくなる。一本二本順々に。彼女(未定)の話をする木下はちょっとだけ誇らしげであるなぁ。
「まあ、猫食って落ち着け」
「ところで山田、お前何入れた?」
「お前んちの猫。昼捌いて湯がいて皮剥いで」
なるほど、と私は思った。怒る気もなかった。森繁の酒瓶をひったくってラッパ飲みした。残りわずかだったけれど生臭くてアルコール臭かった。
「っしゃあ、酒追加の買出し行くぞぅ。要るものさっさと言え」
「とりあえずビール3×4本」
「俺サラミ買って。ポテチも」
「アイス。スーパーカップのバニラ」
「安西先生、日本酒飲みたいです」
「森繁行って来て」
「最後まで俺か!」
最後まで森繁に押し付けてしまったなぁ。ああああ、シャムは名も知らぬ猫と一緒に猫鍋にされて食われてしまったのか。それに気がつかずに私もシャムを食ってしまったのか。なるほどなぁ、と思う。山田を憎む気にもならない。業の根が相当に深いことを自覚している。山田も私も木下も森繁も、それぞれの業だ。業を裏返して生きている。天井が歪んでいる。目を開けているのがつらい。自然にまぶたが落ちて、それから真っ暗だった。森繁がガタガタ非常階段を下りていく音が聞こえて、山田は歌っている。
「猫鍋ー猫鍋ー」
「猫鍋ー猫鍋ー」
山田の裏声。
「猫的猫時代猫はどうだい」
「猫年なぜこない十二支嫌い」
「しかしよくみりゃー」
「この鍋実はー」
「二匹の猫でー」
「二匹の猫でー」
「明日もきっと猫鍋日和ー」
山田は『猫鍋』を歌っている。
朝日が差し込んで目が覚める。酒臭い部屋に森繁と山田の雑魚寝姿がある。コタツの上にヒーターと鍋がセットされたままになっている。魚や猫の骨も残ったままある。ベランダで声がした。窓から白い月が見える。サッシを開けると、木下がシャムに缶詰をやっていた。シャムは生きていた。山田の殺した猫は、シャムではなかった。部屋に迷い込んだオッサン家の猫を山田は殺害して解体してトレイに並べていたのだと思った。私と山田がそれぞれ殺した二匹の猫は名前も分からないが、名づけた猫だけが生きていて、私はそれをうれしく思う。その勝手さも理解している。理解している。
「やっぱシャムがかわいいね。よしよし」
木下はシャムの頭をなでた。三角の耳がくしゃっと折れ曲がり、弾力で戻る。シャムは胴を掴んで持ち上げられて、頭をなでられるように首を折られ、殺される。気がした。木下の腕を払った。シャムはベランダから落ちて、駐車場に着地して、どこかへ行った。もうきっと帰ってこない気がする。木下がタバコに火をつけて灰を排水溝へ落とした。
「タバコくれ」
「ほれ、火」
差し出したライターに近づけて火をもらう。朝に吸うタバコの煙が鼻の中を焼いた。
「猫鍋はどうだった?」
「ちゃんと二匹食った」
「チヌは?」
「俺が昨日釣ってきた」
ああ、なるほど。
「ビールは?」
「まだ残ってる。お前がさっさと寝たからな。今日も宴会」
「今日は何鍋?」
「キムチがいいねー」
木下の言い方は少し面白かったのでちょっとだけ笑った。
最終更新:2011年10月24日 19:58